紅白戦 vs2.3年生チーム 後半戦
五回まで終わって3-1。一年生チームの二点ビハインド。これ以上点差が広げられると厳しくなる。ここで―――
?:「ようやくボクの出番が来たようだね♪」
マウンドに上がったのは、先程までライトを守っていた速水だ。
先発の有隅が捉えられ始めていた事を考えれば、賢明な判断だと思われるが………
(問題はこの速水なんだよな…)
練習時でさえまともにストライクが入らないのに、実戦になったらこの超絶ノーコンは一体どうなってしまうのか…
…ホントに大丈夫か?
キャッチャーのケンのみならず皆が心配そうにマウンドに目を向けるが…
♪~♪~
当の本人はどこ吹く風といった感じだ…
ケン:「多少力は抜いてもいいから、まずはしっかりストライクをとっていこう。お前の球の球威ならそれでもなんとかなると思うから。…頼むぞ!」
(有隅の遅球から速水の速球―――バッターも直ぐには対応出来ないだろ。…後はコイツが何とかストライクを投げてくれれば)
「OK OK、ノープロブレム♪とにかくストライクを投げればいいんだろ~任せなさい!」
ホントに分かってんのか、コイツ…
【六回表 2,3年生チームの攻撃】
ケン:(この回下位打線なだけにキッチリ三人で切りたい。とにかくストライクゾーンに投げろよ。そうすりゃ多分打てない…)
ケンは分かりやすくど真ん中にキャッチャーミットを構えた。
―――そして、初球。
ピッチャー思い切り振りかぶって―――
(あのバカ!!思い切り投げんなってあれほど…)
『ドシィィィ』
暴投を覚悟したケンのミットにボールが突き刺さった。
『…は?』
バッター(七番 紺野)もビックリしたようだ。
遅い球に目が慣れていたためいきなりの速球に面食らったのだろう。
―――それにしても
((練習で見たときより遥かに速い!それにちゃんとストライクゾーンに来たし))
受けたケンも後ろで見ていた大河も速水の余りの変貌ぶりに、対峙しているバッター以上に驚いていた。
結局、バッターは真っ直ぐ三つで三球三振。最後のスイングは完全に振り遅れていた。
(どうみても130km以上は出ているな。―――コイツ、アドレナリンが出ると力を発揮するタイプか?実戦向きだな)
速水の謎の覚醒?もあり、三者凡退に切ってとった。
ケン:「ヨッシャ!この回反撃行こーぜ」
「「おう」」
守備のいい流れを攻撃に繋げなれるか
【六回裏1年生チームの攻撃】
この回一番からの好打順。
(この回何とか一点、出来れば二点取って同点にしときたい)
先頭バッターのレンが打席に入る
レン:(今の僕の力じゃ芳野さんのボールを打つのは難しい。―――なら)
その初球
「セフティーバント!」 コツン
サードライン際にボールは転がっていく
「切れる!捕るな!」
キャッチャーの吉田キャプテンがサードに向かって叫ぶ
―――ボールは
「「!!!」」
ちょうどサードベースラインの上で止まった。
「ナイバン!先頭出たぞー」
「この回反撃と行こうぜー」
1年生ベンチは俄然盛り上がる。
一方、マウンドには2,3年生チームの内野陣が輪を作っていた。
吉田:「スマン、俺の指示ミスだった…」
森川:「いや、あれは捕っても一塁は間に合わなかっただろ。アイツの足を考えたら」
杉原:「ああ。多分一年にしてすでにウチで一番速いだろアイツ」
芳野:「…そうだな。だからお前のせいじゃねぇよ。気にすんな」
吉田:「…ああ、スマン」
山口:「そっすよ♪この後のバッターきっちり抑えていけばいいんすから。しっかりしてくださいよ、キャプテン♪」
吉田:「相変わらずナマイキなヤツだ(笑)。じゃ芳野、このバカの言ったように一つづつ確実にアウト取ってこう!」
「おう」
マウンドの輪が解け、試合再開。
バッターは二番の小坂。早くもバントの構えを見せている。
(…ここは簡単にはやらせねぇ)
簡単にボールを転がせない速いボールをインコースに多投し―――
結果、バントはキャッチャーへの小フライとなり、まず1アウト。ランナーは一塁に釘付けとなった。
チャンスは萎んだかにみえたが、続く大河への初球――
『スチール!!』
まさか初球から走ってくるとは思わなかったバッテリーの隙を突いて見事に盗塁成功。
初回以来、久々のチャンスが訪れた。
しかもバッターが一番信頼の置けるバッターとくれば、1年生チームも嫌が応にも盛り上がるものだろう。
しかし、次の瞬間信じられない事が起こった。
キャッチャーの吉田さんが立ち上がったのだ。
敬遠!?
一塁ランナーが空いているとはいえ、まだ1アウトでしかも大河は同点のランナーだ。
吉田:(水城、…今年の1年は粒揃いだとは思ったが、中でもコイツは別格だ。現時点で既にウチのメンバーの誰よりも巧い)
「悪いな。ここは勝負を避けさせてもらう。…まあ、それだけお前の力を高く評価してるって事だ」
ボールをピッチャーに返しながら吉田さんはそう言った。
たかが練習試合でそこまで勝ちに拘らんでも…とも思ったが、上級生にとっては己のプライドの懸かった大事な試合なのだろう。
吉田:(一塁が空いているのに無理に勝負することない。何しろ―――)
大河:(まさか、敬遠とはな…まあ『後ろ』見ればそれもしゃあないか)
この試合、1年生チームの放ったヒットは2本。初回の大河のタイムリーとこの回のレンの内野安打のみである。
つまり、四番から後ろはノーヒットと完璧に抑えされているのである。
しかも、次の四番新倉はここまで二打席連続三振。
――案の定
大河:(何で何でもかんでも振り回してんだよ。…それじゃあただの大型扇風機じゃねえか)
ボール球を三球とも振り回して三球三振。
(少しは配球読んだりしろよな、ったく)
小さくそう呟いて次のバッターのケンを見る
(お前はその辺の事はしっかり考えてんだろ。…頼むぞ)
この回無得点だといよいよ敗色濃厚となるだけに、大事な局面だ。
ケンはこの場面、ピッチャーは簡単にはストライクを取りにこない事を確信していた。
(六番以降の打力がガクッと落ちるだけに、俺に対しても最悪フォアボールでもいいと思っているはずだ)
初球、二球目とボール球となる変化球を見極め…………三球目
(ストライクを取りに来るとしたらここしかねぇ。球種は十中八九真っ直ぐ、迷わずに振り抜く!)
ケンの読み通り、真っ直ぐがストライクゾーンに
『ッガキィィィィ』
鈍い金属音がグラウンドに響いた。打球は詰まりながらもセカンドの後方へ―――
「落ちろーー!!」
セカンドが懸命にグラブを伸ばすが―――
僅かに届かず、打球はグラウンドに跳ねた。
ツーアウトだった事もあり、打球が上がった瞬間にスタートを切っていた二塁ランナーのレンは悠々とホームへ生還した。
「っしゃーー!」
六番の速水が倒れ、同点にはならなかったが、ケンの貴重なタイムリーで1年生チームが一点差に詰め寄った。
七回は両チーム共に無得点に終わり、いよいよ回は八回に突入する。
1年生チームは一番からの好打順。この回同点に追い付く事ができるか?
(実質ラストチャンスだ。なんとかモノにしたいところだが…)
だがそんな願いも空しく、レン、小坂と簡単に打ち取られあっという間にツーアウト。
ランナーなしで大河の第四打席を迎えた
(たった3球でツーアウトとは……相手も疲れてきてるんだから、もっとじっくりいきゃあいいのに)
大河はマウンドの芳野さんを見た。
(かなり汗をかいている。もう100球以上投げてるし、かなり疲れはありそうだ。
(疲れてるところ悪いけど、ここはしつこく行かせてもらいますわ)
…………
…………
『ボール、フォアボール』
ファールで粘られた末に最後は根負けのフォアボール。ピッチャーにとってはこれ以上堪えるケースはなかった。
「ちっ、可愛いげのない野郎だ」
汗を拭いながら芳野は呟いた。
(コイツ、ホント何でウチなんかに入ってきたんだ?全然空振りしないし、ボール球はしっかり見極めるし、何よりあの守備、…センスが違いすぎる)
キャプテンの吉田は、試合の中でも随所に見える大河のセンスに脱帽しているようだ。
(だが、この試合もう水城に打席が回ることはない。…大丈夫だ)
一方、大河は一塁に向かう前に次のバッターである四番の新倉に声をかけていた。
「三球思いっきり振ってこい。打てるぞ」
これまで三打席連続三振の男に強振してこいと言ったのだ。その意図は?
新倉:「そんなことしたらさっきの打席の二の舞になるだろうが。それより、後ろに繋ぐ為に慎重にボールを見てって―――」
「バーカ、そんなのは四番の仕事じゃねえんだよ。お前はさっきまでのように全球フルスイングしてりゃーいいんだよ」
まあ、時と場合ってもんもあるけどな
「いい事教えてやるよ。ピッチャーってな、
フルスイングしてくるバッターって案外嫌だと思ってんだぜ。…それが例え三振でもな。じゃ、任せたぜ『四番さん』」
「…!!!」
大河が"ああ"言ったのには理由があった。
(かなり疲れが来ているはずだし、そこに今の根負けのフォアボール、しかも相手は今日全く自分にタイミングが合っていない
―――とくれば、新倉に対して失投が来る可能性は高い)
しかし、初球、二球目とボール球の変化球を連続空振り。あっという間に追い込まれた。
そして、三球目―――
「あっ!」 (ヤベェ、すっぽぬけた)
既に120球に達していた芳野の握力が限界に達した瞬間だった。
変化球にスピンがかからず完全な棒球が吸い込まれるようにど真ん中へ
全球フルスイングと決めていた新倉は迷わずにこれを振り抜いた―――
『カキィィィーン』
鋭い打球が外野の間をあっという間に破っていった。
(…行ける!)
一気にホームまで行けると判断した大河は、二塁ベースを蹴り更にスピードをあげた。
「中継入れ!ホームまで帰って来るぞ」
ここで1年生チームにとっての不運が起こる。
打球が強かったので、ボールが外野最奥のグラウンドと校舎を隔てる壁にぶつかって戻ってきてしまったのだ。
「げっ、ツイてねぇ」
正直悠々セーフだと思っていたのだが、これでかなり微妙なタイミングになってしまった。
どうする?突っ込むか止まるか?
トップスピードで走りながら大河は考える。
(ここで止まって二塁三塁になっても、ケンが敬遠されて六番勝負になるだけだ。だったら、一か八か…)
大河はスピードを落とさず、三塁ベースを蹴った。
中継からホームへボールが帰って来る。タイミングは完全にアウトだったが、ボールがほんの少し一塁方向に逸れてしまった。
大河はその僅かな間隙を縫うように、三塁方向側からホームへスライディング。
キャッチャーの足を左手で掴み、回るように右手でホームベースをタッチした。
「(コイツ!俺の足を使ってタッチを掻い潜りやがった!)」
(完全にギャンブルだったな…送球が少しでも逸れてなかったら絶対にアウトだった。でもこれで同点に―――)
『ア、アウトー!』
何ィ? アウト!? 何で、タッチ掻い潜ったじゃん?
文句の一言でも言ってやろうかと思ったが…
(所詮、練習試合だし、こんなとこで文句言って先輩たちに心象悪くしても意味ないしな…やめとこ)
微妙な判定だったが、文句を言わずベンチへと下がっていった。
「ま、この試合の勝負はあったな…」
――――――
「何か不服そうな顔してんな」
ベンチに下がっていく大河を見ていた吉田に声をかけたのはセカンドの杉原だった。
「……空タッチだったんだ」
吉田の一言に杉原は驚きの表情で
「マジかよ!?タイミング完全にアウトだっただろ?俺にもアウトに見えたし」
「上手くタッチを掻い潜られたよ(笑)。それにしても驚かされるのはアイツの野球センスの高さだ。この試合だけでもそれは際立っていた」
「…まーな。それは俺も認めるわ」
「今年は三回戦の壁破れそうか?ん?」
「俺らには荷が重いが、アイツらはいい線いくんじゃないか♪今年の1年はいいのが入ったよ、ホントに…」
試合はその後、九回に更に一点を加えた2,3年チームが4-2で勝利した。
なお、試合後、あの判定に敢えて抗議しなかった大河の態度が、逆に生意気と咎められ、主将による愛の地獄ノックを受ける大河なのであった。
大河:(何だよ、そのオチは……)
【紅白戦 個人成績】
水城 大河 1打数1安打1打点3四球