7. Break loose ―解放― 抑えられないこの気持ち
::: 1 ::: break his back...骨を折る、懸命に働く
「このままじゃ生まれられない。ブレイカー業務もさせてくれ」
パンサーカメレオンを肩に乗せたお嬢は、地道とは疎遠の下僕・タイジの言葉に大きな眼を丸くした。
「アンタの利息だけで今月は終わっちまった。このペースじゃ返済できないのよ。下僕とはいえブレイカーとしても雇われてんだから、そっちでも稼ぎ……おい、そいつを近づけんな」
タイジは露骨に嫌そうな顔をして、全身うすピンクの爬虫類から目を背ける。
「えー。この子ピンクパンサーっていう稀少種なのにぃ。ね、カレンちゃーん」
稀少。その言葉にタイジはぴくりとした。超レアなアルビノ・アリゲーターを溺愛していたタイジとしては稀少程度じゃもはや物足りないものの、それでも心を動かされる。シラ子に失恋した、というか一方的な幻想を打ち砕かれたタイジは、シラ子に代わる対象を探していたのだ。
カメレオン、からメとオを落としただけの、またしても安直なネーミングだな。だが胎児だから、とそのまんまタイジにされた俺よりは凝ってる。こんな所でも俺はペット以下の安い扱いなのか――とタイジの唇の端は苦々しく引きつる。
いつものことだ、そろそろ慣れよう。代わりに人間として大事なものを失うような予感がするが。と気を取り直して、タイジは出目の爬虫類を眺めた。カレンとなると普通はメスを想像するものだが。
「俺は騙されない、今回は先に聞いておく。そいつはオスなのかメスなのか」
「知らなーい」
「そこが一番大事だろうがぁぁ!」
なぜだ。なぜここの連中はそろいもそろって、オスメスでもどっちでもいいとか、大切なのは愛とかほざくんだ――タイジはがっくりと膝をつく。
確かに俺自身、どうしてそれほどメスにこだわるのか分からない。が、体のうちからフツフツと湧き上がるメスへの欲求は乾くことを知らないのだ……ハッ、やっぱ溜まってんのか俺……アニマル相手にさえ……どんよりしたタイジの目に、お嬢のピンクのピンヒールが映る。そこから伸びる、なめらかな白い足。
「無理無理、ありえないから。食うなら梅干より獣の方がマシだから」
「……おなかすいてんの? タイジ」
ある意味な。と、タイジはフッと乾いた笑いをもらす。
不意にその耳に、聞きなれない動物の鳴き声が入ってきた。お嬢も不思議そうに見回したあたり、ペットではないようだ。音源をたどると、それは支店長室と秘書室を隔てるドアの向こう。
ドアを開けた二人の足許で鳴いていたのは、人間の赤ん坊だった。
「いつの間に産んだのよ。なるほど乳も育つわけだ、出ないけどな――ぐへ」
ドアで殴られ、タイジはノブのヒットした脊椎が破砕されたかと思った。
近頃、秘書でなく道具を利用して制裁することを覚えやがって。豆腐な脳みそでも、類人猿程度の進化はしているらしい。となると、次に覚えるのは火の使い方だな。と、四つん這いで腰をさすりながらタイジは嘲笑する。
カイもファイも個人の世界で目覚めているようで、秘書室は赤ん坊を除き無人だった。がらんとしたフロアに赤ん坊の泣き声がこだましている。
「タイジ。その子で相談業務の練習して」
「はぁっ?」
お嬢は、稀少種だというピンクパンサーよりよっぽど見慣れないものを見るような目つきで、赤ん坊を眺めている。
「ほらー、赤ちゃんは赤ちゃん同士ってことで」
「アンタいつも俺を人間だとさえ思ってないくせに、都合のいい時だけ認識すんな!」
赤ん坊と言っても相手は二ヶ月か三ヶ月か、生後間もない感じである。前世の知識として言葉を持っている胎児の自分とは違う、コミュニケーションなんて取れるか、赤ん坊のトラブルなんてクソかメシぐらいしかねえだろ、アンタがどうにか――とまくしたてたタイジだが、無情にもその鼻先でドアは閉められてしまった。
あまり逆らうと後が怖い。ファイも怖い。ファイというか竹定規が怖い。先日は先端に画びょうが仕込まれていた。八つ当たりしようにもカイもいない。
タイジは恨みの形相で赤ん坊を見下ろした。
「くそっ。てめえ寿命残りまくってんだから、たっぷり報酬しぼり取ってやるわぁぁ」
::: 2 ::: break the momentum...勢いを止める
「わたくしが至りませんでした。どうかこの愚かな下僕めにお力をお貸し下さい、支店長様」
一時間後、タイジはお嬢の爪先で土下座していた。
「なぁに、這いつくばって。コンタクトでも落としたのー」
わざとらしすぎるだろ、お嬢。コンタクトのいらないカラダを貸し付けたのはアンタだぞ――という言葉を、タイジはぐぐっとのどの奥に押し戻す。
「さきほどの赤子の件にございます」
タイジなりに手を尽くしてみたものの、赤ん坊は泣きやむ気配すら見せなかったのだ。あまりに泣かれ、こいつどっかヤバいんじゃないかとタイジは焦っていた。
「えー。あたし、赤ちゃんなんてどうすればいいのか知らないもーん。ノー・アイディア」
それか。ブレイカー業務の練習台とか言い訳して、俺に赤ん坊を押しつけた真の理由はそれか。タイジは額を床にすりつけたまま、小さく舌打ちする。聞こえていたらしく、ピンクのヒールがタイジの後頭部へ空き缶つぶしの勢いで叩き込まれた。
「大体、なんでブレイクに赤ん坊がいるんだ……」
床で衝撃の逃げ場がないぶん、ダメージは強烈だ。脳しんとうにピクピクしながらも文句が言えるのは、ここ二ヶ月の過酷な労働の成果であろう。
「母親のブレイカーが連れてきてたんでしょー。自分が夜中に集合的無意識界で働いてるあいだに、自我レベルで泣かれたら困るからじゃなーい? ついでに、面倒になったからここに置いてったんでしょ」
ついでで捨てていいものなのか。俺だって迷惑だ。しかもこいつはオスだ。早いところ母親を見つけ出して、さっさと返却しちまいたい。それにはまず泣きやんでもわらねえと――タイジは何とか起き上がった。
「お嬢、得意だろ。こいつ抱いてみて、とりあえず何で泣いてんのか調べてくれ」
触った相手の感情を流し込まれる、お嬢の宿命。お嬢は知りたくないものを知らされてしまうのを恐れて、他人に触れようとしない。
だが俺が初めてお嬢に会った時、その宿命を利用して事情を読み取ったじゃないか、とタイジはそこに望みをかけたのだ。
「えー……」
案の定、お嬢ははっきりと嫌そうな顔をしている。
「お嬢しかできねんだぞ。お嬢だけが頼り。お嬢様様」
慣れぬヨイショに頬が引きつる両者。
「お嬢最高。お嬢優しいな。お嬢、神様仏様。お嬢……えーと」
「ストーップ! タイジがそんなこと言うの気味悪ーい!」
悪寒が駆け上がったらしく、お嬢は首をすくめてぶるっと身を震わせた。タイジの心にもないお世辞を聞かずに済むのなら、というあからさまに消極的かつ投げやりな態度で赤ん坊を抱き上げる。いかにも慣れない手つきだ。難しい顔をしながら、ぎこちなくあれこれ抱き直す。
「こんな感じの抱き方が楽みたい。んで、ゆるゆる歩いて欲しいみたい」
タイジがお嬢の指示通りにすると、赤ん坊はするすると泣きやんだ。
「おお、すげー! 泣きやんだわ、ほれ!」
魔法みたいだと感動しながら、タイジは熱心に歩き回った。
「助かったわー、いやマジすげーよ、お嬢。おまえ感謝しろよ、お嬢に……おい寝るのかてめー。こんだけ人を騒がせといて寝るのか。いや寝てくれ、とっとと寝ちまってくれ、はいおやすみなさいよー」
「……タイジ」
拗ねたような怒ったような口調で呼ばれて、赤ん坊から目を上げる。タイジには、お嬢が心なしか赤い頬をしているように見えた。
「人懐っこい笑顔を見せちゃいけないって命令してあるでしょ」
そんな顔したか? だけど言い争ってまた赤ん坊が泣き出すのだけは避けたい、ここはおとなしく言うことを聞いておこう――タイジが慌てて厳しい表情を作ると、お嬢は安心したように肩を落とした。
「その子のトラブルはあたしが解決しちゃったんだから、タイジ失格。代わりにその子の母親に対してブレイカー業務しなさい」
「ぬはっ?」
ひと安心していたタイジだが、瞬く間に平和な気分も吹っ飛ぶ。あったりまえでしょー、と言われてタイジはため息をついた。
「んじゃ、こいつ連れて社内回ってくるわ……」
「必要なーい」
意外な返答だった。出て行こうとしていたタイジの足が止まる。
「何だそりゃ。母親見つけないで、どうやって説得しろってのよ」
「タイジ、わかってない」
さっきまでと打って変わって、お嬢は冷えた、悟ったような目をしていた。
::: 3 ::: break the skein...混乱を解決する
「ブレイカーの相談解決っていうのは、答えを一緒に考えてあげることじゃないのだ」
踏ん切りをつかせてやること、決意させてやること。正しい方向に導いたり、理想的な答えを教えてやったりすることではない。たとえそれが犯罪や、人道的に許されないことであろうと。正しい導きが欲しいなら、神に助けを求めればいい。
「でもここは集合的無意識、人間の世界」
倫理的に見れば歪んでいる理論や動機にうなずいてもらうことで、合理化や正当化をはかる人もいる。相談内容が何にせよ、当人が答えを確定するために、ブレイカーはその後押しをしてやるのが役目なのだ。
「殺人や、こんな……育児放棄であってもか!」
詰め寄るタイジを、お嬢は少しも動じずに見上げた。
「そういう人たちはね、そうやってブレイクに相談するたびに、報酬として命を削られていくの。そういう生き方をすればツケは回ってくる。それでいいの」
「わかんねーよ!」
「わかんなくていい。わかんないなら、タイジは下僕オンリーでいい。どうせあと四ヶ月くらいしかいないんだし」
言い捨ててくるりと背を向けたお嬢の語尾が震えていたように聞こえて、タイジはハッとした。頭に昇りかけていた血が冷たく引いていく。
「シラ子を十歳まで育てたってことは……お嬢は十年、ブレイカーやってんだよな……?」
「……だったら、なぁに」
お嬢は振り返らない。赤ん坊を抱く前に枝に移したカメレオン・カレンをまた肩に乗せている。
「それでも割り切れてないのか? 生きるために仕方なくブレイカーやってんのか、支店長のお嬢でさえ」
倫理観と罪悪感への背徳。寿命のためにそれを受け入れ続けねばならないとしたら……神はどうして、ただでさえ不運なブレイカーたちに、こんな試練を課すのだろう。タイジは命の代わりに、彼らがはかりにかけねばならないものの重さを思い知らされる。
お嬢は一体どうしてそこまでしてブレイカーをやってんだ。お嬢が寿命を欲しがる理由は何なんだ――タイジはブレイクに雇われて二ヶ月、初めてそれを疑問に思った。
「お嬢は集合的無意識から個人の世界に消えたこと……実生活の方で目が覚めてたことって、ないよな。ここでケツ出して昼寝はするけど……ひょっとしてお嬢のほんとの体って、ずっと眠ってる?」
にらまれてからタイジは、心得その四、お嬢さんの実生活について聞かないこと――という、いつだかのファイの指南を思い出す。
「タイジは知らなくていい」
これで話は終りだ、という意志を示す強い口調だった。タイジにはそれが、ブレイカー業務を覚えなくていいという意味なのか、お嬢の実生活を探るなという意味なのか、わかりかねた。
両方かもしれない。だが俺は、心得なんぞとっくに破ってる。お嬢に触れるな、お嬢に逆らうな……いまさらもうひとつ破ったところで、どうだってんだ。俺は知りたい、知らなきゃいけないような気がする――タイジが口を開きかけた時、支店長室のドアが激しくノックされた。
号泣しながら許しを請うた若い女性ブレイカーは、タイジから受け取ったわが子を腕にしっかり抱きしめた。ひざをついて詫びの言葉を繰り返す女性の前で、お嬢は高く腕を組む。
「無意識界で捨ててみて、気が済んだ?」
「はい、お嬢様」
ムチ打ちになるんじゃねえか。タイジが恐れるくらい、女性はがくがくと激しくうなずいた。
「じゃ、リアルで捨てる気はもう一切起きないー?」
「はい、お嬢様」
何とお嬢の目的はそれだったのか――やられた、とタイジは思った。 母親を探しに行く必要はない、お嬢はそう言った。それはわが子を捨てるという行動と結果について、母親が実際に体験することで答えを見つけ出させるためだったのだ。
タイジが母親を探し出して説教したところで、母親の中に渦巻く不満は他人によって押さえつけられたに過ぎず、不完全燃焼のまま残る。そしてそれがいつか爆発し、集合的無意識界だけでなく実際にも、育児放棄を決行してしまったかもしれないのだ。
本人の気が済むようにさせてやる、その後押しをする、お嬢はまさにブレイカー業務を遂行したことになる。
さすがダテに十年ブレイカーやってないわ。すげーぞお嬢。梅干を干し柿くらいに訂正してやってもいいくらいだ。喜べ、シワ数大幅アップだぞ。乾きもんだけどな――タイジにしては大きな譲歩であった。
「タイジが面倒みたんだから、タイジに御礼してもらいます」
「はい、お嬢様」
「報酬は親子で合わせて二年分」
「はい、お嬢……さ……」
勢いで返事をしかけて、母親は固まっている。タイジも凝固して、二人してまじまじとお嬢を見つめた。
二年の報酬なんて法外もいいところじゃねえか。いやいやここは法律なんてないお嬢独裁政権なんだった。報酬は交渉次第なんだった。それにしてもボッタクリすぎやしねえか、お嬢。ファイに銭ゲバと言わしめた俺でさえ、そいつはやりすぎだと思うぞ――タイジ内の『お嬢・実はいいやつかもしれないゲージ』が、ひるひると音を立てて急降下していく。
一方のお嬢は悪びれた様子もない。そして静かに言い渡した。
「命を稼ぎにきてるはずのブレイカーが、その命を粗末にしようとした。二年分を稼ぎながら、ブレイカーたちとその子に償いたまえ」
母親は素直にうなだれる。
「はい……お嬢様」
::: 4 ::: break loose...解き放たれる
「あのさーお嬢。俺、別になーんも面倒見てねーし。結局解決してやったの、お嬢だし……報酬、いらねーわ」
母子が帰ると、タイジは頭をかきながらぼそぼそ言う。
「おばか。それじゃあたしが借金回収できないじゃなーい」
一蹴された。が、稼がせてもらった感を拭えないタイジは、釈然とせずに首をひねる。
「それよりブレイカー業務は向かないみたいねー、無駄に熱血空回り下僕。おとなしくヨゴレ仕事で稼い……」
「いや。やるわ」
アホみたいに口開けんな――おっと脳みそ梅干、もとい、干し柿のアホなんだから仕方ねえか。さっきまで堂々と年上の女を叱りつけていたのと、ほんとに同一人物かアンタは。タイジは幼い表情をするお嬢を呆れて眺めた。
「二年もらっても、やっぱペース遅いし。それによ、その……俺は知らなくていいっての、ちょいとシャク……っつうか、かなりシャクだし」
「……やる気になっちゃってんの? なんなの? 不吉ー」
からかうつもりなら許してやる。だが本気でおぞましそうな顔をするな、とタイジは拳を震わせる。
「まぁ寿命回収できるならいいけど――ぅきゃあぁっ!」
「やだやだやだやだ、取ってタイジ、カレンちゃん取っちゃって、早く!」
いきなり大騒ぎしだしたお嬢は、肩に乗ったカメレオンから必死に顔を離そうとしている。
「へっへっへー、フンでも引っかけられたか?」
「いやーん、今すぐ取って、そこのレオンちゃんとこにやっちゃって!」
お嬢の切羽詰った形相にニヤニヤしていたタイジだが、後も怖いことだし、と素直にカレンを肩から取り上げた。レオンちゃんと呼ばれた、カレンよりもう一段ピンクが鮮やかなパンサーカメレオンと同じ枝に移動してやる。
「ん? カレンのやつ、さっきと色が変わってねーか? そうか周りの色に合わせて……」
言いかけて、タイジは黙る。
黙る。
黙る。
ややあって、ぽつりと呟いた。
「オイお嬢。カレンはメスだったのな。レオンと交尾してやがるぞ。色が変わったのは発情したからだったのか、婚姻色ってやつだな……ちくしょう、なんだってこないだっから爬虫類の交尾ばっかり……お嬢?」
背後がしーんとしているのに気づいて、タイジは振り返る。
お嬢はひざを抱いてしゃがみこんでいた。腕から顔を上げたお嬢の頬は、ピンクパンサー・カメレオンのように染まっている。濡れたブラウンの瞳が、何かを訴えながらタイジを見上げていた。
「お嬢、どうし……た……」
もしかしてアレか――タイジはお嬢の瞳にしばられたように動けなくなる。
こいつはいわゆるウルウルの瞳ってやつか。ひょっとしてお嬢のやつ、カレンから発情でオスを求める気持ちを流しこまれちまったのか。だからこんなもの欲しそうな、フェロモンな顔で見つめちゃってんのか。
「タイジ……」
ヤバい、これはヤバい――タイジの心臓が一気に喉元に跳ね上がる。
お嬢は完全にソノ気だ。しっかりしろ俺、相手は一応上司だぞ。しかも脳みそ干し柿だぞ。うわ、どうしたことだ視線が外せない。外せないどころか胸の谷間とかスカートの隙間とか、そんなとこさまよってどうするよ。頼む俺の血、一ヶ所に集中しようとするな。ありえねーだろ、ありえねーって。
無自覚の代償行動なんですから。
あぁっくそ、何で勝ち誇ったようなファイの顔が思い浮かんだりするんだ。わかった、わかったよ、俺も気づきましたって、俺はシラ子をお嬢の代償にしてたってことだろ。だからオスだと判明してショック受けてたんだろ。だけどお嬢ってのは無理ありすぎるだろ、だってお嬢だぞ、下僕の俺をコキ使って笑ってる悪魔の手先みたいな女だぞ。
だめだ別のことを考えるんだ俺、干し柿干し柿干し柿干し柿……
「タイジ、やっぱおなかすいてんの?」
「干し柿干し柿干し……んっ?」
我に返るタイジ。噴出していた汗が額を流れ落ちていった。いつしかぎゅっとつぶっていた目を恐る恐る開けると、お嬢が怪訝そうな、どこか気味悪がっているような顔で覗き込んでいる。
「あぁ、ある意味な……へっ?」
タイジはしげしげとお嬢を見つめ返す。お嬢は制服のジャケットを着込みながら「さー、お仕事お仕事」なんて張り切っている。さっきまでのあふれ出すような色気がどこにも見当たらない。紅潮してもいない。
「なぁにボンヤリしてんのー。集合的無意識界で白昼夢に入んないでよねー、ややこしいから。バス回してきて」
あれ? 発情しちゃってなかった? 一瞬にしていつも通りってどういうことだ。幻でも見てたのか俺は――狐が女をたぶらかそうと化けて出たような容姿のタイジ。そのタイジは狐につままれたように首をひねる。
「バ・ス」
もう一度せかされて、タイジは言われた通りふらふら部屋を出ようとした。
「……なー、お嬢……」
その足を止めて、タイジは聞いてみる。
「なぁに、雇い主の前でトリップしちゃってるアブない下僕」
「こいつら、持ってみる気はねえ?」
そう言ってタイジは、いまだ交尾中のカレンとレオンを指差す。結果、タイジは雷という超暴力的な方法によって再びアフロにされ、支店長室から蹴りだされたのであった。
タイジ、現在五ヶ月。借金、十八年七ヶ月。返済、もろもろ一年+育児放棄騒動による二年。彼はノルマを達成して、生まれてくることが出来るのか――。