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6月の憂鬱

『次、6-4-3!!』 キンッ



大河:「…よっと」 パシッ 


   「先輩」 ヒュッ


ショートの大河が捕球しセカンドへ送球。相変わらずその流れには一切の無駄がない。



セカンドの杉原がそれを一塁へ。綺麗な6-4-3が完成した。



主将:『よーし!いいぞ。次サードー』






 【6月】



夏の全国高校野球大会、その地方予選の開幕まで一月を切った。



大会が近づいて来たことで、練習にも普段以上に緊張感と熱気が感じられる。



今は様々なシチュエーションを想定した守備連携練習が行われているところだ。




先日発表された大会メンバー



監督不在のウチは3年生の話し合いでメンバーを決めたようだ。




…俺はショートのレギュラーに選ばれた…




1年にしてレギュラー、さして強豪校ではないといっても、快挙と言っていい。……が



大河はどこか冷めた思いを抱いていた。



努力の末に勝ち取った訳でもなく、ただ単純に周りのレベルが低い事により無条件に与えられるレギュラーポジション。



一方で、今この瞬間も自分が入る事の許されなかった『高み』で、熾烈な生存競争をしている者たちもいる。



そんな者たちがいる事を知っているからこそ、『下界』で誉めそやされている自分が酷く卑小な存在に感じるのだ。



 俺、ホントに野球楽しめてんのか?



最近、練習中でもその事ばかりが頭の中を駆け巡っている。




?:「どーしたよ?浮かねー顔してよ?」



守備練の合間に話しかけて来たのは、同じポジションの山口先輩だった。




山口ヤマグチ ヨウ


先の紅白戦で、見事なバッティングを見せた2年生だ。大河も打撃はチームNo.1と認める実力者である。ただ、彼には致命的な欠点があった。



『次、山口ー行くぞ!』 カキン



『ヨッシャ』 スッ



軽快にボールにグローブを近付けるが、



『…あれ?』 スー



見事なトンネル、もはや様式美とも呼べる程に…



守備がド下手。これが、この人がレギュラーになれない唯一にして最大の理由だ。



いくら打撃が優れていようが、守れなければどうしようもないというわけだ。



先の紅白戦も、他のポジションが埋まっていて消去法によりショートで出場したが、実際のところ「何処も守れない」が正解である。



守備機会が無かったのは、本人曰く「不幸中の幸いだった」との事である。



「高校野球にもDH制があったらなぁ」が、最近の口癖となっている。



確かにこの人が打線の中軸に入れば、打線の破壊力は相当に上がるだろう……が



高校野球にDHはない。…これが現実だ。



故に彼は魅力的な打撃を持ちながら、代打の切り札のポジションに甘んじている。




「大河ぁ~。俺に守備教えてくれよ~、な~?」



先輩にも後輩にも気兼ねなく接してくる山口さんは、部のムードメーカー的存在だ………が



(時々うっとおしく感じるんだよなぁ、…今とか)



「…その頼み、もう何度目っすか(苦笑)。で、結局何もしないで終わるんすよね(笑)もう騙されないっすよ?」



「だってよ~、打撃練習してる方が楽しいんだからしゃーないじゃん?」



…だめだ、こりゃ…



「…一応言っときますけど、やらなきゃ絶対上手くならないっすよ。…守備も打撃も。

先輩がバッティング得意なのは練習してたからじゃないんですか?」



「……そりゃあ、まあ、…そうだけどよ。

つーか、お前はやっぱすげー練習してきたのか?今までよ」



「…まあ、人並み以上にはやってたんじゃないっすかねぇ」



今考えると、よくもあれだけ練習したなって思うわ



野球が好きで、プロ野球選手になるっていう夢があって、なれると信じて疑わなかった。



…けど、年を経ていくにつれて段々と『現実』ってやつが見えてきて………



  そして、あの日



夢は夢でしかない事を思い知らされ、一度は野球を捨てる決断を下した。



…にもかかわらず、結局今もなんとなく野球を続けている。

 


俺は、高校野球という舞台で一体何をしたいのだろうか?






――――――



 6月下旬



いよいよ、地区予選が目前に迫ってきた。今日は、組み合わせ抽選会が行われる。



レン:「ドコと当たるのかな。何か緊張してきたよ?」



大河:「…お前が緊張してどうするんだよ…」



レンはレギュラーではないがベンチ入りメンバー18人に選ばれた。主に代走守備要員としての起用になりそうだ。


他の1年生の中では、ケンが控え捕手として、また紅白戦で思わぬ活躍を見せた速水がリリーフとしてメンバー入りを果たした。




?:「よう!ご両人!お前ら1年で大会メンバーに入ったらしいじゃん!?さすが俺の見込んだ野郎どもだな♪」



他人の会話にいきなり割って入ってくるのといえば……



レン:「あっ、陸くんおはよー」



…このクラスじゃお前しかいないよな



保坂ほさか 陸斗りくと



陸上部所属のクラスメイトだ。



軽薄そうな外見とは裏腹に、その実力は本物で、100m走の中学チャンピオンの肩書きを持つ、陸上部期待のホープだ



という話だ。



…まあ、どこまで本当の話なのかは分からないが、ムチャクチャ足が早いのは確かだ。



(俺が50m走であんなに置いてかれるとは思わなかったからな…)




4月下旬に行われたスポーツテスト



出席番号順に二人一組で50m走を行う事になり、俺と走る事になったのがコイツだった。



「お前、俺となんてツキがなかったな!ぶっちぎられても文句言うなよ♪」



「……………」



『ヨーイ』 『ドン!』 ピッ



身長差20cm以上はある二人が同時にスタートを切る。



―――ダダダッ―――



陸:「(つーか、なんで俺はこんなとこで全力疾走してんだ……意味ねえし、あんま差を付けたら大人気ないわな)」



そう思い、フッっと力を抜いた。すると―――



自分よりも二周りも小さい男が自分の隣を並走していた。



「(何っ!?コイツこの体で俺のスピードに付いてくるだと)」



確かに多少は力を抜いているが、それでも俺は中学チャンプだぞ!?それに付いて来るとは―――



やるな、コイツ




その後、後半に驚異的な伸びを見せた陸斗に最後は振り切られてしまった。



『保坂、5.9。水城、6.2』



自己ベスト更新、レンと同じ好タイムだったが―――



さすがに相手が悪かったな………5秒台とは…



…啖呵切るだけの事はあったって事か



「お前、小ーせーくせにすげー早えーじゃん♪さすがの俺も焦ってつい本気出しちまったぜぇ」



「…そいつはどうも」



「そーだ!お前陸上部入れよ!絶対いけるって。身体でかくなったら俺より早くなるかも知れねーぞ」



「いや…遠慮しとくわ。俺もう野球部入ってるし」



「…野球部ぅ?そんなんとっとと辞めて陸上やった方がいいって。絶対早くなるよ、お前」




何故か、走りの才能を高く評価されてしまった大河は、以降毎日のように陸斗から勧誘を受ける事になった。



最近になり、ようやく脈なしと判断したのか、勧誘はされなくなったが、それを抜きにしても俺によく絡んでくる。



曰く、「オマエの事が気に入った」から、だそうだ。





――――――



陸斗:「へぇ、今日組分け決まんのか~やっぱ神奈川は嶺王大付属が強ぇーのか?」



レン:「そうだね。神奈川は野球ドコロだから他にも強豪校はいくつかあるけど、一番は断トツ嶺王だね。もう十年近く連続して甲子園出てるし」



「ほぇ~マジかよ!?…まあ、野球にあんま興味ないおれでも知ってるくらいだからな~。そんなんが同じ地区にいるんじゃ……お前ら甲子園行くのほとんど不可能じゃね?」



「…うん、まあそれは確かにそうなんだけどね。でも、それ以前に―――」



大河:「嶺王が居ようが居まいが、ウチが甲子園出るなんて無理だっての」



大河が二人の会話に割って入った。



「嶺王は例外にしても、他にも県外から野球エリートをとってくるような強豪校が、この神奈川にはいくつもあるからな。…対して俺たちは、半分趣味でやってるような連中の集まり、………どう考えても無理だろ?」



大河は自嘲気味にそう言った。



陸:「まあ、そう言われちまうとなぁ。ウチの陸上部が強いのも推薦で優秀な選手をとってくるからだしな。……まあ俺が言うのもアレなんだが」



   ………………おかしい



陸斗は大河の言葉に答えつつ、内心妙な違和感を感じていた。



コイツが珍しく饒舌なのもそうだが、それ以上に―――




初めて『水城 大河』を見た時、自分と同じアスリートの匂いを感じた。そしてそれは、コイツと50m走を走ったあの日、確信に変わった。



実際『ヤツ』は小さな体で、50m走だけでなく、他の種目も素晴らしい成績を叩き出していた。



元々の運動神経が良いというのももちろんだが、それ以上にそれを磨く努力をしてきたのだろう。



だからこそ、《趣味半分》と自ら評するような部に所属しているのがどうしても腑に落ちない。



「(ま、事情なんて人それぞれだからな。…コイツにも色々とあったんだろ)」



そう強引に納得することにした陸斗であった。






――――――そして



まさかの報告がもたらされたのは放課後になってからであった。



主将:「ウチの初戦の相手が決まった」


 

  ザワザワ



部員たちに緊張が走る。




「横川西高校だ」



   ???



どうにもピンと来ない学校名が出てきて、皆リアクションに困っているようだ。



「……そこ、強いんですか?」



部員の一人が尋ねた。




「そう思って調べてみたんだが、……少なくともここ5年はすべて初戦敗退しているチームだ」



「―――てことは」



「ああ、ウチにも十分勝機はあるだろう」



  オオー



部員たちのテンションが一気に上がるが、キャプテンは相変わらず難しそうな顔を崩さない。



大河:(何かあるな、これは……)



嫌な予感がする。因みにこういう時に限って俺の予感はよく的中するんだよな…



「ただな………問題はその次、二回戦の相手何だが………」



  ドクン



高名を出すのを躊躇うキャプテン



  ドクン



『―――まさか!?』
















  『二回戦の相手は嶺王大付属だ』 













  





















































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