十四 新吉原の蛇塚 その二
水箏が石笛を吹きはじめると、取り囲む四人の男たちが胸を押さえて蹲りだした。苦しげに声を漏らす。
男たちは、持っていた木刀などの武器を取り落して、地面に膝をついた。
怜治は、その様子を見つめている。
怜治は、水箏の力量をよく知っていた。それゆえ、水箏が修祓を行うのを、静かに見守っていたのだ。
やがて一人の人間から虺が祓われ、体から黒い蛇が抜け出すと、怜治が動きだした。
怜治は刀印を結び、五芒星を宙に描く。
「バン ウン タラク キリク アク」
放たれた五芒星が虺にぶつかり、爆発が起こった。
虺は浄化され、雲散霧消する。
続いて、二匹目が男の体から祓われようとした、その時のことだった。
突如として、水箏が石笛を吹くのをやめてしまう。
怜治が、怪訝な表情で水箏に視線をめぐらすと、水箏は西洋人の男の襲撃を受けているところだった。
「水箏!」
怜治は叫んで足を踏み出しかけるが、行く手を阻まれた。
水箏の笛の音が止んだことで、虺にとり憑かれた男たちが動きだし、怜治に襲い掛かったのだ。
怜治は、鋭い目つきで虺に憑かれた男たちを見やり、霊符を取り出して放つ。
パンと両手を打ち合わせると、怜治の放った霊符がイタチのような獣に変化すした。
イタチは、三人の男たちへと襲い掛かり、足止めをしはじめる。
その隙に、怜治は地面に落ちていた木刀を拾い上げて、水箏の側に走り寄った。
水箏は、長身の西洋人の男が繰り出す蹴りや拳を、流れるような動きでかわしていた。
怜治は、迷うことなく男めがけて木刀を振り下ろす。
男は、怜治の攻撃をかわして、後ろに飛び退った。
怜治は、男を睨みつけ牽制する。
「水箏、貴方はあちらの相手をお願いします」
怜治は、水箏に虺を祓うようにと指示を出した。
「怜治先生、大丈夫? 私ならどっちでも大丈夫よ?」
水箏は西洋人の男を見やる。
怜治は苦笑した。
「確かに、いつもなら荒事は良蔵の仕事なんですけどね。今日は私が引き受けます。水箏、貴方は虺の浄化をお願いします」
そう言って怜治は木刀を構える。
水箏は頷いて身を翻すと、再び石笛を吹きはじめた。
西洋人の男は、こぶしを構えて半身になる。
男の年の頃は三十歳前後、怜治とあまりかわらないようだ。
ブラウンの癖のある髪に、灰色がかった青い目。背はすらりと高く、特に印象深いのは鼻だった。細くとがった鉤鼻をしており、鼻先が下を向いているのが特徴的な男だ。
男は、木刀を構えたまま微動だにしない怜治を、冷たい眼差しで見返していた。
二人が、お互いの出方をうかがってにらみ合うその側で、水箏は石笛を吹き鳴らす。
ピイという澄んだ音色が響き渡り、虺にとり憑かれた男たちは、再び苦しみ悶えはじめた。呻き声を上げながら、かがみこむ。
水箏が、目を閉じて石笛を奏で続けると、やがて一人二人と虺が祓われていく。
男たちの体からは黒い蛇が抜け出だし、糸の切れた人形のように、ばたばたと地面に倒れ込んだ。
水箏は、最後に残った一人の虺を祓おうとする。
しかし、先に男たちから抜け出た二匹の虺が、水箏めがけて襲い掛かってきた。
怜治の式神が、それを阻もうとするが、一匹がすり抜け水箏に襲い掛かる。
水箏は、やむなく笛を吹くのをやめ、刀印を結んだ。
「バン ウン タラク キリク アク」
五芒星を描き、虺にめがけて放つ。
爆発が起こり、一匹の虺が浄化された。
すかさず、水箏は二匹目を浄化しようとするが、今度は虺に憑かれた男が水箏に殴り掛かってくる。
水箏はその攻撃をヒラリとかわし、足払いをかけて男を倒した。
怜治の式神が、虺を牽制していることを確認すると、水箏は再び石笛を奏でる。
すると、立ち上がろうとしていた男は、再び呻き声をあげて蹲った。苦しげに胸を押さえる。
その隣で、膠着状態だった怜治と西洋人の男に、動きがあった。
西洋人の男が、軽やかに大地を蹴って、一気に距離を詰めてくる。
しかし怜治は、男が動き出したのを見るや否や、静かな動作で鋭く一歩を踏みだし、男の腹部に胴払いを打ち込んだ。
男は腹部を押さえ、呻き声をあげてよろめく。怜治は素早く身を翻して、二撃目を男の背中に浴びせようとした。
だが――――。
怜治の攻撃は、新たに現れた西洋人の男によって阻まれた。
怜治の切っ先を、西洋人の男が木製の杖のようなもので受け止める。
『退くぞ』
その言葉を合図に、腹部を押さえた西洋人の男が走り出した。
怜治の攻撃を阻んだ西洋人も、怜治を牽制しながらじりじりと後ずさる。やがて、距離を取ると身を翻し、走りだした。
怜治も後に追いすがるが、先に逃げだした鉤鼻の西洋人の男がバイクに乗って戻って返し、男を拾うと逃げおおせてしまった。
怜治は、悔しげにバイクの後ろ姿を見ていたが、すぐに踵を返し水箏の側に戻る。
水箏は、最後の一人にとり憑く虺を祓っている最中だった。
その側では、怜治の式神が虺と戦っている。
怜治は、刀印を結ぶと五芒星を描いた。
「バン ウン タラク キリク アク」
五芒星は虺へと向かって飛び、ぶつかると爆発を起こす。怜治の式神と戦っていた虺は、雲散霧消した。
それとほぼ同時に、水箏が最後の一匹を男の体から祓う。
水箏は、唇から石笛をはなし、刀印を結んだ。
「バン ウン タラク キリク アク」
五芒星が虺へと放たれ、まばゆい爆発が起こる。
虺は雲散霧消し、浄化されたのだった。
怜治と水箏は、静まり返った境内で『蛇塚』の石柱を確かめていた。
根元を確かめると、やはり引き抜かれた痕跡が残っている。
「さっきのあいつら何者? たぶんあいつらが、こんなまねをしてるのよね。いったい何のためにこんなことしてるのかしら」
水箏の問いかけに、怜治は軽く自分の顎をつまんだ。
「おそらくこうして塞を壊し、虺を捕まえているのでしょう」
水箏が、驚きに両目を見開く。
「虺を捕まえる!? どうやって?」
「さあ、いったいどうやっているのでしょうね。私も知りたい」
怜治は、興味深げに眼を細めた。
「方法は定かではありませんが、たぶん捕まえた虺を人間に憑依させ、我々を襲わせているのでしょうね」
「そんなこと…」
水箏は呆然と首を振る。
「誰が何のためにそんなことするのよ?」
怜治はわからないとばかりに首を振った。
「私にもわかりません。それよりも、まずは先に封印を直しましょう。この状態では、いつ虺が逃げ出してもおかしくはありません」
そう言って、怜治は手をパンと打ち合わせる。目を閉じ、祝詞を唱えはじめた。
「ひと ふた みよ いつ むゆ ななや ここのたり ふるへ ゆらゆらと ふるへ」
水箏は、まだ何かを言いたそうに口を開きかけていたが、あきらめ、怜治の言葉に従う。
水箏も手を打ち鳴らし、両目を閉じた。
「ひと ふた みよ いつ むゆ ななや ここのたり ふるへ ゆらゆらと ふるへ」
二人が祝詞を唱えると、石柱が淡く輝きだす。蛍火のような、ほのかに輝く清浄な光が、じわりと周囲を包み込んだ。
繰り返し祝詞を唱えていくうちに、徐々に光が強まっていく。
やがて一際輝きを増したかと思うと、突如として光が消え失せた。静寂ばかりが辺りを包む。
そうして封印を直し終えると、怜治が吐息を吐き出した。
「念のため、周囲を見てきます」
怜治は、そう言い置いて歩き出そうとしたが、水箏が不意にぽつりと漏らす。
「怜治先生、あいつらの目的って何? こんなことしたって、私たち人間が被害をこうむるだけよ? 塞を意図的に破壊するだなんて…いったいどこの馬鹿が、何のためにこんなことをしてるっていうの?」
その質問に、怜治は表情を厳しく変えた。
「まだ確かなことは何も言えませんね。確かに愚かな行為ですが、その愚かな行為を、何者かが計画的に行っていることだけは確かです」
水箏が眉根を寄せる。
「よりにもよって、東北が大変なこの時期に、こんなバカげたことをするなんて、正気の沙汰じゃないわ。そんなやつら、早く何とかしないと…」
水箏は、焦燥もあらわに唇を噛んだ。
怜治は、声をかけようと口を開きかけるが、ちょうどその時、怜治の携帯が鳴った。
「良蔵からです」
怜治は、水箏にそう伝えてから電話に出る。
「もしもし、そちらで何か動きがあったのですか?」
そう切り出したが、良蔵の話を聞くなり表情を変えた。
「なんですって!? 掃守さんが!?」
掃守が負傷した話を聞き、驚愕の声を上げる。そして、首塚での一件をかいつまんで聞くと表情を険しく変えた。
「そうですか…。わかりました。で、今、どこにいるんですか?」
良蔵たちの居場所を聞くと、怜治は電話を切る。
不安げな眼差しをする水箏に、怜治は告げた。
「掃守さんが怪我をしたそうです。かなり重傷のようです。この後、良蔵たちと合流しましょう」
その言葉に、水箏は頷き、二人は足早に蛇塚を後にした。




