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塞の守り人  作者: 里桜
第二章
23/140

三 疑念

 怜治と良蔵が、東京支部に戻ったのは、午後五時頃のことだった。

 二人が五階のフロアに顔を出すと、支部の鬼たちに紛れて、土岐がそこにいる。

 土岐は、掃守(かにもり)の手伝いをして、パソコンをいじっていた。

 日向、冴月、水箏の三人は不在だ。

 良蔵は、フロアを見回してから土岐に声をかけた。

「他の奴らは何処にいるんだ?」

 土岐は良蔵を振り返って口を開く。

「日向なら寝てますよ。当分起きないと思います」

「そうか、疲れてんだな…。で、他の二人は?」

 すると、土岐は軽く肩をすくめた。

「水箏さんは部屋に閉じこもったままですよ。起きてはいるみたいですけど、声をかけても返事をしてくれません。冴月さんは外出しています」

「外出? どこにいったんだ?」

 良蔵の質問に、土岐は分からないとばかりに首を横に振る。

「なんだ、行き先も言わねえで出かけて行ったのか、あの我が儘坊主は。っとに相も変わらず個人プレーばっかりしやがるな…。で、我が儘娘はまだカリカリして部屋に閉じこもってやがるってか。ったくしょうがねえガキどもだな」

 良蔵がため息を吐き出す。苛々した様子で、頭を掻きむしった。

 怜治が良蔵をちらりと見やる。

「良蔵、水箏へのフォローは頼みましたよ」

 その言葉に、良蔵が弾かれたように顔をあげた。

「ああ!? 冗談じゃねえよ! なんで俺が!?」

 良蔵は目を見開き、食って掛かる。

 しかし怜治は取り合わなかった。

「良蔵が適任だからですよ」

 そっけなく言って、任せたとばかりに軽く片手をあげ踵を返す。

「はぁ!? 待てよ、怜治! 俺はぜってーに嫌だからな。お前が行けよ!」

「私はやることがあるんです。だから頼みました」

 言いながら、怜治はすたすたと歩きはじめた。

「おい! 怜治!」

 良蔵が慌てて背中に声をかけるが、怜治は振り返ることもせず足早に部屋を出て行ってしまう。

 良蔵は、一瞬呆気にとられた様子で怜治の出ていった扉を見つめていた。

 しかし、現実に戻ってくるとすぐさま悪態をつく。

「くそ! ふざけんなよ! いつも面倒なことばかり俺に押し付けやがって!」

 苛々とした様子でポケットに手を伸ばし、煙草を取り出した。箱から一本抜いて口にくわえる。

 すると、土岐が横目で良蔵を見た。

「良蔵さん、ここ禁煙ですよ」

 良蔵は、半眼になって土岐を振り返る。

「知ってるよ! 火はつけねえさ。ったく、どこもかしこも禁煙、禁煙。煙草呑みは肩身がせめえよ」

 良蔵は、火のない煙草を咥えたまま文句を言った。

 そこで、今まで成り行きを見守っていた掃守が苦笑する。

「喫煙ルーム行くか? 俺もちょうど吸いてえ気分だったんだよ」

 掃守はそう言って、近くにあった机の上から缶ピースを掴んで持ち上げて見せる。

 良蔵は口に咥えていた煙草を引き抜き、にやりと笑った。

「掃守さん、そんなもの吸ってるなんて、よっぽど早死にしたいんですね」

 掃守もつられて笑う。

「俺の人生だからな、せいぜい好きにさせてもらうさ」

「そんなの吸ってて、修也にうるさく言われませんか?」

「ああ、いつも会うたび、しゃらくせえこといいやがるよ。ま、俺は適当に聞いてあしらってるがな」

 掃守は言って歩き出す。

 良蔵もまたその後を追って歩きはじめた。

「良蔵さん、タバコ考えるんじゃなかったんですか?」

 またしても土岐が良蔵の背中に一声をかけると、良蔵は肩ごしに振り替える。

「明日からな」

「それじゃ一生やめられませんよ」

 良蔵は、土岐の言葉に肩をすくめて返した。

 ひらひらと手を振ると、言葉もないまま部屋を出て行ってしまった。



 良蔵と掃守は、廊下の突き当りのドアを開け、外付けの非常階段に出る。

 ドアを開けてすぐの階段の踊り場には、スタンド型の灰皿が置かれていた。

 ビルの隙間を吹き抜ける夕暮れの熱風が、じかに二人の体へと吹き付ける。

「喫煙ルームって、まさかここのことですか?」

 良蔵の問いかけに、掃守はにやりと笑った。

「そうだ」

 良蔵がぐるりと空を見上げながら、「部屋じゃねえし」と小さくつぶやく。

「文句があるなら吸うんじゃねえよ」

「いや吸いますけどね」

 言いながら、煙草を引き抜いて咥えた。

「しっかし、まさか掃守さんまでこんなところで吸ってるとは思わなかったなあ」

 掃守は、片眉を上げて視線で問いかける。

「俺としては、もっと堂々と吸っててほしかった」

「なんだよ、堂々とって」

「イメージですよ、イメージ。掃守さんにはこんな隅っこで吸っててほしくなかったんですよ」

 ぼやくような良蔵の言葉に、掃守は鼻を鳴らした。

「勝手なことを」

 良蔵はライターを取り出し、手で風を遮りながら火をともした。口をすぼめて煙を吸い込む。

 掃守も缶から一本取りだすと、煙草を手すりにトントンと打ち付けた。フィルターのない両切りの煙草であるため、葉を片側に寄せているのだ。

 一足先に煙を吸い込んだ良蔵は、人心地着いたという様子で紫煙を吐き出す。

 煙は、すぐに風に掻き消された。

「なあ百目鬼」

 掃守が、手すりの外を見やりながら口を開く。

「なんですか?」

 掃守はゆっくりと良蔵を振り返った。

「お前、今回の件どう思う?」

 掃守の言葉に、良蔵はしばし考え込んだ。

「ま、端的に言えばありえねえことだらけって感じですかね」

「だよなあ」と言いながら、掃守が煙草をくわえて火をともす。煙を口に含み、上に向けて吐き出した。

 掃守は二口めを吸い込むと、煙草を口から離す。煙を吐き出しながらしゃべりだした。

「俺も訳が分からねえんだよなあ。()の件も、もちろんそうなんだが、本部の対応が不自然すぎて訳が分からねえ。今までこんなことはなかったんだがな…」

「掃守さん、夕べ本部とそうとうやりあってましたね」

 すると掃守が苦笑した。

「聞いてたのか」

「いやでも聞こえますよ。あんな怒鳴り声出してたら」

 良蔵は、煙草をくわえなおしながら、壁に背中をもたせ掛ける。片手をズボンのポケットに突っ込んだ。

「で、本部はなんて言ってたんです?」

「本部から応援を送るから、その下に入れだとよ」

「へえ?」

「俺だって、指揮系統は一つに統一した方が効率がいいことはわかってる。縄張り意識を持ち出すつもりもねえし、別に本部管轄になるのは何の問題もねえんだ。ただな、あいつらが握ってる情報を全くよこさねえから俺は怒鳴ったんだよ」

 掃守はいらだった様子で宙の一点を睨んだ。

「俺はな、少なくともここの支部に所属する鬼たちに対して責任がある。なんの情報もないまま、対処療法みたいに()が現れるとそれをバタバタと浄化して…。今まではそうやってきたが、お前たちから、夕べの()の件を聞いて考えを改めた。このままじゃ、いつ鬼に死人が出てもおかしくねえ。そんな事態だけは絶対に避けなきゃならねえんだ」

 掃守は良蔵に視線を戻す。

「早いところ今回の件の原因を特定して、根っこからどうにかしねえとならねえ。そうじゃなきゃいくら浄化したところで意味がねえんだよ。ただのイタチごっこだ。だから本部に情報をよこせって噛みついたんだよ。本部は相も変わらずおんなじ回答だったがな」

「情報統制はないっていうあれですか?」

「そうだ。馬鹿にしやがって」

 掃守は、苦虫をつぶしたような表情で煙草を口に含んだ。煙を勢い良く吐き出す。

「こうなったら自力で情報を集めるしかねえ。だがな、俺は外様だからよ、こっちでの伝手が少ねえんだ」

「掃守さん九州出身ですよね」

「そうだ。だから東京には、本部に逆らってまで協力してくれるような伝手がなかなかねえ。百目鬼、お前何とかならねえか」

 すると良蔵が、にやりと口を持ち上げる。

「いいですよ、怜治ともども協力させてもらいます」

「恩にきる」

 良蔵は、煙草を灰皿に押し付けて掃守を見た。

「そういや掃守さん、ブラウエ・ゾンネって会社知ってますか?」

「ブラウエ・ゾンネ? どこかで聞いたことがあるな」

 掃守は首をひねりながら考え込む。

「セミナー講座を主催してる会社なんですけど」

「ああ! 上野にあるあの会社か」

「上野? 違いますよ、事務所は神田です。セミナー会場は新宿にもありますけど、ドイツ系企業の日本支社で、日本での拠点は神田にあるんです」

「神田…? 新宿…」

 掃守はつぶやいて考え込みはじめた。

 やがて何か思い出したというように息をのみ、急いで煙草を灰皿に押し付ける。

「おい百目鬼、俺は気になることを思い出したから、ちょっと調べ物してくる。先に戻ってるぞ」

「どうしたんです掃守さん、そんなに慌てて。俺も戻りますよ」

 すると掃守が、首だけで良蔵を振り返った。

「お前は、卜部からの頼まれ事があるだろう?」

 暗に水箏のことを言っているのだ。

 良蔵は、煙草を吸う直前に、怜治に押しつけられた仕事を思い出し、渋面を作った。

「ああ…あれですか…」

 途端に、声のトーンが落ちる。

「面倒なこと思い出させないで下さいよ」

 言いながら良蔵は、ガシガシと頭を掻いた。

「卜部はよくわかってるよ。お前が一番の適任だ」

「どういう意味っすか」

「言葉通りの意味だ。まあせいぜい頑張れよ」

 掃守は、ぞんざいに手を振って、ドアに手をかける。

 良蔵はため息を吐き出しながら「くそ、めんどくせえな」とつぶやいた。


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