六 目的
鹿嶋の拠点で騒ぎをおこしていた火織と水箏は、修也の目の前に並んで正座をさせられていた。
水箏は、正座をしながらも不服そうに腕を組み、修也からツンと顔を背けている。
一方火織はというと、隣に座る水箏が気掛かりな様子で、背けられた水箏の表情を少しでも見ようと、前に身を乗り出すようにしてのぞきこんでいた。
修也は、そんな二人を見てため息を吐き出す。
「お前たち、ちっとも反省していないようだな。特に火織、お前は全く俺の話が聞こえていないようだ」
言って修也は一歩踏み出し、火織の片耳を掴んだ。
「これだけピアスの穴をあけると、耳の聞こえが悪くなるのか? あ?」
修也が、掴んだ耳をぐいぐいと引っ張り上げる。
途端に火織が表情をしかめた。
「イダダダダダ、暴力反対!」
「これは暴力じゃないぞ火織、聞き分けのないお前に、反省を促しているんだ」
「何が反省だよ! 俺は何も悪いことなんかしてねえよ!」
涙目で叫んだ火織に、修也は凍えるような微笑みを浮かべて見せた。
「ほーう、やっぱりこの耳は聞こえていないようだな」
話しをしながら、ぐりぐりと耳を引っ張りあげる。
「イデデデ! センセ! 耳! ちぎれる!!」
「安心しろ、このくらいではちぎれないからな」
「安心なんかできるかよ! やめろって! イダダ!!」
火織は片膝になりながら叫ぶ。
しかし修也は、その悲鳴交じりの声を黙殺した。
「俺はお前に、東京支部に戻れと言ったはずだよな」
すると火織は、すぐさま言い返す。
「俺は鹿嶋に行くって言った! ダダダダ!」
「屁理屈はいいから東京に戻れ。お前のせいで、俺の携帯はさっきから守長たちからの着信で埋め尽くされてんだよ」
「いでーっ!! タイム、タイム! マジでイテーから!!」
少し離れた場所で三人のやり取りを見守っていた日向が、ハラハラした様子で立ち上がる。
「守部先生、それくらいで許してあげてください」
言いながら修也の側に移動した。
すると、それまで黙っていた水箏が日向を振り返る。
「ヒナ! こんな奴のこと庇わなくてもいいの!」
「でも…水箏さん、商長さん痛そうです」
日向が眉をひそめた。
「もうヒナ…そういうところがヒナのいいところなんだけど、でも、こいつにだけは例外にしておいて。じゃないと、ヒナまでストーカーされちゃうわよ? こいつ、節操がないんだから」
「みーたん酷い。俺の愛はみーたん一筋だよ。アダダダダ! センセ! もう勘弁してくれよ!」
火織が、ギブアップとでも言うかのように、修也の腕を叩いた。
しかし修也は耳を放さない。
すると、日向が眉根を寄せて修也を見上げた。
修也は、じっと見上げてくる日向の視線を感じ、しかたないとばかりのため息をはきだして乱暴に火織の耳を放す。
火織は、掴まれていた耳を押さえて蹲った。
「いってー」
「商長さん、大丈夫ですか?」
日向が声をかけると、火織は涙目の表情で頷いた。
「あやうく耳がもげるところだったぜ」
「あんたの耳なんか、もげちゃえばいいのよ」
火織が情けない表情で水箏を見る。
「みーたん…あんまりだ…」
水箏は、ふんと鼻を鳴らして顔を背けた。
修也は、一度額を押さえてため息を吐き出す。わざとらしい咳払いをしてから、二人の注意を引き戻した。
「とにかく火織、お前は今からでも東京に行け」
「やだね」
不貞腐れた様子で火織がそっぽを向く。
修也が、再び凍えるような微笑みを浮かべた。絶対零度の微笑みだ。
修也は、きれいな微笑みを張り付けたまま、わずかに首をかしげてみせた。
「火織くん? 良く聞こえなかったから、もう一遍言ってくれるかな?」
『くん』付けで呼ばれた火織は、弾かれたように修也を見る。
火織は、修也の目に見えない圧力を感じたのか、冷や汗を浮かべながらじりじりと後ろに下がった。
「センセ、俺は絶対に東京には行かねえから」
身の危険を感じた火織は、修也から距離を取ってそう言う。
「ほーう」
修也の凍えるような笑みが深まった。
修也がすばやく手をのばすが、火織は体を後ろに引いてかわそうとする。
しかし、後ろにさがろうとした火織の足を、水箏が素早く払った。
「おわっ!」
体勢を崩して火織が倒れると、修也の指がすばやく火織の頬をつねる。
「この期に及んで、まだそんなことを言うのかこの口は」
「いでで! センセ! マジでギブだから! ギブギブ!」
日向は、おろおろと火織と修也の二人を見比べた。
「守部先生、そのくらいで――――」
「日向、こいつに情けは無用だ」
修也が、怒りを宿した笑顔を浮かべて言い切る。
「そうよヒナ、しゅーちゃん先生の言う通りだから」
「でも…」
「でもじゃないの。いいからこっちにおいで、ヒナ。こんなアホの側にいると、病気がうつっちゃうわよ」
水箏が日向の手を引く。
日向は、戸惑った表情を浮かべて水箏を見返した。
その頃、東京新宿にあるブラウエ・ゾンネが間借りするビルの中では、数人のドイツ系外国人の姿が在った。
その中心にいるのは、黒い髪に青い目をした西欧人――――数日前、新井とともに、このビルの六階から怜治と良蔵を見下ろしていた男――――ヨアヒム・ベーレントである。
ヨアヒムは、居並ぶ外国人たちを見回して、片方の口角を釣り上げた。
「石神の首領は、ようやく重い腰を上げたようだな」
その言葉に、背後に控えていた新井が口を開く。
「はい、『虫』からの報告によりますと、各地から選り抜きの精鋭たちを東京に呼び寄せ、都内各所の塞に配置しているようです。この新宿ビルも、奴らの監視下に置かれているそうです」
「それは重畳」
ヨアヒムは、満足そうにうなずいた。
「鬼たちの動きは、我々の手の内にある。今後の鬼たちの慌てようが見ものだな」
ヨアヒムは、窓際に移動する。
そして、ほの暗い笑みを浮かべたまま、窓の外に広がる夜景を見下ろした。
「そう遠くない未来、この東京に未曾有の混乱が訪れるだろう。首都機能は破たんし、日本という国が亡びる」
ヨアヒムは、目を細める。
低く忍び笑いを漏らしてから、背後にいる人間たちを振り返った。
「委員会にとって、日本の滅亡は単なるプロセスに過ぎない。日本が滅亡することによって始まる世界経済の混乱、秩序の破綻。それが委員会の真の目的。委員会の最終目標は、世界の破綻後に新世界秩序を樹立することにある。だが、我々の目的は違う。わかっているな」
ヨアヒムの声に、一同が居住まいを正す。
「御意」
その答えに、ヨアヒムは満足そうにうなずいた。
「約束の地はもうすぐそこだ。我々の目前にある」
ヨアヒムは、その目に狂気の色を宿し、うっとりとほほ笑んだ。そして、再び踵を返して窓の外を眺めると、両手を後ろ手に組んだ。
「新井、委員会が色々と口を出してきているようだが、適当にあしらっておけ。極力委員会の指示を遂行しろ。委員会に我々の目的を悟られてはならん」
ヨアヒムが背中越しに言い放つと、新井は頭をひくく下げた。
「御意」




