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ブレイク  作者: シトラチネ
本編
2/15

2. Break through ―打破―  お嬢はスケープゴート

::: 1 ::: break off short...絶句する



 支店長秘書室、と言ってもそこはまるでトロピカルリゾートホテルのロビーだった。大理石の円柱に籐椅子のソファ。フロアの向こうは熱帯植物がジャングル状態に繁茂して、その奥からは猿だかオウムだか謎な奇声が響いていた。

 タイジは頭を抱えて座り込む。

「……誰か夢だと言ってくれ」

「ある意味、夢。集合的無意識世界だもーん」

「そうあっさり夢だと言われると、むしろ萎えるもんだな」

 この世界はすべてお嬢様の創造だから、お嬢様の前で趣味が悪いなんて言っちゃだめだよ、とカイが繊細な眉をひそめて忠告してくる。タイジは冷凍マグロ並にどんよりした自分の目を、カイの丸眼鏡越しに見た。

「ってことは、おまえもアイツは趣味が悪いって思ってんのね」

 一瞬硬直してから、あわわと空気を噛むカイ少年。

「タイジさんが、夢だと言えと言ったんだ!」

「悪夢だなんて言ったか?」

「でもそういう口調だった!」

「いーや俺は南国リゾート気分たぁ夢みたいにいい会社じゃねぇかと――」

 ふと顔に影が落ちてきて、タイジは黙る。見上げるとそこには一人の青年。カイがぱっと目を輝かせて走り寄った。

「ファイさん!」

 背は百九十はあろうか。ざっくり長めのプラチナブロンドに浅黒く締まった肌は、ビーチの太陽に灼けすぎたライフセイバーのようだ。明らかに日本人ではない彫りの深い顔は、整いすぎてむしろ人格を感じさせない。加えて、瞳孔に向けてグリーンからヘイゼルへとグラデーションする瞳の色は、まるで作り物のような精巧さだ。

 海外のファッション雑誌かアニメの世界にしか登場しそうにない美青年の薄い唇から、驚いているタイジに向けて第一声が発せられた。

「子供をいじめるのは良くありませんよ。ゲロダサ」

 タイジはゲロダサ、が未知の外国語における『やめなさい』に相当するのではないかと考えた。それくらい、この上質なスーツを軽やかに着こなす外人モデルのような男の口から出てくるには不釣り合いな言葉だったのだ。

「ファイ、もう来てくれたんだー」

「あたりきしゃりきのこんこんちきでございます、お嬢さん」

 騎士のようにうやうやしくお嬢に頭を下げるその姿と裏腹に、青年はまたしても不似合いなセリフを口にした。

「お嬢さんのお呼びとあらば前付き人たるこのファイ、Bダッシュで睡眠薬の一ビンや二ビンいただきマウス」

「あ、あっちでは朝か」

「ノープロブレム。どうせヒマジン学園しておりましたので」

「ま……待て! 何だ、何なんだその死語の羅列は!」

 ようやくそれらが外国語なんかでないことを認め、タイジは叫ぶ。

「金髪碧眼でベタベタな死語を言うな! 脳がねじれてくるわ!」

 抗議に驚いた風もなく、青年はひょいと肩をすくめた。その外人らしい仕草はあまりに自然なのだが。

「めんごめんご。お嬢さんの言いつけですから、ゆるしてチョンマゲ」

 それでも構わず繰り出される懐かしすぎる言葉に、タイジはめまいを覚えた。

「ファイ、これがタイジ。拾った行き倒れ下僕」

「拾った言うな。行き倒れてもいない」

「タイジ、この人がファイ。前の秘書くんでーす」

 俺は『これ』で、こいつは『この人』か。下僕は人扱いじゃないのか。いやお嬢は踏んだり割箸でつまもうとしたり、最初から俺を人扱いしてなかったぞ――と憤慨しているタイジに、ファイは白く輝く歯を覗かせて爽やかな笑顔を見せた。

「4649」

 文字になっていなくても、タイジにはそれが数字で言われたヨロシクであることが分かった気がした。

「芸能人みたいなしょうゆ顔ですね。お嬢さんがお造りになったんですか?」

 その言葉にタイジは、一瞬忘れていられた容姿に関する悪夢を思い出させられた。

 三ヶ月の胎児にすぎなかったタイジは、お嬢によって十八歳の容姿を与えられ――貸し出されたというべきか。自分の姿を鏡で見させられた時、たっぷり一分は口もきけずにいた。そこには、狡猾な狐が女をたぶらかそうとして化けて出てきたみたいな顔があったのだ。

 ファイとは対照的な黒い髪は腰まであり、後頭部で無造作にまとめられて狐の尻尾を形成している。背の高さと骨の太さがなければ、一見男か女か迷うほど肌は滑らかで白い。人の心まで切れそうに、長く切れ上がった目尻。そこに収まる熱のない黒い瞳。

 お嬢は固まっているタイジに向けて、シャツのボタンは二つ以上とめてはいけないとか、人懐っこい笑顔を見せてはいけないとか、理解不能な命令をとうとうと並べ立てた。そこに至って初めて、タイジはお嬢の人形にされたことに気づいたのだ。

 しかし下僕契約を結んでしまった以上すべての文句は却下され、タイジは涙を飲んでこの容姿を受け取ったのだった。そうして支店長秘書室に連行され、今に至る。

「……ソース顔のアンタもおもちゃにされてんの?」

 死語には死語で対抗してみるタイジに、ファイはにっこりとうなずく。

「事故か何かで、頭も目もつぶされてしまったらしいです。ここは誰ワタシはドコでさまよっていましたら、お嬢さんが思い出すまで生き延びなさーい、と」

 そして寿命をエサにおかしな容姿を与えられて、死語を使えと命令されたわけか。似たような境遇らしいが人形っぷりに関しては俺のほうがまだマシかもしれない、とタイジはわずかな慰めを見出した。

「で、カイが目覚めてて無意識界にいない時は、タイジの調教をファイに頼むからね」

「指導と言え」

「モチのロン、合点承知の介でございます」

 集合的無意識世界では俺の意見は徹底無視か、これが下僕というものか――とタイジはうなだれる。

「俺はアウト・オブ・眼中ってやつね……」

 途端にファイがプラチナブロンドの毛先を揺らし、くるりと振り向いた。

「おお。タイジさん、死語イケてますよ。死語普及委員会でわたしと握手しませんか」

「死語にはよく反応するな……」



 お嬢が支店長室へ、カイは個人的表層意識すなわち目覚めた状態の通常生活へと消えていって、タイジはファイと二人秘書室に取り残された。請われてぼそぼそと下僕転落話を聞かせる。

「七ヶ月で十八年七ヶ月を稼ぐんですか! おっとびっくり玉手箱。驚き桃の木……」

「もういいわ」

 ファイはウーン、と唸って顎をなぞる。しゃべらなきゃ絵になる男なのにな、とタイジは嘆息した。

「そんな回収率低そうな賭けをするなんて、寿命ハンターのお嬢さんらしくないですね。めちゃんこヒマ人してたんでしょうか」

 俺は退屈しのぎに下僕にされたのか、とタイジは屈辱に震える。

「じゃあまずは、下僕最初のお仕事といきましょう。お嬢さんのペットの散歩です。レッツラゴー」

 タイジはジャングルへ向けて歩き出したファイに、気持ちも体もずるずるとついていく。

「人面犬とかじゃないだろうな」

「ははは、タイジさんもなかなか死語使いですね。実際は三ヶ月胎児で見た目は十八ですけど、中身の前世の享年は二十五ですか? 三十?」

「その件に関しましては記憶にございません……げー、やべえ死語が伝染してきた」

 犬の散歩とは、下僕とは思ったより楽な仕事らしい。てっきり全裸でハイヒールで踏まれたり鞭打たれたりしなきゃいけないのかと――そこまで考えてタイジは、下僕前にすでにそんな扱いを受けていることを思い出して気を引き締める。

 だが仕事が犬の散歩なら実は下僕の待遇もそう悪いもんじゃないかもしれない、と内心期待するタイジに、ファイはジャングルの太いパキラに結んであった鎖を解いて渡した。

「……鎖?」

「こちらがウロ子さん。あちらがクロ子さん」

 タイジが長い鎖を引っ張ると、その先は沼に沈んでいた。犬が沼に棲んでいるわけがない。タイジは唇の端が引きつったのか笑ったのか、自分でも判断できなかった。

「……胎児の俺をタイジと名づけたお嬢の安直なネーミングセンスからすると、ワニの予感がするのは気のせいか」

「ドンピシャです」

 いやワニにもいろいろある。カイマンあたりの小型ワニがペットとしてはメジャーで――と希望をつなぐタイジ。しかし沼からのっそり姿を現したのは体長三メートルを超え、最も凶暴と言われるイリエワニ。

「もう一匹、アルビノのシラ子さんもいらしたんですが。カイを振り切って目下脱走してらっしゃいます」

 あの弱々しい少年がワニに振り回されて逃げられる様子が、タイジの脳裏にまざまざと浮かんだ。むしろ扱いきれないのが普通の人間ならば当たり前だ。

 それにしてもファイはシラ子に敬語を使わなかったか、もしかして秘書はお嬢のペットより格が下なのか、となると下僕は言わずもがなか。ウロ子やクロ子が俺を食いたがったら、食われるのが俺の役目なのか――下っ端人生を受け入れる心の準備がまだないタイジは、絶望的な気分になる。

「本当はカイの仕事なのですが、すこぶる怖がってしまっているので無理なのです。彼らの散歩をこなすたびに、チップが寿命三日分出ることにしましょう」

「散歩中に食われたら、どうしてくれんの? 労災がでるわけ……ないわな」

 ファイはちっちっ、と人差し指を左右に振った。

「タイジさん、精神世界にはまだトーシロのようですね。ここでは噛みちぎられたって丸飲みされたって死にませんから、ダイジョーV。痛いには痛いかもしれませんが。ではデッパツしてらっしゃい、下僕さん」





::: 2 ::: break a bond...契約を破棄する



「寿命は寿命で受け入れる。十八年七ヶ月は返す。帰らせてもらう」

 籐椅子で読書していたファイはのんびり顔を上げる。泥まみれに流血で散歩から戻ったタイジは、その前でぜえぜえと息をついた。

「おかえりんご。およよ、クロ子さんウロ子さんに、ずいぶんとなつかれたご様子で」

「なつく相手をくわえたまま転げまわるのが、あいつらのなつき方なのか。ワニはもういい。頭の足りないガキも真っ平だ。明日死んでも構わねえから、俺は下僕をおりる」

 タイジがかみつかんばかりの勢いで言っても、ファイは悠然と長い足を組み替えただけだった。

「では次は講習といきましょうか、タイジ選手。付き人および下僕の心得その一。お嬢さんには決して触れないこと」

「ただいマンモスとでも言えば答えるのかー!」

 満足そうな笑みと軽い拍手がタイジに送られる。

「タイジさんが来てくれて一番ウハウハしているのは、わたしかもしれません。こうして死語トークでダベれるんですからね」

「好きでつきあってるんじゃない。言わねえとおまえが答えねえから――」

「まぁ、そうぶーたれず」

 お嬢がファイに死語を言わせる理由が、タイジには分かってきた気がした。こうして文句を並べ立てる部下たちの気を挫くために違いない。実際こうして効果があるじゃないか、とタイジはソファに崩れ落ちながら思う。

「ぶっちゃけ無理なご相談です。ここには警察も裁判所もありません。お嬢さんは支店長というよりも女王様なのです。お嬢さんが法律。お嬢さんとの契約が絶対です」

「あのクソガキがそんなにえらいのは何でだ」

「心得その二。お嬢さんには決して逆らわないこと」

 無視されて、タイジは唸った。

「すみま千円。どうしてお嬢がそんなにえらいのか、このドジでノロマなカメに教えて下さい」

「お嬢さんはタイジさんの耳に触れて、聴覚とそれに関連した記憶を共有しましたね」

 タイジは悪趣味なバスの中で、事故により父親が死に、母親が脳死に至ったいきさつをお嬢に引き出されたことを思い出した。

「お嬢さんは寿命を取引できる代償に、触れた相手の記憶や感情を否応なしに受け取ってしまう宿命を負わされているんです」

「だれに……どなたにざーますの?」

「魂と引き換えに願い事を叶えてくれる存在といったら、何ぞや」

 悪魔? だからお嬢は、『神様に見つかる前に引っ越さなきゃいけない』と言っていたのか――タイジは首筋がすうっと冷えていくように感じた。

「世の中には魂を売ってでも生き延びたい、神にすがらず、みずからの手であがきたいと願う者たちがゴマンといるんです」

 ファイのガラス玉のような瞳に射すくめられて、タイジは思わず視線を逸らす。カイも、そしておそらくこのファイもそうしてあがいている者のひとりなのだ。タイジは死んでしまった方が楽だなどと言ったことを、ファイの澄みすぎた目に見抜かれた気がして、居心地が悪くなった。

「けれどここの相談員・ブレイカーになることで、魂を売ることなく寿命を稼ぐことができる。お嬢さんは代償をおひとりで肩代わりなさっている。ブレイカーたちのために、いわばスケープゴートになったのです」



 スケープゴート――他人の罪を背負い、いけにえになる者。古代ユダヤ人が年に一度、人々の罪を背負わせて野に放ったヤギ。

 心理学では、集団や他人のミスなどの責任を、身代わりに背負わされる人間・存在。集団の中にひとり犠牲者を作ることで、集団が円滑に保たれるもの。

 例えば経営難や事故を起こした企業において、引責辞任するトップ。家族や親族の問題を一身に抱えさせられて、鬱になったり自殺していく者。さまざまなうっぷん積もらせたクラスのいじめられっ子。

「ユングにおける投影、か……」

 社会や心に必ず存在する影は、目を背けるには限界がある。それを他者に投影し攻撃する――スケープゴートを求めることで、安定を保とうとする。

 寿命の限界を見てしまった者が己の運命を嘆き、神を呪い、その怒りを誰かに向ける時。寿命を欲して夢を見る時、そこにある救済システムがブレイクであり、怒りの矛先のスケープゴートとしてのお嬢なのだ――タイジはそれが自分自身にもあまりに当てはまっていることに気づく。

「お嬢があんなアホなのは、わざとなのか? 過酷な運命を背負わされたはけ口として馬鹿にしたり、憎んだりしやすいから……?」

「心得その三。お嬢さんの心を乱さないこと」

 ファイは静かな微笑を浮かべて、広い秘書室を眺め渡した。

「この世界はお嬢さんの精神力で物質が固定されています。お嬢さんの気持ちが弱くなれば、ブレイクは崩壊します。ブレイカーたちは寿命の残高が少ない者から、次々に死んでいくでしょう……南無三」





::: 3 ::: break through...打破する



 支店長室のドアをノックしても、返事はなかった。タイジは少し迷ってから、ノブを回してみる。ドアはすんなりと開いた。

 中はまるで放し飼いの動物園だった。奥へ続く小道の左右にはジャングルが茂り、昆虫やら小動物やら鳥やらがあちこちで動き回っている。

「俺よりよっぽど厚待遇じゃねえか、こいつら」

 バナナの葉をくぐりながら、タイジはふと考える。お嬢が動物をこうもはべらせるのは、動物ならお嬢が触っても見たくないような感情を持ち合わせていないから安心なのではないか、と。

「そういえば俺に制裁を加える時も、カイに命令して代行させてたな……」

 触ることで相手の余計な記憶や感情が流れ込んでしまうのを避けていたのか、とタイジは合点する。

 タイジの聴覚から両親の事故の記憶を引き出した時、お嬢は泣いた。俺の代わりに泣いてくれたのかもしれない、とタイジは思う。生まれる前に両親を奪われて、泣こうにもタイジはまだ三ヶ月の胎児。泣く器官さえ持ち合わせていなかった。

 お嬢から貸し出された掌に視線を落とす。狐が女をたぶらかそうと化けて出たような容姿であろうと、タイジは泣く術をようやく与えられたのだ。

「いまさら、涙なんか出ませんて」

 お嬢に振り回されて、泣いてるどころじゃなかった。事故という悲惨な境遇に対する嘆きはいつの間にか、下僕の身分に対する嘆きにすりかわっていた。運命や神に対する恨み言は、お嬢をスケープゴートにして、お嬢に対してぶつけられようとしていた。

 立ち止まり、タイジは光と色と音、そして生命が乱舞するジャングルを見上げた。タイジにはこのおかしな支店長室が急に、神に忘れられた者たちのオアシスのように思えてきた。

 熱帯雨林の木々が途切れると、天蓋つきの巨大なベッドが現れた。バスガイドの制服は脱ぎ捨てられ、お嬢はブラウス一枚でうたた寝している。

「会社で、ケツ出して寝る支店長がいるか……」

 いるな、ある意味夢の世界には――と、タイジはあきらめのため息をつく。そしてベッドから落ちかけていた毛布を引っぱり上げて、お嬢にかけてやった。

 溜まってるから巨乳女の夢なんか見るんだ、処理すべく襲っちまえとか、スカートと腿のあいだを覗き見しようとか、ついさっきまでそんなことを考えたはずの相手。それが半裸でベッドで寝ている絶好のチャンスだというのに、タイジはお嬢に触れる気にならなかった。

 触った途端に自分の記憶や感情が見られてしまうから、という理由とは違うように思えた。

 夢でワニに噛まれても死にはしない。ケツを出して寝てても風邪はひかない、それでもタイジはお嬢のお尻をさらしておくのがためらわれた。

「お嬢。俺、下僕やってみるわ。激しく自信ないけど」

 話しかけられても、長いまつげはぴくりともしない。

「アンタが本当のアホなのか、知りたくなっちまったしさ」

 すうすうと幼い寝息が続いている。

「誤解すんなよ。毒を食らわば皿まで、ってやつだから……」

 そう言うとゆっくり回れ右をして、タイジは再びジャングルの小道を歩き出す。そこへ、寝言のように小さな声が届いた。

「下僕の身分で生意気なこと言わないの、おばか……」

 タイジはベッドに背中を向けたまま、くすりと笑った。

「へーい。失礼しました、お嬢様」



「すっきりとチョベリグな顔になりましたね、タイジさん」

 秘書室で寛いでいたファイは、支店長室から出てきたタイジを見上げて上品に笑う。

「冗談はよし子さん。あきらめついただけ」

「これが相談員・ブレイカーの仕事なんですよ、タイジさん」

 ファイの、流し目に近い含み笑いがタイジをたじろがせる。

「わたしは下僕なんてとんでもハップン歩いて十分、にっちもさっちもどうにもブルドッグと行き詰ってたタイジさんを、やる気にさせることに成功しました。本来なら、悩み解決の報酬に寿命十日分ほど頂きたいところですけれど――」

 あんぐりと、タイジの口が開いた。それが目に入った様子もなく、ファイは手にしていたカップから優雅に紅茶を飲み下す。

「わたしにとっては、大切な死語マスター同士ですから。今回は無報酬にしておいてあげましょう」

「マスターなんぞでないわ!」

「では講習の続きをしましょうか。心得その四、お嬢さんの実生活について聞かないこと」

「頼まれたって聞くかー!」



 タイジ、現在三ヶ月。借金、十八年七ヶ月-ワニの散歩代行による三日。彼はノルマを達成して、生まれてくることが出来るのか――。


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