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ブレイク  作者: シトラチネ
クリスマス編
15/15

15. Xmas in Break ―祝祭―  愛のそりで切り拓け

::: 1 ::: break a leg...頑張る



「クリスマス? くだらねー、この万年トロピカル・ジャングルにクリスマスなんて来ないのよ」

 秘書室のカウチに寝っ転がり、仰向けの胸の上に置いた器からアイスをすくい取って、タイジは怠惰な昼下がりを満喫していた。

「タイジさん、冬がなくてもクリスマスは来るんだよ……」

「分かってるわぁ! 親父だと知った瞬間、俺のサンタは死んだんだ!」

「うわー、やだなーこんな五歳児」

 カイの声がくぐもっているのは、鼻をつまんでいるからだ。何しろタイジが胸の上に置いているのはドリアン・アイス、くり抜いたドリアンの巨大器入り。お嬢の気まぐれクッキングから生まれた、恐るべき嗅覚破壊能力を持つ食物兵器である。

 初めこそ便器と仲良しになりながら試食させられていたタイジだが、今やすっかり病みつきになっていた。愛が勝ったのか、味蕾細胞が生存を諦めたのかは定かでない。タイジはそのひとすくいをカイに投げ付ける。

「わーエンガチョー、透明バリアーっ! ボクそれ嫌いだ」

「嫌いでケッコーコケッコー! くらえ必殺、ドリアン・ロケット・パーンチ! ふー、ふー!」

「うう、屁のつっぱりってこんなかな……」

 死語の飛び交う喧嘩をいたく満足気に眺めていたギャラリー、それはもちろん死語のゾンビマスター・ファイである。

「お嬢さんは幼い頃から入院なさってましたから、家でメリクリ! なんて思い出はないでしょうねえ……」

 ドリアン・アイスの器をカイの頭にかぶせようと奮闘していたタイジは、ファイの呟きにぴたりと止まる。

「見上げるほどのツリーに、お嬢さんの好きなピンクの電飾。ハートのオーナメント。雪に見立てるのは綿でなくて、たっぷり繊細なレース……なんて、喜んで頂けるでしょうね。困ったことに、肝心のツリーがありませんが」

 タイジは二、三度瞬きをして、中空を仰いで、カイの上からもそもそと身を起こした。

「……俺、ちょいとジャングル散歩に行ってくるわ……」

「チェーン・ソーなら物置にありますので」

「ありがじゅう!」

 ダーッ、とぐーたらから一転、タイジは弾けるように走り出した。背中を弱々しいカイの声が追いかけてくる。

「あんな大人もやだ……」



 三時間後。固まりかけたゴムの樹液に足をもつれさせ、猿の引っかき傷をこさえ、瞼をお岩のように腫らしてタイジは秘書室へ倒れ込んだ。およよ、と非常にわざとらしい驚きっぷりでファイが紅茶のカップから顔を上げる。

「バナナの木を伐採しようとしたんですか? 猿が許すまじ」

「遅かりし由良之助。そういうことは、先に言え……」

「夾竹桃の樹液は、触るとかぶれて腫れますよ」

「アンタ期待してたくせに……まんまと近藤いさみ足しちまったわ」

 ファイが救急箱を肘掛けにして待っていたのが証拠だ。それを渡されたカイが、深い深い溜息をつきながら手当てを始める。

「で、タイジさん……手ぶらで逃げ帰ってきたの?」

「うーん、松を調達しようかと思ったんだが、どうもピンと来ないのよ……」

 想像力貧困なタイジは、ブレイクのある集合的無意識界で自由にモノを作り出すことが出来ない。タイジがクリスマス・ツリー用の木を伐採してきたとして、そこに飾るものの生産はファイに頼ることになる。

 いっそモミの木もファイに作ってもらえば完璧なツリーが出来るだろうが、一切タイジの手が入らないことになる。それではタイジがお嬢に対して、一体何をしてやれたと言えるのか。

 お嬢に対してはまず俺が、俺が、俺が――お仕え精神に火がついたタイジは、光線が出そうな勢いでファイを指差した。

「ファイ、モノが作れるからっていい気になるなよ! 俺はお嬢のどんな殺人デザートだって食ってみせるわ!」

 タイジの指の下で、カイがぽかんと口を開けている。一方、宣戦布告されたファイは落ち着いて微笑み返してくる。

「カイ、これを補償と言います。ある事柄でコンプレックスを持つ者が、別の事柄で優位を得て劣等感を補填しようとする行動です。素直にシャッポを脱げばいいものを……」

 ちらりと横目で一瞥されて、タイジの対抗心は燃え盛った。

「おのれこしゃくなっ……見てろファイ、バビらせてやるからなー!」

 またしてもダーッと駆け出すタイジの背中へ、またしてもカイの声が追いかけてきた。

「相っ変わらず、焚き付けるのうまいですよね……」

「五年間、平和ボケさせられましたからね」





::: 2 ::: break an illusion...幻想を破る



 カトレア、胡蝶蘭、ブーゲンビリア、カンナ、アルストロメリア、コーラルハイビスカス、シンビジウム、睡蓮、ディプラデニア……タイジがジャングルからもぎ取ってきた、ありとあらゆるピンクの花々が巨大な円錐形に盛られたテーブル。それを前に、お嬢はブラウンの瞳をぱちくりさせた。

「……こんなに食べれないけど?」

「エディブル・フラワーじゃない、食うな! これはだな!」

 アンタの好きなピンクだけで作った、クリスマス・フラワー・ツリーだ――などと怒涛のピンクより恥ずかしい台詞を、タイジが口に出来るはずもない。

 ようやくそこで思い当たれば花がドン・ガバチョと盛ってあるだけであって、クリスマス・ツリーだと言われなければそうとは見えない。てっぺんに星飾りでもつけとけば良かったとか、そんな事を考えてもアフター・ザ・フェスティバルである。

「こっ……これは、だな」

「これは?」

 むんむんむんむん、と山盛りの花々が発する香りのせいか、タイジは頭がフラフラしてきた。言えない、言えるわけない、このままドロンしちまおう――不思議そうに見上げてくるお嬢の視線を断つように、タイジはひらひらと手を振った。

「食ってくれ……無意識界じゃ、何食っても死なないからな……」

「ふぅん……?」

 首を傾げるお嬢に背を向けて、タイジはズルズルと部屋の隅っこを目指した。のの字だ。のの字を書かねば。俺はファイに敗北したのだ――コンプレックスに打ちひしがれるタイジの耳に、ファイのえらく楽しそうな声が聞こえてきた。

「ではお召し上がり下さい、お嬢さん。ドレッシングはハーブソースでいかがでしょう?」

「オッケーイ」

 食わせる気か、ファイ。ああそれもいいさ、ドリアン・アイスを作る女だ。

「お、お嬢様、それはクリっ……ぐはっ!」

 そういやラスト・エンペラーの映画じゃ、廃人女が悲嘆にくれて花食ってたな。

「さあさ、ボナペティート」

 俺も後で食ってみるか、ドリアン・アイスに添えて。何か常人には見れないモン見れちゃいそうな気がするわ――遠い目をするタイジの背後では、皿とフォークがぶつかるカチャカチャという音がしている。

「いっただっきまー……」

「――待てぇぇぇいっ!」

 ブンッと振り返ると、タイジは歌舞伎の決めポーズのように手を突き出す。

「そいつはクリスマス・ツリーだ、食うな! 飾れ! 祝え! あっちの世界じゃ出来なかったことを、俺が全部」

 フォークに刺した花弁をまさに口に入れようとしていたお嬢は、そのままの格好で固まった。瞳だけがくりっと動き、タイジの視線と向かい合う。

 部屋の隅からぶっ飛んできたタイジは、その勢いで口も滑らせた。ピキピキと顎が音を立てたが、タイジはごきゅっと唾を飲んで覚悟を決め、息を吐きながら呟く。

「俺が全部……してやる、から」

 お嬢の手から滑り落ちたフォークが鳴らした、ちゃりんと高い響きは鈴の音に似ていた。



 Jingle, bells! Jingle, bells! Jingle all the way!

 Oh, what fun it is to ride, In a One horse open sleigh!


 鈴を鳴らせ、鈴を鳴らせ、はるかずっと遠くまで!

 そりに乗るのは楽しいな!


「生きるのって、そり遊びに似てない? 上がったり下がったり、ひっくり返ったり。でもそれが楽しいのー。寒いほど、一緒にそりに乗ってくれてる人のあったかさも分かるし」

 秘書室から聞こえてくるカイの陽気な歌に耳を傾け、お嬢が微笑んでいる。支店長室のベッドで上がったり下がったりひっくり返ったりしていたタイジは、まだ火照っているお嬢の白い肩を抱き寄せた。

「そうだな」

 出会った頃は支店長を演じようと虚勢を張っていたお嬢だったが、素直に語るようになった。瞳に穏やかな光を宿すお嬢の頭を、タイジはよしよしと撫でてやる。

「ねー、でも」

 顎先に指を当ててお嬢が首を傾げると、ふわふわの茶色の髪がシーツに流れ落ちた。

「これってサンタさんの歌じゃなーい? One horse open sleigh ……って、そりを引くのは馬じゃなくてトナカイでしょー?」

「……夢を壊すようで悪いが、お嬢。ありゃただ、そりに乗るのは楽しいなーと歌ってる曲で、サンタとは関係アチャコよ」

「えーっ! ショックー、クリスマスの歌だって信じてたのにい! やーん、タイジの意地悪ーっ!」

「いて、いててっ締めるな、千切れる!」


 Jingle, bells! Jingle, bells! Jingle all the way!

 Oh, what fun it is to ride, In a One horse open sleigh...




::: Xmas in Break the end :::


"Jingle Bells, or The One Horse Open Sleigh"より一部歌詞を引用。作詞はJames Lord Pierpont氏(1822 - 1893、米)。(アメリカでの著作権保護期間は基本的に没後50年まで。この歌詞の場合は延長申請があったので+20年の70年。没後70年以上が経過して著作権保護期間は終了しています)

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