一話 頑張ります!
「良く来たなボウズ。話はアイツから聞いてるぜ」
ぶっきら棒な話しかたのわりに、良く通る優しさが隠れているような声色が後ろから聞こえてくるんだが、はて? だれだ?
振り返ってみれば、そこには体から威圧感を滲み出ている美丈夫の大男が俺を見下ろしていた。
赤く鋭い瞳に、茶髪の短めの髪をオールバックにした強面で、体付きも節々の筋肉が盛り上がり厳つい。茶色い麻みたいな服に身を包んでいるが、所々服が筋肉で可哀相なぐらい張っている。
あまり細かい事には頓着しない性格なのかもしれない。多分「着れれば良い」程度の気持ちでいるんじゃないかな?
「えーと。誰の事で、どこまで聞いているか分からないですけど、ゲートキーパーさんに送ってもらった戸田誠司です。好きに呼んでもらって良いです」
「おう。お前さんの事で合ってるぜ。
俺は、戦と闘争の神、戦神トォーラ。ボウズがこれから生きていけるように、肉体的な訓練と知識を得るためのスケジュール管理をするようにと、あの門番に頼まれたのが俺って訳よ。
さぁ、ボウズがこれから住む村まで行くぞ。話は歩きながらでも出来るかなら」
それだけ言うと振り返りさっさと歩きだしたので、俺も慌てて後を追った。
トォーラの隣を歩きながら改めて周囲を見渡す。
気温は初夏といったところで、日差しが強くなく暖かくて気持ちが良い。
俺が立っていた崖から内陸の方は、崖自体が3メートル程度と低いおかげで、100メートル先にある数10軒の家が建ち並ぶ村へ、青々と生い茂る草花の道が緩やかな傾斜と共に続いて行く。村の先には幅広な川と、鬱蒼とした森が続いている。森から木々のざわめきや、鳥や虫、動物の鳴き声 がここに居ても聞こえてくる。
今も、あの森では生存競争が繰り広げられているのだろう。
「まずボウズにはこの世界の法則から話してやる。それぞれの世界にはその世界特有の法則があり、その法則をどんだけ理解できるかが、生きていくのと過 ごしていくのに重要になってくるだろう。
そんで、この世界には寿命がねぇ。もともとこの世界の生物は種類がすくねぇから、大部分が食われたり、怪我が原因で死んじまうが、一種の数が多いおかげで生命の循環は正しく行われている。
そしてこの世界の外から来たモノは、追加で老化も止まる。門番の奴がここに送った理由が分かっただろう?」
「……つまり、トォーラさんの様な修行を付けてくれる人物が居ると同時に、寿命を気にせず長い時間をかけて技量を磨くことになるのですね」
「正解だ。あぁ、名前にさんを付けんなよ? なんか背筋がむず痒くなんだよ」
くそぅ、肩を竦ませる仕草が異様にカッコイイな。羨ましい。
「だが、餓死、病死、過労死といったものは存在するから、その見極めや治療も俺の役割に入っているがな。
俺の修行は長く辛い物が多いぞ。なんせこれは有る意味、『神の試練』になる訳だからな。耐えられなければそこで終了だ。門番に違う世界に送ってもらう事になるだろう」
「やり遂げてみせますよ。神様に修行を付けて貰える事なんて、そうそう無いですからね。修行終了まで食らいついていきますよ!」
「ふっ、良い返事だボウズ!」
そんな会話をしている内に村まで来ていた。あまり大きな村では無いので、村の手前から全ての家が確認できた。
家は全て木造一階建てで、外観は、厚めの木の板を張り合わせたような質素な造りをしている。大半の家のエントツからは煙が出ているので食事時なのかもしれない。
そんな家の周りや道には様々な種族が闊歩している。軽く判る範囲で、天使、悪魔、妖精か精霊、獣人、魔物などだ。違ったりもするだろうが、見て思いついた言葉がそれなので、見た目と一致していればそう外れないだろう。こんな混沌とした状況で、皆和気藹々と話しているのだ。不思議でしかたない。
店などは無さそうだから物々交換が主体か?
楽しそうに会話している人達? を見ると、俺もここでは楽しくやっていけそうに思える。
「ようこそ、俺達の村へ。建築した家があるのはここだけだから、村の名前はねぇんだ。だからある意味『村』が正式な名前になるな。
さて、ここが俺の家だ。入りな」
トォーラが示したのは一番手前にある家だった。トォーラが家に入るのに俺も続いた。
「お邪魔します」
「適当にその辺のイスに座ってな。今飲みもんでも持ってくっからよ」
「ありがとうございます。あ、俺は水で良いんで」
「あいよー」
入り口から見て正面に食卓と厨房。左に寝室がある。奥にもまだ部屋がありそうだが、ドアが付いているので判らない。取り合えず食卓にあるイスに座ることにした。
イスの横に荷物を置き改めて周りを見渡す。家の中も殆どが木で作られたものばかりだ。例外はかまどや調理器具、水瓶や食器類ぐらいかな?
この食卓がある居間には大小の棚が1つずつあり、大きい方の棚は扉も引き戸も無く、棚に並んでいる様々な酒や食器、食材が詰められているのが見える。小さい方の棚は大きい棚に比べ高さも幅も小さいが、奥行きが倍はありそうだし全てに引き戸が付いている。棚の上にはチェス盤が置かれ、黒い方の駒が一挙に攻め入らんとする場面で止まっている。
寝室の方は同型の棚が2つとベットが1つある。ベットには柔らかそうな布団が掛けられているし、シーツも綺麗みたいだ。棚の1つは本がビッシリと詰められていているが取り出すのが面倒にならないのか?
あれ? 言葉が通じてるな? でも本の背表紙は読めない……後で聞いてみるか。
もう1つの棚は俺が座っている所からは残念ながら見えない。
この家に入ってから嗅ぐ木の香りが俺の気分を落ち着かせる。これから住む俺の家もこんな感じなのだろか? だったら嬉しいな。
「はいよ。ボウズは水だな。俺は酒を飲むが気にすんな」
そんな言葉と共の透明度の高いガラス製のコップが置かれる。
「ええ、かまいません。それじゃあ色々教えてもらえますか?」
ジョッキに入っていたビール? を一口飲み話し出した。
「プッハー。よし、酒の補給もできたしいってみようか。
まずボウズの修行期間は50年と考えている。これは前後するだろうがお前さんしだいだ。センスが良ければさっさと終わるかもしれねぇが、まぁ努力しだいだな」
50年か。相手が神様なら50年ってのは短いと思えばいいのかな?
トォーラに頷きで答える。
「この修行は戦闘技術を鍛えるだけじゃねぇ。
他にも、罠、生物の構造、商店の経営、鍛冶、魔術や魔法、対人関係の構築、栄養学、薬学や医療、建築、錬金術、文字の読み書きに言語学、裁縫と本当に色々と学んでもらうぞ。
時間があり過ぎても本人のやる気に影響されるからな。ハングリー精神がやしなわれるぞ」
……えーと……それ、なんて無理ゲー? それを50年で?
先程の発言を撤回しても宜しいですか?
っちょ、おまっ。今、俺が顔を引き攣らせた時、唇がニヤッとしたぞニヤッと!
「安心しろ。教えるのは基礎だけだ」
「基礎だけ? 基礎しか教えて貰えないのですか?」
「あぁ。全て基礎しか教えねぇ。それは戦闘技能でもそうだ。だが、その基礎は全て、俺が必要だと思える所まで鍛えてもらうぞ。
大抵の物事は基礎がしっかりと身に付いてれば、その応用だってこなせてしまうだろう。それに基礎とは、完璧に極める事ができない。ある程度鍛えていけば、効率が良くなったり最小限の行動で最大限の効果を発揮してくれる。
剣で言えば、両手で力強く握り締め大きく振りかぶり、対象に向け全力で振り抜くのと。両手で軽く握り、対象に当たる瞬間に力を籠め刃先を立てる。そして根元から先端に向け引くように切れば、両方の対象は同じ結果になる。
さて、どっちが体力的に疲れないか? って事になるが、結果はわかるだろう。
この行動を、頭で考えなくても反射でできるようになれ。それが基礎を極めていくという事だ。
今の話は素振りの時に思い出せよ。素振りの時に何も考えないでやるのと、考えながらやるのとでは全然違うからな」
「はい。頭と体に叩き込んでおきます」
「よし。それぐらいハッキリと言えるぐらい、気持ちを固めていると俺もやりやすい。
そういえば、言葉の事を話してなかったな」
「あ、俺もそれは気になりました。言葉は通じるのに、あちらの本の文字が読めなかったので」
俺が指差したのは、寝室の本棚に並べられている背表紙の群れだ。
「まぁ読み書きはできないだろうな。
今俺と話せるのは俺が神だからってのが理由だ。神や、高位の悪魔なんかは話す言葉や聞こえてくる声を勝手に変換するからな。今までこれで困った事なんかねぇんだよ。悪いな。
ボウズはその代わり言語の勉強時間を取ってあるからな、がんばれよ。もし『神の試練』を突破できたら、どの世界でも言葉だけなら通じるような祝福をしてやるからな」
よし! また、途中でやめる事ができなくなったな! しがみついてでも合格してやる!
「話を戻して、次は生活の事だ。
ボウズの家も用意してある。生活必需品も大体揃ってるはずだ。足りない時は言えば用意してやる。食い物なんかは気にしなくていいぞ。全部こっちで用意するか、修行の過程で採ったり狩ったりするしな。
その時はがんばれよ。飯が食いたいならな。ガッハッハッハ」
本当にやめて欲しい。その声でその喋り方はキツイッすよ。まぁ顔や体格には合っているが……。
それと、上げて下げるのはやめて下さい。その首絞めたくなる……。
トォーラがジョッキを傾けるのに釣られ俺も水を飲んだが、ビックリした。
トォーラは水瓶から水を入れ、今まで話している間に温くなっていると思ったのに、氷すら入っていないグラスはまだ冷たいままだった。この作用も魔法のおかげかもしれない。
早く学びたくてウズウズしてくる。
「ひとまず説明はここまでにして、ボウズの家の案内と挨拶まわりでもしに行くか。ついでに他の修行相手や、勉強を見てくれる奴の所にも行くか」
そう言うと、さっさと酒を飲み干し玄関に歩いていく。
「ちょ、いきなりですね。コップはどうしますか?」
「そんなもんそこに置いとけ。後で片付ける」
俺もコップを置き後に続く。
俺の家は村の外側、トォーラの家から5軒隣にあった。家の外観や間取りがトォーラの家と同じだったのは嬉しい事だ。新築の匂いのする、俺の新しい住居。
「何ニヤついてんだよ、ボウズ。そんな顔してっと怖がってガキどもが逃げてくぞ」
「な、何言ってるんですか! 良いじゃないですか良い家を貰えて嬉しいんですよ。それに子供なんか最初から居ないじゃないですか」
「ガッハッハッハ。いいじゃねぇか、そう見えたんだからよ!」
思わずニヤニヤしているとトォーラに弄られた。いつか仕返ししてやる。
その後、挨拶回りで会った人達は本当にいい人ばかりで、その人達に修行を付けて貰えるとは……運が良い。
ただ言葉が通じない人も居たので早く言葉を覚え、トォーラに通訳してもらわなくても話せるようになりたい。
道を歩いている時に気が付いたのだが、家とは違う造りの建物がいくつもあった。
大きさの大小様々な物があるが、建物の入り口には扉が無く。小さいので家の半分程度、大きいので家程度。大きいのは入り口が壁の7割にもおよんでいた。
トォーラによると、獣形の生物用の家らしい。犬小屋のでっかいバージョンという事だ。中に入る生物は、犬なんて可愛らしい生き物ではないがな。
途中ですれ違った、グリズリーの倍はありそうな喋る熊を見ているからな。
彼(声からしてオスだった)ならきっと、「オレサマ オマエ マルカジリ」をやれば、本当にできそうな気がする。いや、やって欲しくはないが、そう思ってしまう迫力があった。ガクブル
挨拶まわりを終えて家に着く頃には日が沈む寸前だった。
今日の行動はこれで終わり。明日から本格的な修行が開始となり、トォーラから「今日はシッカリ休んどけ、初日で潰れるのは俺も困るからな」と笑いながら告げられた。
その温かい言葉(いつかもぐ絶対)と共に別れ、食事の用意をする。
食材は揃っていたので、かまどに火を入れ適当に料理。
全粒粉を使っているのか硬い黒パンしか無いが、パンを薄切りにして指で弾いた水を表面に飛ばす。そのパンをうっすら焼いて、見た目も味も似ているレタスもどきと、チーズ、スライスにしたトマト、カリカリに焼き油が弾ける厚めのベーコンを挟んだ少し豪華なサンドウィッチが2つ出来上がった。
パンはやはり少し固かったが中々美味しかったので、明日の朝もこれにしよう。
太陽の日差しをシッカリ受け止めた良い香りを出す布団に潜り込み、明日のからの事を思い浮かべる。
明日からの修行、がんばらなくては。
一日一話投稿している人が信じられない。
なんであの速度で書き上げられるんだ?
今回の話も説明ばかりでしたね。
説明はまだまだ続きます。
あきらめないで読んで下さい。土下座しますから。OTZ