夢か現か
登場人物紹介
山口 葉
身長171cm、体重65kg
右投左打、ポジション不明
港南一高野球部二年。
素晴らしい打撃センスを持ちながら、守備の悪さが災いして、レギュラーを掴めず代打に甘んじる。
気さくで人懐っこいタイプ。
保坂 陸斗
身長178cm、体重65kg
大河のクラスメイト。
短距離走の中学チャンピオンの肩書きを持つエリートで、推薦枠で一高に入学した。
(因みに進学校である一高がスポーツ推薦を認めているのは、陸上部のみである)
そのため、部のみならず学校の期待も大きいが、本人はまるで気にしていない様子。
かなりの自信家であるが、それに見合う実力を持ち、かつ嫌味な所がないので、周りからの受けは悪くない。
因みに勉強は出来ない。
―――――――――――――――――――――
嶺王大付属
今でこそ全国屈指の野球の名門であるが、かつてはそうではなかった。
転機が訪れたのは、今よりおよそ30年前。知名度の向上を目論む学校の方針でスポーツに力を入れていく事になったのだ。
充実の設備に優秀な指導者、そして全国各地から選び抜かれた選手たち
その力は圧倒的で、激戦区神奈川の勢力図をあっという間に塗り替えていった。
今では、神奈川は完全に嶺王一強状態で激戦区とは名ばかりの状態になってしまっている。
そして
その圧倒的な強さは時に“悲劇"を産む。
―――
ッキィィィーン
『またしても強烈な辺りが内野の頭を越えていく~!!これで更に二者が生還。初回から一方的な展開になってしまいました』
「………………」
『これで7-0!初回から容赦のない攻撃を見せつけます、王者嶺王大付属』
【地区予選二回戦】
一回戦名もなき相手(横川西)に勝利した港南一高は、二回戦に駒を進めた。
だが
そこで待っていたのは、彼らの想像を遥かに越える“悪夢"であった。
どこにどんなボール投げても、弾き返されるピッチャー
まるで為す術のないキャッチャー
ボールが頭上を越えていくのをただ見上げる他ない内野陣
ボール拾いの如くボールを追い続ける外野
およそ『試合』とは思えない程のワンサイドゲーム。
「………………」
大河は、ボールが自分の頭上を越えていくのをただ茫然と眺めていた。
…メンバーのほとんどがパニック状態に陥っている中、大河は極めて冷静だった。
こうなるであろう事はある程度分かっていたからだ。
初戦に勝利した事もあって、この一戦に淡い期待を持って挑んだ他のメンバーと違い、大河は始めから勝てるとは思っていなかった。
―――この身をもって知っているのだ。
彼らがどれほど“特別"でかけ離れた存在なのかを。
人には分不相応があるということを……
『どんなに努力をしようと決して叶いはしない事もある』
分かりきった事じゃないか………
“その事"を思い知らせるが如く、王者の容赦ない攻撃は続き―――
序盤3回が終わり、スコアは20-0。
もはや勝負は決した。
相手もそう判断したのだろう。戦闘体制を解除するかの如く、緒戦ということもあって出場させていたレギュラー選手を次々と交代させていった。
―――そして
『嶺王大付属、選手の交代をお知らせ致します。ピッチャー小椋君に代わりまして“青山君"』
「!!」
瞬間、所在なさげに揺れていた大河の視線がマウンドに集中する。そして、そこには―――
およそ一年前のあの時と同じく、不適な笑みを浮かべた『青山 龍』がいた。
ザワザワ ザワザワ
「おお、あいつが天才一年生と評判の青山か~。どんな球投げるんだ」
「嶺王にあって一年からベンチ入りで、しかも出番まで貰えるんだから、それだけでも凄いってもんだろ~」
客席の高校野球ファンも興味津々の様子だ。
『さあ、出てきました、出てきました!彼が青山君です。名門嶺王大付属にして一年生ながらベンチ入りを果たした天才ピッチャー。嶺王を指揮して30年の武田監督をして《天才の中の天才》と言わしめるその力が今ベールを脱ぎます』
後に日本一のピッチャーと呼ばれる男の高校野球デビューの瞬間であった。
―――そしてその相手は
『4回の表、港南第一高校の攻撃は、一番ショート水城君』
―――奇しくも大河であった。
大河が右のバッターボックスに入る。
あの時は、直接対峙する事こそなかったが、その圧倒的な力は今でも目に焼きついている。
俺にあれが打てるのか?
――――――
?:(身長は約160cm、打撃フォームはオーソドックス、ただ、ミートポイントは極端にキャッチャー寄りだな。ギリギリまでボールを見極めようというスタンス。おそらくは出塁率を重視しているんだろう)
バッターボックスに立った大河を分析するのは―――
嶺王大付属正捕手の笠松 悠であった。
この男、二年生にして嶺王のレギュラーを張る切れ者である。特に際立つのが観察眼と分析力で、一試合もあれば相手バッターの特徴、弱点を丸裸にしてみせる。
身体能力こそ並の域を出ないが、チームの司令塔として監督から絶大な信頼を得ている。
彼が交代せずにゲームに残ったのもそれ故だ。
『青山 龍』という超逸材にこれ以上ないデビューをさせるためには、この男が必要不可欠なのだ。
―――が、当の本人は………
「(相手も相手だし、コイツなら誰が受けようが結果は変わんねーっしょ!)」
という具合なのだが……。
ただ、笠松はこの試合気になっている事があった。それが―――
(…この一年坊主だ。コイツだけ他の連中と比べて明らかにレベルが高い。…不自然な程に。最初の打席も最終的には討ち取りはしたが、10球近く粘られた。ウチのエースの小椋さんがだ)
確かに、小椋さんは技巧派で三振をバッタバッタ捕るタイプじゃねえけど……それでも
(バットコントロールの良さは一級品だな。なんでこの学校にいるのか不思議な程だ。推薦の話が山程あっただろうに)
「おっと、今は試合中だ。余計な詮索はやめておくか。―――さて」
(この手のタイプはまず100%力押しを苦手にしている。その点青山の真っ直ぐは文句無しだな。…そして、コイツの極端に遅いバットの始動。ボールを長く見れるメリットがあるが、その分インコースに差し込まれやすくなる)
詰まるところ
《コイツがインコースの速い球を打てる確率はほぼゼロって事だ》
笠松はミットを軽く叩きそしてインコースに構えた。
(さあ、魅せてやれよ!お前の力をよ!)
――――――
注目の初球
一切の無駄のないその芸術的なフォームから放たれたそのボールは―――
『ズバーーン!』
まるで浮き上がるように唸りを上げて一直線にキャッチャーミットに突き刺さった。
その圧倒的な迫力は実況や球場にいた者たちに暫しの沈黙を与え、―――そして
大河に対して、“絶対的な差"を見せつけた。
大河:「……はは……マジかよ!?打てっこねえ、こんなん…」
ピッチャーの手を離れたと思ったら、次の瞬間にはミットにボールが突き刺さっていた…。
とんでもないボールの伸びだ…。反応が間に合わなかった……
電光掲示板には“147km"の表示が!!
ザワ ザワ
『……す、凄い!!御覧になりましたでしょうか?これが本当に高校一年生の投げる球なのでしょうか!?我々は今、歴史的な瞬間に立ち合っているのかも知れません。将来の日本のエースのデビュー戦という!』
笠松:(ホントコイツの球はえげつねえわ…。これでまだ一年つうんだから末恐ろしいわ)
この一球で十分だった
今のボールを見て完全に心を折られた大河は、その後一度もバットを振る事なく見逃し三振。
その後のバッターも一度たりともバットにかする事なく―――
『ストライク、バッターアウト!ゲームセット!』
4回から登板した青山は、圧巻の6者連続三振で試合を締めくくった。
最終スコア、23-0
文字どおりの完敗であった。
笠松:(…コイツの才能を目の当たりにして、今までどれだけの人間が自分の限界を思い知らされたんだろうな…?)
『青山 龍』を見ているとそんな感情が湧いてくる。
―――俺も、決して才能に恵まれた選手ではなかった。体格は普通、特別足が速いわけでもパワーがあるわけでもなかった。
だから、必死に考えた。
そういった連中と渡り合う為の武器を。
血の滲むような努力を重ね、キャッチング技術を磨き、リードや打撃論、投球理論などの本を徹底的に読み漁った。
そして―――
あの嶺王大付属からスカウトを受けた時は、本当に嬉しかった。
自分の努力が認められた、報われた瞬間だった。
努力が必ずしも実を結ぶ世界ではない中において、自分は幸運であったと今でも思っている。
―――そして、今整列で自分の正面に立っている《この男》
この一試合だけでもすぐに分かった。彼がこれまでどれほどの努力を重ね、どれほど真摯に野球に向き合ってきたのかを。
『ここで終わって欲しくない』
単純にそう思った。―――だから
「諦めんなよ、野球」
“彼"にそう言わずにはいられなかった。
―――
……バカだな…俺は…
人間、多少努力したところで圧倒的な才能の前では無力ってコト
……分かってたハズなのに……
……また同じこと繰り返してやがる……
分相応に楽しくやれりゃいいと思ってたのに………
好きな事してどうしてこんな惨めな気分にならないといけないんだ?
……………………
大河の頬を一筋の雫が流れ落ちた