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塞の守り人  作者: 里桜
第二章
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二十 江戸曼荼羅

 日向と亮は、病院の廊下の長椅子に腰かけていた。

 冴月は、少し離れた場所で、立ったまま背中を壁にもたせ掛けている。

 亮は、日向の手を取って引き寄せた。

「日向、さっき怜治君から聞いたけど、怪我したんだってね? 大丈夫? 痛まない?」

 亮は、怪我をしている日向の手にそっと触れる。

 日向はほほ笑んだ。

「叔父様は、もう卜部先生にお会いしていたんですね。はい、大丈夫です。怪我というほどのものでもないんです」

「そう?」

 亮は小首をかしげる。

「僕がそばに居たら、絶対にこんな怪我なんてさせなかったんだけどね…」

 そう言いながら、亮は意味ありげな視線をちらりと冴月に投げた。

 しかし、冴月は亮を一瞥もしない。無言のまま正面の壁を見据えている。

 日向は、そんな二人のやり取りに、全く気が付いていなかった。

「叔父様…僕の怪我なんて、物の数にも入りません。掃守さんのお怪我に比べたら…」

 そう言って、日向は表情を曇らせる。

 亮も神妙な顔に変わった。

「それも卜怜治君から聞いたよ…」

 亮は、すぐに無表情に変わる。しかし、その目の奥には、怒りと呼べる何かがちらついていた。

 亮は、そっと日向の頭に手を乗せる。

「日向、掃守さんなら大丈夫だよ。あの人は、そんな簡単にくたばるようなタマじゃないからね」

 亮の手が、日向の頭を優しく撫でた。

 日向は、かすかに微笑む。

「はい、僕もそう信じています。きっと掃守さんは大丈夫です」

 日向は、掃守の治療を受ける部屋のドアを見つめた。

「僕、掃守さんに聞きたいことがあるんです。だから、早く元気になってほしいんです」

「聞きたいこと?」

 亮が、不思議そうに目をまたたく。

「はい。掃守さん、将門塚で何かを言いかけていたんです。いったいそれが何だったのか聞いてみたくて…」

「言いかけていた? 何を」

 日向は、亮を見上げた。一度何か口を開きかけるが、逡巡する。

「日向?」

 亮に先をうながされ、日向は仕方なく続けた。

「実は掃守さん…何か話をするのに迷っていたことがあるみたいで…。僕の感なんですけど、あまり皆に言いたくない話だったのかなって…」

「言いたくない話?」

「はい…掃守さんは、百目鬼先生にまで何かを隠していたようなんです。僕、二人が言い合っているところを聞きました。それは土岐も知っています。だから僕、掃守さん本人にそのことを確かめたくて…」

 亮は、顎をつまんで考え込む。

「ちなみに、日向はその内容に何か心当たりはあるの?」

 亮の視線を受けて、日向は首を横に振った。

「ただ…」

 日向は、再び言いかけて口をつぐむ。

「ただ?」

 亮にうながされて、日向は息を吐き出した。

「ちょっと気になることを言っていて…」

 日向は一度口を閉じてから、何かを決心して口を開く。

「実は掃守さん、将門塚で気になることを言っていたんです。将門塚が江戸曼荼羅にかかわりがあるとか、日枝神社、神田明神、寛永寺、増上寺にある塞も狙われるんじゃないかとか…。それに鬼王神社や築土神社辺りも危ないかもしれないって言っていました」

 その話を聞くと、亮の表情が消えた。眼差しも鋭く変わる。

「まあそうだね…。将門の首塚を狙ったってことは、掃守さんの言う場所の塞が狙われても、何ら不思議はないね」

「そうなんですか?」

 日向の問いかけに、亮は頷く。

「将門の首塚は、掃守さんの言う通り、江戸曼荼羅に深くかかわる場所なんだ。そこを狙ったってことは、同じく江戸曼荼羅にかかわりのある日枝神社、神田明神、寛永寺、増上寺が狙われてもおかしくはないってこと」

「その江戸曼荼羅というのは、いったい何なんですか?」

 不思議そうな表情をする日向に、亮は続けた。

「簡単に言うと、天海僧正の施した壮大な結界かな。今は世界有数の繁栄を誇る東京だけど、中世の頃、江戸はただの辺境の地で、湿地帯が広がるばかりの寂れた土地だったんだ。それを太田道灌や徳川家康、天海僧正たちが日本の首都になるまでの強い土地に作り変えたんだよ。天海僧正は首塚に祀られる『平将門』の神威を利用して、江戸に強力な風水都市を作り上げたんだ」

「風水都市…ですか?」

「そう、それが俗に言われる江戸曼荼羅。風水的にはあまりよくなかった江戸という土地を、人工的に改造し、強力な風水都市に作り変えたんだ。日向は四神相応という言葉を知っているかい?」

 亮の問いかけに日向は頷く。

「はい、聞いたことがあります。確か四つの方位を司る青竜、白虎、朱雀、玄武が存在するに相応しい地勢が備わっている土地のことですよね」

「そうだね、四神相応には諸説あるけど、日本における一般的な風水では、東に流水、西に大道、南に湖沼、北に丘陵なんて言われているね。よく京都が四神相応の代表に挙げられているのは知っていると思うけど、天海僧正はこの京都を真似て、江戸に風水都市を作ったんだよ」

「京都を真似てですか」

 亮は頷く。

「一応江戸の北には麹町大地、東に平川、南に東京湾、西に東海道があって四神に守られた土地だった。ただし、湿地の広がる厄介な土地ではあったんだけどね。江戸には、利根川、荒川、隅田川、江戸川みたいな大きな川が入り乱れていて、しょっちゅう氾濫をおこしていたから。家康は、その厄介な土地に手を加えて整備したんだよ。山を削って入江を埋め立て、川の流れを変える治水工事を行ったんだ。同時に、五街道の整備も進めて、江戸はやがて人の溢れる場所にかわった。その上で、『平将門』の神威を利用して、呪術的にも強化を図った。江戸を守護する結界を張る役を担ったのが、天海僧正だ」

「天海僧正ですか…聞いたことがあります。家康に仕えた天台宗の僧侶で、かなりの長寿だった人物ですよね」

「そうだね、天海僧正には、色々なトンデモ話が付きまとっていて、話題には事欠かない人物だよ。怪僧という言葉が、まさしくしっくりくる人物だ。この天海が、江戸の鬼門を封じるために、神田明神を首塚のある大手町から駿河台へと遷座し、さらに寛永寺を作った。そして裏鬼門に、日枝神社を遷座して、さらに増上寺を作ったんだ」

「神田明神、寛永寺、日枝神社、増上寺…ですか」

「そういうこと」

 言って亮は、軽く肩をすくめた。

「その後、二つの神社はさらに遷座され、神田明神は外神田に、日枝神社は永田町に落ち着くことになるんだけどね」

「そうなんですか…でも、じゃあ鬼王神社や築土神社の塞というのは、どう関係しているんですか?」

 その質問に、亮はしばし考え込んだ。

「そうだね、築土神社について説明するなら、神田明神、日枝神社、築土神社は、根っこでは同じ土地神を祀っている神社なんだよ。同じ神威で守られている。これらの神社は、本来首塚のある大手町付近から遷座された神社なんだ。今でこそ神田明神や築土神社は、『平将門』を祀る神社としてなじみが深い神社だけど、実のところ、それは後付けなんだ。もともとあった古い土地神が、将門に習合されて今の形になっている。だから、もし敵の目的が東京の結界を破壊することだとしたら、やっぱり狙われる可能性は大きいだろうね」

 亮の言葉に、日向の表情がこわばる。

「鬼王神社については、掃守さんに聞いてみないとよくわからないな。鬼王神社も、元をたどれば古い土地神を祀っている神社ではあるんだけど…掃守さんは、いったい何に引っかかったんだろうね…」

 言いながら、亮は顎をさする。何か考え事をしているような様子だった。

 日向は、膝の上で拳を強く握りしめる。

「敵の狙いは、一体なんなんでしょうか。もし、東京を守っている江戸曼荼羅を破壊することが目的なのだとしたら、彼らはその先に、いったい何をたくらんでいるのでしょうか」

 亮と冴月の視線が日向に向いた。

「敵は()を集めているようです。塞を壊すのは、()を集めるためなんだと思っていました…。でも、実はそれだけが目的ではなく、さらに東京を守る結界を破壊しようとしているのだとすると…そんなことをする意図は、何処にあるんでしょうか?」

 日向は、顔をあげて冴月を見る。

「話が、あまりにも途方もない話になってきていて…僕には想像もつきません」

 亮が困ったような表情を浮かべた。

「そうだねえ、まだ材料が少ないから、僕にもいまいち把握しきれていない話なんだよね。でもね日向、あんまり難しく考えないことだよ。石神(しゃくじ)の本部もそれほど馬鹿じゃない。いつまでも訳の分からない外国人たちの好きにさせておくようなことはないからさ」

「本当ですか?」

 亮は手をのばして日向の頭を撫でる。

「本当だよ。そのために僕たちが呼ばれたんだからね」

 そう言って、亮は不敵な微笑みを浮かべた。


※事実とは異なる解釈で書いている箇所があります。あくまでも小説としてお楽しみください。

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