十七 知らせ
医師から衝撃的な内容を告げられた五人は、廊下に立ち尽くしていた。
やがて良蔵が動きだし、力なく椅子に座る。そしてうつむき、自分の膝を拳で叩いた。
「くそっ!」
怜治も、表情に怒りを宿し、宙の一点を睨み据えている。
日向、水箏、土岐の三人は、言葉もなく表情をこわばらせていた。
するとその時、静まりかえっていた廊下に、靴音が響き渡る。
日向は、足音のする方に首をめぐらせると、驚きに目を見張った。
「冴月様!」
声をあげて、冴月に走り寄る。
「冴月様、どちらに行っていらっしゃったのですか?」
日向がたずねるが、冴月は曖昧な表情でうなずき返し、返事をはぐらかした。
冴月は怜治の側まで移動し、口を開く。
「将門塚が破壊されたそうだな」
「ええ、その時に不審な集団の襲撃を受け、掃守さんが負傷しました」
怜治の言葉に、冴月がかすかに顎を引いた。
「掃守の件は、先程報告を受けた。厳しい容体のようだな…」
冴月の言葉に、無言で座っていた良蔵の表情が厳しいものに変わる。その目には、掃守に怪我を負わせた人間への憎悪が宿っていた。
冴月が、静かな眼差しを良蔵に向ける。
「冷静になれ、そのまま虺に対峙させるわけにはいかない」
虺は、憎しみなどの負の感情を糧に成長していく。対峙するときに、負の感情を宿していると、隙をついて憑依されかねないのだ。
諌める冴月の言葉に、良蔵が舌打ちをした。
「言われなくたって、んなこたぁわかってるさ!」
荒々しい言葉でそう言うと、良蔵は椅子から立ち上がる。そして歩き出した。
「ちょっと、りょーちゃんどこに行くのよ」
水箏が声をかけるが、良蔵は振り返らない。
「百目鬼先生…」
日向も眉根を寄せ、心配そうな声を出した。
すると良蔵は、無言でポケットから煙草を取り出し頭上に掲げる。
煙草を吸ってくると言っているのだ。
「頭を冷やしてくる。すぐに戻る」
良蔵は、振り返ることなく背中越しに短く言い置くと、廊下を折れ、そのまま階段を下りていってしまった。
五人は、その背中を見送る。
「怜治先生…りょーちゃん一人にしていいの?」
水箏が、心配そうに怜治を見上げた。
「大丈夫ですよ。確かに良蔵は、直情型で危なっかしく見えるかもしれませんけどね、さすがに三十を超した辺りからは、多少の落ち着きは出てきました。がむしゃらに、一人で突っ走るような浅はかな真似はしませんよ。それくらいの分別はあります。むしろこの中で、そういう注意が一番必要なのは日向でしょう」
その言葉を受けて、水箏の視線が日向に向く。
冴月の視線も、日向の姿をとらえていた。
「そうなのよね…ヒナって、時々滅茶苦茶なことするのよね。まるでブリンカーがついた競走馬みたいに、一直線に突っ走っちゃうんだから、困ったものよね」
眉尻を下げつつ、ため息を吐き出す水箏に、日向は怒ったように唇を突き出す。
「水箏さんに言われたくありません。水箏さんだって突っ走るタイプじゃないですか」
日向が言い返すと、水箏が何か言う前に、怜治が口を挟んだ。
「日向、水箏は、一見すると無茶しているように見えるかもしれませんが、一番打算的に動けるタイプですよ。水箏は、攻め時も引き際も、見極めがうまい。それに比べて日向、あなたは危なっかしい。それは冴月さんも一緒ですけどね」
怜治の言葉に、水箏がわざとらしいため息を吐き出しつつ、両腕を組んで頷いた。
「そうなのよねえ。どこかの誰かさんは、普段すかしてるくせに、ヒナが絡んだ時だけ、びっくりするくらい馬鹿なことするのよね」
その言葉に驚き、日向は冴月を振り返る。
しかし、言われた当の冴月は眉一つ動かさなかった。一度も水箏と怜治を見ることなく、無表情に腕を組んでいる。
反省の色の全く見えない冴月を見て、怜治は困ったように息を吐き出した。
「とにかく、日向も冴月さんも、勝手な行動は慎んでください」
そう言ってから、表情を厳しいものに変える。
「今夜の事件で、何者かが、意図的に塞を壊して虺を集めていることがわかりました。しかも、どうやら集めた虺を、故意に人に憑依させているようです。今後も、おそらく今晩のように、塞を破壊する行為を繰り返してくることでしょう。今後、勝手な行動はやめてください。相手の目的も定かではないこの状況で、一人で行動することは危険です」
怜治が、一人で外出していた冴月を暗に窘めるが、冴月はやはり無言だ。
日向だけは、反省した様子で「気を付けます」とこたえた。
水箏は手をのばし、日向の頭を撫でる。
その時、不意に日向が土岐の様子に気づき、不思議そうに目をしばたたかせた。
「土岐…さっきからずっと黙ってるけど、どうしたんだ?」
日向に声をかけられ、土岐が顔をあげる。
視線を日向に向けると、土岐は首を横に振った。
「少し…考え事をしていた…」
「考え事?」
日向が首をかしげる。
水箏も改めて土岐を見て、不思議そうに目をまたたいた。
「なんだかいつもの土岐っぽくないわね。どうしたのよ?」
水箏が声をかけるが、土岐は、またもや曖昧に頷いてかえす。
しかし、冴月からも問いかけるような視線も向けられ、やがて土岐は逡巡しながらも口を開いた。視線は怜治を見据える。
「将門塚で襲撃をしてきた外国人たちは、ドイツ語を話していました。先日起こった母親殺人事件に関係していた、例のブラウエ・ゾンネという会社も、ドイツ系企業でしたよね。何か関係があるのかと思って…」
すると怜治は、困ったように頷いた。
「そうですね、おそらく関係があるはずです。ですが、あなたたちは、あまりそちらの件に首を突っ込むのは止した方がいいでしょう。今後は、指示があるまで支部で待機していてください」
怜治は、土岐に指摘される前から、その関係性を疑っていたようだ。
しかし、日向たちのことは、その件から遠ざけておきたいと言う意図が汲み取れた。
日向は驚いたように怜治を見る。
「え!? 待機? どうしてですか?」
「そんなの、危ないからに決まってるでしょう」
水箏の言葉に、日向は戸惑いの表情を浮かべた。
「でも…」
納得がいかない様子で渋る。
「ヒナ、怜治先生は、あなたのそういうところを注意してるのよ? ここは、怜治先生の意見に従ったほうがいいわ。相手は、車で塞に突っ込んだり、刃物を使って平気で人を傷つけるような奴らなの。今まで見たいに、ただ塞の巡回と、見つけた虺の浄化をすればいいっていうような状況じゃなくなっているのよ。聞き分けて」
水箏の言葉に、怜治は頷いた。
「そういうことです」
「でも、じゃあ今後の塞の巡回はどうするんですか? 今でさえ人手が足りていない状態なのに、僕たちまで待機しろだなんて…このまま塞が壊されるのを黙って見ていろっていうんですか?」
なおも食い下がる日向に答えたのは、冴月だった。
「それについては、本部が対応した。急遽各地に応援を要請してある。近隣からの補助員は、すでに到着しているはずだ」
「その話は私も聞きました。掃守さんの負傷と、将門塚の破壊という事態を重く見て、全国から、生え抜きが派遣されることが決まったそうですね。日向、あなたの叔父上である最首亮さんもいらっしゃるようですよ」
「叔父様が!?」
日向が驚いた表情をする。
「はい、将門塚の封印を戻す大役を仰せつかったようです。先ほど連絡をいただきました」
そう言って、怜治は人差し指で眼鏡を押し上げた。
「日向、あなたの支部での待機は、最首さんの意向でもあるのですよ」
その言葉に、日向は口を引き結ぶ。
やがて両肩の力を抜いてうなだれ、口を開いた。
「わかりました…」
寂しげに、ぽつりとつぶやかれた言葉に、怜治と水箏は視線を合わせた。
その目には、安堵の色が宿っていた。




