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塞の守り人  作者: 里桜
第一章
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九 塞

 日の暮れた繁華街は、家路を急ぐ人の波がせわしなく行き交っていた。

 日向は、人の波に圧倒されながらも、空を見上げる。地上の明かりに押し負かされた星の輝きは、ささやかで、ひどく味気ないものだった。

「日向、よそ見をするな。はぐれるぞ」

 冴月の声に、日向は我に返る。パタパタと小走りに、冴月と怜治の後を追いはじめた。

 冴月は、歩く歩調を緩めて日向の隣に並ぶ。怜治は、そのすぐ前を歩いていた。

 冴月の美貌は、大勢の人ごみの中でもひときわ目を引く。すれ違う女性たちの熱い視線が、自然と冴月の姿を追っていた。

 その冴月の隣を歩く日向もまた目を引いている。可愛らしい少女が、袴姿で歩いているのだ。人々の目は、自然と引き寄せられていた。

 怜治はその視線に気づいて苦笑した。

「困りましたね。その服装、やはり人目を引いているようですよ?」

 日向は、怜治の言葉に小首をかしげる。

「そうですか? 人目を引いているのは、僕じゃなくて冴月様だと思いますけど?」

 どうやら日向は、目立っているのは自分ではないと感じている様子だ。

 日向が隣の冴月を見上げていると、怜治がため息を吐き出した。

「自覚がないというのも困りものですね。いいですか日向、見ず知らずの男性に声をかけられても、ついて行ったりしてはいけませんよ」

 日向は、ぱちりと目をまたたく。

「卜部先生…。僕、小学生じゃありません。この年で知らない人について行ったりしません」

 不満そうに唇を突き出した。

「そういう意味で言っているわけではないのですが」

 言って怜治は苦笑する。

「自覚がないというのは、本当に困ったものですね。わかりました、では単独行動は絶対に控えるように」

「はい、わかっています。それは冴月様からもきつく言われていますから」

 日向は神妙な顔でうなずいた。



 三人は繁華街の路地を折れ、住宅地へと足を向ける。

 静まり返った住宅街の家々からは、煌煌と輝く電気の明かりが漏れていた。

 時間帯からいって、家族が夕食を囲んでいる時間である。

 通りを歩く人影はなく、車の通りもほとんどなかった。

 その住宅街の一角で、三人は一度足を止める。

 立ち止まった三叉路の角には、へこんだ塀に埋まるようにして小さな道祖神がひっそりと置かれていた。

 道の一角に、ぽつねんと佇む古びた石には、手をつないだ男女の姿が掘り込まれている。

 怜治は、鋭い眼差しのまま周囲を警戒した。

 やがて警戒を解くと、「ここの塞は問題ないようですね。次に行きましょう」と言って再び歩き出す。

 次に向かったのは、塀の切れ間に、紛れるようにして存在する人が歩いて通るのがやっとという小道。道を折れ、その小道を進んでいくと、道沿いにそっけなく石碑が置かれていた。石には「庚申」という文字が刻まれている。

 三人は、辺りに異変がないことを確かめると、再び歩きはじめた。

 次の場所でもまた、小道の片隅に石塔が置かれていた。その石塔には「廿三夜」の文字が刻まれている。

 気の遠くなるような年月をかけ、その場所を守り続けてきた塞たちは、一つの形にとらわれてはいない。その地の信仰と習合し、様々に形を変えているのだ。

 道祖神、庚申塔、月待塔、地蔵、馬頭観音。

 様々な民間信仰と習合しながらも、塞はその地に根付き、確かにその土地を守り続けてきていた。

「どうやら、掃守(かにもり)さんの言う通りですね。塞に手を出された形跡はないようです」

 怜治は歩きながら口を開く。

「それにしても塞に問題がないとすると、巡回する場所はもっとひと気の多い場所の方がいいのかもしれませんね」

 怜治は、考え込むように顎をつまんだ。すると冴月が口を開く。

「このところ俺たちが助っ人に駆り出されていた場所は、人の多い盛り場ばかりだった」

 冴月の言葉に、日向も頷いた。

「そうですね。僕たちはいつも()の出没が確認されてからの動員でしたが、必ず市街地でした」

「なるほどそうですか、わかりました。ではもう一か所、この先のお寺の塞の様子を見てから引き返しましょう」

 怜治の言葉に従って三人は住宅街の奥へと歩みを進める。

 がしかし――――。

 突如として三人の携帯が、けたたましく鳴りはじめた。

 怜治がいち早く自分のスマートフォンを操作する。一斉メールが届いており、そこには地図が添付されている。

「どうやらが出没したようですね。場所は隣の町のようです。車まで急ぎますよ」

「はい!」

 日向が元気よく返事を返し、怜治と日向の二人は踵を返そうとした。

 がしかし――――。

「待て」

 冴月がその足を止める。

「冴月様? どうかしましたか?」

 日向がたずねるが、冴月が振り返ることはない。

 冴月の視線は、先程日向たちが向かおうとしていた寺の方向を、睨むように見つめていた。

「冴月様?」

 日向は、険しい冴月の横顔を、怪訝な表情で見上げる。

 すると突然冴月が走り出した。

「日向、来い! おそらく宿主だ」

 その言葉を聞き、怜治と日向ははじかれたようにして反応する。すぐさま冴月の後を追って走りはじめた。



 五歩程度先を走る冴月と怜治の後ろ姿を、日向は必死で追いかける。

 がしかし、女性の体であるこの時間帯、日向は体力的に不利になっていた。二人との距離は、どんどんと離されていく。

 冴月のさらに前方を走る人影が、道の先の辻を左に折れたのを、日向は視界に捕えた。

 日向は、ちらりと左手にある公園を見る。

 もう一度、前を走る二人の鬼の背中を一瞥してから、日向は左側に続く金網フェンスに手をかけ、ひらりとその上を飛び越えた。そのまま公園を斜めに突っ切る。

 日向のその行動に、冴月がいち早く気付いた。

卜部(うらべ)!」

 冴月が後は任せたとばかりに怜治に声をかけると、焦ったように自らもフェンスを飛び越える。

「日向! 単独行動はするなと言ったはずだ!」

 すぐに追いついた冴月に怒鳴られ、日向は走りながら首をすくめた。

「すみません。でも僕、あのままじゃ置いていかれそうだったので…。それにこっちから行ったら挟み撃ちにできるかなと思ったんです」

「だからと言って、勝手な行動をするな! そばを離れるなと言ったばかりだろう」

「はい! すみません」

 冴月の剣幕に、日向は小さくなった。

 ひと気のない暗い公園の中を全速力で横切り、二人の視線の先に、大通りを走る車の影が見えはじめた、その時のことだった。

「日向、止まれ」

 突如として冴月が、日向の腕を掴んで足を止める。日向はつんのめるようにして足を止められた。

「冴月様!? どうし――――」

 日向は最初こそ驚いたものの、しかしすぐに状況を悟り、言いかけた口を閉じる。すぐに半身になって構えをとった。

 いつの間にか日向と冴月の周囲を、三人の男女が取り囲んでいた。

 三人の表情に生気はなく、にとり憑かれた時特有の、邪悪な気配を纏っている。各々の手には鉄パイプ、ナイフ、バールと様々な武器を持っていた。

「日向、気をつけろ」

 冴月はその手に霊符を構える。

「はい。冴月様もお気をつけください」

 その言葉を合図に、にとり憑かれた人間たちが、一斉に日向たちへと襲いかかってきた。


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