十七話 襲撃
地震で辛い思いをしている方々がこの小説を読んでいるのか分からないですが、もし読んでいて一時でも気をまぎらわせる事が出来たなら、幸いです。
さて、俺は正門を抜けるとそのまま道なりに南へ直進したが、道は合っているのか?
「オイゲン、この道で合ってるの?」
とりあえず隣に並んで座っているオイゲンに確認してみた。
「ええ。ここは一本道で、道なりに進むとメノーシスへ着きます。
ただ、途中に町や村が無いので、全て野宿になりますが。それに、明日は渓谷を通る事になると思います。
それでも、最短でメノーシスに到着するのがこの道ですから」
うーん、時間重視ならこの道が1番かな?
「メノーシスまでの行程で注意する場所はある?」
「今日の所は無いですね。魔物も殆ど出ないらしいですよ。
でも、明日通る渓谷には山賊が出るとの噂があります」
渓谷で山賊か……。また厄介な所に網を張っているな。
「すまないが、セージ君……と、言ったかな?」
オイゲンと話していると、ハミルトン殿に呼び掛けられた。
直ぐに振り返えると、質問したそうな顔つきでこっちを見ていた。
それにしても、緩みの無い装飾が沢山付いた服を着て、姿勢を正しているが疲れないのだろうか?
これから3日も移動するのだ、もう少しリラックスしても良いと思うのだが……どうだろう?
「はい? 何ですか?」
「君はメノン出身では無いのか?」
「はい、生まれも育ちも違います。
多分聞いた事は無いと思いますが、ニホンと言う国です。かなり遠いですよ」
「……確かに聞いた事が無いな。
教えて欲しい。一体どの様な国なのだ?」
どんな国……か。
最初に思い浮かぶのは、娯楽が溢れていた事かな? 後、四季が鮮やか、か?
「普通に過ごす分には危険の少ない良い国ですね。
一般の人向けの娯楽も沢山ありますし、食材も豊富で過ごしやすいです。
1年が4つの季節に分かれていて、春は暖かな風と共に草木が芽吹き、夏は照りつける暑さに負けないよう海や川で遊び倒し、秋は木々の紅葉を肴に豊富な食材を楽しみ、冬は暖房を家族で囲み1年の出来事を話す、そんな四季折々が楽しめます。
国が海に囲まれているので、海産物を使った料理が沢山あります」
こうやって言葉に出してみると、日本という国は良い国だったな。
ハミルトン殿がどの様に受け取ったかは分からないが、俺の話はきちんと最後まで聞いてくれた。
「中々楽しそうな国だ。
私も一度行ってみたいものだ」
「私も行ってみたいです。
凄く過ごしやすそうな所みたいですからね」
他人に自分の国が褒められると、何だか体がむず痒くなる。
でも、そう言ってもらえて嬉しいですよ。
この日1日は、アップダウンの無い平坦な道をただひたすら進み続けた。
景色は良いよ? のどかな田園……ではないが、迷宮と違い、本物の風になびく草花の草原と、離れた所から聞こえる生物の鳴き声が辺り一面に満ちている。
そんな風景を背景に、野宿の場所まで何事も無くたどり着いた。
場所は、渓谷まで後5キロといった所だ。夕暮れまでまだ時間があるが、これ以上進むと水源の確保が出来ないので、ここで一夜を明かす事になった。
周囲は森になっていて、近くに川が流れている。ここを通る者は、みんな立ち止まる場所が同じみたいだ。休憩や寝泊りが出来る様に地面が整地されている。
「おい、セージ。
森で何か獲物でも狩って来てくれよ。何でも出来るんだから頼むぜ」
さっそくパシリですか。
……とりあえず、有限実行しに行きますか。
「了解。
適当に何か捕まえて来るよ」
森の中には意外と野生動物がいるものだ。しかし、隠れる場所が多く、小柄な生物は逃げ足が素早い。だから捕まえるなら罠で、殺すなら遠距離攻撃になる。それが実力者でなければ……だが。
気配を掴む感覚を広げ、獲物を探す。
この時使っていたのは、スキルで言うと『生命力探知』に当たる。生き物の魂から漏れるエネルギを探すのだ。
更に『気配察知』で生き物の意思や感情――考えている事や恐怖など――を捕らえて、位置を把握する。
これが魔物になると、知性が上がるにつれ隠すのが上手くなり察知する事が難しくなる。疑似生命体などになると、そもそも知性を獲得していない個体が多いので『気配察知』で探す事が出来なくなる。
その点動物は楽だ。理性より欲望に忠実だし、隠そうともしていないので直ぐに探し出せる。
スキルの効果も有り、獲物は直ぐに見付かった。
立派な体格のイノシシだ。足元に埋まっている根菜を探す為か、地面を鼻で掘るのに夢中になり、俺に気が付いていない。
イノシシの真後ろから気配を消して、忍び足で近づく。
――1歩、2歩……
――10メートル、9メートル……
近づくごとにイノシシの地面を掘る音が大きくなる。
あと少しという所で跳躍。イノシシの頭上に飛び上がる。
流石に何か変だと気が付いたイノシシが、頭を上げ辺りを見回そうとするが、その途中で俺の強烈な突きを後頭部に食らい気絶した。
気絶したイノシシを肩に担ぎ、川辺へ移動する。
森のど真ん中で解体すると、臭いに釣られ他の獣が寄って来るので、川辺にある木に吊るして解体するつもりだ。
イノシシの後ろ足を来る途中で集めたツタで縛り、木に逆さづりにする。そして首の頚動脈を切り、全身の血を抜き取る。血が抜けきると今度は腹を裂き、内臓を取り出す。最後に皮を剥ぎ、ここでの作業は終了した。
かなり衝撃的な光景だろうが、こうしないと味が落ちるし直ぐに腐るのだ。
食べれる内臓は川で洗い葉っぱに包み、皮で覆って肩に吊るす。肉の方は木に括り付けて、肩に担いで持って帰る。
皆の下に帰ると全員が諸手を上げて喜んだ。
「やるじゃねーか」
「それはイノシシですね?
今日はイノシシの煮込みスープにしましょう」
レオンは、周囲に魔物除けと動物避けの魔具を設置し、薪の確保を行っていた様だ。オイゲンは料理の準備や暖を取る為の火を用意していて、ドズルがハミルトン殿の護衛をしている。
俺はさっさと狩りに行ったので皆の行動を見ていなかったが、こういった事に慣れているのか無駄の無い、機敏な動作で野営の準備を行っていた様だ。
食事を終え、余った肉を簡単に燻製して眠る準備に入る。
「セージ、お前は明日も運転してもらうから、夜はシッカリと眠っておけ。
当直は俺達3人で交代してやるぞ」
「マジかよ、ドズル。
良いなー、セージは」
運転しているだけでも大変なんだぞ? 移動中ずっと後ろでゴロゴロしていたあなたには分からないと思うが……。
「それでしたら、明日はレオンが運転しますか?」
「げっ。やっぱいいわ。
明日もセージがやれよ」
俺はずっと馬車の運転をしていたし、明日からもそれは続くので寝ていて良い事になったが、俺はそんなに寝続けなんて勘弁してほしいのだが……。
しかし、命令なので仕方ないか……。
「分かりました。
それじゃ、今の内にこれの登録をお願いします。これは知人に貰った警報魔具です」
「おいおい、そんなの持ってたのか。
これで当直が楽になるぜ!」
「でもこれ、範囲が半径10メートルしかないので、気を付けて下さい」
「了解、了解。さっさと登録させてもらうぜ」
順番に全員の登録を済ませて、警報魔具が中央に来るように置く。
「それじゃ、お先に失礼します」
「私も眠るとしよう。後の事は頼むぞ」
ハミルトン殿は馬車へ行き、俺は火の近くでマントに包まれる。そして、それぞれが就寝に入る。
途中で交代の為、3人の動く気配で目が覚めたが、十分眠れて疲れが吹っ飛んだ。
朝食を食べたら直ぐに出発する事になった。
問題の渓谷は日本の様に狭く低い物ではなく、どちらかと言えばグランドキャニオンを思わせる場所だ。
下の方には川が流れているが、川に下りる道が無いし、そもそも下は歩ける様な所でもない。谷の頂上は何10メートルもあり、下は歩けず上は登れずで通るのに大変な場所にも思えるが、唯一谷の中腹に道が通っている。
馬車同士がすれ違えるだけの幅があり、地盤もシッカリしている。
何とか通れそうだ。
……しかし、この道で襲われると逃げ場がないな……。
川の激流にまぎれて、どこかで石の転がる音が反響して聞こえてくる。
スレイプニルの蹄まで響くので、もし敵がその音を聞いていたら確実にこちらを察知するだろう。
悪い条件が重なり過ぎている。噂通り山賊が潜んでいたら格好の的になるな。
そんな事を考えていたのが悪かったのだろうか? どうやら俺達は標的になったようだ。
渓谷を順調に進んで、そろそろ半分通過したかどうかの頃、幾つかの地点から視線や気配を感じた。
これは、動物などでは無い。もっと理性的で、明確な意思を持ったモノだ。多分人間だろう。
「ドズル。周囲を気にしない様に、雑談しているみたいな感じで会話して」
他の者は気が付いていない。仕方がないので俺が注意をうながす。
「どうした?」
口調がいつもと変わらないので、どんな表情をしているか分からないが、ドズルならその辺は注意しているだろう。
「こっちを窺っているモノが居る。多分人間だ」
その言葉を聞いた皆に緊張が走り、敵意を発し出した。
「落ち着いて。敵意が漏れてるよ。
こっちが気が付いたのを相手はまだ分からないはずだ。相手に警戒させてしまう」
少しは落ち着いたのか、敵意が揺らぐ。
「それは本当か?
どこから見られてる?」
「視線はやらないでね。相手はこっちを注視しているみたいだから。ハミルトン殿もお願いしますね。
それで、今分かるのは40メートル先の頭上に2人。50メートル先の谷向こうに1人居ます」
「そんな距離の気配が良く分かんな」
「ええ、何とか分かりました」
本当なら、俺の視力で姿すら容易に確認出来るのだが、そんな事をすればきっと相手と目が合ってしまう。
この時ばかりは気の恩恵が使えない。
「それで、どうしますか?」
この場所では引き返す事が容易には出来ないし、留まれば頭上から一方的に攻撃される。
強行突破か、あるいは戦闘か……そのどちらかになるかな?
――あれ?
「今、頭上の1人が去りました。
仲間に連絡を入れに行ったのかもしれません」
ドズルは考え込んでいるが、リスクの程を計っているのだろう。
この場合は突破出来れば後ろだけを気にすれば良いが、回り込まれたり囲まれたりすれば危険になる。足を止めての戦闘になれば、前だけを気にすれば良いが、どれだけ相手が居るのか分からないのだ。
二者択一だな。
「……これはもう俺達を襲おうとしている敵と見ていいな。
セージ、敵がどれだけ居るか分からないか?」
「気配が探れる範囲には居ませんからちょっと……。
大体50メートルが範囲内ですから、そこまで近づけば分かりますよ」
こればっかりは俺にもどうしようもない。
「分かった。それならセージは気配が現れだしたら教えてくれ。
だが、敵が待ち受けている場所は分かっている。もう1キロ進めば緩やかな上り坂になってる。その頂上付近は渓谷の頂上と繋がってるから、そこで前と横に攻撃して来るはずだ」
そんな所があるなら、確実にそこで襲って来るだろうな。
「俺は正面の敵に突っ込む。
オイゲンは横の敵を、レオンは御者の席で弓による攻撃をしてくれ。セージは馬車の横でハミルトン殿と馬車を守れ。
ハミルトン殿は荷台の谷側で荷物を壁にして寝ていて下さい」
その命令に全員が応じて、死角になる場所でそれぞれ準備に入った。
ただし、俺だけは動く事が出来ないのだが、万が一の為装備は全て身に着けておいた。邪魔になるのに我慢していて良かった。
他の者は武具を外していたので、荷物を中央に並べながらばれない所の装備を装着して、胴体などの目立つ所は直ぐに装着出来るよう揃えていた。
この馬車が幌付きで良かった。無かったら大変な事になってたな。
「レオン。リーダーらしき敵が居たら、真っ先に殺せ。動揺を誘い、その時点でもしかしたら残りは退却するかもしれんからな。
セージもその肩に吊るしているナイフを使えるだろ? チャンスがあったら投げろ」
テキパキとドズルが指示を与えている間に、敵の気勢が上がってきた。まだ、距離や人数が分かるほど近くではないが、先程俺達の事を伝えに行ったらしき斥候の情報を聞いたのだろう。
決戦の時は近い。
坂を上り頂上まで残り70メートルといった所で、敵の気勢がより強くなる。
どうやら相手は隠す気などさらさら無いようだ。飛んで来る殺気が肌をピリピリと刺激する。
他の者もその殺気に気が付いたのか、武具を装備し出した。
「敵は隠す気が無いようです。少し距離があるけど何とか分かりました。
前方110メートルに30人程度。右側100メートルに20人程度。
坂を上りきった所で囲むみたいです」
気配を隠されたら50メートルぐらいを察知出来るが、これだけ殺気を漏らせば100メートル以上でも探る事は出来る。
「俺の合図と共に、セージは横へ下りろ。次に俺が下り、レオンは御者席へ。オイゲンは後ろからだ」
――頂上まで残り40.
――30
――20
――10
――0
「来ますっ!」
上りきったと同時に、敵の殺気が弾けた。
「行けっ!!」
ドズルの声に応えて全員が一斉に動き出す。
「「「……うおおおおおお!」」」
俺達の素早い行動にしばし虚を突かれた様に敵が停止していたが、自分達の方へ向かって来るドズルとオイゲンの姿を捉えた瞬間、声を張り上げ突撃してきた。
「ふんっ!」
「う、うわああっ!」
――ザンッ
全身鎧に大剣を装備しているドズルは、その重さを感じさせない様な動きで敵に接近し、先頭を走る敵を一撃で両断した。そして、かえす大剣で次々と鎧ごと粉砕していく。
――ガン ガキン ダンッ
「ぐはぁ……」
「密度が薄いですよ」
オイゲンも同じ様な格好だが、更に大型の盾を持っている。それでも軽快に動き、敵の攻撃をその盾で防ぎ、斧で薙ぎ払う。
――ヒュッ ヒュッ
「ぐあっ」「いてー!」
レオンはいつもの軽薄そうな表情を引っ込め、真剣な目つきで弓を引いていく。今の所百発百中で当たっている。
――ヒュッ カンッ ヒュヒュッ カカンッ
俺は矢が飛んで来たらそれを弾く事に専念している。魔法使いは居ないみたいだし、ドズルとオイゲンを突破出来る者も居ないみたいだ。
今地味に『多人数圧倒』スキルが発動しているのだが、まったく活躍する場がないときた。ちょっとむなしい……。
敵は俺達の異常な強さに恐れ、萎縮してしまっている。
そして、そんな時にもっとも頼りになる者に目を向けてしまうものだ。
後方に居る者達がある方向へ顔を向ける。
そこには、今にも怒り狂わんとしている表情の者が1人居た。周りが不安な表情の中、1人だけ怒りに満ちた表情をしていれば目立つ事この上ない。
俺は投げナイフを静かに抜きさると、全力で投げた。
――ヒュゴッー
かなりの音をたて、最後尾に居る"そいつ"の額に深く突き刺さった。
そいつは頭を後ろに仰け反らせ、仰向けに倒れていった。きっと何が起きたのか理解する事も無く、一生の幕を閉じた。
その行為の後に思い浮かんだのは、「リーダーを殺せたかな?」だった。
俺の、始めての殺し。
それなのに何も感じないとは……。
いくら訓練を積み、動物や魔物を殺したとしても人間を殺すのとは違うはずだ。でも、意外と大丈夫なのが不思議と言うか、不気味と言うか……判断に困る。
きっと、元の世界に帰る事が出来たら、反社会病質者か精神病質者の分類に分けられるだろうな。
「う、うわぁーー!」
「頭領が殺られた! 全員逃げろー!」
「止め刺しとけ!」
ちょっとブルーな気持ちになって落ち込んでいたら、周囲の状況が激変した。
敵は我先にと逃げ出したのだ。しかも、最後に不穏な発言も聞こえてきた。
ドズル、オイゲン、レオンの3人が追撃を仕掛けている横で、負傷したがまだ生きている仲間を殺しているのだ。口封じで情報を知られない様にしたいみたいだ。
させるものかと攻撃しようとしたが、逃げ足が速くまんまと逃げられてしまった。
結局残った物は、敵の死体と疲労だけだ。
「みな大丈夫だったか?」
「こちらは大丈夫です」
「問題ねーぜ」
「大丈夫です。馬車にも被害はありません」
馬車の中に居たハミルトン殿も無傷だ。全員かすり傷1つ負わずに勝利した様だ。
「おいセージ、なかなかやるな!
オレより先に頭を見付け殺っちまうなんて流石だぜ!」
「そうですね。そのおかげで思いの他早く終わりましたね」
「だが、口封じされて敵の目的が分からずじまいだ。
服装から見て噂の山賊だとは思うが……」
確かに生きている者がいないので、素性を調べる事が出来ないな。
これがハミルトン殿の妨害工作なら、メノーシスまでの行程で気を抜く事がより出来なくなるし、到着してからも危険が無くなる訳ではない。
それに、ただの山賊でも復讐に来ない理由がないしな。
考えていても答えの出ない問題なので、山賊らしき遺体を調べ適当に荷物を漁る。
最後にちょっとグロイが、首を切り落とし持ち帰るのだ。これは、懸賞金が付いていた場合は、首を持って行くか本人だと証明できる物であれば、お金を支払われる。
つまり、上手くすれば臨時収入ゲットだ。
再度の襲撃が無いかと心配していたが、とりあえずは何事も無く2日目の野営地に到着した。
「今日は襲撃があった。だからすまないが、今日は2人で二交代制にする。
俺とレオン、オイゲンとセージに分かれるぞ。最初はオイゲンたちが眠れ。俺たちは後だ」
確かに昨日の今日だもんな。油断は出来ない。
ハミルトン殿以外は眠っていても装備を脱ぐ事などせず、武器の鞘を抜き手元に置いている。
焚き火のかがり火がぼんやりと周囲を照らす中、俺とオイゲンは眠っていた。
夢も見ず、深い眠りに落ちていその時――事件が起きた。
この野営地は周囲が鬱蒼と茂る木々に囲まれ、数メートルも入れば姿が隠れるほどだ。そんな森が直ぐ近くにある所為で、動物や虫の鳴き声やうごめく音が耳障りになる。
そんな音を気にしない様にしていたが、突然"ある音"が周囲に響き渡った。
――ヴィー ヴィー ヴィー
なんだこの音は? どこから聞こえるんだ?
その音に目が覚めたが、何の音か一瞬分からなかった。
「セージ! 敵襲!」
レオンの怒鳴り声で一気に覚醒して、警戒態勢に入る。
しかし、音は鳴っているのに姿が見えない。皆も辺りを見回しているが見付けられない様だ。
くそっ、どこだ!?
苛立ちばかりがつのる。スキルを使っても確認出来ないのだ。
仕方ないので気を聴覚に集め、周囲の音を全て聞き取る事にした。聴覚がかなり強化されたので、皆の怒鳴り声や木の葉のざわめきすら聴覚を刺激して、強烈な頭痛がしてきた。
痛みに堪えて違和感を探っていたら、俺達と馬車を挟んだ反対側に『ドクン、ドクン』と規則正しい心臓の鼓動が聞こえた。
――そこに誰かいる――
そう思ったのもつかの間、運悪く、音に目が覚めたハミルトン殿が馬車から下り出したのだ。
「危ない! 下がって!!」
まだ気の強化を切っていなかった俺の鼓膜は、自分の声に耐え切れず破れてた。
俺の声を聞いても理解出来ていないハミルトン殿は、馬車を降りきり棒立ちになってしまった。
狙いは多分ハミルトン殿だろう。
俺は、鼓膜が破れて音や声も聞こえず、平衡感覚まで失った体を必死に動かし、今出せる全速力でハミルトン殿の方へひた走る。
――ドン
――ガギンッ
「ぐっ。皆、ここだ!」
間一髪で助けられた。
俺はハミルトン殿を守るように押し倒した。その途中で何者かに背中を斬り付けられた。何とか鎧のおかげで怪我を負わなかったようだが。
しかし、食らった衝撃を逃す為、ハミルトン殿に怪我を負わさぬ為に、俺が下になるよう向きを変えた所為で頭を強打した。
俺は、そこで意識を失った……。
何だ? 体が揺れている?
揺り動かされる感覚で目が覚めた。
日はまだ昇っていないので、そこまで時間が経っていないようだ。
だが、目覚めは良い物とは言えなかった。激しい頭痛と鼓膜が破れた痛みで顔をしかめる。
「…………!」
「…………!!」
微かに何か聞こえてそちらの方を見てみると、皆が俺を見て何か言っている。言葉は分からないが、俺を心配しているようだ。
周囲を確認すれば全員揃っているので、どうやら刺客を捕らえたか、殺したようだ。
「いって……。
ちょっと待って。今耳が聞こえないから」
俺はそう言うと直ぐに馬車に戻り、ダッフルバッグから緑回復薬を取り出した。
まさかこんなに早くこれを使う事になるとは思わなかったよ。
回復薬の効果は絶大で、飲み干した瞬間に音が戻った。ただし頭痛の方はしばらく残りそうだ。
「もう大丈夫です。ご心配をお掛けました」
それを聞いて皆から安堵のため息がこぼれる。
「心配しましたよ。本当にもう大丈夫ですか?」
「頭痛は少しありますけど、問題ないです」
「凄かったぜ、あのタックルはよ!」
「はは、無我夢中でしたよ」
「良くやったぞ。
セージがいなければハミルトン殿を死なせていた所だ」
「間一髪でしたが、何とか間に合いましたね」
皆が口々に褒めるものだから、何だか恥ずかしいな……。
皆は怪我らしい怪我も負わずにいる。武具は脱いでいないが、雰囲気は穏やかだ。
「セージ君」
ハミルトン殿の声に振り返ると、地面に押し倒した所為で服が少々汚れているが、それ以外に怪我などがない姿でそこにたたずんでいた。
しかし、良く観察しないと分からない程度に疲労感が見え隠れしている。
「あ、ハミルトン殿。お体は大丈夫ですか?
何分急な事だったので対応が荒くなりまして、すみませんでした」
「いや、君は十全に任務を果たしてくれた。
私が期待したのは、私の身を守ってくれる者なのだ。君には感謝しているよ」
「いえ……こちらこそ、その様なお言葉を頂きありがとうございます」
こうやって礼を言われると、良い仕事した気分になるな。
この後、暗殺者らしき者の事を聞くと、俺のおかげで位置の特定が出来て倒す事が出来たらしい。しかし、口を割らせようとしたら歯に仕込んでいた毒で自害した。
どうやら元探索者の、第2次職で『忍者』へ転職した者だったみたいだ。『忍者』は暗殺系のスキルを持ち、魔法の適正があると転職出来る。
あの姿を隠せた行動は、スキルによる『気配遮断』と『生命力隠匿』が使用され、忍者の忍術『隠れ蓑の術』で姿を消していたのだ。あれには俺も度肝を抜かれた。
あそこまでの隠匿技術があると、俺の感知能力やスキルでは力不足で見付けられないようだ。警報魔具があって本当に良かった。
結局暗殺者の事は、何も分からずじまいに終わってしまった。
それからは襲撃も無くメノーシスに無事到着した。
メノーシスはティトゥスと違いかなり大きく、巨大なお城まで建っている。
首都なだけはあり、人々の多さはティトゥスとは比べ物にならない。だが、武器を携帯している者はあまり姿が見えない。それだけ都市内が安全であると共に、武力を必要とする場が無いと言う事なのかもな。
活気はティトゥスも負けていないが、ここも賑やかだ。
ハミルトン殿を屋敷に連れて行って別れた。これで依頼は終了だ。
宿に行ってから山賊らしき者の首を行政に持って行ったら、奴らは事実山賊だったようで懸賞金を貰った。依頼の達成報酬も上乗せされ合計5万ソルも頂いた。
メノーシスで1泊してからティトゥスへ帰った。帰りは1度も戦闘など起きず、旅行気分の帰還となった。
ただし、俺の力量を見取った蹂躙パーティの皆は、俺をスカウトしようと躍起になりだし、断るのに難儀した。
しかし、既にある人からお誘いを受けたと伝え事なきを得た。ホントにしつこかった。
まぁ、あれは本当にお誘いを受けただけで、承知はしていないがな。……あの子の勢いも凄かったが……。
宿に帰ると凄く安心した。
もうこの宿が俺の家に思えてきたよ。さしずめ、ローレンさん、アンナさん、エレーヌちゃんは家族になるのかな?
ここから、またいつもの明日が始まる。
蹂躙パーティに入ると思いましたか? そんな訳ねー! 誰が男だけのムサイパーティに入るか!? と、セージ君が言っていました。
ホントアイツは酷い奴ですねww