四 闖入者
寄り添うようにして、つかの間の穏やかな眠りについていた日向と水箏は、一人の闖入者によって、強制的に目覚めさせられることになった。
「何やってんだよ日向! てめえ、よくも俺のみーたんと…!」
火織は、二人で眠る姿を見つけるなり、怒りに体をふるわせ、睨むようにして日向を見下ろす。
水箏はというと、火織の声を聞くなり飛び起きて日向を背中に守るようにして威嚇した。
寝起きの日向は、まだ眠りから覚めきらぬ様子で、ごしごしと目を擦っている。
「みーたん、大丈夫だったか!? 日向になにもされなかったか!?」
火織は、必死な様子で水箏に向かって一歩を踏み出す。
すると水箏は、鋭い殺気を放った。
「近寄るんじゃないわよ、この変態」
穏やかな眠りを妨げられた水箏は、いつもより数段機嫌が悪い。
低い声でそう言い放つと、構えを取った。
「みーたん!」
火織が情けない声をあげる。
水箏はすっと目を細めた。
「気色の悪い呼び方をするなって、何度も言っているはずよね? 口で言ってもわからないようなら、体に思い知らせてやることになるけどいいかしら」
水箏の本気を感じ取った火織は、息をのみ口を閉じる。
水箏は、流れるような動作で構えを取った。
腰を落とし、今にも襲いかかろうとする水箏を止めたのは、のんびりとした日向の声だった。
「あれ…? 商長さん? 居たんですか?」
日向は、伸びをしながらあくびをかみ殺す。
声を聞き、水箏はすぐに後ろを振り返った。
「ヒナ! 起きちゃったの!? 可愛そうに、まだ寝ててもいいのよ? 害虫は、私が駆除しておくから安心して眠ってて?」
その言葉の意味をはかりかねているのか、日向は不思議そうに瞬きを繰り返す。
しかし水箏は、そう言い置くなりすぐに火織に向き直った。
「よくもヒナの安眠を邪魔してくれたわね。あんた許さないわよ!」
烈火のごとく怒り出した水箏に、いっきに眠気が吹き飛び、慌てたのは日向だった。
「ちょっ!? 水箏さん!?」
水箏は床を蹴ると、火織に向かって鋭い蹴りを放つ。
「みーたん!?」
火織は、軽く首をひいて蹴りを躱したが、水箏の怒りが増した。
すぐさま腰を落として足払いを仕掛ける。
「うわっ!? みーたん、やめてくれよ」
火織は、その攻撃すらもかわす。
さらに怒りを増した水箏は、ひじ打ちを繰り出した。
その肘を、火織の手が受け止める。
しかしその時、水箏の手が火織の手首を素早く掴んだ。
その瞬間、火織の大きな体が宙に舞う。
「うわっ!?」
火織が驚きの声をあげた。
ドシンという音とともに火織の体が床にたたきつけられると、水箏はすぐに次の攻撃にうつろうとする。
だが、それを日向が止めた。
「水箏さん! やめてください!」
日向の声を聞くなり、水箏の体はぴたりと止まる。
しかし、表情は不満げだった。
「ヒナ、どうして? こいつヒナの事をいつも敵視しているのよ? おまけに、せっかく寝ていたヒナを起こしたりして…。今日という今日は、もう絶対に許さないんだから!」
まさにギロリという表現がぴったりといった様子で、水箏は火織を睨みつける。
火織は、頭を振りながら立ち上がった。
「みーたん酷いよ。俺はただみーたんのことを心配してるだけなのに」
「あんたに心配なんかされたくないわよ! だいたい心配されるようなことなんか、何にもないんだから。むしろ、ヒナと一緒の幸せな時間をぶち壊してくれたあんたの方にこそ腹が立つんだけど。もういい加減、私のことは放っておいてくれる? あんたとは金輪際絡みたくないの。さっさと東京支部に戻りなさいよ!」
「みーたん…」
ナイフのような言葉の数々を、マシンガンの如く投げつけられ、火織は捨てられた子犬のような表情になる。
「早く行きなさいよ」
火織はショックを受けたような表情で固まった。
「水箏さん、そのくらいで終わりにしましょう」
「ヒナ!? だって…」
「水箏さん、商長さんは悪気があるわけじゃないんですよ。そこは、水箏さんもわかっているでしょう?」
「悪気がなかったら、何をしてもいいって言うの? 私は、もう私にかまうのは止めてほしいってずっと言い続けているの。それでもこうやって私の周りをうろちょろする。真剣にいい加減にしてほしいの。迷惑なの! 早く消えて」
「水箏さん!」
日向が、鋭い声で水箏の名を呼ぶ。
水箏は、びくりと両肩を震わせた。
「水箏さん、もっと言い方があるはずです。今のは、明らかに言いすぎです」
「ヒナ…」
叱られた水箏は、ぎゅっと口を引き結んで日向を見返す。
日向は、なおも続けようと口を開きかけた。
だがその時――――。
突如、日向は胸元を押さえて蹲った。
「ヒナ!」
水箏が、驚いた様子で日向に走り寄る。
「おい、日向…? お前、どうしたんだよ」
火織は、とまどった様子で日向を見下ろす。
しかし、日向は首を横に振った。
「だい…じょ…です…」
呻くようにして言葉を紡ぐ。
気が付くと、外はいつの間にか夕暮れを迎えていた。
体が変化する時刻を迎え、日向は、苦しげに胸元を押さえていたのだ。
水箏は、眉根を寄せながら、苦しむ日向を見下ろした。
「ヒナ…」
二人の目の前で、徐々に日向の体は変化してゆく。
変化に比例するように、火織の目が驚愕に見開かれた。
やがて変化を終えると、日向は両肩をはずませ、浅い息を繰り返す。
小柄で可愛らしい少女の姿に変化した日向を見て、火織は絶句していた。
水箏は、日向の背中をさすり、乱れた長い髪を梳いてやる。
やがて思考能力の戻った火織が、呆然と口を開いた。
「はじめて見た…。お前が半陰陽だってこと、話では聞いてたけど…。本当に女に変わるんだな…」
そうつぶやいた火織の声を拾って、水箏は、はっと我に返った。
日向をその背中にかばう。
「あんたまだ居たの! 早くあっちに行って! ヒナに近づかないで!」
「水箏さん――――」
「ヒナは黙ってて。今は土岐がいないんだから、私がこいつのことを追っ払っておかないといけないの!」
そう言って水箏は、睨みつけるように火織を見た。
「ヒナにまで付きまといはじめたりしたら、承知しないからね!?」
水箏の言葉に、火織は前髪を掻き揚げ、ため息をついた。
「みーたん酷いよ。いったい俺をなんだと思ってるんだよ。確かに今の日向は、みーたんの次くらいには可愛いかもしれねえけど…でも、俺はみーたん一筋だから」
「そんなのいらないわよ!」
水箏は、まるで毛を逆立てて威嚇する猫のような様子だ。
火織は、困ったように水箏を見下ろす。
「それにしても、二人ワンセットにすると、凶悪な程可愛いな。土岐のやろう、いつもこんな美味しい思いをしていやがったんだな。あいつ俺に偏見をもってやがるからな。どうりで俺を日向から離したがるわけだ」
火織は、じっと日向を見つめた。
日向は、とまどった様子で火織を見返す。
水箏が、その視線を遮るように体をずらした。
「いやらしい目でじろじろと見るんじゃないわよ。ヒナが穢れるじゃない。あのね、あんたの好みが小柄なロリ顔だっていうことは、とっくの昔に調べがついてるの。ヒナなんて超どストライクでしょ。ヒナは純真でおっとりしてるから、真っ先にあんたのセクハラの餌食になりかねないのよ。だから土岐が、いつもあんたの魔の手から守ってたんでしょうが、このヘンタイ!」
「だからみーたん、それは誤解だって。俺はみーたん一筋だか――――おわっ!」
火織が言い終わる前に、水箏は火織の腕を掴んで捻り、軽々と巨体を投げ飛ばす。
日向は、驚いたように両手で自分の口元を押さえた。
目の前で、大きな音とともに、火織の体が再び床へと叩きつけられ、日向はぎゅっと目を瞑る。
水箏は、仁王立ちをして両手を組み、火織を見下ろした。
「ぐだぐだとうっさい! さっさと消えろヘンタイ!」
騒ぎを聞きつけた鬼たちが集まってきたのは、そのすぐ後の事だった。




