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塞の守り人  作者: 里桜
第一章
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十五 襲撃 その六

 音のした場所へと駆けつけると、そこでは一人の男が暴れまわっていた。

 男は何かを探すように視線をさまよわせており、飲み屋のスタンド式の電飾看板に目をとめると、それを持ち上げる。

 そして、洋服店のショーウィンドウに向かって、看板を叩きつけた。

 その刹那、耳に突き刺さるような音が響き、破片が四方八方に飛び散った。

 あちこちで悲鳴が上がり、人々は逃げ惑う。

 道路には、男に襲われたと思われる人間が、血を流して横たわっていた。

 遠目では生死は不明だが、ぴくりとも動くことなく道路に横たわっている。

 暴れる男の周りには、男を取り押さえようとする、数人の見知った(もの)の姿が見えた。

 しかし鬼たちは、男の行動を押さえあぐねている様子だった。

「あの男、()にとり憑かれていますね」

 怜治の言葉に、冴月は無言でうなずく。

「それにしても、今回はギャラリーが多すぎますね」

 怜治は、ちらりと周囲の人間に視線を投げた。

「ここで()を祓うのは、色々と問題があります。なんとかあの男を、別の場所に誘導しないと…。それに時間もありません。じきに警察が到着してしまうでしょうから…。彼らが来てからでは、色々と厄介です」

 怜治は、そう言って思案気に目を細める。

「でも卜部先生、こんなにも人通りの多い場所では、いったいどこに誘導したらいいのか…」

 日向は困惑気に怜治を見上げた。

 すると怜治は、何かを心に決めた様子で顔をあげる。

「あのビルを使いましょう」

 怜治は、たった今男がショーウィンドウを破壊したばかりのビルを見上げた。

「ビル…ですか?」

 日向はぱちりと目をまたたく。

「はい、幸いあのビルに入っているテナントは、衣料品店や個人病院、美容関係の店などのようです。どれも日中をメインに営業する業種ですから、夜中のこの時間に、人が残っていることはほとんどないでしょう。入口も、都合よくあの男が作ってくれたことですし、利用しない手はありません」

 その時、遠くでパトカーのサイレンの音が鳴り響きはじめた。

「さあ、時間はありません。行きますよ」

 言って、怜治はすぐさま走り出す。

 怜治の言葉に従い、日向も一歩踏み出そうとした。

 しかしその時、日向は物問いたげな冴月の眼差しとぶつかった。

 日向は表情を硬くする。

「冴月様、なんとおっしゃられようと、僕は貴方についていきますから」

 冴月は、ため息とともに軽く首を振った。

「お前が、時折頑固なことは知っていたが、何もこんな時にその頑固さを発揮しなくてもよかったのにな…」

 言いながら手を伸ばす。

「気をつけろ」

 苦笑した冴月に頭を撫でられると、日向はぱあっと笑みを浮かべて頷いた。

「はい!」

 その様子を見て、冴月はさらに苦笑する。

 そうして二人は、しばし遅れて怜治の後に続いたのだった。



 日向たちは、()に憑かれた男に近寄る。

 男は無表情で生気がなく、()にとり憑かれた者特有の、陰気な気配を纏っていた。

 男は、狂ったような破壊衝動に駆られて、手当たり次第物を壊し、誰かを傷つけようとやっきになっている。

 怜治は、一足先に鬼たちに接触し、話しかけていた。おそらく、ビルの中に追い込むようにと、指示を出しているのだ。

 その間も、()にとり憑かれた男は、次の犠牲者を探していた。

 危険を察知し、先に男を発見していた鬼たちが、一般人を誘導し、男の魔の手から逃がしている。

 だが、それでも好奇心に勝てない人間たちが存在していた。

 誘導に従わずに、途中で立ち止まり、遠巻きに男の様子を携帯で撮影している者が数名いるのだ。

 そういった人間たちに、冴月は侮蔑するような視線を向けた。

「呑気なものだ。ああいう輩は、自分たちだけは無事でいられるのだと、根拠のない自信を持っているのだろうな」

「冴月様…」

「俺は時々、鬼としてのこの責務に疑問を感じる」

 日向は、驚いたように冴月を見上げた。

「俺には博愛精神などない。使命感もない。あのような不用意な輩が、己の浅はかさで命を落とそうとした時に、なぜ助けてやらねばならない。自業自得というものだろう。俺には助けてやる義務など感じない」

「冴月様」

 日向が、怒ったような声で冴月の名を呼んだ。

「心にもないことをおっしゃってはいけません」

 冴月が日向を振り返る。

「心にもないこと? これは紛れもない本心だ」

 すると日向は、困ったように眉根を寄せた。

「冴月様はいつも偽悪的でいらっしゃいますね。どうしてそうなのですか…」

 日向はため息をついてから苦笑する。

「冴月様は、口ではどんなことをおっしゃっていても、いざ実際に目の前で命を失いそうな人がいたら、そんな考えはどこかに吹き飛ばして、いつも全力で助けておられるではないですか。僕、ちゃんと知っています」

「ちがう。それはお前のかいかぶりだ。俺はお前の思うような人間では――――」

「冴月様がなんとおっしゃっても!」

 日向は、冴月の言葉に押しかぶせるようにして大きな声を出す。

 冴月が、軽く目を見開いて黙ったことを確認すると、日向は小さく息を吐き出して静かに口を開いた。

「たとえ冴月様が、どんなに自分を悪くおっしゃっても、僕が冴月様を見る目はかわりません。だって僕の知っている冴月様は、そういう人なんです」

 日向はそっと手を伸ばし、手のひらを冴月の胸にあてる。

「いつも冷たくてそっけないようなふりばかりなさって、他人には誤解されがちですけど…でも本当は、ここがとってもあったかい人なんだって、僕知ってるんです」

 冴月の胸に手を当てたまま、日向は冴月を見上げた。そして花開くように微笑む。

 冴月は、きゅっと口を真一文字に引き結ぶ。

「冴月様は優しいお方です。僕が、心から尊敬している方なんです」

 日向が言い切ると、冴月がため息を吐き出した。

「俺は…いつもお前に丸め込まれている気がするな…」

 途方に暮れた様子で、冴月が言葉を吐き出す。

「何をおっしゃっているのですか。冴月様は、僕なんかに丸め込めるような方ではりません」

 日向は言い切って、冴月を見上げた。

 冴月がふっと息を吐き出し、目を細める。

 愛しい者を見るように細められたその眼差しは、見ているこちらの方が暖かくなるような、そんな何かを宿していた。

「お前はいつもそうやって、いとも簡単に俺の道を正してしまう」

 冴月の手が日向にのびる。

 日向の額にかかっていた髪をどけ、耳にかけてやった。

「日向、怪我はするなよ」

「はい。もちろんです」

 笑顔で答えた日向の頬を、穏やかにほほ笑む冴月の指がそっとかすめた。


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