二十話 旅のお供に1本いかが?
「皆、おはよう」
昨日と同じ様にクエストボードの近くで皆と集合した。
昨日の様なテンションの高さは窺えないが、ある意味昨日の迷宮探索で俺の作成した魔具が使えると分かったのだ。皆嬉しそうな雰囲気だ。
――ある1名を除いて――
「おはようございます」
1番に挨拶してきたのは礼儀正しいメリンダだ。
続いて――
「おはようセージ」
「おはよう」
「……おはよ~」
エルマ、フィービー、キャメルの順に挨拶をしてくれた。
「キャメル、どうした?
なんか元気が無いみたいだけど」
昨日はかなり元気良かったのに、今日はお疲れみたいだが……。
キャメルの金髪ウエーブも、ちょっと絡まり力無くたれている様にも見える。
「……2日前はね、楽しみであんま眠れなかったの。
昨日は嬉しすぎてあんま眠れなかったの」
…………お前は極端過ぎるぞ! もっと丁度良いラインというものをだなぁ……まぁ良い。次に期待しよう。
「今日は大丈夫なのか? 戦闘時に集中力が切れると命取りになるぞ」
「大丈夫。朝起きた時より大分良くなってきたから。迷宮へ行くまでに万全に整えてみせるよ」
頼むよ。
「さて、冗談はそれぐらいにして今日の予定に入るぞ」
いや、冗談ではないと思うが……はい、黙ってますから睨まないで。
「先程クエストを見ていたら、今日もオアシスの水採取が有った。このクエストを受ける。そして、39階層を攻略するぞ。
みんな、それでいいな?」
「良いよ。今日あの『砂漠』エリアを攻略しよう」
「そうですね、私もそれが良いです。
明後日からは迷宮変化期の前段階に入りますから、丁度良いですしね」
「そっか~。もうそんな時期なんだね。わたしはまだ2回しか体験してないから忘れてたよ。
あっ、了~解。わたしもそれで良いよ」
「了解」
しまったなー、俺も忘れていたよ。
でも、問題ないし丁度良かったな。これで変化期を迎えると、また35~39階層までのマップを埋める作業をしないといけなかったもんな。
「それでは出発だ」
またテレポーターで35階層に下り、昨日通った道やマップを確認して最短距離を歩みオアシスまで辿り着いた。
今日は休憩などせず、水を確保したら留まる事無くさっさと奥へ進む。
出現する魔物の攻略方法も確立され、倒すのが簡単になったおかげで攻略スピードが大幅に増したのだ。
まずフィービーが遠距離魔法で攻撃して、生き残った魔物を俺が先頭で足止めをする。エルマは俺をすり抜けたのと追加で出現した魔物の対応をし、キャメルとメリンダは状況に応じて補助魔法などを掛ける。
ここでは地中に魔物が潜むので、フィービーが魔法を使う機会は存外に少ない。それに伴いエルマの働きが重要になってくる。
まぁ、魔力の温存に繋がるので無駄撃ちが減ったとポジティブに考えよう。
しばらく進み、38階層で他のパーティを見掛けた。
そのパーティは砂漠のど真ん中に座り込み、立ち往生しているみたいだ。
「皆、声を掛けてみる?」
何か問題が起きている様子なので、皆に助けるかどうか聞いてみた。
「そうだな。
我々に手助けが出来るのかだけでも聞いておこうか」
エルマ以外の皆も了承しているので、助ける事には積極的に賛成の様だ。
迷宮では他の探索者と助け合う事が良くある。それは物資の売買だったり情報の交換だったりする。戦闘だけが助ける事に繋がらない。
彼らも探索者の端くれなら自身が死ぬ事も勘定に入れているはずだが、むやみやたらと死者を出す理由はない。
現に仲間も、自然と助ける行動に出ている。
探索者の中では暗黙の了解としてこれらの事が伝わっている。まぁ、それを無視する奴や、相手の弱みに付け込んで無茶な要求を伝えるバカも居るのだがな。
さて、問題のパーティが把握出来る距離まで近づいた。
さっきは、600メートルぐらい離れていたし、ユラユラと陽炎まで出ていて人数や装いまで確認出来なかった。
現在はかろうじて輪郭が確認出来る。
こちらが向かっているのに気が付いたのか、向こうの1人が立ち上がり、大きく手を振り合図を送ってきた。
「向こうも気が付いたようだな」
「助けを求めているみたいです。
急ぎましょう」
それから直ぐ駆け足気味に移動した。
近づくにつれ全貌が見えてきた。
1人の男性探索者が横になり、苦痛か何かで呻いている。その側にいる男女の探索者が、布の様な物で倒れている探索者の体をあおぎ話し掛けている。最後の1人が俺達に合図を送り、現在は水を飲ませている。
状況から察するに脱水症状か負傷を負ったのか、あるいは何か状態異常系の攻撃を食らったかのどちらかだろう。
「来てくれてありがとう。
俺はシグマ。"灰熊の牙斬"と言うパーティのリーダーだ」
「私はエルマ。私たちは"夢追い求めし狩人"だ」
エルマの発言に、シグマや倒れている探索者をあおいでいる2人も一瞬動きを止め、表情を驚愕に固定し息を詰まらせた。
「――っあ、ああ、君達がそうなのか……」
「とりあえず、今はそこに倒れている彼の治療が先決だと思うのだが、どうだ?」
「すまない。正直少々驚いてな」
今話題を集めているパーティだからな。しばらくすればその熱も冷めるだろうが、今少し時間が掛かるだろう。
シグマは一旦ため息を吐き、動揺を鎮めてから話し始めた。
「倒れているのは仲間のヒックスと言う奴だ。
この階層から出て来る砂漠クラゲに水分を略奪され、麻痺毒を食らって身動きが取れなくなってしまった。
水分は補給出来たし怪我も治したが、麻痺解除薬をすでに使い切ってしまったんだ。
もし余っているなら売ってもらえないだろうか?」
ジェリーポイズンとは、砂漠で活動するスカイフィッシュと似ていて浮遊する。だが、スカイフィッシュと違い動きは遅く、殆ど風任せで移動し、獲物を見つけた時のみ多少速く動く程度の魔物だ。しかも、体の構成物質は海にいるクラゲと同じで90パーセントが水分だ。
攻撃方法はシンプルで、沢山生えている触手を獲物に刺し麻痺させる。動けなくなった所で獲物の水分を奪い自身の物にする。
1匹のみなら殆ど無害だ。木の棒で適当に叩くだけで追っ払える。
しかし、コイツが厄介な所は別にある。ジェリーポイズンは必ず大きなコロニーを作って皆で行動しているのだ。
最低で5匹程度だが、大きい物で70匹もの個体が集まり、巨大なコロニーを形成していたとの報告がギルドに上がる程だ。
それらが一斉に襲って来て体内の水分を吸い取る場面はかなりグロイだろう。
「俺が持っているよ。
――はい、これを飲ませてあげて」
何時ぞやに作った麻痺解除薬を雑嚢から取り出しシグマに渡す。
「ありがとう。
――ヒックスもう大丈夫だからな。これをユックリ飲め」
意識はある様で、シグマの声にヒックスの頭が微かに動く。
それを見てから麻痺解除薬を徐々に傾け、中身を全部飲ませた。
微動だにしなかったヒックスの体は少しずつ動き出し、ついには体を起こし立ち上がった。
「助かった~。
あのままだったらどうなっていた事か……。ありがとうございます。
それにしてもこの解除薬は効きが凄く良いですね」
麻痺解除薬を飲んだばかりなのに、もう動ける様になったのだ。効果の程が分かるのだろう。
腕を回したり腰をひねったりと体の調子を確かめ、安堵でため息を吐いた。
ヒックスを看病していた2人もその様子を見て、嬉しげに肩を叩き話し掛けている。
ヒックスの元気な様子に、シグマもやっと一息ついたといった感じに表情を緩ませた。
しばらく喜びを分かち合っていたヒックスは、一段落がついたところで再度話しかけてくる。
ただし、少し表情が雲って見える。痺れていても話し声は聞こえていたのだろう。きっと料金の事が心配なのだろう。
傍目から見ても高性能の麻痺解除薬だと分かるだろうからな。
「今の解除薬は幾らですか?
手持ちで払えると思いますが……」
「そうだな……」
思った通り、料金を心配していた様だ。
だが、実際幾らするんだろう? 薬を直接買った訳でもないし、大半は自分で取ってきた物ばかりだからな……。
――――そうだ!
「えっと、ジェリーポイズンと戦ったんだよね。
その素材を集めた?」
「はい。遭遇戦でイキナリ襲われたんです。
その戦闘で素材は7つほど手に入れましたが……それが何か?」
確か素材は"あれ"だったはず。なら――
「その素材を全部貰えますか? それと交換で良いですよ」
それを聞いたヒックスは首を傾げ不思議そうな顔になる。
横で話を聞いていたシグマも同じ様な顔になり、問いただしてきた。
「それで良いのか?
7つ程度ではそちらの足が出るだろう?」
「丁度欲しかった所ですから、戦闘もなく手に入るなら安いものですよ」
シグマは顎に手を置き考えていたが、チラチラとヒックスや後方の男女へ視線をやり、アイコンタクトを取っていた。
どうやらシグマは実直みたいだな。自分達が有利になるのは気が引ける様だ。
「分かった。それで良いだろう。
――これがそうだ」
結論が付いたのか素材を袋から取り出し渡して来た。
もし、もう少し慎重な性格なら、借りを作ると思い追加で何か渡して来ただろうが、そこまで気にしていない感じだ。
そして、シグマから手渡された物を確認したが、"あの"素材に間違いない。
「確かに受け取りました。
そちらはこれからどうしますか?」
「今日のところはこれで帰還だ。帰ってから薬などを補充して再度潜るつもりだがな。
今日は本当に助かった。ありがとう。
そちらに困った事が起これば手助けをする。声を掛けてくれ」
シグマは片手を上げそう挨拶して去って行った。ヒックスや他の2人もそれぞれ礼を述べ、シグマの後を追う。
「俺が全部決めて悪かったね」
探索を再開して直ぐに謝る。
ヒックスの症状を診て、直ぐに麻痺解除薬を渡してしまった事についてだ。皆に何も言わなかったからな。一言いう時間ぐらいは取れたのだが、つい喋り掛け渡してしまった。
「気にするな。
セージが持っていた解除薬を渡し、セージが対価を貰ったのだ。どこにも問題などない」
「そうですよ。
困っている方を見かけ、頭で考える前に行動出来る人は、本当に優しい人なのですよ」
メリンダは持ち上げすぎな感じもするが、以前助けた事が思いのほか心に残っているのだろうな。
だけど、そこまでの事ではなく、ただ単に持っていたから渡したにすぎないのだけどな。
「ねえねえ、ジェリーポイズンの素材ってなんなの?
わたしは知らないんだよね。それだけ価値があるの?」
「キャメルは知らなかったんだな。
ジェリーポイズンから取れる素材は、魔力水だ。これ単体でも魔法行使可能な魔法触媒として使われているよ。『魔道士』であるキャメルは覚えておいた方が良い物だな。
更にこれを精製すれば新しい"薬"の素材になるんだ。
今日使用した麻痺解除薬を補充出来るし、回復薬だって作れるよ」
俺の説明で、質問してきたキャメルは理解出来たのか、納得顔で何度も頷いている。
傍らで聞いていた他の3人も納得していたが、フィービーとエルマが質問したそうにこちらを窺っている。
まず動いたのはフィービーだ。
俺に近寄り、片手で俺の腕をチョイチョイと引っ張る。
「……ワタシもそれ、持ってた方が良い?」
「う~ん、フィービーは持っていても余り意味が無いかな。
純粋な魔法使いならロッドやワンドを使った方が効率が良いからね。特に、遠距離魔法なんかは杖とかが良いよ。
付与の場合は、魔力水に付与する魔法を籠め、それを武器や防具に掛けて発動させられるから」
「……そうだね。分かった」
「私からも質問して良いか?」
フィービーが納得したところで、今度はエルマが聞いてきた。
「いいよ。何を聞きたいんだ?」
「回復薬や解除薬等は同じ素材から作られるのか?」
その質問は面白いところを突いているな。
「まったく同じでは無いけど、7、8割は同じだよ。
でも、同じ回復薬同士でも調合が違ったりするんだよね」
「どう言う事だ?」
「同じ様な効果、治癒力を持つ回復薬2つが、違う素材から作られる事があるんだ。
『錬金術士』個人の趣味趣向によって調合が変わる。治癒効果の高い回復薬を作るなら、それなりに高品質な素材を使うけど、ある程度似通っていれば問題ないんだ。
店で販売しているのは、利益の事を考えて妥協して質を落とす所もあるけど、俺は自身が使う用だからかなりの高品質だよ。今手に入る素材の中では、だけど」
調合時、純水の替わりに精製した魔力水を加えれば、治癒力の増した回復薬が作れるだろう。解除薬もだ。
「これからの事を考えて少し多めに作ってもらいたのだが……どうだろう? 素材は足りるだろうか?」
そうだな……俺1人じゃなくなったのだから、消耗品の充実も考えないといけなかったな。
確か素材は幾らか足りなかった気もするが……。
「薬草とかの植物系の素材が不足しているはず。でも、大抵の物が店で販売されているから直ぐに揃うよ」
「植物系か……」
エルマは何か考え込んでいるようだ。
先程呟いた言葉から、素材に関しての事だと思うが……何だろう?
エルマの呟きを聞いて何の事か分かったのか、メリンダがエルマに話し掛けた。
「ねえ、エルマ。今日39階層を攻略出来たら、明日は40階層へ行くよね?
変化期を迎える明後日までに45階層へ行く事なんて出来ないのだから、明日は40階層で植物の採取をしません?」
「……そうだな。本当は明日から少し長い休みにしようと思っていたが、1日ぐらい休みが減っても問題ないな。
みんなもそれで良いか?」
皆もエルマに賛成みたいだ。それぞれ了承の旨を伝えている。
エルマとメリンダの話を聞いて思い出したが、40階層からは『森林』エリアになるのだ。
植物採取に薬草の摘み取り、『森林』エリア固有の魔物からドロップされる素材などが豊富に取れるエリアだ。知識が有る者にすれば、まさに宝の宝庫だ。
「皆ありがとう。素材が大量に手に入るなら迷宮変化期の間に沢山の"薬"が作れるよ」
「気にするな。それがみんなの為になるのだからな」
そうと決まればこんな所で足止めを食らわない様に、キッチリと39階層を攻略しないとな。
その後決意新たに進んだのだが、思いの他梃子摺る事もなくテレポーターまで行けてしまった。
ちょっと肩透かしを味わったよ。
最近は日が昇るのが早くなって来た。陽射しがポカポカと暖かく眠気を誘う中、ギルドへ歩いて行く。流石に吹き付ける風は寒いが、日が更に昇ればその風も気にならなくなるだろう。
顔見知りになってきた近所の住人と挨拶を交わしながら歩み、定番になってきたギルド内のテーブルに辿り着いた。
しかし、テーブルには誰も居なかった。
今日は少し早すぎたかな?
皆が来るまでクエストでも見てみるか。良さそうな物でも見付けたいし。
クエストボードの近くにはまだ人が少なかったので、楽に様々なクエストを見る事が出来た。
いつ見ても大量に飾られているな。
流石40~49階層の『森林』エリアはクエストが多い。素材の宝庫はだてじゃないってことか。
クエストの中から、今日行く40階層で達成出来る物を探したら、素材採取のクエストを見付けた。
野草や花びら、キノコの採取だ。
野草と花びらは錬金術用に集めているクエストと、料理用に集めているクエストを複数だ。キノコも料理用みたいだが、こっちは高級料理店で出すのかクエスト達成料金が高い。
この内何個かを受けても良いだろう。何せ今日は攻略と言うよりか、正しく"探索"と言われる様な行動になるだろう。
いつもなら見逃している素材も今日ばかりは刈り尽くしてやろう。
しばらく待ち、皆が集まったところでクエストを受領し、迷宮へ向かった。
湿度が少々高く、鬱蒼と生い茂る木々で部屋内部が殆ど把握出来ない。光が射すので明るいはずだが、木々の密集具合や葉の密度が濃い所為で、20メートルも歩けば薄暗く感じる。
所々に開けた場所があり、そこまで行くと多少明るいが、全体的に暗く思える。
ここが迷宮でなく外なら虫や動物の動く音や鳴き声で騒がしいだろうが、生憎ここは迷宮だ。魔物以外の生物は探索者しか居ない。
木々が風で擦れる音以外が殆ど聞こえぬこの場所は、薄暗さと静かさで不気味に感じる。
中心部は周りに木々がある所為で風も来ない。不気味さに拍車が掛かる。
それが『森林』エリアと言う場所だ。
ここに来た直後のキャメルなんて、「さぁー! 張り切っていこー!」と騒いでいたが、明らかに表情は引き攣り、声が震えていた。
空元気もここまでくると清々しいよ。
「とりあえず順繰りに探索しよう。
セージは採取する素材を判別出来るな」
「任せて。採取出来る物は全て採って見せるよ」
「頼もしいかぎりだな。
メリンダとフィービーも採取に役立つはずだ。2人ともセージを手伝ってくれ」
「はい。頑張りましょうね、セージさん」
「お祖母ちゃんに仕込まれた。どんとこい」
頼りにさせてもらうよ。2人とも。
「ごめんね~。わたし、そう言うの全然ダメなんだ~」
「気にするな。人には得て不得手があるものだ。
しかし、その代わりに周囲の警戒を頼むぞ」
「了~解! それなら任せてよ!」
今日の隊列は、前衛にエルマが陣取り魔物の警戒。
次いでメリンダとフィービーが植物の識別と採取。ここに本来なら俺が入り一緒に採取を頑張るのだが、流石にキャメルを殿に置くのは危険なので、キャメルが入る。そして周囲の警戒をさせる。
最後に俺が植物の識別と採取、魔物に襲われた時に撃退する役目を仰せ付かった。
魔物が来た時は採取を一時取り止め、陣形を整え相対すると決まった。
「あ、エルマちょっと止まって。
メリンダ、左のギザギザになっている草を取って。それはアドキン草で、クエスト用の素材だ」
「はい、分かりました」
「フィービーは右に在る小指の爪ほどの花びらをもいで。紫色の花びらの」
「うん」
2人に指示を出している間に、俺も足元に在る甘い香りを放つ高さ10センチほどのシレンカスと言う花の根を採取する。
既に40階層に潜り3時間が経過している。その間に魔物と一切遭遇していないおかげで採取はスムーズに進み、クエスト用の素材が先程メリンダに頼んだ物で揃った。
後は自分用の素材を集めるだけなのだが、こうも魔物と出会わないと要らぬ心配をしてしまう。
「セージ、今どんな感じ? そろそろ全部揃った?」
「クエスト用の素材はね。でも、薬用の素材は4割ってところかな?
1番レアリティーの高い素材が見付からない所為で時間が掛かっているからね」
「どんなの?」
「簡単に見分けたつくなら私も探そう。どの様な物だ?」
「木だね。あまり高くなくて全長3メートル程しかないから、多分開けた所で繁殖していると思う。葉っぱは1枚1枚が手の平大の大きさで、表は緑色で裏は赤色になっている。
見れば一発で分かると思うよ」
エルマとキャメルにもそれぐらいは調べてもらった方が、本人も役に立っていると思いやる気になるだろう。
特にキャメルなんかは、警戒だけで少しだれ気味になっているみたいだしな。
「メリンダとフィービーはクエスト用の素材は揃ったから、それ以外の素材を頼むよ。
新しい素材を見付けたらその都度伝えるから」
エルマは俺の言葉を聞き入れ、開けた土地が在りそうな場所へ向かう。
俺達は素材を取りながらその後を付いて行く。
30分程度歩くと、微かに光の射す光景が見えてきた。
その時、微かに俺の感覚に触れる物があった。
それが何なのか考えたと同時にエルマの鋭い声が俺達を叱咤する。
「敵だ! 前方へ走れ!」
エルマは声を出しながらも既に走っていた。
ワンテンポ遅れ俺達も続く。
薄暗い森に目が慣れた所為で一瞬目が眩んだが、それも一瞬だ。直ぐに前方の光景が把握出来た。
その瞬間に、合成した『探索術』スキルと『超感覚』スキルをオンにした。
視界が鮮明になり、こちらへ向かって来る足音を選別し、熱源を探知し、気配を探り、開けた広場の奥から魔物の集団が突撃して来た事を感知した。
魔物は先頭から殺人蜂が2匹、怪力猿が2体、オークが1体、人食樹が3体の40階層で出現する全種が同時に襲って来た。
「キャメル、エルマの素早さを上げてくれ! フィービーはウッドイーターに火炎系魔法で攻撃! メリンダはオークへ光魔法で目くらましを頼む! 俺はキラービーを撃退しオークへ行く!」
少女達の唱える詠唱を背後に全力で走り出す。
気で強化された俺の肉体は十全に力を発揮し、周囲の風景が高速で後ろへ流れる。鼓膜へ叩きつけられる風を切る音は、俺の出すスピードが如何に速いかを窺わせる。
俺の前方を走っていたエルマを追い抜き、エルマに狙いを定めていたキラービーに右の片手剣を振るい、その薄く透き通る羽を切り裂いた。
キラービーは突如に現れた俺に動揺して動きを鈍らせたので幾分楽だった。
しかし、キラービーは元々高速移動を可能にし、膜翅目の瞳は物体をつぶさに観察している。まともに戦えば容易く攻撃を避けてしまうだろう。
しかも尻に付いている針は人間を10数分で殺してしまえる毒が詰まっている。
こいつが60センチもの大きさであるおかげで目視しやすかったが、もし小さかったら広域範囲魔法でも使わないと対処出来なかったはずだ。
羽をもがれ地面に墜落したキラービーは、左の片手剣を逆手に持ちシッカリと止めを刺す。
その最中ももう1匹のキラービーから目を離さず、警戒して周囲を飛び回っているキラービーを見据える。
一度追い抜いたエルマが俺の横をすり抜けクラッシュモンキーへ向かう。
その頃にはキャメル、フィービー、メリンダの3人が発動させた魔法が、それぞれの目標へ飛んで行く。
前方ではエルマの素早さが上昇し、ウッドイーターがその身を炎で焼かれ、オークが瞳をやられ、それぞれの魔物が悲鳴をあげている。
俺も後に続けと左右に揺れ翻弄しているキラービーに突撃する。
しかし、素早く回避するキラービーは中々攻撃範囲に捕らえる事が出来ない。
俺はノールを軽く投げ、キラービーを大きく避けさせ油断を誘う。そして、すぐさま投げナイフを高速で何本も投擲して逃げ場を誘導させる。
キラービーは飛来する投げナイフを辛うじて避け続けたが、ナイフを避ける事に終始し過ぎて俺への警戒がおろそかになった。
その隙を突き、上段切りを決めた。
キラービーは綺麗に両断され消えて逝った。
ノールは拾ったが、投げナイフは上昇気味に投げたので回収は絶望的だろう。まぁ、消耗品と思い諦めよう。
左手に握り込んだノールを確認し、新たな戦場に走り出す。
エルマは既にクラッシュモンキーを1体倒し、2体目と戦っている。
キャメルはエルマに付与を与えたら、次にはクラッシュモンキーに捕縛魔法を掛けたのだろう。クラッシュモンキーの動きがぎこちない。
エルマの援護は無用だろう。
そう判断し、宣言通りにオークと正対する。
オークは鉄の鎧に身を包み大剣を片手で振り回している。まだメリンダの魔法で目が見えないのだろう。本当に振り回しているだけだ。
オークは豚の様な顔を持つコボルトと似た様な種族だ。しかし、その体は大きく、身長は2メートルに届かないぐらいだろうか? 体に似合わぬ俊敏さを兼ね揃え、知能もそれなりにある豪傑だ。
今は目の痛みと見えぬ視界に混乱しているが、全快状態で数体のオークが揃えば絶妙な連携すら執るのである。
見た目の醜悪さからは理解出来ぬ魔物だ。
しかし、それも通常ならではの話だ。
「グギャー!」
雄叫びをあげめったやたらに攻撃している大剣の横をすり抜け、両手の剣で首を挟み切断する。
僅かに浮かんだ頭は直ぐに降下し、力の抜けたオークの体と共に崩れ落ちた。
最後に残っているだろうウッドイーターの方を向けば、既に2体はフィービーの魔法で燃やし尽くされ、残った1体も弱っていたところをエルマが持つ長剣で薙ぎ、ウッドイーターの直径50センチもある胴体を斬り付けた。
両断とまでは行かなかったが、ダメージ量は限界に達していたのか、その一撃で倒しきった。
ふぅ~、『森林』エリアの初戦闘は滞りなく終了させられたな。
一息つき、更なる魔物が出ないか確認したがその心配はないみたいだ。
火照る体を落ち着けていたら祝福品が現れた。
久しぶりの光景だな。最近はあまり見なかったが、今回の戦闘は神々の見る価値があったとの判断なのだろうか?
いつも思うのだが、いまいち基準が分からん。
そんな事を思いながらも現れた品をシッカリと受け取る。
歪みから現れたのは腕輪だった。鑑定したところそこそこ状態の良い魔法媒体の様だ。
俺は今まで媒体無しに魔法を使ってきたので、こういった物が有れば魔法行使も楽になるのだが、それが腕輪とは……普通こういう物は杖系統の物だろう? なぜこれを寄こしたのか凄く気になるのだが……。
そんな俺の思いと裏腹に、鎧はさっさと取り込んでしまった……。まぁ、良いんだけどね。強化されるのなら。
「やったー! みんな見てー! また祝福品を貰っちゃった!!」
俺と違い、キャメルはよく祝福品を手に入れている。目出度い事だ。
「キャメル、それを貸してくれ。今鑑定をしてしまうから」
「ありがとう! はい、お願いね!」
キャメルから手渡されたのは、簡素な箱に入った20本程度の紐だ。さっそく鑑定して調べてみると以下の事が分かった。
『探知の首輪:紐に血を垂らし契約した者が紐を体のどこかに巻き付けると、マップ内に居る限りはどこでも把握出来る』
といった物だった。
脳内に表示されるマップは、自身が居る階層や都市を表示してくれる。そこから外れ、街道などでマップを表示した場合は、自身を中心に10キロ程しか見る事が出来ない。
その効果を考えれば、中々良い物かもしれない。それは正しく後方支援の人間用と言った感じだ。
「――と、なっているみたいだ」
俺はキャメルに全部を説明した。
「じゃあ、これが有ればみんなと離れても直ぐに見付けられるね」
自分の強化にならない品だが、皆の役に立つと分かれば素直に喜んでくれている。
……いい子だな~。
「さて、少し早いが折角の広場だ。ここで休憩をしてしまおう。
休憩後、続けて素材の採取に励むとしよう」
エルマの発言に皆が賛成し、昼食タイムとなった。
素材の採取で凝り固まった体が戦闘でほぐれ、休憩を挟む事で英気も養われて、心機一転し探索に勤しんだ。
探索が終わり帰る頃には大量の素材が雑嚢に詰められた。
ここで揃わなかった素材は購入するしかないが、それでもしばらくはここで入手した素材には困らないだろう。
後は明日からの長期休暇を楽しみ、調合に励むばかりだ。
最近文字数が増えてきた所為か、5日投稿が厳しく感じてきました。
どこかから1,2日ぐらい投稿が伸びるかもしれません。その時はご了承下さい。
さて、セージ君と愉快な?仲間達との冒険が活発になってきたところなのに、次回は長期休暇の話が割り込んできました。
多分次回はセージ君の休日の過ごし方が主な話になるでしょうね。
「展開おせーよ」とか「飛ばす場所間違ってるだろ」とか思われる方もいらっしゃると思いますが、これが俺の限界です。少しづつでも上達しているなら嬉しいのですけど……。
感想で面白いと言ってくれる方、ありがとうございます。ここが変じゃない? と言ってくれる方、参考にさせていただきます。
読んでくれるみなさんの声援、大変嬉しく思います。
次回更新お楽しみに!