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ブレイク  作者: シトラチネ
本編
4/15

4. Break faith ―違約―  違反すればお仕置きです

::: 1 ::: break down from exhaustion...疲れきって倒れる



 下僕生活も早二週間。タイジは日課であるワニたちの朝の散歩――その実態はワニたちによる、タイジのジャングル引き回し――を終え、秘書室のカウチに泥まみれで倒れ込んでいた。

「精神世界では不死身なのが、いっそ恨めしくなってきたわ……」

「あのー……大丈夫かい、下僕くん? 怪我してるじゃないか」

 そこへはらはらした声が落ちてくる。タイジはうつ伏せに倒れたまま、中指を突き立てて見せた。

「明らかに大丈夫じゃない相手に大丈夫かと聞くのって、どういう了見なわけ。アンタは死体に向かって、大丈夫かい君、死んでるじゃないかーって聞いて回るの?」

「えっ、いや……そんなことはしないが……」

「真面目に答えんじゃねーぞボケ」

 ようやくズルリと起き上がり、タイジはほつれた長髪のあいだから相手をにらむ。よほど鬼気迫っていたのか、男は額に汗してへこへこ頭を下げながら一歩後退した。

 既製ものらしい地味なスーツが痩せた体から浮いた、三十半ばくらいのサラリーマン風味。安物であろう薄っぺらなYシャツは、肌に直接着たら乳首が透けるに違いないとタイジは思った。

「何か用なの」

「わたしは財務課長なんだが……この書類に至急、お嬢様のサインが頂きたくて来たんだが」

 面倒極まりない口調で突き放すことで、帰れコメツキバッタ。と言ったつもりが通じずに、タイジはうんざりしながら顎を支店長室へとしゃくった。

「入りゃあいいだろ。ケツ丸出しで寝てるけどね」

「そ、それは困る……下僕くん、サインをもらってきてもらえまいか」

 タイジはあくびをしながら、ばりばり後頭部をかく。

「三匹のワニとたわむれてきたばかりの俺に、動けとおっしゃる?」

「君は下僕じゃないか――わっ!」

 いきなり胸ぐらをつかみあげられて、財務課長は顔を引きつらせた。

「あぁ俺は下僕よ。あのクソッタレ脳みそ梅干女の下僕よ。アンタの下僕じゃないのよ。何が悲しくてアンタの命令なんぞ聞かにゃならんのよ、あぁん?」

「わ……悪かった。君の境遇は可哀想だと思っているよ」

「同情すんなら寿命をくれ」

「……え?」

 鼻先と鼻先がこすれんばかりに顔を近づけて、タイジは凄む。

「二週間経ったのに、俺まだ借金を三ヶ月しか返してないの。このペースじゃ生まれられないんだよね。寿命三日分ほど頂きまひょか、財務課長さん。そしたらお嬢にサインもらってきてやろうじゃないの」

「そんな、横暴な……」

「ワニども、最近運動不足らしいんだわ。あいつら連れて財務課に散歩に行ってもいい?」

「分かった、分かったからやめてくれ!」



 こうしてタイジは、財務課長からせしめた寿命三日分の小切手と託された書類を持って、支店長室へと入る。タイジの予言通り、というかいつも通り、お嬢はピンクの下着にブラウスをはおっただけの姿で惰眠をむさぼっていた。

 タイジは天蓋付きキングサイズベッドのふちに足をかけ、ゆっさゆっさと乱暴に揺する。お嬢に触れることは許されていないため、起こすにはこうするしかないのだ。

 いっそどさくさにまぎれて落としたろうか。壊れたテレビも殴れば直るし、とタイジは本気で思う。

「起きろ支店長! 財務課長とかいうのが、サイン欲しいってよ」

「あはーん、財務課長ってばあたしの隠れファンだったのねー。あのムッツリスケベ」

 寒い。熱帯だというのにあまりにも寒い。高原の、いや雪山の風が吹いている――遠い目をするタイジの視界には、雪のキリマンジャロが広がっていた。

 即刻回れ右したくなったタイジをどうにかそこに留めているのは、寿命三日分の小切手に対するわずかな忠誠心だ。成り行きの十八年七ヶ月より、自分で稼いだ三日にタイジは服従することにした。

「そのサインちゃうわ、うぬぼれんな。仕事だよ仕事!」

 キリマンジャロから戻ってきたタイジは、いっそう激しくマットレスに蹴りを入れる。お嬢は唸って、豊かな肢体をタイジの反対側へと転じた。

「シャラーップ、ベイビーちゃん……」

「おい財務課長、カメラ持って来い。支店長のありえねえ写真撮ってやる」

「やーんもう、タイジのおばかー!」





::: 2 ::: break the hush...沈黙を破る



 突如、サイレンが鳴り響いた。財務課長からの臨時収入をアテにして豪華に海老天丼をかき込んでいたタイジは、慌てて社員食堂から秘書室へ駆け戻る。お嬢が社内放送のマイクを握っていた。やけに張り切っている。

『全社員に告ぐです。わが社は今から緊急討伐態勢に入るでーす。有志は戦闘服着用・武器携帯の上、追撃するです』

 戦争でも始まんのかオイ。まさか神様派兵の天使連合軍と……お嬢に連行されるのはここまでで十分だ、地獄の道連れは御免こうむる。いや今でも待遇は似たようなもんだが――タイジはロッカーをあさっていたカイをつかまえる。

「何がろうしひゃっはの」

「タイジさんってば、食べながら歩いちゃいけないんだよ。ほらー、天つゆがシャツに……」

『ターゲットは財務課長! 寿命三十年を業務上横領、ジャングルを大逃亡中』

 お嬢の嬉々とした放送が続いている。

 なんだ相手は一般人か。財務課長か。それなら――え? タイジは逆に戦慄を覚えた。

「まさか、社内の違反者を社員が狩るのか……? 財務課長って、今朝来たあの気弱な男か?」

「そうそう。タイジさんもやる? 戦闘服あるよ」

 と言ってカイがロッカーから出したのは、フードつきの黒いマント。

「武器はこれだよー」

 と言ってカイがロッカーから出したのは、身の丈ほどもある鎌。

「少年。これはどう見ても、死神のいでたちだと思うんだが……」

 いそいそと子供用黒マントを着込みつつ、カイは当然そうにうなずいた。

「寿命の横領は重罪で、ブレイク口座の全寿命没収なんだよ。つまり本来の寿命がもう尽きてる人の場合、捕獲と同時にポックリ。たまたまそれを目撃した部外者が、討伐隊を死神なんて名づけたんだよ。悪いのは犯人なのにさあ」

 鎌を持つと、カイはまるでハロウィーンの仮装をした子供のようだった。が、これはお祭りではなく人の命がかかった実戦なのだ。

「タイジさんは行かないの?」

「俺、肉体労働派じゃないの。まだ天丼食い切ってねーし」

 目下、タイジの心は海老のしっぽで一杯だった。そこへお嬢の社内放送。

『懸賞金は寿命半年分でーす』

「それを早く言えっつーの」

 即座に丼を放り出し、タイジはマントと鎌を引っつかんで走り出した。



『ジャングルC地区にて目撃情報あり。ニシキヘビ棲息地域につき、注意されたし』

 などと放送が流れれば尻込むのが普通だ――肉体を持ち、のほほんと生活している者ならば。

 しかしここは普遍的無意識の精神世界。ニシキヘビに締められようと呑まれようと、現実に死ぬことはない。しかも悩み事相談所員・ブレイカーは、命に飢えた者ばかり。黒マントの戦闘服をなびかせ鎌を振り上げ、我先にC地区へとなだれ込んでいく。

「カイ、おまえ心臓はどうしたのよ」

 心臓移植のドナーを待ちつつ支店長秘書をつとめるカイは、タイジに過酷な労働を言いつけるたびに自分は心臓を理由に言い逃れするのだ。タイジとしては、嫌味のひとつも言いたくなる。

「今日は絶好調ー」

 丸眼鏡を双眼鏡に押し付けて獲物を探索しながら、カイは答えた。

「クソガキ。しかし、何だって財務課長は横領なんかしたんだ? ここの社員なら、横領して捕まったら即死なことくらい承知してんだろうが」

「奥さんの容態がいよいよ危なくなってきて、夜もおちおち眠れなかったらしいよ。寝なかったらこの集合的無意識世界に来て、奥さんの寿命を稼ぐために働くこともできないじゃん。寿命残高がどんどん少なくなって焦ったんだよ」

 あっけらかんとシビアな話をするカイに、タイジは目を丸くする。

「そういう事情知ってて積極的に狩りに出るのか、おまえは――」

 タイジは思わず口をつぐむ。双眼鏡から顔を上げたカイの表情は、異様なほど冷静だった。

「タイジさん。ボクらが扱ってるのは、お金じゃないんだよ。命だよ。ブレイカーはみんな、客っていう他人から命を削り取ってでも生きようとしてるんだよ。客にだってそれぞれ事情があるの、分かりきってるのにさ」

 それと財務課長狩りとは何も変わらないよ、とカイは続けた。

「タイジさんは、まだ生まれてないから。死んで別れたくない大事な人がいないから、そんなこと言えるんだ。けど、ボクは……ボクだけじゃないよ、ブレイカーたちはみんな……」

 カイの唇がぎゅっと結ばれる。タイジは急いで、カイの頭をなで回した。

「悪かった。そうだよな。おまえらには生きのびたい理由があるんだもんな」

 こくんとうなずいてから、カイは手の甲で頬の辺りを拭っている。

「成り行きでここにいる俺とは違うんだよな」

 もしかして今朝、駄賃に寿命三日分を巻き上げた俺が財務課長を追い詰めちまったのか。なら、やつを追うのはカイや生きのびる強力な動機を持つブレイカーに譲って、俺は引っ込むか――タイジがそう考えていると、カイが憤然として言い足した。

「それにさ、ブレイクはお嬢様の犠牲の上に成り立ってるんだよ。それを忘れて一人で寿命を好き勝手しようなんて、お嬢様に対する裏切りだよ。ひどいよっ」

 そうだ、お嬢は寿命を取り引きできる代償に、触れた相手の感覚、記憶、感情を流し込まれてしまう宿命を負わされてる。ブレイカーの身代わりにそれを背負ってんのに、財務課長はお嬢にそれを押し付けたまま逃げようとしている――鎌を握るタイジの手に、ぎゅっと力がこもった。

「狩るぞカイ、恐怖政治だ。神に見放されたブレイカーのオアシスを踏みにじるやつには、死の制裁を」

「ラジャー!」




::: 3 ::: break in...侵入する



「ついて来てるか、カイ……ん?」

 振り返ったタイジの視界に、すでにカイはいなかった。どうやら、財務課長を追い詰めているあいだに振り切ってしまったらしい。戻ろうか迷ったタイジだったが、前方でぱきりと枝を踏みしめる音がして、そっちへと走り出す。

「あん? この小道は……」

 急に現れた大理石の小道に、タイジは見覚えがあった。支店長室の、お嬢のベッドへ続く道。どうやらジャングル経由で支店長室へ戻ってきたらしかった。

「この忙しい時に金……じゃない、寿命にもならないこと言いつけられたら、かなわねえな」

 と、タイジは下僕にあるまじきことを呟く。

 財務課長が、敵の本陣である支店長室に逃げ込むわけがない。それこそ飛んで火に入る夏の虫。そろりと迂回しようとしたタイジの耳に、悲鳴が飛び込んできた。

「お嬢?」

 一瞬固まってから、タイジは小道を走り出した。林を抜けると、見慣れたキングサイズベッド。そこから引きずりおろされたかのように床にへたり込むお嬢、そして財務課長。

「どうしてなんだ。どうしてあいつが死ななきゃならない? どうして俺がこんな思いをしなきゃならない? 不公平だろう! 世の中、何の苦労もしなくたって長生きするやつらがいるってのに――」

 財務課長がタイジに気づき、言葉を切る。

 今朝まで気弱なサラリーマンにすぎなかったその目は絶望的に血走り、髪はぐしゃぐしゃだった。逃亡の途中に脱いだのか脱げたのか、財務課長はTシャツ一枚に泥まみれのズボンでお嬢の両腕をつかんでいる。

「俺は知ってるぞ。支店長はこの下僕に十八年も寿命を貸してやってんだろう。下僕に貸してやれるなら、財務課長の俺が少しくらいもらったっていいだろう。答えろ、支店長! あいつに寿命やってくれよ。頼むよ……」

 お嬢は財務課長を見上げて大きく目を見開き、唇を震わせたまま硬直していた。蒼白なその顔に張り付いているのが圧倒的な恐怖と衝撃なのに気づくと、タイジは力まかせに財務課長を蹴り飛ばした。

「ここにいやがったか、虫ケラめがぁ!」

 財務課長が吹っ飛ぶ。タイジはお嬢の前にひざをつき、凍り付いている瞳を覗き込んだ。

「しっかりしろ、お嬢――」

「さわんないで!」

 瞬間的にお嬢は身を引く。ベッドのふちが背にぶつかると、それに沿ってさらにずるずると後退する。

「さわんないで、さわんないで、さわんないで……」

 立ち上がろうとしても、お嬢の脚は言うことをきかないようだった。

 生まれたての小鹿か、アンタは――何度も腰を抜かすお嬢に、タイジは両手を挙げて触らない意志を示した。

「何を好き好んで、俺がアンタに触らなきゃならんのよ。初めて会った時に言ったろ、チェンジさせろって。それよか、こいつどうすんの? 支店長の指示は?」

 へたり込んだまま喉元のブラウスをぎゅっとつかんで、お嬢は何度も息をついた。タイジの言葉が少しずつ耳に入っていったのか、ゆっくりにらみあげる。

「この鎌でサクッと成敗しちゃっていいのか?」

「……虫ケラ未満の下僕が、虫ケラを裁けると思ってんの」

「あ、やっぱそうなのね……」

 お嬢はタイジの手から大鎌を受け取り、それにすがるようにして立ち上がった。胸を一段とふくらませて大きく深呼吸する。床に倒れ込んでいた財務課長に、鎌をズイと突きつけた。

 その瞳にいつもの不遜さが戻ってきているのを確かめて、タイジは内心胸をなでおろす。

「財務課長、君は永久追放。ブレイクで稼いだ寿命はぜーんぶ没収。奥さんは今夜が峠になるんじゃない。君が不公平だと文句を言った神様にでも、慈悲をお願いしてみたら」





::: 4 ::: break the faith intentionally...わざと約束を破る



「支店長に用事? 入れば。ケツむき出しで寝てるけどな」

 夜、新たに財務課長に就任したブレイカーが支店長室を訪ねてきた。が、タイジの答えを聞くと困りきってもじもじする。

「呼んで来てはもらえないかな? ごあいさつしたいのだが」

「寿命三日分くれんなら考えてやってもいい。コメツキバッタの小切手、不渡りになっちゃったのよ。後任のアンタが責任取ってくんない?」

 こうしてまんまと新財務課長の小切手をせしめ、タイジは支店長室へ入る。

「支店長、次の財務課長が来てるぞ」

「うるさいのー……」

 珍しいことに、お嬢はケツを出していなかった。毛布を頭からかぶって丸まっている。

 こりゃこたえてんな。アイツから流れ込んできた感情がよっぽど不快だったのか。前財務課長の絶望や怒りにあてられちまったか――タイジはため息をひとつつくと、勢い良く毛布をひっぺがした。

「やーん、もう!」

 毛布の下ではやっぱりケツを出していた。しかしお嬢はお尻でなく顔を隠す。泣きはらした目をしているのを、鋭い狐目は見逃さなかった。

 タイジの手はお嬢に伸ばされかけて、心得という見えない壁に阻まれる。さわんないで、と言った姿が脳裏をよぎった。

「起きてくれよ、お嬢……」

 俺に同調して泣いたお嬢だ。もしかしたら、裏切った前財務課長にまで泣いてやったのかもしれない。一寸の虫ケラにも五分の魂、と情けをかけたのか。いやいや、いくらなんでもそれはアホすぎる。アホすぎるとは思うが、こいつのアホは底なしだし――ずかずかとベッドに上がると、タイジはいきなりお嬢の胸をわしづかみした。

「起きろお嬢、搾乳すんぞコラぁ!」

「きゃーっ! なぁにこの、エロ下僕ーっ!」



「アフロにされたの、タイジさん。バカだねー」

 黒こげで支店長室から蹴り出され床に倒れたタイジに、カイがもの珍しそうな視線を向ける。

「もっと大局的な見地をお願いしたい。お嬢が雷を落とせるなんて聞いてなかったわ。仕置き代行するおまえもファイもいねえから、制裁できまいとタカをくくった俺もアホだったが……」

「お嬢様はこの世界では神様みたいなもんなんだよ」

 カイはしぼったタオルでタイジの顔からすすを拭き落としながら呆れる。

「だったら、財務課長にもさっさと雷落とせばよかったじゃねーか……」

「だからー。お嬢様はわざわざ、寿命半年を稼ぐチャンスをみんなにあげてるんだよ」

 狩猟の指揮を楽しんでるようにしか見えなかったけどな――悪態をつき、ぶすぶす煙をあげているシャツを脱ぎ捨てる。タイジは、カイがふと神妙な顔をしたのに気づいた。

「あのう、タイジさん……ごめんなさい。ボク、悪いこと言っちゃった」

「なんだ?」

「タイジさんだって、生きたくってここにいるのに」

 しゅんとしおれているカイ。タイジは二、三回瞬きしたあと、壊れそうな心臓が眠る小さな胸に軽く拳を当てた。

「懸賞寿命、山分けしような」

 えっ、とカイは弾かれたように顔を上げる。

「おまえと二人であそこまで追い込んだんだろーが。いらねえとか言ったらおまえ、ケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ……」

「えーっ、腸って何メートルもあるんだよ、知らないの? 物理的に無理じゃん」

 寒い。またしても寒い。支店長も支店長なら、秘書も秘書だ。こいつらなら地球の温暖化に対抗できるかもしれない。地球に優しい天然素材とでも銘打って、地球サミットに送りつけてやろうか。匿名の返品不可で、もちろん送料は受取人払いだ――タイジがみみっちいことを考えていると、ばったんと支店長室のドアが開いて、お嬢が姿を見せた。

「カイ、出かけるよー! バス回させて」

 お嬢はアフロのままのタイジと目が合うと、思いっきり顔をしかめた。

「もう。ファイみたいにスマートに立ち回ろうって気がないんじゃなーい? タイジは」

「すいませんね」

「開き直ってるしぃ。ほんっと下僕のくせして、生意気だったら」

 ぽかんとしてタイジとお嬢のやり取りを眺めていたカイが、ぼんやり呟く。

「お嬢様、落ち込んでたんじゃないんですか?」

「なぁに、それ」

 今度はお嬢がぽかんとし返す。大した役者かもしれない、この女――とタイジは密かに舌を巻く。

「バースー」

 せっかちなピンヒールがとんとんと床を叩いて、いらだちを表明する。はい、とカイは慌てて走っていった。お嬢はタイジの向かいに腰を下ろして、あふうと大きなあくびをする。

「お嬢。財務課長捕獲の懸賞金、カイと山分けするわ」

 あくびしている口に手を当てた格好のままで、お嬢はぱちくりした。

「君、山分けしてる場合? 借金返す気あるのかなぁ」

「う……」

 このペースでは到底、期日までに返済できそうにない。うめいて顔を背けてから、そういえば、とタイジは思い当たる。

 十八年七ヶ月の借金は、タイジに貸し出された寿命分だけだ。あの時、お嬢は五割増しで請求するとか言わなかったか。ファイも、お嬢は寿命ハンターだとか評してなかったか。このままだとお嬢の取り分はゼロだ。全くもうけになってないじゃないか――そう不審がるタイジのまじまじとした視線を見つけると、お嬢はもう一度顔をしかめた。

「タイジ。今度触ったら去勢して宦官にしちゃうから、覚悟しなさーい」

「安心しろ。乳が出ないのはもう確認した」

 次の瞬間、ピンクのピンヒールがタイジの眉間にめり込んだ。



 タイジ、現在三ヶ月。借金、十八年七ヶ月。返済、もろもろ三ヶ月+違反者狩りによる三ヶ月。彼はノルマを達成して、生まれてくることが出来るのか――。


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