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塞の守り人  作者: 里桜
第二章
27/140

七 軋轢

 電話が終わると、良蔵が盛大なため息を吐き出した。

「全く、水箏といい冴月といい、扱いづらいガキどもばかりだぜ」

 良蔵は、自分の頭をくしゃりとかきまわす。

 日向に視線を移すと、口元には微笑みが浮かんでいた。

「日向、俺からお前に、猛獣使いの称号を与えてやる。あの気難しい奴らを操縦できるんだから、お前はたいしたもんだよ」

 すると日向は首をかしげる。

「僕、操縦なんてできていませんよ?」

「いいやできてる。完璧だ」

 そう言い放った良蔵の言葉に、日向が笑った。

「冴月様はともかく、水箏さんは、百目鬼先生が相手だから安心して我が儘を言っているんだと思います。あれは、たぶん愛情の裏返しですよ」

「お前、さらっと怖いこと言うなよ。あの言動のもとになるものが愛情だっていうなら、あまりにもねじ曲がりすぎてて、俺には負担でしかねえ」

 良蔵が渋面を作る。

 それを見た日向が噴き出した。

 すると良蔵が、軽く息を吐き出して微笑みを浮かべる。

「お前も、ようやく元気が出たようだな。なんだかこのところ、少し様子がおかしかったからな…」

 良蔵が日向の頭に手をのせた。

「お前は溜め込みやすいタイプだから、少しはガス抜きしたほうがいいぞ?」

 日向は、驚いた顔で良蔵を見る。

「百目鬼先生…。…気が付いてたんですか…」

「ま、なんとなくだがな…」

 日向は、良蔵のこたえに呆然としてからうつむく。

「結局冴月様にも気づかれていたし…僕、まだまだですね…」

「おいおい、落ち込む場所が間違ってるぞ。ったく」

 そう言って良蔵は身をかがませ、日向の視線の高さに合わせた。

「お前みてえに手がかからねえ奴ほど、抱えてる悩みが深刻な場合が多い。何悩んでるか知らねえが、ちょっとは俺たちに相談してみろよ。俺や怜治は、お前らよりも長く生きてる分頼りになるんだぞ?」

 良蔵がおどけた様子で言う。

 日向は力なく微笑み、再びうつむいた。

「ありがとうございます。でも…お気持ちだけいただいておきます」

 そう言って日向は口を閉じる。

「おい日向…」

 良蔵は眉根を寄せた。

「そういうところが良くねえって言ってんだよ…。あのなあ、お前みてえなガキ一人じゃどうにもならねえこともあるだろ。いいから言ってみろよ。まずはそこからだろ」

 しかし日向は、視線を合わせずに首を横に振る。

「これは僕の問題です。僕は…受け入れるべきなんです…」

「受け入れる? 何を」

 日向は首を横に振った。

「日向」

 良蔵が怒ったように声をかけるが、日向は黙ったままだ。

 良蔵がため息を吐いた。

「ほんとに強情だな、お前は…。こうと決めたら梃子でも動かねえんだから困ったもんだ」

 良蔵が、参ったという様子で自分の首の後ろを撫でつける。

「だがな日向、そうやって全部一人で勝手に決めつけることは間違いなんだぞ? どんな事情で、何を悩んでいるのか知らねえが、答えが一つきりなんてことは絶対にねえんだ。ましてや、そうやって自分自身をだまして、無理やり納得させてるような答えが、正解であるはずがねえ。今じゃなくてもいい、ちゃんと俺に話せ、いいな?」

 良蔵は日向の頭に手を置いて、力強くがしがしと撫でる。

 しかし日向は、硬い表情のままだった。



 日向と良蔵が五階の事務所に戻ると、何故か掃守が錫杖を手にしていた。

 フロアに土岐の姿はない。

 他の鬼たちも巡回に出たのか、フロアは閑散としていた。

「掃守さん、どうしたんですか? そんなもの持ちだしたりして」

 良蔵の声に、掃守が真面目な表情で両腕を組む。

「今夜は、俺も巡回に出る」

「ええ!? 掃守さんがですか!? どうしてですか」

 良蔵が驚いた声を上げた。

 日向も、驚愕に目を見開く。

 すると掃守が、良蔵と日向を見た。

「何だお前ら、何か文句があるのか? しばらく現場から離れていたとはいっても、俺だってまだまだ現役だ。大丈夫だ、お前たちの足手まといになるような無様な真似はしねえよ」

「いえ、そういうことじゃなくてですね」

 良蔵は、困った様子で頬を掻く。

「掃守さんが現場に出たら、ここの留守は誰が守るんですか?」

「大丈夫だ、ここには有能な奴らがそろってるからな」

「いや、掃守さんが指示を出してくれなきゃ――――」

「どうせじきに本部の人間が到着する」

 掃守は、みなまで言わせず良蔵の言葉を遮った。

 良蔵は、戸惑った表情を掃守に向ける。

 掃守は、その視線を避けるように顔を背けた。

「本部の奴らが到着すれば、すぐに俺もその下に組み込まれることになる…。だから、俺が現場に出てたところで問題はねえ」

 掃守の意志は固い。

 良蔵は、掃守の表情を注意深く見ながら口を開いた。

「掃守さん、本当に何があったんです。どう考えてもおかしいですよ、あんたのその態度」

「何にもねえ、それはさっきも言ったはずだ」

「だから、それがおかしいって言ってるんですよ! どうしたんですか掃守さん、こんなの全然あんたらしくねえよ」

 しかし掃守はその質問に答えない。

 両腕を組み、口を閉じたまま、宙の一点を睨み据えた。

「掃守さん!」

「百目鬼、なんと言われようと俺は現場に出る」

 掃守は静かに口を開き、そう言い切って踵を返す。

 机に置いてあった缶ピースを掴むと、高々と持ち上げた。

「出かける前に、ちょっと一服してくるからよ」

 背中越しにそう言い置き、掃守は部屋を出て行ってしまった。

 良蔵は、掃守の背中に声をかけようと口を開きかけたが、結局なにも告げることなく閉じた。

 拳を握りしめ、掃守の出て行った扉をただ見つめる。

 日向は、戸惑った表情を浮かべて良蔵を見上げた。

 その視線に気づいた良蔵が息を吐き出し、日向の頭に手をのせる。ポンポンと安心させるように頭を叩いた。

「大丈夫だ、そんな顔すんな」

「でも…」

 なおも言いつのろうとする日向の頭を、良蔵がくしゃりとかきまわす。

「大丈夫だから、ガキがつまらねえ心配なんかすんな」

 良蔵は、気持ちを切り替えるように話題を変えた。

「それより土岐の野郎はどこに行ったんだ?」

 良蔵は、フロアを見回してから時計を見上げる。

「そろそろ時間なんだがな…」

 つぶやいた良蔵の言葉に、日向が反応した。

「百目鬼先生、僕、怪我は大丈夫ですから巡回は一緒に――――」

「わかったわかった、連れて行くからそう興奮するなよ」

 良蔵が、苦笑しながら日向をたしなめる。

「ちゃんと連れてってやるが、一応修也に断りを入れてくる。ちょっと待ってろ」

「本当ですか?」

 日向は、良蔵の真意を探るように見た。

「今の状態のお前を本部に置いて行ったところで、どうせお前のことだ、抜け出して後を追いかけてくるつもりだろ? だったら最初から連れてくさ。修也の了解をもらってくるから、ここでちょっと待ってろ。な?」

 良蔵に頭を撫でられ、日向は頷く。

 良蔵が部屋を出ようとドアに手をかけたところ、ちょうど土岐が部屋に入ってきた。

 土岐は、日向の姿を見つけると一瞬不自然に立ちすくんだ。

 しかし、すぐに平静を装うと良蔵に声をかける。

「良蔵さん、どこに行くんですか?」

「ちょっと修也のところに言ってくる」

「守部先生のところに?」

「ああ、日向を連れて行く了解を取ろうと思ってな」

 その言葉に、土岐が驚いた表情にかわった。

「良蔵さん? 何言ってるんですか。日向は怪我をしているんですよ? 今日は留守番させるに決まってるでしょう」

「いいや、連れて行く。だから修也に一言断りを入れてくる」

「良蔵さん…本気ですか?」

「ああ、本気だ」

 すると、土岐が静かに怒り出す。

 食い下がろうと口を開きかけたが、良蔵はそのまま部屋を出た。

 追いかけようとした土岐の腕を、日向が掴む。

 土岐は、不自然なほど体を固く震わせた。

「土岐、僕がお願いしたんだよ。百目鬼先生に無理を言ったのは僕だ」

 土岐は硬い表情で日向を見る。

 良蔵が、ドアの手前で振り返り、ため息を吐きだした。

「土岐、この中でお前が一番付き合いが長いんだから、日向の強情さはよく知ってるだろ? こいつのは筋金入りだぜ? だから連れて行く。だが、無茶はさせねえよ、心配すんな」

 良蔵はそう言い置くと、携帯を取り出して電話をかけながら歩き出した。

 どうやら相手は怜治のようだった。

 電話口で水箏や日向のことを報告している。

 土岐は、不満げな表情で良蔵のその背中を見つめていた。

 日向は、苛立ちに満ちた土岐の横顔を見上げて口を開く。

「土岐、僕、みんなの足手まといにはならないように――――」

「そうじゃない!」

 土岐が、声を荒げて日向を振り返った。

「俺は――――。俺は、お前に無茶してほしくないんだよ日向」

「土岐」

「とにかく俺は反対だ。お前はここに残れ」

 頭ごなしに言われて、今度は日向が反感を覚える。

「土岐、僕の主は冴月様だ。お前の指図は受けない」

「冴月さんは今不在だ。この件を知ったらなんとおっしゃるだろうな? なんなら電話してみるか?」

 そう言って、土岐が自分の携帯を取り出した。

 その携帯に、慌てて日向が手をのばす。

 土岐は、日向が届かないように、携帯を高々と持ち上げた。

「日向、お前だってわかってるんだろう? 何でそんなにむきになってるんだ。今日くらいはおとなしくしていろよ」

 しかし日向は首を横に振る。

「日向」

「時間がないんだ。僕には時間がないんだよ!」

 突然日向が叫ぶ。

 土岐が、驚いた表情で日向を見た。

 日向は泣きそうな表情で続ける。

「僕には、もう自由な時間がないんだ。夕べお爺様から直接電話があった。僕は諏訪に呼ばれている」

「何言って…」

 土岐は呆然とした表情で首を横に振った。

「まだ…あと二年半あるはずだろう? 約束では高校卒業するまでは茨城に居てよかったはずだ」

「それが早まったんだ。二学期からは諏訪の高校に通うように言われてる」

 言って日向は唇を噛んだ。

 土岐は、呆然と日向を見つめる。

「それ、冴月さんは知ってるのか?」

 日向は首を横に振った。

「電話があったことには気付かれてしまったけど…でも、内容は言っていない」

「何で言わないんだ」

 土岐の固い声に、日向は眉根を寄せる。

「言えるわけないだろ。今僕がこうして冴月様の側に居られるのも、叔父様や冴月様が無理を通してくれたおかげだ。これ以上冴月様たちにご迷惑をかけるわけにはいかない」

「日向…」

 日向は、すがるように土岐を見上げた。

「お願いだ土岐、もう少しだけ僕の我が儘を許してくれ」

 土岐は硬い表情のまま口を閉じる。

 何も言葉には出さず、じっと日向の顔を見つめることしかできずにいた。


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