譲れない思い
登場人物紹介
川嶋 有紀
身長:155cm / 体重:?kg
1年8組所属。大河のクラスメートだが、現時点で大河との接点はない。
バスケ部に所属し、同部所属の結維とは非常に仲が良い。
天真爛漫な性格で惚れっぽい所がある。ちなみに好みは頼りがいのある年上の人。
クラス内では一番の美少女らしいぞ。
―――――――――――――――――――――
?「野球やめるんか、お前?」
試合後の控室、大河の前に現れたのは予期せぬ人物だった。
嶺王大付属のセレクションで出会った、畑中 耕作であった。
耕作は嶺王のセレクションを見事通過
今日はチームの応援の為会場に来ていたのだった。
「…相手チームにお前の姿を見つけた時は、さすがのワイも自分の目を疑ったで」
「なして、こんな学校にいるんや?」
こんな学校でくすぶっているような男じゃないやろ、お前は?
セレクションで会った時のお前は―――もっとギラギラしてて、小っこいのにごっつ存在感があって―――
…凄い男やと思うたのに…
それが何故?
「答えろ!タイガー!」
………………
大河:「………別に理由なんてねぇよ。…お前が俺の事をどう思ってるかは知らないが、自分の実力にみあった高校に行っただけだ、俺は」
俺は『選ばれなかった』んだから
―――だったら、他にどの高校行ったって結果は同じだ
「………お前、それ本気で言うとんのか!?」
耕作の声からは明らかな怒気がこもっていた。
暫しの沈黙の後―――
「…クックック」
大河は突然笑い始めた。
「何が可笑しい!」
耕作が大河に詰め寄るが―――
「…ホント、可笑しくって涙が出るわ。
頑張れば、努力すれば、プロ野球選手になれるって、本気で信じてたんだぜ。
―――ガキの頃ならまだしもつい最近までな。
笑っちまうだろ?そんな事あるわけないのによ」
―――コイツ、笑いながら泣いてやがる
「それを思い知らされたのに、結局野球を捨てられなかった結果が、このザマだ。
―――よりにもよってまた嶺王大付属に……
こんな喜劇はノンフィクションじゃ中々お目にかかれないだろ?」
大河、お前そこまで思い詰めて―――
耕作は冷静さを取り戻していた。大河の抱えている闇の前に、沸騰した頭は完全に冷やされてしまった。
そして
―――初めて会ったときの事を思い出した。
『結果がすべて』
初めて会ったあの日、大河は何度もその言葉を使った。
―――まるで、自分自身に言い聞かせるように
自分みたいなチビが、周りの連中を認めさせるにはそれしかないから―――
そう言って、苦笑いを浮かべていた。
嶺王大付属のセレクションを受けるような連中は、総じて野球エリートと呼ばれる者たちだ。
それ故に、レギュラーを『勝ち取る』という感覚を持っていない。
―――レギュラーは『与えられる』ものだったからだ。
それは耕作にしても例外ではなかった。
むしろ、異分子だったのは大河の方で―――
リトルにしてもシニアにしても、大河のスタートはいつも最下位だった。
『小さいから』
それだけの理由で最初はベンチ外からスタート。
当然、与えられるチャンスも少なかった。
そこから、大河は結果を残し続ける事で監督・チームメイトを認めさせ、レギュラーを勝ち取ったのだ。
大河の『結果至上主義』はそうして形作られた。
軽く衝撃を受けた事を、良く覚えている。
自分とは比べ物にならない程の逆境を乗り越えて、この場に立っているであろう事を感じさせた。
そして、多くの選手が慣れない緊張感の中でつまらないミスを連発する中で
―――大河は攻守に渡って完璧なプレーを見せ、見事に結果を残した。
が
合格者の中に大河の名前がなかった。
(あの紅白戦で、大河より活躍した選手はいなかったはずだ。
なのにアイツは落ちた。受かった者の中には、試合中酷いプレーをしていた選手もいた)
選考はその時の結果も大事だが、それがすべてという訳ではない。
むしろ、それ以上にその選手の将来性、伸び代を重視するケースが多い。
プロに選手を送り出す事を重視している嶺王大付属ならば、尚更だ。
要するに、大河は将来性が無いと判断されたのだ。
そして、それは紅白戦の結果が良かっただけにより鮮明に写し出され―――
本人含め、その場にいた誰もが
『コイツはチビだから落ちたんだ』
とハッキリと示すものとなった。
(俺はあの時、受かった事が嬉しくて周りに気を配る余裕は無かったが―――)
今、思い出した。
あの時の大河も今と同じ顔をしていた。
それから、大河とは会う事はなかったが、アイツ程の選手なら嶺王大付属落ちたとしても、どっか別の強豪校から誘いがあるだろ、と思って深く考える事はなかった。
今になって分かった。
『あの時、アイツは自分の信じてきたものを全否定されたんだ』
――――――
「大河」
目の前のこの男に比べて、自分が如何に恵まれた境遇でこれまで野球をやってきたのか。
恐らく、自分には大河の事を本当の意味で理解する事はできないだろう。
―――ただ、それでも、どうしても言わずにはいられなかった。
「…何でもっと自分を、自分の力を信じない?」
目の前にいるこの男は、自らを明らかに過小評価している。
恐らく、不当に評価されてきたこれまでの経験がそうさせるのであろう。
その事は、耕作も何となく察してはいた。
(…デカかっただけで常にチヤホラされてきたワイにはその苦しみは分からんやろなぁ)
それでも―――
「自分の事は、何よりも自分自身が一番信じてやらなきゃいけないんじゃねえのか?」
………
「さっきお前は言ったよな。『頑張れば、努力すればプロになれると信じていた』って。
確かに、お前の言うように努力したからと言って誰もがプロになれる訳じゃない。
―――けど、少なくともプロになった人たちは、皆そう信じて努力してきたからそうなれたんだと、俺は思うぜ」
……………
「…ワイは今でも信じとるで。今はまだベンチ外のしたっぱやけども、ここから絶対成り上がってレギュラー獲ったる!!そしてプロ野球選手になるんや」
「……もし」
「ん?」
「………もし、なれなかったら?」
「…せやなぁ~考えた事もないわ―――でも、きっと後悔はしないと思う」
そう言って耕作はケラケラと笑う。
「…そうか」
「…もう行くわ。バス乗り遅れちまう」
そう言って耕作は去っていった。
「またな」
―――――――――――――――――――――
どんなに望んだとしても
どんなに努力をしたとしても
それが必ず結果に結びつく程、この世の中は優しくはできていない。
―――――――――――――――――――――
その夜
大河は一人「ある場所」に来ていた。
(相変わらずだな、ここは………)
自宅のすぐそばに小さな丘があり、石階段を100段ほど登るとその頂上には小さな神社が
見えてくる。
地元の人間にも忘れ去られているのかほとんど人が立ち寄る事が無く、
その為境内も長きに渡り人の手が入っていない為、完全に朽ちてしまっている。
大河がここに来たのには「理由」がある。
(あの日以来か………もう二度と来る事は無いと思ったんだけどな)
野球を始めて以来、ここで大河は自らの技術を磨いてきた。
―――――――――――――――――――――
自分には「才能」が無いと気づくのに時間は掛からなかった。
とにかく非力で、打撃ではまともに前にボールを飛ばす事もできなかったし、
送球でも山なりのヘロヘロボールしか投げる事ができなかった。
周りの同級生たちが簡単にやっている事ですらままならない状態。
当然試合でも出番は貰えず、そうした日々の中で大河は自らの立ち位置を自覚した。
(その頃からだな、ここに来るようになったのは)
自分に「才能」が無い事は分かった。だからといって、それだけで諦めてしまう程
自分は物分りの良い性格ではなかった。
(例え才能が無くとも、誰よりも一生懸命努力すれば、そいつらを超える事が出来る!)
本気でそう信じていた。
―――――――――――――――――――――
(けど、そんなモノは所詮は理想論で、現実はそんなに甘くはない)
感傷に浸る間も無く現実に戻ってくる大河。
―――自分には決して届かない世界があり、人には分相応というものがある。
今日、改めて思い知らされた現実であり、真実だ。
(もっと早くにその事に気付いていりゃ、こんな惨めな思いをせずに済んだのにな………)
―――ホントにバカみたいに練習したよなぁ
―――境内の壁には壁当てのボールの跡はくっきりと残っている
―――素振りをしていた場所は、足が地面にめり込んでそこだけ窪んでいる
「………………………」
気づけば、俺は無意識の内に涙を流していた。
(俺は、大バカだ)
才能の差を認めながらも、夢の為に一途に努力をしてきたかつての自分を、
他でもない自分自身が否定している。
言えるか?―――かつての自分に
お前の夢は叶わないから、無駄な事はやめて他の事をしろと
たとえ言えたとして、過去の自分はそれを受け入れるだろうか
(そんな事ある訳がねぇ)
「たとえプロになれなかったとしても決して後悔はしない」
どこの誰かが言っていた言葉が、今大河の胸に深く突き刺さっていた。
―――――――――――――――――――――
あの日、俺はプロ野球選手になれないと言われた。
高校野球界の名監督の言う事だ。
きっと俺はプロ野球選手になる事は出来ないのだろう。
それでもいい。
俺は間違っていた。
俺がしなければならなかったのは、これまで自分がやってきた事を後悔する事ではない。
俺が本当にしなければならないのは―――
「はぁ…」
始めから答は出ていたんだ。
ただ、覚悟が足りなかっただけ。
『野球に殉ずる』覚悟が
きっと俺は、あの日言われたようにプロ野球選手にはなれないのだろう。
それでも、決して「譲れない思い」がある。
俺は野球が好きだ。
好きだからこそ、誰にも負けたくない。
高校野球という舞台で
『水城大河』という野球選手がいたという証を残してみせる。
ここまで読んでいただきましてありがとうございます!
一年以上更新が止まっていました。
仕事が忙しい事、アイデアが浮かばない事、言い訳はいっぱいありますが、これからも自分のペースで何とか完結まで書いていく所存です。
ぜひ応援お願い致します!