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塞の守り人  作者: 里桜
第三章
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三 曖昧

 修也の運転する車が、茨城県鹿嶋市にある拠点に着くと、水箏は警戒するように周囲を見渡す。

「あのバカ、本当に鹿嶋にきたのかしら」

 水箏の手は、日向の服の裾をしっかりと掴んでいた。

 日向も、周囲をキョロキョロと見回す。

 しかし、火織の姿は見えなかった。

「商長さん…居ないみたいですね。どこに行ったんでしょうか?」

 日向は首をかしげつつ修也を見上げる。

 修也は、ため息を一つ吐いた。

「おとなしく東京支部に行っていてほしいものだが、さて、どこにいるのやら…」

「それよりも」と言って、修也は日向を見る。

「日向、お前休めてないだろう。部屋に戻って少し休め」

「そうよヒナ、車でも寝てなかったじゃない…。色々と心配なのはわかるけど、休まないと倒れちゃうわよ」

 日向はそっと目を伏せた。

「お二人ともありがとうございます。けど…眠くないんです…」

「ヒナ…」

 水箏が眉根を寄せて日向を見る。

 修也も、困った様子で日向を見つめていた。

 だが、水箏は何かを決めた様子で、突然日向の手を取った。そして、無言のまま日向の手を引いて歩き出す。

「水箏さん?」

 日向は、驚いた表情で水箏を見た。

 しかし水箏は振り返らない。前を向いたまま口を開く。

「ヒナ、横になってるだけでも違うわ。休みましょう」

「水箏さん…でも…」

 硬い表情で、渋るようにうつむいた日向を水箏が振り返った。

「『でも』じゃないの。ほら、おいで?」

「そうだぞ日向、横になったほうがいい」

 修也も微笑んで促す。

 結局日向は、水箏に手を引かれるまま、拠点にある自室に向かった。日向は今家を離れており、拠点の中に自分専用の部屋を一部屋与えられているのだ。

 水箏は、まるで自分の部屋のように日向の部屋の扉を開けると、ベッドの上の布団をめくる。そこに無理やり日向を押し込んだ。

 日向は、苦笑しながらもベッドに横になる。

 水箏は、日向がベッドに寝転がったのを確認すると、ベッドに片肘を置き、顎を乗せた。空いた手で、日向の髪を梳く。

「ヒナ、ちゃんと休んで?」

 頭を撫でられると、日向は小さく頷いた。そして、気持ちよさそうに目を細める。

「水箏さん、なんだかお母さんみたいです」

 水箏はほほ笑んだ。

「ヒナのお母さんて、すっごい美人なのよね。あんな人に似ているなんて言われると、嬉しいわ。それに、とても強い鬼だし、私尊敬してるの」

 水箏の言葉に、日向はどこか寂しげな微笑みを浮かべる。

「お母さんの事を好意的に言ってくれるの、水箏さんくらいです。僕、とっても嬉しいです」

「何言ってるのよ、言いたい奴には言わせておけばいいのよ! 私、ヒナのお母さんに何度かあったことあるけど、すごく素敵な人だったわ。私、憧れてるんだから」

「ありがとうございます」

 日向が嬉しそうに微笑んだ。

 水箏も微笑み返してうなずく。

「でも…」

 そこまで言って、水箏は一度言葉を切った。

 真剣な表情に変わると、横たわる日向を見下ろす。

「でもねヒナ、私はヒナのお母さんじゃなくて、恋人になりたいの」

 日向は、驚いた様子で飛び起きた。軽く目を見張り、まじまじと水箏を見る。

「私、本気よ? ヒナは、いつも冗談だと思っているみたいだけど、私はずっと本気だから」

 日向は息をのんだ。

「私、男鬼なんかには絶対に負けない。私は、必ず一番強い鬼になって見せる。だから…そうしたらヒナも、私の事、ちゃんと考えてみて?」

 水箏は、痛いほど真剣な眼差しを日向に向けていた。

 日向は、そんな水箏をしばらく見つめていたが、やがて小さく息を吐き出した。肩の力を抜く。

「水箏さんも知っていたんですね…。僕が、強い鬼との間に子供を残さなければならない義務があること…」

 水箏は頷いた。

「ごめんね。ずいぶん前に、栄泉様たちと話していたところ、偶然聞いちゃったの」

「そうなんですか…」

 日向は、視線を伏せる。

「水箏さんの気持ちは、とても嬉しいです。でも、僕…」

 日向は、そこまで言って唇を噛んだ。続く言葉を飲み込む。

 水箏は、痛ましげな表情でそっと手をのばし、指先で日向の唇に触れた。

「そんなに強く噛んだら、血が出ちゃうわ」

「水箏さん…」

「ヒナが、あの陰険男に懐いているのは知っているけど、でも、私は自分の気持ちに嘘はつけない」

 水箏は、日向の頬をそっと撫でる。

「私は、ヒナが好き。大好きなの」

 ひたむきな思いを打ち明けられ、日向は苦しげに眉根を寄せた。

「水箏さん…僕、自分自身でも良くわからないんです。自分が男なのか、女なのか…」

 ポツリとそう漏らす。

「水箏さんが言った通り、僕は冴月様のことをお慕いしています。けれども、それは尊敬の気持ちが強い気がします。僕、心の底からずっと冴月様の側にいたいって思っていますけど、でも…まだそれ以上の気持ちは僕自身にもわからないんです…」

 そこまで言って、日向は一度口を閉じる。やがて、苦しげな表情で声を絞り出した。

「たぶん僕は…人間として不完全な生き物なんです。男にも女にもなりきれていないから…だからこんなふうに、どっちつかずの曖昧な気持ちを抱えているんだと思います。僕は、きっといびつで、不完全な生き物なんです」

 すると水箏がきっぱりと首を横に振った。

「そんなことないわ。ヒナはヒナよ。私は、今のまんまのヒナが好きなの」

「水箏さん…」

 水箏は、勇気づけるように微笑みかける。

「ヒナは、純真でぽや~っとしすぎてるから、時々悪い奴に騙されないか心配なときもあるけど、素直で、まっすぐで、可愛くて、優しくて、でも、誰かを守ろうとするときはとっても強くもなれる。私は、ヒナのそういうところが好き」

 水箏は、両手で日向の頬をはさみ、額をくっつけた。

「男とか女とか、そんなことは関係ないの。私は、今のまんまのヒナが大好きなの」

 日向は、ぎゅっと眉根を寄せる。

「あのねヒナ、半陰陽というその体は、ちょっとめずらしいかもしれない。でも、そんなのただの個性に過ぎないわ。そんなことで、ヒナが不完全な人間になるわけないじゃない。だいたい完全な人間て何よ? 私にはその定義の方が分からないわ。つまらないこと気にするんじゃないの」

 水箏は、軽く叱るような口調で言う。

「水箏さん…」

「それにね、ヒナの気持ちが曖昧なのは、たぶんまだあの陰険ヤローに本気じゃないってことよ。半陰陽とは何の関係もないわ」

 水箏の言葉に、日向は一度大きく目をまたたいた。そして、すぐに苦笑を浮かべる。

 それを見た水箏は、いたずらっぽい表情に変わった。

「でもね、ということは、まだまだ私にも勝算はあるってことになるのよね」

 水箏の言葉に、日向は不思議そうな表情を浮かべる。

 水箏は、そんな日向を見てくすりと笑った。そのまま伸びをするようにして、日向の唇に軽く唇を重ねる。

「み、水箏さん!!」

 日向は、ぎょっとした表情になり、慌ててのけぞった。顔を離し、真っ赤になりながら手の甲で口元を覆う。

「ふふふふ、これでヒナは、嫌でも私の事意識するわよね。私、あのヤローには絶対に負けるつもりはないから」

「水箏さん! これは負けるとかそういう問題じゃないです!」

 日向は、真っ赤な顔のまま抗議する。

「あら、わかっちゃった?」

 水箏は小さく舌を出してみせた。

「でもね、さっきも言ったけど私は本気なの。ヒナに好きになってもらうためには、ありとあらゆる手を駆使してやるんだから。ヒナも覚悟してて?」

 水箏は、日向の首に両腕をするりと巻きつけ、愛らしく小首をかしげる。

「み、水箏さん!」

「ちなみに、今のが私のファーストキスだからね」

「っ!!」

 日向は、うろたえるように、さらに顔を赤くした。

「もう、ヒナったらかわいい」

 言って水箏は、日向の首にしがみつく。

「み、水箏さん! 離れてください!」

 日向は、顔を真っ赤にしたまま、なんとか水箏の腕を外そうとする。がしかし、水箏は、ますますぎゅっとしがみついて抵抗した。

「水箏さん!」

 日向は、必死な様子で水箏の名前を呼ぶ。

 けれども水箏は頭を日向にもたせ掛け、甘えるようにして抱きついた。

「私は、なりふりなんてかまってられないの。ヒナも観念しなさい」

 いつも通り我が道を行く水箏の言い分に、日向は盛大なため息を吐き出す。

「僕は、いつだって水箏さんにはかないません」

 日向は、お手上げとばかりに体の力を抜いた。水箏のしたいように任せる。

 水箏は、日向の胸にもたれかかったまま目を閉じた。

「ヒナ、掃守さんの事だけど、絶対に大丈夫よ」

 日向は、軽く目を見張った。

 掃守は朝まで一進一退の容態を繰り返していたが、なんとかもち直していた。

 しかし、ひと山越えたとはいえ、依然危険な状態にある。

 あんな状態の掃守を残して、鹿嶋に帰らなければならなかった日向の心情は複雑だった。

 ずっと心に引っかかっていたそんな気持ちを、まるで見透かされたような気がして日向は驚いていた。

「あの人は強い人だから、絶対にあきらめたりしない。だから大丈夫。それにね、土岐だって大丈夫よ。りょーちゃんや、怜治先生が一緒にいるんだもの、怪我なんかさせないわよ。それに、癪に障るけどあの陰険ヤローも、まあ大丈夫なんじゃない? だから、ヒナがそんなにも心配することないわ。少しは信じてあげなさいよ」

 水箏の言葉に、日向は思わず吹き出した。

 日向は、そっと水箏の背中に腕を回す。

「水箏さん、ありがとうございます。僕、少し元気が出ました」

 水箏は、日向をふり仰いだ。

 日向の顔を見て、ほっと息をつく。

「そっか…よかった」

 水箏の口元が、微笑みを浮かべる。

 つられて日向も微笑みを浮かべた。


 その数十分後、日向と水箏は、寄り添うようにして、しばしの間穏やかな眠りについていたのだった。


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