二 説明
石神東京支部の最上階にある多目的室には、全国津々浦々から呼び寄せられた鬼たちが一堂に会し、ところ狭しとひしめき合っていた。
その中には、怜治、良蔵、冴月、土岐の姿もある。
怜治と良蔵は椅子に腰かけ、冴月と土岐は壁際に立っていた。
緊急招集された鬼たちの中には、まだ事態の把握ができていない鬼たちが多数存在し、訝しむ様子で、何事かと話し合っている。
今からこの部屋では、東京で起こっている事件の詳細についての説明があることになっていた。
しかし、怜治は内心で、今までの本部の対応からして、どこまで真実を話すのか疑わしいものだと感じていた。
そしてもう一点、昨晩から降ってわいた懸念材料にも、今は気をとられているのだった。
怜治は長い足を組んで椅子に座り、注意深く良蔵を観察している。
それには理由があった。
どういったわけか、深夜に病院で煙草を吸いに出かけて以来、良蔵の様子がおかしいのだ。
幼馴染である怜治には、良蔵の変化が手に取るようにわかっていた。
しかし、原因がまったくつかめない。
それは、良蔵が故意に隠しているためであった。
良蔵と怜治は、長い付き合いであるが故にお互いの性格を知り尽くしている。
そのため、相手の行動パターンをよく理解していた。
迂闊なことを話せば、怜治に主導権を握られ、全てを白状させられてしまう。
そこを理解している良蔵は、怜治の質問に対して、決して口を開かなかった。
ぼろが出ないようただ黙して語らず、ひたすら沈黙を守り続けているのだった。
何か怒りのようなものを宿す良蔵の目に、怜治は一抹の不安を覚える。
(いつもわかりやすいのに、こういう場合だけは例外なんですよね)
今の良蔵の怒りは、掃守の件で例の外国人たちに対して怒っているのとは何かが違う。
それが怜治にはわかっていたのだが、しかし、それ以上は良蔵の考えが読めなかった。
(おまけに、こうと決めたら頑固で、絶対に自分を曲げないから困ります)
良蔵の頑固さを知っている怜治は、正面から問いただしたところで答えることのない幼馴染の性格を、嫌というほど知っていた。
おかげで怜治は、注意深く良蔵の行動を見守ることしかできずに居たのだ。
良蔵の表情は、何か思いつめているようにも見える。
そのことが、怜治には気掛かりでならなかった。
そして、良蔵のそんな変化を察しているのは怜治だけではなかった。
どうやら冴月も良蔵の異変に気付いているようなのだ。
冴月もまた良蔵の行動を注視している。冴月の場合、特に口に出して問いただすようなことはしなかったが、しかし良蔵が席を外せば、それとなく後を追って行動を見張るような節が見えていた。
(いったい何があったのやら…。全く良蔵には困ったものですね)
怜治が疲れたような表情を見せていると、不意に会場の扉が開いた。
入ってきたのは、武蔵の守長である弓削保孝と、常陸の守長である信太栄泉だ。
二人の守長は、部屋の前面中央部に立つと、集まった鬼たちの顔を見渡す。
すると、それまでざわめいていた部屋の中が、ぴたりと静まり返った。
それを見届けてから弓削が口を開く。
「この度は、ご多忙のところはるばる遠方からもご臨席いただき、大変感謝いたしております。武蔵を代表して、皆様に御礼申し上げます」
弓削は一同を見渡して続けた。
「さて、本日お集まりいただきましたのは、過日、将門塚にて起こった塞の破壊に際し、不穏な動きを見せる一味の存在を確認したことを、皆様にご報告するためです」
弓削の言葉に、会場がにわかにざわめきだした。
弓削はなおも続ける。
「その集団は、今後も東京の塞の破壊活動を行う可能性が強く、それゆえ皆様のお力添えをいただきたく、こうしてお集まりいただいた次第でございます」
弓削の説明に、今度はどよめきが起こった。
「塞の破壊活動? それはどういうことですか? その一味というのは特定できているのですか?」
鬼たちの中から、そんな声があがった。
その質問に、弓削は頷く。
「おおよその見当はついています」
「いったい何者がそんな不届きな行為を行っているというんです!?」
「どういうことだ! もっときちんと説明しろ!」
鬼たちの一部から、次々と怒りの声が湧き上がった。
「落ち着いてください」
詰め寄る鬼たちを、弓削はなだめる。
「今現在、我々が把握している経緯についてご説明させていただきます。どうか静粛に願います」
弓削の言葉に、会場はなんとか落ち着きを取り戻した。
厳しい表情の鬼たちが、弓削の言葉に聞き入った。
弓削の話では、まず最初に将門塚の塞を破壊したのは外国人であったことが説明がされ、その者たちは、将門塚の前にも地方都市にある塞を破壊していたことが確認されているという話があった。
続いて、その外国人たちが、破壊した塞から逃げ出した虺を集めているということ。
そしてさらに、方法は謎だが、外国人たちは虺を育て、強大にしてから人に憑依させ、不特定多数を攻撃しようとしているらしいことなどが説明された。
怜治にとっては、さほど目新しい情報はない。
だが、集められた鬼たちにとっては、まさに寝耳に水の出来事であったようだ。会場はにわかにざわめきたった。
「虺を捕える? そんなことができるはずがない! 不可能だ!」
鬼の一人が、そう言葉を発した。
常識で考えればそうだった。
隧道を通って現世に放たれた虺は、宿主を見つけだして憑りつく。
そして、宿主の負の心を糧に育ち、やがて宿主の生気が尽き果てれば、再び違う宿主を見つけだし憑りつくという行為を繰り返す邪霊だ。
たとえ健常な精神の持ち主であったとしても、虺を宿せば負の心を無理やり増幅させられ、生気を吸い取られ、廃人にされてしまう。
本能に従って、ただ人間の生気を奪う実体のない虺を、捕えておくことなど不可能なのだ。
弓削は頷く。
「我々も、はじめは半信半疑でした。しかし、そうとしか考えられない事象が次々と起こっていました…」
弓削は何かを思い出しているのか、眉間には深い皺が刻まれている。
だが、その考えを振り払うかのように首を振り、弓削は表情を改めてさらに続けた。
「確信が持てたのは昨晩の事です。夕べ、掃守支部長が負傷した折、敵の持つ赤い石に虺が吸い込まれるところを、複数の鬼たちによって目撃されております。それにより、裏付けが取れました。敵は、赤い石を使って虺を捕えています」
それは、良蔵、日向、土岐が目撃し、報告した内容だった。
しかし、実際目にしていない鬼たちには、信憑性が薄く感じられるのか、半信半疑といった様子だ。
そんな鬼たちを見回し、弓削は静かに言った。
「敵は、塞を壊して集めた虺を何らかの方法によって育て、人に憑依させてこの東京に解き放っているのです。それゆえ、東京では虺の出現が頻繁に起こっています。敵は、今後も塞の破壊を行い、虺を集める可能性があります」
すると、そこで一人の鬼が怒りにまかせて机を叩いた。
弓削を睨んで立ち上がる。
「百歩譲ってその話が本当だったとしよう。だったら、そこまでわかっていながら、なんで今まで放っておいた!? 掃守が犠牲になるまで公にしなかった理由はなんだ!?」
怒りの表情で弓削に食って掛かる。
しかし、弓削は毅然とした表情のまま続けた。
「その件に関しましては申し開きのしようがございません。全ては私の落ち度です。武蔵だけで何とか対応できると、事態を軽く見ておりました。大局を見誤っておりましたこと、深くお詫び申し上げます」
守長の地位にある者に深々と頭を下げられ、怒っていた鬼もぐっと口を引き結ぶ。
怒りは収まっていないようだが、それ以上の言葉を無理やり飲み込み、しぶしぶと言った様子で椅子に座った。
一方怜治はというと、弓削の言い分に疑問を感じていた。
今回の件は、弓削一人の判断によって情報が伏せられていたとは、到底思えない。
実際、東京では弦が関わっていることも確認している。
弦は、石神本部の幹部である。弦が関わっている時点で、本部もかかわっているであろうことが容易に知れた。
それに、怜治たちが東京入りする前に立ち寄った埼玉では、四方田の口から箝口令が敷かれていることも聞かされている。
はっきりと言われたわけではないが、それは即ち弓削の判断ではなく、本部の意向なのだと怜治は感じ取っていた。
つい先日、掃守から聞かされた情報統制の件の話も、その裏付けになっている。
よって怜治は、弓削の言い分に、違和感を覚えるのだった。
弓削は、落ち着いた態度のままさらに続ける。
「さらに我々の調査の結果、将門塚の塞を壊した外国人たちが、ある企業と密接に関わっている可能性が濃厚になりました。その会社はドイツ系の外資企業で、ブラウエ・ゾンネという会社です」
その言葉に、怜治は『やはり』という思いを感じる。
それと同時に、今になって、突然ここまで突っ込んだ情報を開示したことに対して、何故という思いが湧き上がっていた。
今まで伏せていた情報を、このタイミングで皆に知らせるその意図が、いったいどこにあるのか、怜治にははかりかねていた。
(もういちど四方田さんに接触してみますか…。あの人は最近まで石神の本部に在籍していた。今は病気でリタイヤしているとはいえ、本部とのパイプは太い。今回の件の真相を、もう少し深く知っているはずです)
怜治が、心の中でそんなことを思っていると、なおも弓削が続ける。
「ブラウエ・ゾンネの本社はドイツにあり、本社のメイン業務は主に金融業です。しかし、日本支社のメイン業務は職業紹介事業。日本支社は本社とは違い、外資系企業への就職や転職の支援を行っている会社のようです」
怜治は、じっと弓削の言葉に聞き入る。
気が付けば、良蔵もまた厳しい表情で弓削の言葉に耳を傾けていた。
しかし、その場に居た鬼たちは、外資系の企業が塞の破壊活動を行っているという事実に戸惑いを覚えていたようで、困惑気味に耳を傾ける。
「ブラエ・ゾンネ日本支社が力を入れているのは、若者向けの外資系企業面接対策講座ですが、しかし、他にも毛色の変わった事業を手がけていました。それは自己啓発セミナーです。その講座は『自己の殻を打ち破り、可能性を高める』と謳って人を集めていたようです。その自己啓発セミナーにおいて、我々は不審な動きを掴んでいます」
怜治が、ひそかに調べていた核心に弓削は言及する。
「我々は、この自己啓発セミナーの内容を確認するため、セミナー課程を修了した人間に接触を試みていました。がしかし、どういったわけか、所在を突き止めることのできた人間の全てが、同じ症状で病院に入院していることが発覚しました」
怜治の表情が、驚きに彩られた。
(病院に入院している?)
怜治の側で、良蔵もまた訝しむような表情を浮かべている。
「セミナー課程を修了した人々は、全員何らかの精神疾患が認められ、入院を余儀なくされているのです。面会すらも困難な状態でした。つまり、セミナー課程を修了した人々の現状は、強大化した虺を祓った後の宿主の状態に酷似していることが確認されています。これらの事実から、おそらく彼らは虺を強大化するために利用されたのではないかと、我々は推測しています」
弓削の言葉で、鬼たちの間に動揺が走った。
「いったいどうやって!?」
一人の鬼の質問に、弓削は首を横に振る。
「そこまでのことは把握しきれていません」
(方法まではわかりませんが、やはりセミナー参加者を虺の飼育に利用していたのは確かなのでしょうね…。恐ろしい相手だ)
怜治は表情を厳しいものに変えた。
「残念ですが、我々もこれ以上のことは把握できていないのが現状です」
そう重ねて、弓削は会場内の鬼たちをぐるりと見回す。
「現在確認中のことも多数あります。わかり次第、追ってご報告させていただきます。どうか皆様のお力添えをいただきたく、何卒お願い申し上げます」
その後、ブラウエ・ゾンネの事務所の調査や、塞の警護について話し合いがもたれた。
怜治は、厳しい表情のまま東京支部の最上階を後にしたのだった。




