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塞の守り人  作者: 里桜
第三章
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十一 侵入者 その四

 修也が、常直する鬼たちのくつろぐ部屋の障子を勢いよく開けると、中に居た鬼たちが一斉に修也を振り返った。

「守部先生、そんなに慌てていったいどうした?」

 年嵩の鬼が怪訝な表情を浮かべ、のんびりとした口調で修也に声をかける。

 しかし修也は、焦燥に駆られた様子で早口にまくしたてた。

湯坐(ゆえ)さん、何者かが拠点の中に侵入した。今、火織が後を追っている。誰か火織の応援に回してくれ」

 修也の言葉に、鬼たちの顔つきが瞬時に変わった。

「その侵入者というのは、どこに現れた?」

 年嵩の鬼――――湯坐が、厳しい表情で問いただす。

「裏手の方だ。後を追っている火織は、北側に向かって走っていった」

 湯坐が二人の若い鬼に目で合図を送ると、二人は弾かれたように外に飛び出した。

 湯坐は、側に残る鬼たちを見回す。

「非番の奴らに至急招集をかけろ。それから塞の警備の強化を急げ。おおかた東京の奴らのお仲間だろう。塞には、絶対に手を出させてはならん。それから、拠点に何か被害が出ていないか確認を急げ」

 湯坐の指示が飛ぶと同時に、鬼たちは部屋を足早に出ていった。

「湯坐さん、俺は日向たちの様子を見てくる」

 修也の言葉に、湯坐は片眉を上げる。

「なんだ、一緒じゃなかったのか?」

「もう休むと言って、一足先に部屋に戻ってたんだ。部屋にいるとは思うんだが…ただ、あの性格だからな。目を離すと、何か無茶をしでかしそうで…」

 修也の言葉に、湯坐は頷く。

「そうだな、もし日向に何かあっりしたら、最首の野郎にどんな目に合わされるか…考えただけで背筋が寒くなる。たまったもんじゃねえ」

 湯坐の軽口に、修也が笑って応じた。

「じゃあ湯坐さん、俺は日向と水箏の様子を見てくるんで」

 修也は、返事を待たずに踵を返す。

「頼んだぞ」

 湯坐の返事を背中に聞きながら、修也は足を速めた。



 日向に投げ飛ばされ、宙を舞ったエリザは、器用に体を捻り着地した。大地に足をつけるなり、すぐに日向に向かって飛び掛かる。

 日向は身構えた。

 冷静にエリザの攻撃を見極めて躱し、再びエリザの腕をとらえる。

 日向は、再度エリザの体を投げ飛ばそうと腕を捻るが、不意にゴキリと嫌な音がした。

 エリザが肩の関節を外したのだ。

 投げ飛ばそうとしたエリザの体は宙を舞うことはなく、日向は驚愕に目を見開く。

 エリザは、無事な手ですばやく日向の手をとらえると、捻りあげた。

「うっ!」

「ヒナ!」

 水箏が、とっさに石笛から唇を離す。

 しかし、笛の音が止むと、宿主たちがすぐさま動きだし、水箏に襲い掛かってきた。

 水箏は舌打ちをして再び石笛を吹きはじめる。同時にエリザへの攻撃のタイミングをはかった。

 水箏が蹴りを放つが、エリザはその攻撃をなんなく足で受けとめる。逆に鋭く蹴り返してきた。

 水箏は、やむなく距離を取る。

 エリザは、外れていた肩をぐるりと回し器用にはめると、苦悶の表情を浮かべる日向を見下ろした。

「うふふ、可愛い子。あなたのその顔、素敵だわ」

 エリザの言葉に、日向は怒りを宿した目を向ける。

 するとエリザは目を細めた。ぺろりと唇を舐め、うっとりとした表情で日向を見つめる。

「ぞくぞくするわ、その表情。とってもいいわね」

 日向は、ギリリと唇を噛んだ。

 エリザは、なおも強く腕を捻りあげる。

「ぐあぁ!」

 日向は、苦悶の声をあげて片膝を大地に着けた。

 水箏は、再び笛から唇を離した。

「ヒナ!」

 再び宿主たちが動き出す。

 水箏は宿主の攻撃をかわし、日向とエリザに向かって走り出した。

「その手を放しなさいよ!」

 水箏の重い蹴りが、エリザに向かって放たれる。

 しかしエリザは腕で受け止め、水箏の足を掴んだ。

 一瞬動きの止まった水箏に向かって、宿主たちが次々と襲い掛かってくる。

 水箏は足でエリザの手を払い、再び笛を吹きはじめた。笛を吹きながらも、エリザに攻撃を仕掛ける。

 エリザが、水箏の蹴りをかわしたその時、突如パンと乾いた音が闇夜に鳴り響いた。

 それは銃声であった。

 日向と水箏は、びくりと体をふるわせ顔をあげる。

 一瞬だけ水箏の笛の音が止んだが、水箏はすぐに我に返った。再び石笛を奏ではじめる。

 エリザだけは、平然と片方の口角を釣り上げた。

「あらあら」

 エリザは、面白そうに声をあげる。

「あっちはうまくいかなかったのかしら? だとしたら不甲斐ないわね」

「あっち?」

 日向が、痛みをこらえながら怪訝な声を漏らした。

「ふふふ」

 エリザは、謎めいた忍び笑いを漏らす。笑いながら足をあげ、鋭い蹴りを水箏に向けて放った。

 水箏が後ずさったその隙に、エリザがポケットから小さな赤い石を取り出す。そしてその石を、地面に向かって投げつけた。

 赤い石は、パリンと音をたて粉々に砕け散る。

 すると割れた石から、シューシューと煙が吐き出され、やがて巨大な()が解き放たれた。

 日向と水箏は、一瞬言葉を失う。

 しかし日向が、一足先に我に返り、悲鳴のような声をあげた。

「水箏さん! 危ない!」

 ()は荒々しく体をくねらせ、水箏に向かって襲い掛かる。

 水箏がその攻撃をかわすと、()の尻尾が木に当たりなぎ倒した。

 日向は、エリザの拘束を解こうと、体を必死で動かしはじめる。

 だが、エリザは捻りあげる腕の力を強め、日向の動きを封じた。

「うっ!」

 日向が苦悶の声をあげる。

「だめよ、そんなに暴れちゃ。痛い目を見たくなかったらおとなしくなさい?」

 エリザの口元には笑みが浮かび、眼差しには愉悦の色が浮かんでいた。

 日向は痛みに表情をゆがませながらも、なんとか背後を振り返り睨みつける。

「お前たち、いったい何が目的なんだ!? こんなことをして…どうなるのか分かってるのか!? ()は、人が扱えるような代物じゃない。今は無事でも、いつか()にとり憑かれて、お前自身が命を落とすことになるんだぞ!?」

 日向の怒りの声に、エリザは増々笑みを深める。

「あら、心配してくれるの? 嬉しいわね」

 日向は、首を激しく横に振った。

「これは冗談を言っているわけじゃない! お前たちは()の恐ろしさを理解できていないんだ。だからこんなことを平気でできるんだ。それだけじゃない、塞を破壊するなんて…それこそ狂気の沙汰だ。今すぐに止めろ!」

「ふふふ、いいわねその顔。そういう顔も好みだわ。せっかくのお気遣いだけど、残念ながらそんなもの関係ないの。私にはどうでもいいことだわ」

 日向が両目を見開く。

「どうでもいいだと?」

「そうよ」

 エリザは言い切り、わざとらしく肩をすくめて見せた。

 その言葉とほぼ同時に、もう一度銃声が鳴り響く。

 弾かれたように音のした方向を振り向く日向を尻目に、エリザは空いている手で肩にかかる髪を鬱陶しそうに振り払った。

「そろそろ時間のようだわ。お嬢さん、お先においとまさせていただくわね」

 ちらりと水箏を一瞥してから、エリザは日向に当て身を食らわせる。

「ヒナ!?」

 呻き声とともにくずおれる日向の姿を見て、水箏が悲鳴のような声をあげた。すぐに走り寄ろうと足を踏み出す。

 エリザは日向の体を肩に担ぎ上げると、水箏に意味深な笑顔を向けた。

「うふふ、よそ見をしてちゃ危ないわよ?」

 エリザの言葉通り、足を踏み出した水箏に向かって、()と宿主たちが襲い掛かってくる。

 水箏は舌打ちをして石笛を口につけた。

 石笛で宿主の動きを封じながら、()の攻撃を必死で避ける。

「また逢いましょうね、お嬢さん」

 エリザは忍び笑いを漏らし、ゆったりとした動作で踵を返すと、日向を担いだまま歩き出した。


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