十 襲撃 その一
三人の男女のうち、二人の男が冴月めがけて襲いかかった。手に持つ鉄パイプとバールとが、同時に振り下ろされる。
「冴月様!」
日向が悲鳴に近い声を上げた。
しかし冴月は、動じることなく攻撃をかわし霊符を放つ。
「急急如律令」
人差し指と中指を立てた刀印を結ぶと、低く呪文を唱えた。
霊符は、白い狐に似た生き物に形を変え、二人の男に襲いかかる。白い獣は、鉄パイプを持つ男の体に突進していった。
「日向! 気を散じるな!」
冴月の鋭い声に、日向は我に返る。
その刹那、日向に向けてナイフを持った女が襲いかかってきた。
日向はその攻撃をかわし、女の手に手刀を落とす。女はナイフを取り落したが、痛みを感じることはないのだろう。すぐさま日向に掴みかかろうとする。
日向は、女の攻撃をかわしながら印を結び、真言を唱えはじめた。
「ノウマク サラバ タタギャテイ ビヤサルバ モッケイ ビヤサルバ タタラタ センダ マカロシャナ ケン ギャキ ギャキ サルバビキナン ウン タラタ カン マン」
真言を唱え終えると、日向は手のひらを女の腹部に向けて突き出す。
手のひらで眩い光がはじけ、女の体が吹き飛んだ。
女の体から、虺が抜け出はじめる。
女は虺を祓われると、力なく大地に倒れ込んだ。
日向は、帯に挟んであった独鈷杵を取り出し、印を結ぼうとする。
しかしその時、突如としてバールを持った男が、体の向きを変えて日向に向かって襲いかかってきた。
「日向!」
冴月の声と同時に、日向は横に跳んで大地を一回転する。
男の振り下ろしたバールが、鈍い音をたてて地面を打った。
冴月がもう一枚霊符を放つ。
「急急如律令!」
紙は再び姿を変じ、白と黒のまだら模様の狐に姿を変えた。まだら模様の獣は、バールを握った男の腹部に食らいつく。
そう、獣は男の体に食らいつくかのように見えた。
がしかし、実際は男の体をするりとすり抜けていく。
そうして男の体を通り抜けると、まだら模様の獣の口には、黒い蛇が咥えられていた。
男にとり憑いていた、虺である。
バールを持っていた男は、虺を祓われたとたん意識を失って、力なく大地に倒れ込んだ。
まだら模様の獣に捕まえられた虺は、苦しげに身をよじらせていた。獣の口から逃げようと、必死で体をくねらせる。
残る宿主は、一人だけだ。
鉄パイプを持った男だけが、いまだ虺を祓われることなく、パイプを振り回して暴れていた。
と、その時、日向が女から祓った虺が、突如日向めがけて襲いかかってきた。
冴月は刀印を結んだまま真言を唱え、音に合わせて素早く五芒星を描く。
「バン ウン タラク キリク アク」
すると、指で宙に描かれた五芒星が輝いた。
冴月が刀印を虺に向けると、五芒星が虺に向かって飛ぶ。
五芒星がぶつかるとはじけた。虺は、その爆発によって吹き飛ばされる。
口を大きく開け、声のない悲鳴を上げると雲散霧消した。
日向は独鈷杵を取り出し、剣のように構える。
目を閉じて念を込めると、独鈷杵に透明な剣が現れた。
「タリツ タボリツ パラボリツ シャヤンメイ シャヤンメイ タララサンタン ランエビ ソワカ」
日向が、片手で印を結びながら真言を唱えると、刃がひときわ眩しく輝いた。
その透明な剣を、まだら模様の獣が咥える虺に向けて突き立てる。
剣は、虺の体に深々と突き刺さり、突如、虺の体は雲散霧消した。
冴月は、再び刀印を結んで低く唱える。
「急急如律令」
呪文と同時に、白い獣とまだら模様の獣が、絡み合うようにしながら、鉄パイプを持つ男に向かって襲い掛かった。
しかし、男は武器を振り回し、なかなか二頭の獣を近寄らせない。噛みつこうとする獣の頭に狙いを定め、男はパイプを的確に振るう。
冴月がかすかに眉根を寄せた。
「日向、気をつけろ。この宿主に宿る虺は、相当育っているぞ」
「どうやらそのようですね」
日向は唇をきゅっと噛みしめてから周囲を見回し、地面に落ちていたバールを手に持つ。
「冴月様、僕が少しの間気を引きつけますから、その隙に虺を祓ってください」
「しかし――――」
冴月はしばし逡巡した。
「冴月様、こうしている間にも、虺は宿主の生気と悪意を吸い取って育っていきます。時間が惜しいのです」
日向は、バールを握りしめて男に向かってかまえる。
冴月は、ため息を吐き出した。
「わかった。くれぐれも気をつけろ」
日向は、冴月の返事を聞くなり大地を蹴る。
素早い動きで、男めがけてバールを振り下ろした。男は鉄パイプでその攻撃を受け止める。
ガキン!
火花が散るような重い金属音が闇夜に響いた。
男は、パイプで日向のバールを押し返すと、すぐさま袈裟懸けのようにしてパイプを振り下ろす。
今度は、日向がその攻撃をバールで受け止めた。
冴月は、すかさず刀印を結んで叫ぶ。
「白! 斑!」
二頭の獣は、主の命令にこたえるように俊敏に反応した。
日向に向かってパイプを振りおろし、無防備にさらされた男の腹部めがけて突っ込んでいく。
すると男が、獣のような咆哮をあげた。
「ぐおぉぉ!」
二頭の獣は、ためらうことなく男の腹部を突き抜け、そして内側から巨大な虺を引っ張り出した。
虺を祓われた男は、途端に、糸が切れた人形のように大地に倒れ込む。
男の中に宿っていた虺は、二頭がかりでも引きずり出すのに苦労するような、巨大な虺だった。
「な!?」
日向は、虺のあまりの大きさに絶句する。
「どうして…なんでこんなにも大きな虺が…」
その虺は、つい先日日向が遭遇した虺の、三倍程度はあろうかという大きさだった。これだけの大きさに成長するには、宿主を数十人変わらねばならないようなサイズだ。
冴月も厳しい表情をする。
「日向、気を引き締めろ。油断している場合ではないぞ」
冴月は、日向を叱ってから刀印で五芒星を描いた。
「バン ウン タラク キリク アク」
宙に描いた五芒星を、虺に向けて放つ。
日向も、我に返って印を結びはじめた。
「タリツ タボリツ パラボリツ シャヤンメイ シャヤンメイ タララサンタン ランエビ ソワカ」
独鈷杵から伸びた輝いた刃を振りかぶり、虺に向けて振り下ろす。
しかし、浄化させられるほどの威力は生まれない。
白と斑の二頭の獣も、必死になって虺に食らいついていたが、虺が長い尻尾を振るい、体をくねらせたためその顎を外してしまった。
二頭の獣は、地面や壁に叩きつけられる。
日向も、巨大な虺の尻尾に狙われるが、軽やかな身のこなしで攻撃をかわすと距離を取った。
「日向、長期戦になるぞ」
冴月は再び刀印を結ぶ。
「はい」
日向もまた独鈷杵を握りなおした。
白と斑は、再び虺に向かって飛び掛かる。
「バン ウン タラク キリク アク」
「タリツ タボリツ パラボリツ シャヤンメイ シャヤンメイ タララサンタン ランエビ ソワカ」
二人の声が、暗い公園にこだました。




