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塞の守り人  作者: 里桜
第二章
24/140

四 追跡

 石神東京支部の四階は、居住可能な区間になっている。

 ホテルのような小部屋がいくつも用意され、地方からの応援要員が寝泊まりできるように、常に整えられていた。

 良蔵は、水箏に割り当てられた部屋の前に移動する。

 怜治、良蔵、土岐は相部屋だったが、水箏は女性であるため個室が用意されているのだ。

 ちなみに、日向も半陰陽と言う特殊な体質のために個室が用意されており、冴月もまた本家筋という立場から個室が与えられていた。

 良蔵はドアをノックする。しかし返事がない。

 良蔵はもう一度ノックして、声をかけた。

「水箏」

 それでも、中からは返事がなかった。

 良蔵はため息を吐き出す。

「おい水箏、いつまでも不貞腐れてんじゃねえよ。いい加減に機嫌直せよ」

 良蔵は、ドアの前で腕を組んで返事を待ったが、なおも返事はない。

 良蔵はイライラした様子で、今度はドアを強めに叩く。すると、その力に押されて扉が開いた。

 良蔵は、怪訝な表情で扉の内側を見る。

「水箏? 入るぞ?」

 良蔵は部屋の中に足を踏み入れた。

 しかし――――。

「水箏?」

 良蔵は部屋を見回すが、そこに水箏の姿はなかった。



 冴月は、昨晩巨大な()の現れたビルの見える歩道橋の上に立っていた。

 視線の先には、夕べ()の宿主によって破壊されたテナントが見える。

 店のショーウィンドウは破損しているため、応急処置として青いビニールシートで覆われていた。そのテナントの関係者と思しき人々が、せわしなく中と外とを行き交っている。

 冴月は踵を返して歩きはじめた。

 歩道橋を降り、すぐの小道を右に折れる。

 その背後を、少し距離を置いて追うものがいた。水箏である。

 水箏も、冴月の後を追って小走りに小道を折れる。

 すると――――。

「何の用だ」

 先に小道に入っていた冴月が、壁に背をもたせ掛け、水箏を待ち構えていた。

 水箏は、一度軽く目を見開いてから口を閉じ、真一文字に引き結ぶ。

 両腕を組んで冴月を睨みつけた。

「気づいてて、わざわざ後をつけさせたのね。やっぱり性格の悪い男ね」

 しかし冴月は、視線を合わせない。

「何の用だと聞いている」

 目の前の壁を睨みつけたまま、言葉だけを投げつけた。

 水箏は、前髪を掻き揚げながら辟易した様子で口を開く。

「あんたこそ何やってるのよ。こんなふうにこそこそと隠れるようにして――――」

「質問しているのは俺だ。答えろ」

 冴月は水箏の言葉を遮った。

 水箏は、カチンときた様子で目を細める。軽く顎をあげて、見下ろすようにして冴月を睨みつけた。

「見ての通り、あんたの後をつけてるのよ」

 開き直り、ふてぶてしい態度で冴月を見据える。

「邪魔だ。帰れ」

 すると、水箏が怒りをあらわにした。

「いやよ! あんたが何をしてるのか突き止めるまでは帰らないね!」

 そこで冴月が、ようやく水箏に視線を合わせる。

「一度しか言わない。邪魔だ、消えろ」

 冴月の視線は鋭いものだったが、水箏は全くひるまなかった。

 むしろ、相手を馬鹿にするかのような笑顔を張り付けて睨み返す。

 そして――――。

「い、や、よ」

 わざわざ言葉を区切って、水箏が言い返した。

 すると、それまで無表情だった冴月が、あからさまに苛立った表情を張り付けた。

 何かを言いかける。

 がしかし、冴月は何故かその言葉を飲み込んだ。

 改めて無表情を張り付けなおすと、無言のまま踵を返し、再び歩き出す。

 その後ろを、水箏が黙ってついて歩いたのだった。



 冴月は、付きまとう水箏を無視して、神田のとあるビルの見える位置に移動した。ブラウエ・ゾンネ日本支社の入るビルである。

 水箏は、冴月の側で遠くを見るように片手をかざし、ビルを見上げた。

「ここって、怜治先生が引っかかるって言ってた会社よね。こんなところに何の用があんのよ?」

 しかし、冴月は言葉を返さない。

 水箏は、目を眇めて冴月を見た。

「あんた耳が聞こえないの? 返事くらいしたら?」

 それでも冴月は何も答えない。

 水箏の表情は、増々苛立ったものに変わった。

「ここ、何かヒナに関係ある場所なの? あんたがこそこそ動くときは、決まってヒナが絡んでるのよ。あんたヒナの事以外、興味がないものね。でもね、あんたみたいなやつに、ヒナのことを任せてはおけないの。とっとと答えなさいよ」

 挑むような水箏の言葉を、それでも冴月は無視し続ける。

「この陰険クソ男。だからあんた嫌いなのよ」

 水箏が舌打ちをしながらそう言い放ったその時――――。

「女性がそのような言葉遣いをするとは、聞くに堪えませんね」

 突如として二人の背後から声が聞こえてきた。

 冴月と水箏は、素早く後ろを振り返る。

 するとそこには信濃の鬼甕弦(もたいゆずる)の姿があった。

「あなた…信濃の…! どうしてここに?」

 水箏の目が、驚愕に見開かれる。

 冴月は、目を細めて弦を見返していた。

 弦がゆっくりと首を横に振る。それは呆れを表すような動作だった。

「それはこちらのセリフです。貴方たちは、常陸の卜部さんと百目鬼さんの指示に従うように言われているはずですが、どうしてこのような場所に二人きりでうろついているのですか」

 弦は、端正な顔になんの表情も浮かべることなく、二人をただ見つめる。

 冴月は弦を睨みつけた。

「お前にこたえる必要はない」

 にべもなく冴月が言い放つと、弦がため息を吐き出す。

「困りましたね、あなた方のそう言った私情が、組織の統率を破たんさせる原因になるのですが。貴方は、いつになったらそれを理解できるのですか」

 弦は、呆れを孕んだ視線を冴月にむけた。

「人の上に立つ人間は、己の個人的な感情に左右されるべきではないのです。その判断が、多くの人間の命運を左右することになるのですから」

 言葉は諭すような優しい口調だが、視線は、まるで値踏みするような鋭いものだ。

 しかし、その言葉に反応したのは、冴月ではなく水箏だった。

 水箏が、さもおかしいというように鼻で笑う。

「こんな根性のねじまがった人格破綻者を、人の上に立たせようってのがそもそもの間違いなのよ。こいつはそういう器じゃないわ。止めた方がいいわよ」

 すると、弦が軽く目を見開いた。まじまじと水箏を見る。

 しかし、すぐに何かを納得した様子で笑った。

「なるほど信太(しだ)さんの言う通りですね」

 水箏が片方の眉を跳ねあげる。

「どういう意味よ? 栄泉様があなたに何か言ったの?」

「いいえ、ただ大掾(だいじょう)のお嬢さんは、利発で、芯のお強い方だと伺っていたまでです」

 すると水箏は、不貞腐れた様子で弦を睨みつけた。

「あー、なるほど。わかったわ。悪かったわねえ、気が強くて」

 むっつりと言い返す。

 弦は、苦笑を深めた。

「そうは言っていません」

 首を軽く横に振る弦を、冴月は変わらず鋭い眼差しで見据えていた。

 二人のやり取りを無視して、低く問いただす。

「お前は、どうしてこんな場所にいる?」

 弦はゆっくりと首をめぐらし、冴月を見かえした。

 口元だけに、作り物めいた笑みを刷く。

「貴方にお教えする義務はありません」

 感情の読めない、底冷えのするような眼差しを向け、弦はそう言い切った。


 お互いに、それ以上は無言で、二人の視線は、底冷えするような冷たさを纏いつつただ交わるばかりだった。



「で、あんたは本当のところ何をしにきたのよ。この次はどこに行くつもりなの?」

 水箏は、苛立った様子で冴月に言葉を投げつける。

 しかし冴月は答えなかった。

 弦は、冴月と水箏に石神東京支部に戻るようにと念を押して、再びどこかへと消えている。

 冴月は今ブラウエ・ゾンネ日本支社を後にしていたが、東京支部とは別の方向に歩き出していた。

「いい加減に白状しなさいよ。ヒナにかかわることなんでしょ!? ヒナに何かあったらどうするのよ!」

 冴月が、無表情に水箏を振り返る。

「ヒナに何かあったら、私、あんたを絶対に許さないから」

 水箏は、怒りをあらわに言葉をぶつけた。

 冴月は、水箏の強い眼差しを一度だけ見返してから、すぐにつと視線を逸らす。

 だが、そっぽを向きながらも口を開いた。

「日向に関係があるかどうか、それはわからない。ただ昨晩の()の出没場所が、ブラウエ・ゾンネの事務所に近いことが気になっただけだ。夕べお前たちが遭遇した新宿の()の出没場所も、新宿セミナー会場のそばだったからな」

 冴月は、平たんな口調で事務的に伝える。

 しかし水箏の表情は一変した。

 怒りが消え、考え込むようにして顎をつまむ。

「そういえばそうね…。私たちが()とやりあった場所も例の会社のセミナー会場の側だったわ。偶然…? それとも何かあるのかしら…」

 つぶやく水箏をそのままに、冴月は歩きはじめる。

 水箏はというと、冴月の後を追うことをやめた。

 厳しい表情を浮かべながら、冴月の背中に言葉を投げつける。

「なんとなくだけど、あんたの目的がわかったわ。そういうことだし、私は支部にもどるから」

 しかし、冴月がその言葉にこたえることはない。

 水箏は、声をかけたことで義理は果たしたとばかりに踵を返した。

 そして、足早に石神東京支部へと向かいはじめたのだった。


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