十一 侵入者 その四
修也が、常直する鬼たちのくつろぐ部屋の障子を勢いよく開けると、中に居た鬼たちが一斉に修也を振り返った。
「守部先生、そんなに慌てていったいどうした?」
年嵩の鬼が怪訝な表情を浮かべ、のんびりとした口調で修也に声をかける。
しかし修也は、焦燥に駆られた様子で早口にまくしたてた。
「湯坐さん、何者かが拠点の中に侵入した。今、火織が後を追っている。誰か火織の応援に回してくれ」
修也の言葉に、鬼たちの顔つきが瞬時に変わった。
「その侵入者というのは、どこに現れた?」
年嵩の鬼――――湯坐が、厳しい表情で問いただす。
「裏手の方だ。後を追っている火織は、北側に向かって走っていった」
湯坐が二人の若い鬼に目で合図を送ると、二人は弾かれたように外に飛び出した。
湯坐は、側に残る鬼たちを見回す。
「非番の奴らに至急招集をかけろ。それから塞の警備の強化を急げ。おおかた東京の奴らのお仲間だろう。塞には、絶対に手を出させてはならん。それから、拠点に何か被害が出ていないか確認を急げ」
湯坐の指示が飛ぶと同時に、鬼たちは部屋を足早に出ていった。
「湯坐さん、俺は日向たちの様子を見てくる」
修也の言葉に、湯坐は片眉を上げる。
「なんだ、一緒じゃなかったのか?」
「もう休むと言って、一足先に部屋に戻ってたんだ。部屋にいるとは思うんだが…ただ、あの性格だからな。目を離すと、何か無茶をしでかしそうで…」
修也の言葉に、湯坐は頷く。
「そうだな、もし日向に何かあっりしたら、最首の野郎にどんな目に合わされるか…考えただけで背筋が寒くなる。たまったもんじゃねえ」
湯坐の軽口に、修也が笑って応じた。
「じゃあ湯坐さん、俺は日向と水箏の様子を見てくるんで」
修也は、返事を待たずに踵を返す。
「頼んだぞ」
湯坐の返事を背中に聞きながら、修也は足を速めた。
日向に投げ飛ばされ、宙を舞ったエリザは、器用に体を捻り着地した。大地に足をつけるなり、すぐに日向に向かって飛び掛かる。
日向は身構えた。
冷静にエリザの攻撃を見極めて躱し、再びエリザの腕をとらえる。
日向は、再度エリザの体を投げ飛ばそうと腕を捻るが、不意にゴキリと嫌な音がした。
エリザが肩の関節を外したのだ。
投げ飛ばそうとしたエリザの体は宙を舞うことはなく、日向は驚愕に目を見開く。
エリザは、無事な手ですばやく日向の手をとらえると、捻りあげた。
「うっ!」
「ヒナ!」
水箏が、とっさに石笛から唇を離す。
しかし、笛の音が止むと、宿主たちがすぐさま動きだし、水箏に襲い掛かってきた。
水箏は舌打ちをして再び石笛を吹きはじめる。同時にエリザへの攻撃のタイミングをはかった。
水箏が蹴りを放つが、エリザはその攻撃をなんなく足で受けとめる。逆に鋭く蹴り返してきた。
水箏は、やむなく距離を取る。
エリザは、外れていた肩をぐるりと回し器用にはめると、苦悶の表情を浮かべる日向を見下ろした。
「うふふ、可愛い子。あなたのその顔、素敵だわ」
エリザの言葉に、日向は怒りを宿した目を向ける。
するとエリザは目を細めた。ぺろりと唇を舐め、うっとりとした表情で日向を見つめる。
「ぞくぞくするわ、その表情。とってもいいわね」
日向は、ギリリと唇を噛んだ。
エリザは、なおも強く腕を捻りあげる。
「ぐあぁ!」
日向は、苦悶の声をあげて片膝を大地に着けた。
水箏は、再び笛から唇を離した。
「ヒナ!」
再び宿主たちが動き出す。
水箏は宿主の攻撃をかわし、日向とエリザに向かって走り出した。
「その手を放しなさいよ!」
水箏の重い蹴りが、エリザに向かって放たれる。
しかしエリザは腕で受け止め、水箏の足を掴んだ。
一瞬動きの止まった水箏に向かって、宿主たちが次々と襲い掛かってくる。
水箏は足でエリザの手を払い、再び笛を吹きはじめた。笛を吹きながらも、エリザに攻撃を仕掛ける。
エリザが、水箏の蹴りをかわしたその時、突如パンと乾いた音が闇夜に鳴り響いた。
それは銃声であった。
日向と水箏は、びくりと体をふるわせ顔をあげる。
一瞬だけ水箏の笛の音が止んだが、水箏はすぐに我に返った。再び石笛を奏ではじめる。
エリザだけは、平然と片方の口角を釣り上げた。
「あらあら」
エリザは、面白そうに声をあげる。
「あっちはうまくいかなかったのかしら? だとしたら不甲斐ないわね」
「あっち?」
日向が、痛みをこらえながら怪訝な声を漏らした。
「ふふふ」
エリザは、謎めいた忍び笑いを漏らす。笑いながら足をあげ、鋭い蹴りを水箏に向けて放った。
水箏が後ずさったその隙に、エリザがポケットから小さな赤い石を取り出す。そしてその石を、地面に向かって投げつけた。
赤い石は、パリンと音をたて粉々に砕け散る。
すると割れた石から、シューシューと煙が吐き出され、やがて巨大な虺が解き放たれた。
日向と水箏は、一瞬言葉を失う。
しかし日向が、一足先に我に返り、悲鳴のような声をあげた。
「水箏さん! 危ない!」
虺は荒々しく体をくねらせ、水箏に向かって襲い掛かる。
水箏がその攻撃をかわすと、虺の尻尾が木に当たりなぎ倒した。
日向は、エリザの拘束を解こうと、体を必死で動かしはじめる。
だが、エリザは捻りあげる腕の力を強め、日向の動きを封じた。
「うっ!」
日向が苦悶の声をあげる。
「だめよ、そんなに暴れちゃ。痛い目を見たくなかったらおとなしくなさい?」
エリザの口元には笑みが浮かび、眼差しには愉悦の色が浮かんでいた。
日向は痛みに表情をゆがませながらも、なんとか背後を振り返り睨みつける。
「お前たち、いったい何が目的なんだ!? こんなことをして…どうなるのか分かってるのか!? 虺は、人が扱えるような代物じゃない。今は無事でも、いつか虺にとり憑かれて、お前自身が命を落とすことになるんだぞ!?」
日向の怒りの声に、エリザは増々笑みを深める。
「あら、心配してくれるの? 嬉しいわね」
日向は、首を激しく横に振った。
「これは冗談を言っているわけじゃない! お前たちは虺の恐ろしさを理解できていないんだ。だからこんなことを平気でできるんだ。それだけじゃない、塞を破壊するなんて…それこそ狂気の沙汰だ。今すぐに止めろ!」
「ふふふ、いいわねその顔。そういう顔も好みだわ。せっかくのお気遣いだけど、残念ながらそんなもの関係ないの。私にはどうでもいいことだわ」
日向が両目を見開く。
「どうでもいいだと?」
「そうよ」
エリザは言い切り、わざとらしく肩をすくめて見せた。
その言葉とほぼ同時に、もう一度銃声が鳴り響く。
弾かれたように音のした方向を振り向く日向を尻目に、エリザは空いている手で肩にかかる髪を鬱陶しそうに振り払った。
「そろそろ時間のようだわ。お嬢さん、お先においとまさせていただくわね」
ちらりと水箏を一瞥してから、エリザは日向に当て身を食らわせる。
「ヒナ!?」
呻き声とともにくずおれる日向の姿を見て、水箏が悲鳴のような声をあげた。すぐに走り寄ろうと足を踏み出す。
エリザは日向の体を肩に担ぎ上げると、水箏に意味深な笑顔を向けた。
「うふふ、よそ見をしてちゃ危ないわよ?」
エリザの言葉通り、足を踏み出した水箏に向かって、虺と宿主たちが襲い掛かってくる。
水箏は舌打ちをして石笛を口につけた。
石笛で宿主の動きを封じながら、虺の攻撃を必死で避ける。
「また逢いましょうね、お嬢さん」
エリザは忍び笑いを漏らし、ゆったりとした動作で踵を返すと、日向を担いだまま歩き出した。




