表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
塞の守り人  作者: 里桜
第四章
100/140

三十七 大手町 その十四

 ゆらゆらと体を揺らし、亡者のように歩み寄る沙織を見据えながら、日向は独鈷杵を取り出し、片手で印を結んだ。

「オン ケンバヤ ケンバヤ ソワカ」

 火織も、プルパを持ったまま同じ印を結んで真言を唱える。

「オン ケンバヤ ケンバヤ ソワカ」

 透明な刃を生じ、輝きだした独鈷杵を持ったまま、日向は続けて印を結ぶ。

「タリツ タボリツ パラボリツ シャヤンメイ シャヤンメイ タララサンタン ランエビ ソワカ」

 真言を唱えると、独鈷杵が一層輝きを増した。

 火織も真言を唱える。

「オン シュッチリ キャラロハ ウン ケン ソワカ」

 二人は、輝いた法具を構え、沙織に飛び掛かった。

 しかし沙織は、片手をあげ腕で日向の攻撃を遮り、蹴りを放って火織の体を蹴り飛ばす。

「くっ!」

 火織は、地面を数回転して立ち上がった。

 日向は、続けざまに二撃を繰り出す。沙織の胸部をめがけて独鈷杵を突き出すが、その攻撃は沙織の蹴りによって阻まれた。

 日向の体は、沙織の蹴りを受けて軽々と吹き飛び、瓦礫の山にぶつかる。

「うぁっ!」

「日向!」

 亮の声に、日向は頭を振りながら、よろよろと立ち上がった。

「…僕なら大丈夫です」

 火織は、再び大地を蹴る。

「オン シュッチリ キャラロハ ウン ケン ソワカ」

 走りながら、素早く印を結んで真言を唱えた。沙織の体に、光り輝くプルパを直接ぶつけて爆発を起こす。

 すると沙織の体が揺らいだ。亮はその隙を見逃さず、足払いをかける。

 沙織の体が倒れると、亮はその上に馬乗りになって九字を切った。

「朱雀、玄武、白虎、勾陣、帝正、文王、三台、玉女、青龍」

 そして、刀印の切っ先を沙織の腹部にあてる。まばゆい光と共に爆発が起こった。

「グァァァ!」

 沙織が、苦しげにのたうつ。

 亮は、続けざまに同じ九字を切って、沙織にぶつけた。

「グゥゥゥ!」

 すると沙織は呻き声をあげ、激しく体をのた打ち回らせる。

 体を苦しげにくねらせつつも、沙織は亮の腹部に拳を叩き込んで反撃し、襟元をわし掴み体の上から振り払った。

「くっ!」

 亮の体は軽々と吹き飛び、大地をゴロゴロと転がり壁にぶつかって止まる。

 沙織は、のろのろと立ち上がろうとした。

 しかし、その背後から火織が近づき、プルパをぶつける。

「オン シュッチリ キャラロハ ウン ケン ソワカ」

 爆発が起こり、沙織の体が前のめりによろめいた。

 日向は、すかさず印を結んで真言を唱える。

「タリツ タボリツ パラボリツ シャヤンメイ シャヤンメイ タララサンタン ランエビ ソワカ」

 独鈷杵に透明な刃が生まれ明滅した。

 その刃を沙織の腹部に突き立てる。

「ギャァァァ!」

 沙織は、人間とは思えない、獣のような方向をあげてもがき苦しんだ。その顔には、苦悶の表情が浮かんでいる。

 しかし沙織は、力を振り絞って日向の体を掴んで投げ飛ばした。

 日向の体は、またしても吹き飛ぶ。

「うわっ! ぐぅっ!」

 壊れた建物の壁に激突して、くぐもった呻き声をあげた。そのまま意識を失う。

 沙織は腹部に刺さった透明な剣を抜き去り、独鈷杵を投げ捨てた。

 そして天をふり仰ぐ。

「グアァァオゥゥゥ!」

 耳を覆いたくなるような咆哮をあげてから、その目を大地に倒れる日向へと向けた。

「ヒナ…タ…コロォ…ス…」

 沙織の目は、宿主特有の虚ろなものではなくなり、ギラギラと妄執を宿した目に変わっている。

 火織がプルパを構え、再び突進するが、沙織は回し蹴りを放って火織を蹴り飛ばした。

「ぐぁっ!」

 火織の体は、瓦礫に激しくぶつかり埋もれる。

 亮は負傷しているようで、表情を歪め、胸を押さえつつ起き上がった。地面に片膝をついた姿勢で刀印を結び梟を操る。

 大空を旋回していた梟が急降下をはじめた。

 梟は、沙織の腹部めがけて飛び込み、頭をめり込ませる。

「ギァァオォォウ」

 沙織が再び咆哮をあげた。苦しげに悶えはじめる。

 梟の頭は、沙織の腹部にもぐり込んではいたが、体はまだ外に出たままだった。

 沙織は梟の足をむんずと掴み、唸り声を上げながら引き抜きはじめる。

 梟は羽をばたつかせて抵抗したが、ずるずると引き抜かれ、抜けきるとその体を大地に叩きつけられた。

 ギャアッと声をあげ、梟は霊符へと戻る。

 亮は胸を押さえて立ち上がった。

 ゴホゴホと咳き込み苦しげな表情を浮かべていたが、手の甲で口元を拭うと、パンと両手を打ち鳴らし再び刀印を結ぶ。

 すると霊符は、再び梟へと変じた。

 沙織は体を左右に揺らし、日向へ向かって歩き出しはじめる。

 と、その時のことだ――――。

 瓦礫の山を踏み越え、人影が現れた。エッカルトだ。

 亮と火織は、軽く目を見開いた。

「随分と面白いことになっているようだな」

 そう言って、エッカルトはクツクツと低く喉を鳴らす。軽やかな足取りで瓦礫の山を下り、沙織を見据えた。

「鬼に()が憑依したのか。ずいぶんと稀なケースのようだ。実に興味深い」

 その後ろから四方田が現れる。

「面白がっている場合ではないぞ。早く半陰陽の身柄を押さえろ」

 四方田の声を聞き、亮が剣呑な光を浮かべた。

「やはり敵側に寝返っていたか。下衆が」

 四方田は、片方の口角を持ち上げ、暗い笑みを浮かべる。

「好きにほざけ」

 言うなり四方田は走り出し、軽やかな足取りで日向へと近づいて行った。

 亮は、四方田を阻止しようと、苦痛に表情を歪めながらも大地を蹴って走り寄る。

 しかし、エッカルトが赤い石を取り出し、亮の前に投げつけた。石が割れて巨大な()が現れる。

「邪魔をするな!」

 亮は激昂しながら刀印を結んだ。

「バン ウン タラク キリク アク」

 五芒星を描いて放ち、()にぶつかると爆発が起こる。

 しかし、()を浄化することはできない。

 亮は舌打ちをしながら再び刀印を結んだ。

 火織は、覆いかぶさる瓦礫をどけて立ち上がった。

 そして、四方田めがけて走り寄る。

「てめぇ、みーたんはどうした!?」

 火織はすぐに四方田に追いつき、鋭い蹴りを放った。

 四方田は腕でその攻撃を防いで、体制を低く落とすと火織の軸足を足で払う。

 火織はバランスを崩して倒れた。

「女の心配より、自分の心配をしたらどうだ?」

 火織は両手を頭の横で逆手につき、足を縮めてから勢いよく伸ばし、反動で立ち上がる。

「うるせえ! 答えろ! みーたんはどうしたんだよ!?」

 火織は再度蹴りを放つが、四方田は掌底で軌道を逸らしてかわした。

 四方田はにやりと笑う。

「そうだな…たぶんまだ()と遊んでいる頃じゃないか?」

「てめぇ! みーたんに何をした!?」

「頭に血がのぼりすぎているぞ、坊主」

 四方田は火織の拳をなんなくかわし、後ろ蹴りを叩きこんだ。

 火織は、背中に蹴りを受けて前に吹き飛ぶ。

 亮が()と、火織が四方田と対峙しているその間に、エッカルトは悠然と日向に歩み寄った。

 沙織も、体を左右に揺らしながら、のろのろと亡者のように日向へと近づいていたが、しかしエッカルトが近づくと急に体の向きを変え、警戒するように後じさる。

「ほう…」

 エッカルトは感心したように声をあげて、手に持つ木製の杖を肩に担いだ。

「このカドゥケウスの杖を警戒しているのか、宿主にそんな判断力が残っているとは、本当に興味深いな」

 エッカルトは、不敵な表情を浮かべたまま日向に歩み寄る。

 沙織は、エッカルトと一定の距離を保つように移動をはじめた。

 エッカルトは日向のそばに立ち、意識を失ったその体を担ぎ上げる。

 その姿を視界の端に捕えた亮は、()の横をすり抜け、エッカルトに追いすがろうとした。

 だが、その進路を()がふさぐ。

「おい! 日向を放せ!」

 亮が日向に気を取られていると、()が尾をしならせ亮の体を打ち据えようとした。

 途中で気付いた亮は、攻撃をかわそうとするが、しかしかわし切れず吹き飛ばされる。

 亮の体は、大地を転がった。

 エッカルトは、含みを持った笑いを浮かべて亮を見下ろす。

「もう一つ土産を置いて行こう」

 そう言って、さらに赤い石を取り出し、火織のそばに投げつけた。

 赤い石が割れ、もう一匹の()が姿を現す。

 火織はこわばった表情で()に対峙した。プルパを構えて印を結ぶ。

 火織の相手から解放され、四方田は、やれやれとも言いたげな様子でゴキリと首を鳴らした。

 エッカルトに視線を移す。

「お前の相棒に、半陰陽を確保したことを連絡しろ」

「わかっているさ」

 四方田の言葉を受け、エッカルトは歩き出した。

「向こうに衛星電話と車が用意してある。ここでの用も済んだことだし、さっさと富士を目指すぞ」

「ああ」

 四方田は頷き、エッカルトの後について歩き出す。そのはるか後方で、沙織が後をつけはじめた。

 エッカルトは沙織を一瞥し、侮蔑するように鼻を鳴らす。

 その冷徹な視線を移し、四方田に向けた。

「そういえば、冴月という男について、お前の報告書に不備があったと、新井が憤慨していたぞ」

 エッカルトの言葉に、四方田は肩をすくめる。

「時には例外も起こる。だが、半陰陽さえ押さえれば、どうとでもなる男だ」

「今度は間違いないのだろうな」

「ああ、保証する」

 そんな二人の会話を聞き、亮は表情を怒りに染めた。

「四方田ぁ!!!」

 腹の底から叫ばれた怒声に、四方田は薄く笑う。

 小ばかにするように軽い敬礼を残し、エッカルトと四方田は将門塚を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ