五 電話 その一
※ BL表現が入っています。苦手な方は回避願います。
良蔵が、急いで事務所のある五階に取って返すと、掃守は椅子に座り、厳しい表情でパソコンに向かっていた。
「掃守さん、水箏が部屋に居ません。どこか行き先に心当たりは在りませんか」
声をかけるが、掃守は無言のままだ。
食い入るように、画面に見入っている。
「掃守さん?」
改めて声をかけると、掃守が弾かれたように我に返った。
「おお百目鬼か…なんだ?」
「なんだじゃないですよ。掃守さんこそどうしたんですか、ぼうっとして」
「ああ…別に何でもねえよ。それより百目鬼の方はどうした? 何かあったのか?」
良蔵は、掃守の反応に釈然としないものを感じ取ったのか、怪訝な表情をする。
しかし言葉にはせず、口を開いた。
「それが、水箏のやつ部屋にいないんですよ。どこに行ったか知りませんか?」
「部屋にいない?」
掃守も驚いた様子で目を見開く。
「いや…俺は何も聞いていないが…」
掃守は、困惑気味につぶやいた。
良蔵は舌打ちをする。
「ったく、あいつ…どこに行きやがったんだ」
とその時、第三者の声が投げかけられた。
「良蔵さん、水箏さん部屋にいないんですか?」
土岐が、コーヒーを入れたカップを片手に現れたのだ。
「ああ、お前知らないか?」
「いえ、何も聞いていませんけど…。携帯に連絡してみましょうか?」
「それが出ねえんだよ」
「出ない?」
土岐が、驚いた様子でコーヒーを机に置いた。自分の携帯を取り出し、画面を操作して耳に押し当てる。
しばらくそのまま待つと、弾かれた様子で視線を良蔵に向けた。
「もしもし、水箏さんですか?」
その言葉に、良蔵が目を見開く。
良蔵は、手をのばして土岐から携帯をひったくると怒鳴った。
「このバカッタレが! 勝手な行動してんじゃねえ! 今どこに居やがる!?」
水箏は、耳に押し当てていた携帯を引きはがした。顔をしかめ、腕の内側で耳を押さえる。
溜息を一つついてから、水箏は改めて携帯を耳に押し当てた。
「ちょっとりょーちゃん、そんな大声出さなくても聞こえるわよ――――」
しかし水箏は、通話口にそう言い返したその直後――――。
すぐにもう一度顔をしかめて、耳から携帯を引きはがすことになる。
「うわっ! 耳痛いな、も~」
怒声の漏れ聞こえる携帯を、水箏は辟易した様子で見つめた。
「だから、聞こえてるっつーの」
小さくぼやきながらも、水箏は携帯を正面にかまえ、マイクに向かって口を開く。
もちろん耳は、受話器から離したままだった。
「はいは~い、ちゃ~んと聞こえてますよ~。今から帰るから、心配しなくてもいいわよ~。じゃあね、バイバイ」
良蔵の言葉を待つことなく、言いたいことだけを言い返すと、水箏は早々に携帯を切った。
「おい水箏! こらっ! 今、どこにいるんだよ、このクソガキ!」
良蔵は携帯に怒鳴りつける。
しかし耳を押し当てた携帯からは、ツーツーと通話の途切れた音ばかりが聞こえていた。
「あのクソガキ…。舐めたことしやがって…」
良蔵の表情には、憤怒の色が浮かんでいた。
それを見ていた掃守が苦笑する。
「ずいぶんと手を焼いているようだな」
良蔵は、額に青筋を浮かべながら怖い笑顔を張り付けた。
「掃守さん…代わってくれませんかね。俺には、あんなの面倒見切れませんよ」
すると掃守が肩をすくめる。
「俺は、お前が適任だと思うがな」
「どこがですか!? 俺はそろそろ堪忍袋の緒が切れそうですよ! あんなじゃじゃ馬無理やり押し付けられて…。くそっ! 何処をほっつき歩いてやがんだあのバカ!」
良蔵は、側にあった机を拳でたたいた。
持っていた携帯を土岐につき返すと、「もう一度電話しろ」と指示する。
「はいはい」
「『はい』は一度でいい! さっさと水箏に電話をしろ! つながったら居場所を聞き出せ」
土岐は、辟易したように首をすくめた。
「俺、完全なとばっちりですよね」
溜息をつきながらも、土岐は再度電話を試みる。
良蔵は自分の携帯を取り出し、怜治へと連絡を入れた。
「うわっ、また電話だ。土岐からかあ…。でも電話に出たら、またりょーちゃんがでしゃばってくるのよね」
水箏は呟きながら、震える携帯のディスプレイを眺めている。
水箏は、今まで冴月を追っていたため、マナーモードにしてあった。
おかげで、良蔵の着信に気付かなかったわけだが、履歴を見れば続けて五回の着信が残っていた。
不在着信に気付いて、かけなおそうとしていた矢先、偶然土岐からの着信があり、電話に出たところ先程の事態に遭遇したわけだ。
「この電話でたら、また怒鳴られるわよね…。りょーちゃん短気だからなぁ」
水箏は、頬に手を当てながら考え込む。
「頭も固いし…。すぐに帰るって言ったのに」
しばし考えたのち、水箏は携帯をしまった。
「どうせ怒られるなら一回だけの方がましよね。わざわざ何回も怒られるだなんてごめんだわ」
水箏は、震える携帯を無視して歩き出したのだった。
土岐は、耳に携帯を押し当てたまま良蔵を見た。
「良蔵さん、水箏さん出ませんよ」
「いい度胸だ、あのクソガキ」
良蔵の額には、再び青筋が浮かび上がっている。
良蔵も携帯を鳴らしたまま、怜治が電話にでるのを待っている状態だった。
土岐がため息を吐き出す。
「良蔵さん、ほんとうに水箏さんに振り回されてますよね。こういう場合は手を変えたほうがいいと思いますけど?」
「手を変えるってどういうことだよ」
土岐が、携帯を切って椅子から立ち上がる。
「ちょっと日向に頼んできます。水箏さん、日向の電話なら何を差し置いても優先するでしょうから」
すると良蔵も納得した顔になった。
「いい手だな」
「じゃ、ちょっと日向のところに行ってきますから」
「ああ、頼む」
良蔵の声を背中に聞きながら、土岐は部屋を後にした。
階段を下り、日向の部屋の前に移動すると、土岐は扉をノックする。
しかし返事はない。
「日向、開けるぞ」
一声かけて、土岐は扉を押し開いた。
「まったく、鍵をかける習慣をつけさせないと、これじゃ不用心だよな…」
土岐はぼやきながら部屋に入る。
すると、少年の姿の日向がベッドで横になり、すやすやと寝息を立てているのが目に入った。
土岐は微笑みを浮かべて日向に近寄る。
「夕べは朝方まで騒ぎが続いたから、疲れてるよな…」
呟きながら、ベッドの端に腰かけた。
日向の頭をそっと撫でてから、土岐はそのまま、じっと日向の寝顔を見下ろす。
不意に、その眼差しに切げな熱が宿った。
土岐は、ぎゅっと眉根を寄せる。しばらくの間無言で見下ろしていたが、やがて日向の顔の横に手を突いた。
苦しげな表情のまま身を屈めると、土岐は、眠る日向の唇にそっと口づけを落とした。




