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塞の守り人  作者: 里桜
第一章
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十三 襲撃 その四

 周囲では、水箏が祓った四匹のが蠢き、今まさに三人へと襲い掛からんとしていた。

 良蔵は、人差し指と中指を立てた刀印を結ぶ。

(りん)(びょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)

 左から右へ、上から下へと順に九本の網目を描き、良蔵は素早い動作で九字を切る。

 そうして宙に描かれた紋様は光り輝き、()へと向かって放たれた。

 光が()にぶつかると爆発が起こり、()は雲散霧消する。

 良蔵は、同じ行為をもう一度行い、さらにもう一匹の()を浄化した。

 土岐も片手で刀印を結ぶ。

「バン ウン タラク キリク アク」

 真言とともに五芒星を描くと宙に描かれた五芒星が光り輝き、()に向かって放たれた。()は浄化され雲散霧消する。

 残りの一匹を良蔵が浄化すると、土岐と良蔵の二人は水箏を振り返った。

 水箏はというと、額に汗をにじませながら、いまだ石笛を吹き続けていた。

 最後の一人に宿る()を祓うことに、苦戦を強いられていたのだ。

 宿主の男は、笛の音から逃れるように片手で耳をふさぎ、もう一方の手で胸元を押さえて、苦しげな呻き声をあげながら大地に蹲っている。

 水箏は、眉間にかすかなしわを寄せながら両目を閉じた。石笛に集中して神経を研ぎ澄まし、美しい音色を奏で続ける。

 ピイと澄んだ音色が、闇夜に響き渡った。

 すると、蹲っていた男の背中が不自然に盛り上がりはじめた。

 それを見て、良蔵が刀印を構える。

「土岐」

「わかってます」

 土岐も頷いて返して構えた。

「ぐぐぅっ」

 地面に蹲っていた男が、苦しげに呻き声をあげる。

 水箏は、さらに石笛を吹き鳴らした。

 すると、徐々に男の背中から黒いものが抜け出はじめる。

 最初は、()の太い胴体が男の背中から飛び出した。続いて尾っぽが飛び出てくる。

 うねるように波打つ巨大な()の体は、男の体から這いずるようにして出てきた。

「おい土岐、気をつけろ。かなり大きな()だぞ」

 良蔵の表情が、厳しさを増す。

 土岐も、ゴクリと息をのみ込みながら男と()を凝視した。

 どんどんと男の体から抜け出す()は、しかし、いまだ全体像を見せない。体だけが、のたうつように大地を這いずり周っている。

 水箏が、一度かすかに顎を上にあげた。そして、細い息を長く石笛に吐き出す。

 すると、一際澄んだ音色が辺りに響き渡った。

 と、ようやく男の体から()の頭が抜け出た。

 巨大なが祓われると、とたんに男の体は、糸の切れた操り人形のように力なく大地に倒れ込む。

 ()は、男の体から抜け出るなり巨大な頭を天に高々と上げ、水箏めがけて勢いよく振り下ろしてきた。

「水箏!」

 良蔵は、叫ぶと同時に素早く九字を切って、()に向かって放つ。しかしの動きが止まることはない。

 水箏は、横に跳んでその攻撃をかわした。

 良蔵は、続けて九字を切る。

「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」

 土岐も、真言を唱えて五芒星を描いた。

「バン ウン タラク キリク アク」

 二人の攻撃が、()に向かって放たれる。ぶつかると爆発が起こった。

 その攻撃では、思ったほどのダメージを与えることはできなかったが、しかし()は、一時視界を奪われたようだ。頭を振って、人間臭い動作をする。

 その隙に、水箏は良蔵と土岐の側に戻った。

「水箏無事か?」

 水箏は、良蔵の言葉にうなずく。

「私は大丈夫。それよりもりょーちゃん、こいつの足止められる?」

 水箏の言葉に、良蔵は怪訝な表情をした。

「止める時間にもよるな…。こいつの動きを封じるのは難儀しそうだ」

 良蔵は、を一瞥してから水箏に視線を戻す。

「たぶん短い時間ならいけるはずだ。けど水箏、お前いったい何をするつもりだ?」

 水箏は、眼差しの中に強い光を宿しての姿をとらえた。

大祓祝詞(おおはらえののりと)を奏上してみようと思って。このままの状態じゃ、この()を浄化するのは無理でしょ? だから少しでも弱らせようかと思うの」

 水箏の言葉に、良蔵が大きく目を見開く。

「おいおい祝詞の奏上だと? 無茶言うなよ。それだけの時間を稼げる自信、まったくねえぞ」

「良蔵さん、それ威張って言う事じゃないから」

 土岐が軽い調子で応じたその時、視界を取り戻したが、三人めがけて襲いかかってきた。三人は方々に散ってその攻撃をかわした。

「くそっ、不可能に近くてもやるしかねえか…。おい土岐、援護を頼む」

 土岐は表情を引き締めてうなずく。

 土岐は再び刀印を結んで真言を唱えた。

「バン ウン タラク キリク アク」

 宙に描いた五芒星が、()に向かって放たれる。爆発が起こるが、やはり()にはたいしたダメージを与えることはできない。

 ()は怒ったように頭をもたげ、土岐に向かって襲い掛かった。土岐は後ろに跳んでその攻撃をかわす。

 土岐が()の注意をひきつけているその隙に、良蔵は刀印(とういん)を結んで九字を切った。

「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」

 良蔵は、続いて内縛印(ないばくいん)を結んで真言を唱える。

「ノウマクサンマンダ バサラダンセン ダマカラシャダソワタヤ ウンタラタカンマン」

 剣印(けんいん)を結んで真言を唱える。

「オン キリキリ」

 刀印を結んで真言を唱える。

「オン キリキリ」

 すると、()の動きが鈍くなった。

 異変を察知した()は一度攻撃をやめ、何かを探るように頭をめぐらす。その視界に良蔵をとらえると、すぐさま良蔵めがけて襲いかかろうとした。

 だが、その攻撃を土岐が阻む。

 水箏もまた刀印を結んで五芒星を描き、()に向かって放った。

 二人がの足止めをしている間に、良蔵は転法輪印(てんぽうりんいん)を結んで真言を唱る。

「ノウマクサンマンダ バサラダンセン ダマカラシャダソワタヤ ウンタラタカンマン」

 外五鈷印(げごこいん)を結んで真言を唱える。

「ノウマクサラバタタ ギャテイヤクサラバ ボケイビャクサラバ タタラセンダ マカロシャケンギャキサラバ ビキナンウンタラタ カンマン」

 諸天救勅印(しょてんきゅうちょくいん)を結び真言を唱える。

「オンキリウンキヤクウン」

 外縛印(げばくいん)を結んで真言を唱える。

「ノウマクサンマンダ バサラダンセン ダマカラシャダソワタヤ ウンタラタカンマン」

 良蔵が不動金縛りの法を完成させると、()の動きがぴたりと止まった。

「水箏、今だ」

 水箏は頷き、両手をパンと合わせる。

 そして手を合わせたまま、祝詞を奏上しはじめた。

高天原(たかまのはら)神留(かむづま)()す 皇親神漏岐(すめらがむつかむろぎ) 神漏美(かむろみ)(みこと)()ちて 八百万神等(やおよろずのかみたち)神集(かむつど)へに集へ(たま)ひ 神議(かむはか)りに議り賜ひて――――」

 水箏はゆっくりと両目を閉じ、澄んだ声で祝詞を読み上げる。

 ()は苦しげに体をくねらせはじめた。

 しかし、良蔵の術に体を封じられ、身動きをとることができない。

 水箏は微動だにせず、歌うようにして祝詞を奏上し続ける。すると徐々に()の動きが緩慢なものに変わっていった。

「――――皇御孫命(すめみまのみこと)(みず)御殿(みあらか)(つか)へ奉りて (あめ)御蔭(みかげ) 日の御蔭と(かく)()して 安国(やすくに)(たいら)けく知ろし()さむ国中(くぬち)に成り出でむ天の益人等(ますひとら)が 過ち犯しけむ種種(くさぐさ)罪事(つみごと)は――――」

 淡々と祝詞を読み、そうして祝詞の中盤に差し掛かった頃のことだ。

 突如として()の抵抗が激しくなった。

「――――()()らば 天つ神は(あま)磐門(いわと)を押し(ひら)きて 天の八重雲を伊頭(いつ)千別(ちわ)きに千別きて 聞こし()さむ 国つ神は高山の(すえ)――――」

 祝詞によって苦しめられているであろう()が、残る力を振り絞って体をくねらせる。必死で良蔵の術を解きにかかってきた。

 これまで外縛印を結んだまま、()の動きを封じ続けてきた良蔵の額には、脂汗が浮かび上がっている。

 ぎりりと歯を食いしばりながらも、良蔵は何とか術をもちこたえさせる。良蔵の太い両腕には、血管が浮き上がっていた。

「――――彼方(おちかた)繁木(しげき)が本を 焼鎌(やきがま)敏鎌(とがま)()ちて 打つ(はら)う事の如く(のこ)る罪は在らじと (はら)(たま)い清め給ふ事を 高山の末 短山(ひきやま)の末より――――」

 続けられる水箏の祝詞に、苦しみもがくようにして()が体をうねらせる。

 祝詞が、もうあとわずかというその時のことだ。

 とうとう良蔵の術が乱れはじめた。

 良蔵が必死で印に念を込めるが、()の抵抗がますます激しくなる。

「くそ、水箏早くしろ。もうもたねえぞ」

 良蔵の顎を、幾筋もの汗が伝い落ちてゆく。

 しかし水箏は動じることなく、両目を閉じたまま続けた。

「だめだ、くそっ!」

「良蔵さん!」

 土岐が大きな声を上げる。

 ()が大きく体をふるわせ、とうとう良蔵の術を跳ねのけた。

 ()は勇み立つようにして体をふるわせると、勢いよく水箏めがけて首を振り下ろす。

「水箏さん!」

「ばか! 避けろ!」

 土岐が声をあげ、良蔵も肩で息を吐き出しながら怒鳴りつけるが、水箏が怯むことはなかった。水箏は閉じていた両目をカッと見開き、()を睨みつけながら祝詞の奏上を続ける。

気吹戸(いぶきど)()気吹戸主(いぶきどぬし)と言ふ神 根国(ねのくに) 底国(そこのくに)気吹(いぶ)き放ちてむ ()く気吹き放ちてば」

 水箏のその行為に、一瞬だけの動きが怯んだように感じられた。

「くそ! この強情娘が!」

 良蔵は、祝詞の奏上をやめるつもりのない水箏の前に飛び出すと、()に向かうように立ちはだかる。刀印を結ぶと九字を切った。

「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」

 土岐もその横に並び立つ。

「バン ウン タラク キリク アク」

 土岐も五芒星を描いて()に向かって放った。

 良蔵と土岐の攻撃が()にぶつかり、爆発が起こる。

 しかし、()が浄化されることはない。怒りを増した()が、爆発をやり過ごすと良蔵たちの姿をとらえた。

 良蔵は再び刀印を構える。

 水箏は、その間もよどみなく祝詞を奏上していた。

「根国 底国に坐す速佐須良比売(はやすさらひめ)と言ふ神 持ち佐須良(さすら)ひ失ひてむ 此く佐須良ひ失ひてば罪と言ふ罪は在らじと 祓へ給ひ清め給ふ事を 天つ神 国つ神 八百万神等(やおよろずのかみたち)共に 聞こし()せと(まを)す」

 そして一気に祝詞を唱え終える。

 奏上を終えると、水箏は両手を二度打ち付けた。

 するとの動きが、明らかに鈍く変わった。様子も、苦しげにのたうっているようにすら見える。

 続けて水箏は、素早い動作で刀印を結び、宙に五芒星を描きはじめた。

「バン ウン タラク キリク アク」

 水箏の声に重なるようにして、良蔵も九字を切った。

「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」

 土岐も、真言とともに五芒星を描く。

 三人の放った術式が、光を放って()に向かって飛んだ。

 とたんに目のくらむような爆発が起こる。

 そして巨大な虺は雲散霧消し、浄化されたのだった。


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