夏の主役
8月
今年もまたやって来た、高校球児が主役となる季節が。
厳しい地区予選を勝ち抜いてきた代表校が全国の頂点を目指す、全国高校野球選手権『甲子園』の開催である。
単なる一競技の枠を超え、今や日本の夏の風物詩の一つとして国民的行事となっている。
100年に近い長い歴史の中で、数々の名勝負、名場面、名選手を世に送り出してきた。
ーーーそして、この夏
新たな伝説の幕が今まさに開けようとしていた。
『ーーー見逃し三振!バッター手が出ませんでした。いやー、しかし見事なボール、見事なコントロールですね』
『いや、私も噂には聞いていましたが……正直驚かされました。聞いていた以上に凄いですね。これでまだ15歳というのはちょっと信じられないですよ。凄い選手が出てきましたねぇ』
投じた一球一球がキャッチャーミットに届く度に大歓声がスタンドを包み込んでいく。
会場にいるありとあらゆる人間の視線がマウンドに注がれていた。
『また三振!これで6者連続!未だに1人のランナーも許しておりません。嶺王大付属の1年生ピッチャー青山龍』
1年生としては破格の、MAX148kmを記録した伸びのあるストレート
切れ味抜群の高速スライダーにスプリット
そこに加え抜群の制球力と堂々としたマウンド裁き
ーーーそして、抜群のルックス
甲子園大会二回戦
一回戦を磐石の試合運びで勝ち上がった嶺王大付属の先発は、驚くべき事に1年生であった。
過密日程を考慮し、初戦で先発した3年生エースの小椋を休ませる狙いがあったのだろうが……
会場の観客も、メンバー発表がされた時には、まさか″こんな結末″になるとは夢にも思わなかっただろう。
驚愕の結末がそこには待っていた。
「ーーーさあ!ついに後1イニングとなりました。ここまで得点はおろか、ヒットも、そしてランナーさえも許さないパーフェクトピッチング!奪った三振はその数なんと16!未だかつて1年生ピッチャーの完全試合は一度もありません。歴史的瞬間は果たして訪れるのか」
興奮気味に話を進める実況とは対照的に、会場は異様なまでに鎮まりかえっていた。皆快挙達成の瞬間を固唾を飲んで見守っている。
ーーーそして
「見逃しの三振!そして今のボールが今日の最速150㎞!やりました!青山龍、見事完全試合達成!」
甲子園に新たなスターが誕生した。
ワァーワァー
ーーーーーーー
ピッ
試合が終わったと同時に大河はテレビの電源を切った。
見てはいけないものを見てしまった、それが今の正直な思いである。
反射的にテレビを消してしまったのも、無意識に体が反応してしまったからに他ならない。
『……甲子園にニューヒーロー現る!!』
今回の一件で青山龍は間違いなくマスコミの注目の的になるだろう。
(まさか、完全試合とはな……役者が違いすぎるわ)
こういう光景に憧れてまた多くの少年が野球を始めるのだろう。
「………………」
そしてやがて知る事になる。
こうした光景の当事者になれるのは本当に一部の選ばれた者だけであると。
現実はそんなに甘くはない。
かつての自分はそんな現実から目を背け続けていた。
今でも、正直言ってやりきれない思いはある。
…それでも、受け入れなければ前へは進めない。
片やスーパースターへの道をかけ上っていく者
片や底辺でもがき続ける者
そこには到底埋まり切らない程の大きな隔たりが存在する。
これが今の現実だ。
「……練習行くか」
俺は歩み続ける、それが例えゴールの無い道であっても…………
受け入れ難い現実から逃げない、もう二度と
それが、俺の『覚悟』
はたして、この両者が再び邂逅を果たす事はあるのだろうか
ーーーーーー
結局嶺王大付属は以外にも準決勝で姿を消した。
一躍、時の人なった青山龍であったが、あの試合の後は準々決勝で5イニング投げたのみ(もちろん無失点)で、破れた準決勝では最後まで出番が回る事はなかった。
試合後、記者からは
″なぜ青山龍を使わなかった理由″
についての質問が殺到した。
「青山を投げさせれば勝てたのではないか」と言いたいのだろう。しかしーーー
嶺王大付属の武田監督は毅然とした態度で答えた。
「彼はまだ1年生だ。これからの事を考えてもここで無理をさせる必要はないと判断した。それに私は選手全員を信頼している。今日負けてしまったが、それは相手チームがより素晴らしかったからであって、決してウチの選手が悪かった訳ではない。選手は皆精一杯戦ってくれました」
そして最後に一言
『そう慌てなくてもこれから嶺王大付属の、青山龍の時代がやって来ますよ。どうか待ってて下さい』
嶺王大付属は、不敵にも自らの黄金時代到来を宣言し大会を去っていった。
『夏』が終わろうとしていた。
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【青山龍 甲子園大会成績】
投球回数:14回(2試合)
失 点 :0(被安打2、与四死球1)
奪三振数:20
まさかの完全試合達成に加え、自己最速の150kmを記録するなど、特大の衝撃をもたらした。