九 侵入者 その二
水箏と日向は、二人の西洋人たちをあっという間に大地に沈めた。
男たちは、呻き声をあげながら大地にうずくまる。
水箏は、日向を見た。
「ヒナ、大丈夫?」
「はい大丈夫です。水箏さんこそ、お怪我はありませんか?」
「大丈夫よ。それよりもヒナ、怪我がないなら、急いで拠点に戻りましょう。何だか嫌な予感がするわ」
言って水箏が表情を曇らせる。
日向もうなずいた。
「そうですね…。東京だけでなく、こんなところにまで敵の手が伸びてくるなんて、思いもよりませんでした。いったい何が目的なのか…」
日向は眉根を寄せる。
「ここで考えていても仕方がないわ、とにかく一度拠点に戻りましょう。このこと、しゅーちゃん先生に報告しないと…」
水箏の言葉にうながされ、日向は頷く。
素足になっていた二人が、散乱していたつっかけを拾おうと踵を返した、まさにその時のことだった。
再び、二人の前に立ちはだかる人影があらわれる。
それは、美しい西洋人の女――――エリザだった。
エリザを見て、日向は一瞬目を見開く。
「お前は、あの時の!」
日向は鋭い声をだし、敵意もあらわに構えを取った。
「ヒナ、もしかしてこの女が、将門塚を破壊した一味の一人?」
「そうです。この女が、刀身に『Azoth』と刻まれた剣を持っていて、柄頭についている石に虺を閉じ込めたんです」
日向の言葉に、エリザは嫣然と微笑む。
「ふふふ、覚えていてくれてありがとう。光栄だわ」
言って一歩踏み出した。
すると水箏も前に踏みだし、日向を背中にかばうように立つ。
「水箏さん! 危ないですからさがって――――」
「ヒナこそさがってて、この女、さっきの男たちとは違うみたいだから」
水箏は日向の言葉を遮り、エリザを睨みつけた。
すると、エリザは楽しげに笑みを浮かべる。
「うふふ、可愛いお嬢さん、あなたは聡明なようね。賢い子は嫌いじゃないわ」
長い髪を掻き上げながら、エリザは恍惚とした表情を浮かべた。
しかしエリザは視線を移し、地面に倒れ込む男たちを見ると表情を一変させる。
『それに比べて、委員会から送り込まれた奴らは、何の役にも立たないのね。馬鹿な男は大嫌いだわ』
エリザが侮蔑を込めた言葉を吐き捨てる。
二人はドイツ語が分からない。
そのため、日向は怪訝な表情でエリザを見ていたが、水箏だけはなんとなく意味を理解したようだ。
「お仲間じゃないの? あそこに寝てるやつら」
「ふふふ、あんな馬鹿で無能な男たち、仲間なんかじゃないのよ?」
「仲間じゃないならなんなのよ」
水箏の問いかけに、エリザが目を細める。
「そうねえ、あえて言うなら捨て駒かしら?」
笑いながら残酷な言葉を告げた。
水箏は、嫌そうに眉根を寄せる。
「あんた、いい性格してるわね」
「ありがとう、お嬢さ――――」
しかし水箏は、最後まで言葉を言わせなかった。
エリザの言葉が終わらないうちに大地を蹴り、エリザに向かって蹴りを叩きつける。
エリザは、すばやく腕をあげて蹴りを防いだ。
水箏の蹴りが腕に決まり、ずっしりと重い音が鳴り響く。
にもかかわらず、エリザの表情はまるで変わらなかった。
水箏は、すぐに一歩さがり、エリザと距離を置く。その表情には、軽い驚きの色が見えた。
「あんた痛覚がないの?」
「そんなことはないわよ? 痛覚ならちゃんとあるわ」
「じゃあ、鈍いのね」
水箏の詰るような言葉に、エリザは笑みを深める。
「酷い言われようね。ただ痛みに慣れているだけよ」
エリザは、肩にかかっていた髪を手で払った。
「それにしてもお嬢さん、あなた本当に私の好みだわ。あなたみたいな子が、苦痛に表情をゆがめるところを見てみたいの」
エリザは、ぞっとするような笑みを浮かべる。
その刹那、凄まじい殺気を感じた水箏と日向は、反射的に後ずさった。
「可愛い子猫ちゃんたち、逃がさないわよ」
エリザの言葉と同時に、周囲に数人の人影が現れる。
人影は老若男女問わず、年齢もバラバラ。
唯一共通するのは、生気の宿らない濁った眼差し――――虺の宿主特有の目つきだけだった。
日向と水箏は、すぐさま背中合わせになり、周囲を見渡す。
「ヒナ、ここは私に任せて、隙を見て逃げて」
「水箏さん!? そんなのできません!」
「いいから言う事きいて。しゅーちゃん先生たちに知らせてきてほしいの」
しかし、日向は首を横に振る。
「連絡なら、隙を見て携帯でします。水箏さんを置いて逃げるなんて、僕にはできません」
「ヒナ!」
水箏が責めるような声をあげるが、日向は揺るがなかった。
「水箏さん、修祓をお願いします。僕がフォローに回りますから」
言って日向は大地を蹴る。水箏に襲い掛かろうとする宿主の攻撃を防いだ。
「もう! ヒナのバカ! 分からず屋!」
しかし水箏は、日向の言う通りにポケットから石笛を取り出す。
そして、ピイと澄んだ音色を奏でた。
途端に、宿主たちは胸を押さえ、苦しげに蹲りだす。
すると、エリザがにやりと笑った。
「うふふ、お嬢さんはすごい特技を持っているのね。まさか複数の虺を一度に祓えるなんて計算外だったわ。でも、これで楽しめそうね」
言うなり、エリザは水箏に向けて鋭い蹴りを放った。
すぐさま日向が掌底をつきだし、エリザの蹴りの軌道を逸らす。
日向が、石笛を吹く水箏をかばうように立つと、エリザの酷薄な眼差しが日向を捕えた。
「可愛い子、貴方はどんな表情で命乞いをするのかしら。是非見てみたいものだわ」
エリザはうっとりとほほ笑む。
日向は、冷めた表情でエリザを見た。
「僕にそういう趣味はありません」
「あら、つれないのね。でも、そういうところがそそるんだけど」
言ってエリザは、すばやく一歩を踏み出す。
日向は、エリザの攻撃に気を合わせ、突き出された腕に触れると、すぐさま捻ってエリザの体を投げ飛ばした。




