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塞の守り人  作者: 里桜
第三章
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七 懐疑

 東京の大手町にある将門塚には、最首亮と甕弦の姿が在った。

 亮は両腕を組んで立ち、破壊された将門塚を見下ろしている。

 塞に突っ込んだトラックはすでに退けられ、塚の周囲には、さっそく仮設のスチールフェンスが廻らされていた。

 フェンスは、塚への一般人の立ち入り禁止にするとともに、目隠しをすることが目的だ。

 昼間には数台の報道カメラが集まっていたが、他に大きな事件が起こったため、今は誰の姿もない。

 辺りは静寂に包まれ、時折道路を通り過ぎる車の音だけが響き渡っていた。

「けっこう厄介なことになっているみたいだね。なんだか後手後手に回っている気がするんだけど、本当に大丈夫なの?」

 亮は、側に立つ弦に視線だけを投げかけた。

 しかし弦は、厳しい表情をしたまま無言だ。

 亮は目を細めて続ける。

「僕、日向に心配かけたくなかったから、大丈夫だって言っちゃったんだけど、これ全然大丈夫じゃないよね? なんかあったら僕の面目が丸つぶれになるんだけど、どうしてくれんの?」

 それでも弦は無言だった。

 すると亮は、つまらなそうに鼻を鳴らす。

「あのさあ」

 亮は、やや声色を変えた。

「もしかしたら僕は、君の未来の叔父様になるかもしれないんだよね? その態度は、ちょっと失礼なんじゃない? もう少し愛想よくできないわけ?」

 意地の悪い何かを孕んだその言葉に、弦がようやく反応した。

 弦は、軽く息を吐きだす。

「さすがは最首さんです。お耳が早い」

 弦の言葉にもまた、何か含むものがあった。どこか皮肉げにも聞こえる。

「ですが、まだ決まったわけではありませんよ。あの子はまだまだ子供です。あの年で将来の相手を決められるのは酷な話でしょう」

『あの子』とは無論日向のことである。

「それ、本心で言ってる? 僕、人の本音を探るの、結構得意なんだよね」

 亮が、人を食ったような笑いを浮かべた。視線は、射抜くように弦をとらえている。

 弦は肩をすくめた。

「最首さん相手に、腹の探り合いをするような不毛なことはしません。本心です。私としても、十も年下の子供相手に、いきなり子供を作れと言われても躊躇します。まかり間違えば犯罪ですよ」

「ふーん、そう? なーんか腹に一物有る感じがするんだけどねえ。君はちょっと読み切れない部分があるからさ」

 亮は、胡乱な眼差しを弦に向ける。

 弦は何も答えなかった。黙ったままただ亮を見返す。

 すると亮は、再び軽く鼻を鳴らした。

「まあいいよ、今日のところはこれで引き下がってあげる」

 そこまで言ってから、亮は何かを思い出したという様子で顔をあげる。

「あ、そうだ。ひとまず引き下がってあげるとは言ったけど、もし、日向に無理強いなんかしたら本気で殺すからね。覚悟してて?」

 亮の言葉に、弦はため息を吐き出した。

「そんなことをするはずがないでしょう」

 弦は、どこか疲れたような様子だ。

「そう? でも、君は信用がならないからねえ。君は、石神のためになると思ったら、どんな悪事にでも、平気で手を染めるんじゃないの?」

 口調は軽いものだが、亮の視線は鋭い。

 弦もまた鋭い視線で亮を見返した。

「…人聞きの悪いことを言わないでください。私は、法を犯すような真似はしません。お言葉、しっかりと肝に銘じておきますよ。あなたを敵に回すとやっかいですからね」

「おやおや、ようやく本音が出たようだね。ま、そこをわきまえてるならいいよ。僕は日向を泣かすような奴は、絶対に許さないから。もし何かしたりしたら、地の果てまで追いかけて、じわじわといたぶってから殺すよ?」

 酷薄な笑みを浮かべた亮に、弦は呆れたように息を吐き出した。

「物騒な物言いは止めてください。最首さんを犯罪者にするような真似はしません。その点は、安心していただいて結構ですから」

 弦の言葉に、亮が目を細める。

 やがて、クスクスと笑い声を漏らした。

「余計な心配はしなくてもいいよ。僕が捕まるようなヘマをすると思う?」

 人を食ったようなその言葉と態度に、弦が口元を引き結んだ。表情を厳しく変える。

「最首さん、私は、あなたと言葉遊びをするためにここに来たわけではないんですよ。本来の目的を忘れないでいただきたい」

 その言葉を聞いた途端、亮は白けたというような表情に変わった。

 興味が削がれたのか、気だるげに髪を掻き上げる。

「あー、はいはい。封印を結びなおすんでしょ? わかってるよ」

 亮は、ぞんざいに言いながら視線を塚に戻した。表情がつまらないと物語っていた。

「でも、そう言うけどねえ…。僕には、いまいちまだ状況が把握しきれないんだよ」

 亮は、考えるように自分の顎をつまんだ。

「君たち、何か奥歯に物が挟まっているみたいな言い方してるから。僕としては、一方的に命令されるのは、なんか納得できないんだよねえ」

 言ってから、ちらりと弦を見る。

 弦は亮に向き直り、真正面からその目を見返した。

「破壊された将門塚の封印を結びなおすことに、何か説明が要りますか? この隧道(みち)がいかに重要な隧道であるのか、あなたにも理解できているはずでしょう」

 亮も、腕を組んで弦に向き直る。

「そうだね、そこは理解できてるよ。ただね、ここに至るまでの経緯が説明不足だって言ってるんだよ。明らかに、何か隠し事してるでしょ? 僕はそこの説明をしろって言ってるの。僕には、聞く権利があるはずだよね」

 亮は、小首をかしげた。

 その表情は、愛らしい動きとは裏腹に、背筋が凍るような冷たさを孕んでいる。

 弦はその視線をまっすぐに受け止め、黙り込んだ。

「ねえ、教えてよ」

 ぞっとするような亮の視線を受けて、弦の目がかすかに揺れる。

 二人は、言葉を失くしてしばしにらみ合った。



 ブラウエ・ゾンネ新宿セミナー会場の、すぐ側にあるコインパーキングには、冴月、怜治、良蔵、土岐の姿が在った。

 四人は車から降り、ビルを見上げている。

 良蔵は、真夏の熱帯夜独特のへばりつくような蒸し暑い空気に、辟易したような表情を浮かべていた。

「動きはねえようだが…このままここで監視しているだけでいいのか?」

 問いかけられた冴月は無言だ。

 ここでの指揮権は冴月が握っているため、良蔵は声をかけたのだが、冴月は一向に反応しない。

 良蔵は、何か焦燥感のようなものを感じているのか、かすかに舌打ちして踵を返した。鉄柵に腰をおろし、不満そうに両腕を組む。

 沈黙を破ったのは、怜治だった。

「いまいちしっくりとこないんですよね…」

 まるでひとり言のように話しはじめた怜治は、腕を組んだまま目の前のビルを見上げている。

 冴月、良蔵、土岐の視線が、怜治に向いた。

「我々が東京入りをする前日に、日向と冴月さんが遭遇した例の母親殺害事件を起こした奥野恵は、ブラウエ・ゾンネのスタッフである新井を訪ねて神田のセミナー会場を訪れました。つまり奥野は、新井が神田に居ると思っていたことになります。しかし新井は、自分を新宿会場専門のスタッフだと言い切り、普段から新宿に居ると言っていました。態度を見るからに、明らかにその話が嘘であることはわかっていたのですが、あの時は、てっきり警察に疑われないための方便を言っているのだとばかり思っていました。ですが、今は事情が変わりました。新井が見え透いた嘘を吐いた理由は、奥野の件で怪しまれたくないという意図以外にも何かあるのではないでしょうか」

 怜治は一度言葉を切ってから冴月を見る。

「現在、新井がこのビルに居ることは、本部の人間が突き止めています。それが確かな情報であることはわかっていますが…どうも腑に落ちない。何だかあからさますぎるんですよね…。もしかしたら、陽動の可能性もあるのでは?」

 怜治の言葉に対して、冴月は無言だった。

 すると、黙って話を聞いていた良蔵がため息を吐き出し、頭を掻きむしる。

「くそ! ただ待ってるだけなんてもう限界だ。新宿でも神田でもどっちでもいいから、さっさとブラウエ・ゾンネの事務所に乗り込んで、新井を締め上げようぜ」

 しかし冴月は、良蔵を見て首を横に振った。

「本部からの指示を待て。急いてはことを仕損じる」

 良蔵は、その言葉に反応して冴月を睨みつける。

「いつものお前らしくないな…。本部から、どんな指示を与えられてんだ? 俺たちには教えられないような内容なのか?」

 冴月は再び黙り込んだ。

 良蔵は、焦れたように鉄柵から立ち上がる。

「おい――――」

 今にも掴みかからんばかりの良蔵の肩に、怜治が手を置いた。

「無理ですよ。冴月さんから情報を引き出すなんて、日向意外にできるはずもありません。ここは冴月さんの采配を信頼しましょう」

 怜治はそう言ったが、良蔵は納得がいかない様子だった。

「なあ、本部はいったい何をやってやがるんだ。俺たち鬼にまで、こそこそと隠し事をして…いったいどういう了見だ。お前は、何か聞いているんだろう? だったらそれを俺たちに話――――」

 良蔵が言いかけたその時、突如冴月の携帯が鳴りだす。

 良蔵が見守る中、冴月は携帯を取り耳に押し当てた。


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