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塞の守り人  作者: 里桜
第二章
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十一 将門の首塚 その四

 四人の目の前で、首塚はあっという間に破壊された。

 塚石が折れ、無残に横たわっている。

 一瞬だけ唖然としていた掃守だったが、すぐに表情を厳しく変えた。

「百目鬼、まずいぞ! ()が逃げ出す前に隧道みちを塞げ! こっちは俺が引き受ける。日向、土岐、お前たちも百目鬼のフォローに回れ!」

 良蔵と土岐は、掃守の指示を受けてすぐさま走り出した。シューシューと音をたてながら煙の立ち上るトラックに、ためらうことなく走り寄る。

 しかし日向だけが躊躇した。

 一人だけ掃守の側にとどまり、心配そうに掃守を振り返る。

「でも…」

「これは命令だ!」

 日向が言いかけると、掃守がぴしゃりと言葉をかぶせた。

 その剣幕に、日向が息をのむ。

 掃守は、目の前にいる巨大な()を睨みつけたまま口を開いた。

「日向、ここの隧道(みち)は、今となっては十の(さい)が遮る隧道(みち)に匹敵するほど重要だ。絶対に塞いでおかなきゃならねえ場所なんだ。だから向こうのフォローにまわれ」

「十の塞に匹敵するほど…ですか?」

「そうだ。かつて東京にあった塞のほとんどは、区画整備によって破壊されている。だから東京都心部の塞は、一つ一つの塞が担う負担が大きい。その上この首塚は、かつて徳川幕府が天海僧正と共に築いた江戸曼荼羅えどまんだらにもかかわりがある」

「江戸曼荼羅?」

「今詳しいことを説明している暇はねえ。とにかくこの首塚は重要なんだ。こいつは俺一人でも大丈夫だ。だから向こうに行け」

 ()を一瞥してから、諭すように掃守に言われて、日向は口を引き結んだ。無言のまま踵を返し、良蔵たちの後を追おうとする。

 しかし、不意に掃守が口を開いた。

「もし――――」

 そこまで言いかけて、掃守は一度口を閉じる。

 日向は、怪訝な表情で足を止め、掃守を振り返った。

 掃守は何かを逡巡している様子だったが、()を睨みつけたまま再び口を開く。

「俺にも奴らの意図はわからねえ…だが…。もし…俺の勘に間違いがなければ、この騒ぎを起こしている奴らは、永田町の日枝神社、神田明神、上野の寛永寺、芝の増上寺にある塞にも手を出してくるはずだ。いいやそれだけじゃねえ、新宿の鬼王神社や九段の築土神社あたりにも手を出す可能性がある」

 その言葉に日向は表情を厳しく変える。

「やっぱりこの一連の出来事は、誰かが故意に起こしているんですね」

「そうとしか考えられねえだろう。運よくどこかの隧道(みち)を通って抜け出した()が、こんなにも大きく育って東京ばかりに出没する。そんな偶然があるはずもねえ。おまけにここにきてあれだ」

 そう言って掃守は、塚の方向を顎でしゃくる。

「それはわかっていますけど…でも、()は人の手で操ることのできるような代物じゃありません。いったいどんな人間が、どうやってこんなことをしているというんですか? それに、塞を壊すなんて…人間にとって、何のメリットもありません。それこそ自分の首を自分で絞めるような行為です。誰が、何のためにそんなことをする必要があるって言うんですか?」

「それは俺にもわからん。だが、実際にこうして塞は破壊され、誰かが()を操っている。それに――――」

 掃守は再び言葉を止めた。

「いや、これ以上は止そう」

「掃守さん?」

 掃守は、硬い表情で口を開いた。

「少し時間をくれ。もう少しよく調べてからお前たちに話す」

 言いながら日向の肩を押す。

「行け」

 日向は、後ろ髪をひかれながらも、押されて足を踏み出した。

 口元を引き結び、思いを振り切るようにして走り出す。

 掃守は、()を睨み据えたまま再び錫杖を構えた。

 ()は、警戒するように掃守の様子をうかがっている。

「オン キリキリバザラ ウン ハッタ」

 掃守は、印を結び真言を唱えると、警戒する()に向かって攻撃を再開した。



 日向が、階段を昇り首塚に近づくと、先に到着していたはずの良蔵と土岐が、警戒するように一点を見つめていた。

「土岐、どうし――――」

「日向、来るな!」

 土岐が視線を外すことなく叫ぶ。

 日向は反射的に足を止め、良蔵たちの睨み据える視線の先をたどった。

 すると、大破したトラックの上に、二人の人影が見える。

 いずれも黒髪の西洋人で、一人は男性、今一人は女性だった。

 男女の年のころはともに二十代後半ぐらい。

 男は黒いスーツ姿で、黒い髪に黒い目をしており、艶やかな癖のある髪を無造作に後ろに撫でつけてある大柄な男であった。

 女も、やはり黒いスーツ姿ではあったが、胸元を大きく開け、豊かな胸の谷間が強調されるようにのぞいている。

 女の肌は透き通るように白く、青い目に、くせのある長い黒髪をした妖艶な美女であった。

 その女は、手に古びた剣を持っている。

 アンティークと言って差し支えのないその剣は、装飾の少ないシンプルな細身の剣で、唯一柄頭(つかがしら)にだけは、巨大な赤い石がはめ込まれており特徴的だった。

 美しい女は、艶やかな微笑みを口元に浮かべる。

『日本の(もの)たちはなかなかやるわね。用意しておいた大蛇たちを、あっという間に退治してしまったわよ。あの子も、もう時間の問題のようだし…』

 そう言って、女は掃守が浄化しようとしている()を一瞥した。

『おかげで予定が狂ってしまったわ。こんな野蛮なやり方をするつもりなんてなかったのに。ねえギーゼルベルト』

 女は流暢なドイツ語でそう言いながらも、しかし表情は楽しげに輝いている。

 ギーゼルベルトと呼ばれた男は、無表情のまま良蔵たちを見ていた。

『おしゃべりが過ぎるぞエリザ。早く仕事をしろ』

 エリザと呼ばれた美しい女は、わざとらしく肩をすくめて見せる。

『どうせ私たちの言っていることなんて、わかるはずがないわよ。それにわかったところで、いったい何が出来るのかしら?』

 エリザは嫣然と笑いながら、鞘におさめたままの剣を縦にかまえる。

 すると、その剣の柄頭が輝きはじめた。

 それを見た良蔵が、大地を蹴ってエリザを目指す。

 ギーゼルベルトが、行き先を阻むように良蔵の前に体を割り込ませた。同時に良蔵に向けて蹴りを放つ。

 良蔵はその蹴りをかわして一歩さがった。

「土岐、あの女の持っている剣を取り上げろ! あれについている石から、()の気配を感じる」

『ふふふ、なかなかお利口さんのようね。でもできるかしら』

 土岐は素早い身のこなしでエリザに近づく。

 しかしエリザは剣を鞘から抜き放ち、鋭く薙いで土岐をけん制した。

「ぼうや、怪我をしたくなかったら、早くお家へ帰りなさい」

 エリザの日本語のイントネーションには、非の打ちどころもない。

 エリザは、艶めいた笑顔を浮かべながら、剣を高々と持ち上げた。

 すると、赤い石が輝き明滅しはじめる。

 その光に吸い寄せられるようにして、破壊された首塚から黒い何かが湧きだしはじめた。

「くそっ! 日向、隧道(みち)を閉じろ! 土岐、俺たちでこいつら叩き潰すぞ!」

 その言葉を合図に、土岐と日向は、弾かれたように動き出した。


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