十四 襲撃 その五
水箏は、疲れた様子で路肩の縁石に座り込んでいた。
土岐もそのすぐそばで塀に背中をあずけている。
良蔵もまた疲労のため気だるげな様子だった。
良蔵は携帯を耳に押し当て、石神の東京支部に事態の報告をしている。手には、火のついていない煙草を持ち、手持無沙汰にくるくると回していた。
その連絡の最中のことだった。
再び、水箏と土岐の携帯が鳴り響く。
二人は、厳しい表情で自分のメールを開き内容を読むと良蔵を見た。
「良蔵さん、また虺です」
土岐の言葉に、良蔵は携帯を耳に押し当てたまま舌打ちをする。
二人に頷いて返してから、再び電話口に戻った。
電話の相手は、守部修也だった。
「わかってるって、いちいちうるせえな」
良蔵は、苛立った様子で頭を掻きむしる。
「だったら、おめーも手伝いに来いよな。うっせーよ、こっちは忙しいんだよ。じゃあそういうわけだからもう切るぞ。後は頼んだからな」
良蔵は、まくしたてるようにして早々に電話を切り上げると、盛大に溜息を吐き出した。
「ったく虺のやつら、今日はずいぶんとはしゃいでやがるみてえじゃねえか」
良蔵はスマートフォンの画面を操作してメールを開く。
「ここからそう遠くねえ場所だな」
良蔵は言いながら、持っていた煙草を箱に戻した。
「ぅっし、気合入れてもう一仕事すっか。行くぞ」
水箏と土岐は無言でうなずく。
良蔵たち三人は、再び大地を蹴って走りはじめたのだった。
一方その頃――――。
日向、冴月、怜治の三人は、新宿の応援要請のメールを受け取るなり、車を目指して夜道を駆け抜けていた。
その最中、再びメールの着信音が鳴る。
「またですか」
怜治は、眉根を寄せて足を止め、携帯の画面に視線を落とした。
「卜部先生、今度は神田のようです。どうしますか」
先にメールを開いた日向の問いかけに、怜治はわずかに考え込む。
しかし、すぐに答えを出した。
「新宿は、現状のまま良蔵たちに任せましょう。我々は行き先を変更して、神田に向かいます。新宿に移動するよりも近いことですしね」
そう言って怜治は、良蔵に連絡を入れようとする。
だが、ちょうどその時着信があった。
怜治は画面に視線を落とす。
「修也からです」
怜治は、冴月に向かって電話の相手を教えてから電話をとった。
「はい」
怜治は短く答える。
電話越しに、何か修也の言葉を聞くと、怜治は意外そうに目を開いた。
「ずいぶんと耳が早いですね。そうです、かなり大きな虺に遭遇しました。え? 今東京支部に居るのですか?」
怜治は、驚いた様子で目をまたたいた。
「支部に来るのは、明日の予定だったのでは?」
怪訝な表情で問い返す。
「我々ですか? 今から神田に向かうところですが…」
言いながら、怜治は表情を引き締め、眼鏡を押し上げた。
「そうですか。新宿にも…。そうですね、現状のまま新宿は良蔵たちに任せた方がいいでしょう。はい、わかりました」
怜治はそうして二、三言葉を交わしてから電話を切った。
視線を冴月に向ける。
「修也は、予定を早めてすでに東京支部入りしているそうです。それから先ほど良蔵と連絡を取り、彼らも、巨大な虺に遭遇したとの報告を受けたそうです。怪我はなく、全員無事だということです」
「え!? 水箏さんたちも、大きな虺に遭遇したのですか!?」
日向が驚愕に目を見開いた。
「そのようです」
怜治は、硬い表情でうなずく。
「でも無事だったんですね…。よかった」
日向は、安堵のため息を漏らした。
日向の様子を見て、怜治がかすかにほほ笑む。しかしすぐに表情を引き締めた。
「そうですね。ですが、今はここでもたもたしている場合ではありませんよ。我々も急ぎましょう」
「はい」
日向は返事をして再び走り出した。
が、道すがら怜治にポツリとたずねる。
「卜部先生、どうしてあちこちに大きな虺が出没するんでしょうか? 今までこんなことはありませんでした。僕…何だか不安です…。何か途方もないことが起きようとしているみたいで…」
日向の言葉に、怜治と冴月の表情が硬くこわばった。二人は日向の問いかけに答えることはない。
三人の胸には、得体の知れない不安感が去来していたのだった。
日向たち三人はコインパーキングに戻り、怜治の運転で神田を目指す。
虺の出没場所は、今日立ち寄ったブラウエ・ゾンネの事務所にほど近い場所だった。
「そういえば、ブラウエ・ゾンネは、新宿にもセミナー会場を持っていましたね。どうやらあの会社のことは、一度本格的に調べたほうがいいのかもしれません…」
怜治がひとり言のように小さくつぶやく。
ほどなくして、車は目的地近辺にたどり着いた。路肩に車を止め、三人は降り立つ。
地図にあった場所に到着したが、近くに人影はなかった。
三人は、慎重に周囲を見回す。
「卜部先生、誰もいないようですけど…。すでに浄化が済んだのでしょうか?」
日向が怜治に問いかけた。
「場所を移動しているだけかもしれません。もっとよく探してみましょう」
怜治の言葉に従って、三人は歩き出す。
時間は、すでに午前零時をまわっていた。
日向は、こらえきれなかったあくびをかみ殺して目を擦った。
「眠いのか?」
冴月の声に、日向は慌ててぴんと背筋を伸ばす。
「ちがいます! 大丈夫です!」
だが、冴月は首を横に振った。
「無理をするな。お前は車で休んでいろ」
手を伸ばし、日向の頭をくしゃりと撫でる。
「いやです。僕、大丈夫ですから。本当です!」
日向は必死で言いつのった。
日向は、助けを求めるように怜治に視線を向ける。しかし、怜治も気遣わしげに日向を見つめていた。
「日向、無茶をして怪我でもしたら、元も子もありません。もし疲れているのなら、冴月さんの言う通り貴方は車で休んでいなさい」
「卜部先生まで! 僕いやです! 大丈夫です!」
日向はむきになって否定した。
怜治は、困った様子でわずかに眉根を寄せる。
その横で、あからさまに冴月の表情が不機嫌に変わった。
「日向」
苛立ちを含み、低く変わった冴月の声が日向の名を呼ぶ。
普段ならば、萎縮していたかもしれない冴月の声に、しかし日向は怯まなかった。
「絶対に嫌です。僕、本当に大丈夫なんです。冴月様がなんとおっしゃられようとも、絶対に冴月様のおそばを離れませんから」
冴月は、鋭い眼差しを日向に向ける。
日向は、その眼差しを真正面から見返していた。
まさに一触即発の空気がながれる。
と、その時のことだった。
突如、遠くでガラスが割れる音が聞こえてきた。
その刹那、三人は一瞬だけ視線を合わせる。
そして交わす言葉もなく、弾かれたように、音のした方向へと走り出したのだった。




