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塞の守り人  作者: 里桜
第二章
22/140

二 聞き取り

 立食パーティーの会場は、同じビルの五階だった。

 片隅で、怜治と良蔵は小声で話しこむ。

「なんかよくわからねえセミナーだな。婚活パーティーでもあるまいに、なんだよこのご大層なもてなしは。意味が分からねえ。食って大丈夫なのか? 変な薬入ってねえだろうな」

 良蔵の疑わしげな声に、怜治はかすかに首をかしげる。

「パーティーは、いわゆる好餌というやつでしょうね。私は食べませんけど、良蔵は試しに食べてみたらどうですか?」

「………」

 半ば本気の怜治の言葉に、良蔵は無言で怜治を睨みつけた。

 やや間をおいてから、疲れたようなため息を吐き出す。

「お前、そういうやつだよな…。俺は絶対に食わねえぞ。ただより怖いものはねえんだからな」

「よくわかっているじゃないですか」

 怜治が、軽く笑みを漏らす。

「まあ、薬が入っているなんてことはそうそうないでしょうが、用心するに越したことはないと思いますよ」

 苦虫をかみつぶしたような良蔵を横目に、怜治は首をめぐらせはじめた。視線をさまよわせて誰かを探しはじめる。

「どうした?」

 良蔵が声をかけると、怜治が振り向いた。

「新井を探しているんですよ。少し話をしてみたいので」

「ああ、あの野郎か」

 言いながら良蔵も視線をさまよわせるが、当の新井は見つからない。

 諦めかけたその時、会場に入ってくる新井の姿を良蔵が目ざとく見つけた。

「おい怜治」

 怜治が良蔵を見ると、良蔵がドアの方を顎でしゃくって見せる。

 新井の姿を見つけた二人は、すぐに歩き出したのだった。



「新井さん」

 怜治が声をかけると、新井が振り返る。

「はい?」

 新井は、書類を片手に持っていた。午後の部の資料であるのだろうか。

「奥野恵さんのことでちょっとお話を伺いたいのですが、お時間よろしいですか?」

 怜治は単刀直入に話しかけた。

 怜治のダイレクトな発言に、良蔵は内心では慌てている様子だったが、表面上はなんとかその驚きを押さえ込んでいる。

 驚きを押さえ込むためか、良蔵はうさんくさく見える笑顔を張り付けていた。

 怜治の言葉に、新井の表情があからさまに曇る。迷惑そうにため息を吐き出した。

「刑事さんですか?」

 新井の質問に、怜治はあいまいに笑って返し、返事をしない。

 すると新井は、怜治たちを刑事であると勘違いしたようで、睨むようにして見てきた。

「わざわざセミナーを受講したんですか? そこまでして、いったい私に何の用があるんですか? 奥野君の事なら知っていることは全て話しましたよ。だいたい私と奥野君は、ただのスタッフとセミナー受講者という以上の関係ではありません。これ以上私に何が聞きたいというんですか」

 新井は、苛立った様子でまくしたてる。

 どこか演技がかった様子に見えるが、『刑事』を追い払うための虚勢であると考えれば納得できないこともない。

「何度も申し訳ありませんが、私たちにもご説明いただきたいのです」

「だから話すことは何も――――」

 しかし、怜治がその言葉を遮った。

「新井さんと奥野恵さんのご関係は、本当に、ただのセミナースタッフとその受講者というご関係だったのですか?」

 強引に質問をぶつける。

 相手に反感を覚えさせるやり方かもしれない。

 だが、先程の新井の言動が虚勢であるのならば、強めに押すのも手の一つだった。

「…どういう意味ですか? 私の言い分を疑っているんですか?」

 怜治の強硬な手段が功を奏したのか、新井がトーンダウンする。

 すると怜治は、淡々と畳み掛けるように続けた。

「いいえ、ただの確認作業です。貴方の口から、はっきりと聞いておきたかっただけです。他意はありません」

 新井は、一度不満げに口を閉じる。

 しかし、やがて――――。

「…そうですよ」

 しぶしぶと言った様子で返事を返した。

 どうやら新井は、怜治たちを追い払うよりも、自分の立場を守ることに舵を切り替えたようだ。

 怜治は眼鏡のフレームを押し上げる。その奥にある眼差しは、鋭く光っていた。

「そうですか…。ですが、それはおかしいですね」

「おかしい?」

 怜治は頷く。

「あなたの言い分を尊重すると、二人のご関係は深いものではなかったということになります。しかし奥野さんは、母親を殺害という重要な内容をあなたに相談しようとしていた。あなたの言う通り『ただのスタッフとセミナー受講者』という間柄であるとしたら、そんな相手に、今回のような重大な相談をしようとするでしょうか?」

 すると新井は、さも迷惑だとでも言いたげに怜治を見た。口調もぞんざいなものに変わる。

「他に相談するような人間がいなかっただけじゃないですか? 奥野君は仕事もしていなかったし、就職に失敗してからは友人とも疎遠になっていると言っていました。家族以外の人間とかかわれる場所は、このセミナーだけだったんじゃないですか?」

「だから貴方に相談しようとしたわけですか」

「刑事さん、何か含みのある言い方ですね。言いたいことがあるのなら、はっきりとおっしゃっていただけませんか?」

 怜治は、顎をつまんで一度考え込む動作をしてから、目だけを新井に向ける。

「どうも新井さんと奥野恵さんの気持ちには温度差がありそうですね」

 新井は目を細めた。

「そうですが…それが何か?」

「もしかしたら貴方は、頼ってきた奥野君に、わざと会ってさしあげなかったのではないですか?」

「まさか! 違いますよ、人聞きの悪い。ご覧のとおり、私は新宿会場専門のスタッフですので、当時神田の事務所には不在だったんです。だから奥野君には会えなかったんですよ。本当です。それに彼、知らないうちに事務所を抜け出していたみたいですし」

 言いながら新井は腕時計に目をやった。

 どうやら時間がないと言いたいらしい。実にわざとらしい所作である。

 しかし怜治は、新井の態度を無視してさらに続けた。

「ほう、貴方は新宿会場専門のスタッフなのですか。では、どうして奥野さんは、わざわざ貴方のいるはずもない神田の事務所に貴方を訪ねて行ったのでしょうね?」

 怜治がたずねると、新井の目が細まる。

「…さあ、私にはわかりません。奥野君が何か勘違いをしたんじゃないですか?」

「勘違いですか」

 挑むように念を押した怜治と、新井の視線が静かにぶつかった。

 挑戦的にぶつかっていたその眼差しを、新井がすっと外す。

「もう…いいですか? 時間がないんです。次の部の準備もありますし」

「最後にもう一つ質問があります。奥野恵さんはこのセミナーの受講者だったそうですが、彼は何段階まで受講していたのですか?」

 その質問に、新井が再び怜治に視線を戻す。

 不自然な間を開けてから新井が口を開いた。

「…第一段階ですよ。それが何か?」

「そうですか。ありがとうございました」

 新井は、無言のまま踵を返す。

 怜治と良蔵は、その背中を見送った。

 ほどなくして午後の部がはじまる。


 そうしてセミナーは、全てのスケジュールを滞りなく終えたのだった。



「なんだか拍子抜けしたな。セミナーは、思ってたよりも随分まともだったよ。もっといかがわしいものを想像してたんだけどな」

 言って良蔵が首を左右に伸ばすと、ゴキリと音が鳴る。長い拘束時間の間に、肩が大層凝っていたようだ。

 二人は、セミナー会場となったビルの前で立ち止まり話をしている。

 怜治は、背後にあるビルを肩ごしに振りかえっていた。

「そうですか? 私としては色々と引っかかることがありましたが」

「お前のアンテナにはなんか引っかかったのか。たとえばどんな?」

「それは追々。それにしても、今日のセミナーはほんのさわりだけのようですから、実際に参加してみないことにはわからない部分がまだまだ多いですね。特に第三段階については、いったい何を行うのか知りたいものです」

「そうだな。その辺りの事は俺もスタッフ探りを入れてみたんだが、誰も口を割らなかった」

 良蔵の眼もセミナー会場となったビルを見上げる。

「合宿場所についても教えてはくれませんでしたよ。第一段階に進めば教えてくれるとは言っていましたが…。そうなると、セミナー第一段階への参加を検討するべきなのかもしれません」

 怜治はそう言って、考え込むように一度口を閉じた。

 良蔵が驚いたように怜治を振り返る。

「参加!? おいおいこのセミナー終了するには、だいぶ時間がかかることになるぞ。第三段階の日程が分からねえからはっきりしたことはいえねえが、受講を終了するにはたぶん一ヶ月くらいはかかるんじゃねえか? そんな長丁場のセミナーに、参加する気なのかお前」

 怜治は肩をすくめつつ口を開いた。

「もし必要と判断すれば参加するにやぶさかではありません。ただ、現在のわれわれの状況をかんがみれば、現実的ではありませんけどね。そんな悠長な時間もありませんし、おまけに、新井とも少々揉めてしまいましたからね。参加しても、正規のプログラムを受けることはできないかもしれません」

「ああ、あの野郎か…。なんかうさんくせー奴だったな。正直に話しているとは思えねえ態度だった」

 そこで怜治が一度考え込む。

「過去の参加者を探し出して事情をきいてみるほうが手っ取り早いかもしれません」

「探すってどうやって?」

「餅は餅屋に頼みましょう」

「つまり誰かに探させるつもりなんだな。お前、人使いが荒いからな」

 呆れともつかぬため息を良蔵が吐き出したのを合図に、二人は歩きはじめた。足は駅へと向かっている。



 そんな二人の背中を、遠くから見つめる者たちがいた。

 ビルの六階――――先程まで怜治と良蔵のいたフロアから、立ち去る怜治と良蔵の背中を男たちが見下ろしている。

 男は二人。そのうちの一人は新井だった。

「あの二人が連絡のあった石神(しゃくじ)(もの)のようです。適当に追い払うつもりでしたが、成功しませんでした」

 新井は、側に立つ西欧人に向けてそう言った。

 話しかけられた西欧人は黒い髪に青い目をしており、背はそれほど高くない。

 若干えらが張っていて、鼻は高いが横幅はあまりなく、鋭くとがったかぎ鼻をしている。青い目は細く切れ長で、冷たい印象を与える目だった。

「あの二人は、逮捕された例の男のことを調べているようだな」

 西欧人は流ちょうな日本語を話す。

「はい」

「何か気取られたようだな」

「申し訳ございません。存外頭の切れる男でした」

「なるほど、面白い」

 西欧人の男は、そう言って愉快そうに目を細めた。

「さて、あやつらは、石神に内通者がいることに気付いているのか否か」

 口の端を持ち上げて、凄味のある笑顔を浮かべる。

「いかがいたしますか」

「放っておけ」

 西欧人の男は、短く答えると踵を返し、窓に背を向ける。

「このまま好きに泳がせておこう。下手に手を出せば、勘ぐられる可能性がある。我々の方は例の計画を実行に移すぞ」

「かしこまりました」

 新井は、西欧人の男の背中に向かって頭を下げた。


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