3;August 20 魔法使い 参戦(中)
日光がギラギラと照りつけ、人々が人込みを避け涼しげな日陰を探している中、とあるマンションの一室の隅のほうに設けられた席で、一人煙草を吸う情報屋兼探偵の姿がそこにあった。
彼の名は榊原來姫。女々しい名前だが、彼とつくからにはもちろん性別は男だ。
しかし、中性的な顔立ちと、その名前から声を聞くまで女だと信じていた者も多い。もっとも、本人はそれをひどく気にしているようだが。
來姫は現在とあるクレーマーの対応に追われている。
クレーマーの名はクレアナと言う。
『おい、情報屋。』
「なんだい?」
『なんだいじゃねーよ。魔眼を持った金髪吸血鬼がいるって聞いたから、銀行に行ってみたらわけのわからん銀行強盗がきて、そいつらに魔法使っちまったじゃなねーか。どうしてくれんだよ。しかもあいつらは銃を持ってて本当に殺されかけたんだぞ』
めんどくさい奴だな、と心で來姫は毒を吐いた。
「確かに吸血鬼はいたよ。だけど君が銀行がに入る5分前ほど前に出て行ってしまったよ。一足遅かったね。それと君が魔法を人前で使ってしまったことに関してだけど、そもそも君の魔法は光を放ったり、オーラをまとったりする類のものではないだろう。しかも強盗犯の銃はモデルガンだよ。っていうか君も気付いてたんだろ?仮に本物だとしても君ほどの魔法使いなら容易に退けられたはずだ。もっとも、君がこの500年間を無駄に生きていなかったらの話だけど」
『・・・』
クレアナは黙り込む。
「まさか君、それを理由にして金を渡さない気ではないよね」
『・・・』
「図星か。本来なら今の金額の倍はとってるんだよ?だけど君が常連ということと、金欠だからということで今の金額にしているんだ。それに、前回の金もまだ払ってないし。
君は「盗み屋」だろ?まさか銀行行ってまさか金を一銭も盗んでないわけじゃないだろう」
『・・・のくせに・・・』
「?」
『來姫ちゃんのくせに生意気だ』
「だからその名で呼ぶなと」
こんこん
ドアがノックされた。
「客が来たから切るぞ・・・ってもう切れてるよ」
來姫はため息をつく。
「あ、どうぞ入って」
突然の来訪者に、來姫は部屋に入るよう促した。
「失礼する」
「おじゃましまーす!」
入ってきたのは、コートを着た中年の男と、随分と派手な格好をした女だった。
「欲しい情報があるのだが」
「へぇ、どんな」
「魔眼の吸血鬼についてだ」
オマエラモカ
情報屋は先ほどより大きくため息をついたのだった。
魔術協会本部にて
真っ黒なコート。
真っ黒なサングラス。
真っ黒な靴。
真っ黒な帽子。
ただでさえ異質な教会内の中でも極めて異質、自らな体を真っ黒で包んだ女の姿があった。
彼女はつい先ほど、協会側から吸血鬼狩りの任を請け負った。
なんでも日本ではあの魔眼吸血鬼が現われているらしい。真意は定かではないのだが、行ってみる価値はある。彼女には日本に行くもう一つの理由があった。
―あの人は今元気だろうか
もう一つの理由とは、日本には彼女のかつての師がいるからだ。研修生時代は本当にお世話になっていたのだが、彼は突然に魔術協会を脱会してしまった。
理由はわからないが、別れのあいさつもいけずじまいだったので本当にいい機会だった。
―わが師。今すぐあなたのもとに参ります。
黒づくめの魔法使いランコは、遠い異郷の地にいる小太りの魔法使いのことを頭に想像しながら協会を後にした。
数分前 協会内にて
「やあ 来てくれたようだねランコに、ヨーツンヘイム」
協会内のある部屋に三人の魔法使いの姿があった。
ランコと呼ばれた女は、全身を黒で染め上げたような服装をしている。気だるそうにしているが、根はまじめな魔法使い。
そしてヨーツンハイムとは見るからに魔法をつかいそうな格好をしている男だ。
それは、本当に魔法使いの衣装かもしれないし、日本でいうコスプレの一種かもしれない。もちろんその真相を知る者はいない。協会内でも屈指の魔法使いだが、何を考えているかわからないうえ、任務を途中で放棄したり、仲間を殺したりと問題行動が多く、本来ならとっくの昔に解雇されているはずの人間なのだが、それでもこの組織に居続けられるということはこの男の殺しの腕がそれほど優れていることの証明だ。
そして最後、魔術協会総主教クロヌリアだ。この男が魔法の元祖とされている。滅多に顔を出すことがなくランコは実際に姿を見たのが初めてだった。
説明しておくと、ランコとヨーツンヘイムはこの男に呼び出されこの部屋にいる。
そしてこの男から直接呼び出されたということは相当大変なことが起こっているに違いない、ランコはそう考えた。
「こんにちわ・・・いえはじめましてでしたね。クロヌリア卿。」
「クロヌリアの旦那直々に話とは、余程のことがあったと見える。だがあえて聞かないことにしよう。なぜなら・・・」
ヨーツンハイムは大きく息を吸うと、それを全部吐き出すかのように叫んだ。
「それを話すためにクロヌリアの旦那は俺たちを呼んだからだ!」
「何を当たり前のことを言っているんだ貴様は」
ランコはヨーツンヘイムを睨んだ。
「おー恐い恐い」
「まぁその通りだよヨーツンハイム。君たち二人を呼んだのは、君たちにちょっと仕事を頼まれてもらいたくてね」
「仕事・・・ですか?」
「あぁ。実は魔眼の吸血鬼についてなんだが」
・・・
部屋が凍りついた
「あの・・・なぁ旦那。あれは架空の生物なんだぜ?魔眼に吸血鬼なんて鬼に金棒じゃないか。さすがにいるかいないかわからない生き物の存在なんて信じらないぜ」
さすがのヨーツンハイムも引いているようだった。
魔眼の吸血鬼とは魔法使いたちの間で噂されている都市伝説のようなものだ。いつからそんなうわさ話が流れたかはわからないが、信憑性は低い。
「それなんだが、これはとある情報屋から仕入れたものなんだが見てくれ」
二人に一枚の写真が手渡された。
「なるほど。これは確かに魔眼持ちの吸血鬼です」
「ヤバイヤバイ。なんかテンションあがってきた」
「場所は日本。今すぐ向かってくれるかね」