十二 将門の首塚 その五
良蔵は、ギーゼルベルトの頭部をめがけて拳を繰り出す。
ギーゼルベルトは、頭をひくく下げてそのパンチをかわした。
ギーゼルベルトは、大柄な体に似合わず、素早い身のこなしをしている。
動きもしなやかで、無駄な動きが少なかった。攻撃をかわしたと同時に、良蔵の顎をめがけて鋭い拳を繰り出す。
良蔵は、のけぞるようにしてその攻撃をかわした。
二人は、お互いの実力の程を確かめて、一度距離を取る。互いに次の攻撃のタイミングをはかってにらみ合った。
その側では、土岐がエリザの剣を取り上げようと、腕をめがけて蹴りを放っていた。
エリザは、軽やかな身のこなしでその蹴りをかわすと、剣を振るう。
土岐は、その切っ先を避けるべく距離を置いた。
エリザはにやりと笑って、再び剣を高々と掲げる。
すると、再び破壊された塚の隧道から抜け出しはじめた虺が、赤い石目指して集まりはじめた。
「土岐!」
「わかってます!」
良蔵の声に、土岐が苛立ったような声を上げる。
よく見るとエリザが持つ古びた剣の刀身には、何か文字が刻まれていた。その文字は、『Azoth』と読める。
隧道を飛び出した虺は、どんどんとその剣に吸い寄せられるようにして赤い石の中に消えて行った。
日向は、その様子を見るなり、厳しい表情で走り出す。
ギーゼルベルトとエリザが、日向を止めようと足を踏み出したが、良蔵と土岐がその動きを封じた。
日向は、戦う四人の横を素早くすり抜け、破壊された塚の側にたどり着く。
良蔵は、隙をついてギーゼルベルトの足元に低い蹴りを放った。その攻撃が当たり、ギーゼルベルトが体勢を崩す。
良蔵は、すかさず二撃を放とうとするが、エリザが跳躍して、剣を良蔵めがけて振り下ろしてきた。
良蔵は剣の切っ先をかわして、エリザの腕を掴む。そのまま腕をひねりあげると、エリザが剣を取り落した。
とっさに、ギーゼルベルトが拾い上げようと身を屈めるが、良蔵は蹴りを放ってけん制する。
するとエリザが奇妙な動きをした。
その刹那、ゴキリと鈍い音がして、良蔵が驚いた表情に変わる。
エリザは、表情一つ変えず自らの肩の関節をはずして、良蔵の拘束から逃れたのだ。
猫のようにしなやかな動きで良蔵の戒めをすり抜けると、エリザは落とした剣を無事なほうの手で拾い上げ、外した肩を平然と戻した。
その様子を、良蔵と土岐は息をのんで見つめる。
エリザは口の端を持ち上げ、再び剣を構えた。
睨み合う四人から、少し離れた場所――――破壊された首塚の前では、日向が跪いていた。
両手をパンと打ち鳴らし、両目を閉じる。
「ひと ふた みよ いつ むゆ ななや ここのたり ふるへ ゆらゆらと ふるへ」
日向が祝詞を唱えはじめると、塚のあった場所が淡い輝きを放ち、隧道から逃げ出す虺の数が減りはじめた。
日向の体も淡く輝きだし、夜の闇の中で際立つ。
『ギーゼルベルト、あの子が例の半陰陽ね』
エリザの言葉にうながされ、ギーゼルベルトも日向を一瞥したが無言だ。
良蔵は、その一瞬の隙をついて蹴りを放つ。
ギーゼルベルトは、腕で頭部をかばいつつ体をひねって攻撃をいなした。しかし蹴りは肩口に入り、殺し切れない衝撃に、顔をしかめる。
そのまま良蔵は、二撃を打ち込むが、ギーゼルベルトは後ろに飛んでかわした。
『うふふ、可愛らしい子ね。素敵』
エリザは、妖艶な笑みを浮かべる。
『まるで日本人形みたいだわ。ああいう子が、痛みに顔をゆがめるところを見てみたいわね』
ぞくりとするような残忍な笑みを浮かべ、まるで舌なめずりでもするかのように日向を見た。
すると――――。
「日向には手を出すな」
土岐が低い声で言い放つ。
エリザは、ゆっくりともったいぶるような動作で土岐を振り返った。
「あらぼうや、ドイツ語が分かるの?」
「知るわけないだろ? だけど、お前のその顔を見ていれば、なんとなく言っていることの想像がつくんだよ。やめろ、日向には手を出すな」
エリザは、くつくつと喉を鳴らした。
「ぼうや、いっぱしのナイト気取り? でもそういうセリフは、もっと大人になってから言いなさい? ぼうやみたいな子が言っても場違いよ。興ざめだわ」
エリザは酷薄な表情を浮かべ、鋭く剣を薙ぐ。
土岐は、その切っ先をかわした。
そのまま土岐は、落ちていた木刀を拾い上げると、すぐさま構える。
残忍な笑みを浮かべたままのエリザめがけて、土岐は踏み込んだ。
エリザはひらりとその攻撃をかわす。
土岐は切っ先を返し、再びエリザの懐めがけて木刀を打ち込んだ。
エリザは、その攻撃を剣で受け止める。
しばしの間、二人の打ち合いが続く。
「思ったよりはやるわね、でもまだまだよ」
エリザはそう言って、フェンシングの突きのようにするどく剣を突き出した。
土岐は、上体を横にずらして攻撃を避けたが、かわし切れなかった切っ先が頬をかすめる。裂けた肌から朱が散った。
エリザは、続けて剣を返して振り上げ、土岐の首筋めがけて刃を振り下ろす。
その攻撃を、土岐は木刀で受けて防いだ。
二人は、剣を合わせてしばしにらみ合う。
土岐は、力づくでエリザの剣を押しのけると、鋭い動作で一歩踏み出し、袈裟懸けに木刀を振り下ろした。
エリザは飛び退って攻撃をかわす。
エリザは土岐をけん制しながら口を開いた。
『ギーゼルベルト、だいぶ手こずっているようね』
『そっちもだろう』
良蔵の攻撃をかわしながら、ギーゼルベルトが続けて口を開く。
『予定では、ここに四人も鬼が居るはずではなかった』
『そうね。今までは、あえてこの辺りで虺の憑いた宿主を放たなかった。マークは外しておいたはずなのに』
『我々は、鬼の情報分析能力を見くびっていたのかもな』
良蔵は、ギーゼルベルトが会話に気を取られた隙をついて、鋭い蹴りを脇腹に放った。
深々と蹴りが決まる。
『ぐっ』
「おしゃべりなんかしてる場合じゃねえだろう。脇がお留守になってたぜ」
エリザは、ギーゼルベルトを一瞥する。
土岐もエリザに攻撃を仕掛けるが、エリザは難なくしのいだ。
『念のために用意していた大蛇たちも、無駄になってしまったようだし、潮時ね』
エリザは掃守の方向を見やる。
掃守の相手にしている虺は、だいぶ弱り動きが鈍っていた。
『ヴォルフラム、聞こえたかしら?』
エリザはひとり言のようにつぶやく。しかしそれは、高性能のマイクに向けて告げられた言葉だった。
その言葉とほぼ同時に、掃守が虺を浄化する。
そして良蔵が、動きの鈍ったギーゼルベルトに、さらなる攻撃を仕掛けているその時のことだった。
「ぐあっ!」
突如として苦しげな呻き声があがる。
良蔵は、声のした方向に視線をめぐらせた。
瞬時に良蔵は、驚愕に目を見開く。
「掃守さん!?」
良蔵の視線の先では、掃守が体を傾がせ、地面にくずおれるところだった。その脇腹には、ナイフが深々と刺さっている。
側には、長身の男の姿が見えた。ブラウンの髪に、冷たい青い目をした西洋人である。
どうやらその男が、ナイフで掃守を刺したようだった。
男は何事もなかったかのように踵を返し、側に止めてあった車に乗り込む。
良蔵が気を取られた隙に、ギーゼルベルトは身を翻した。エリザもその後に続く。
良蔵は、逃げる二人に気が付いていたが、もはやそれどころではなかった。慌てた様子で掃守へと駆け寄る。
異変を察知した日向も、驚きに目を開き、立ち上がって走り出した。
土岐だけは、衝撃の大きさゆえか、こわばった表情でその場に立ち尽くしていたのだった。




