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その青い世界で第一歩  作者: nono
第二異世界―アスカラド― 白の迷宮
15/25

十四話 対談と転職の心得


 昨日の迷宮探索が疲れた為、久しぶりに5時間もの睡眠を取った。


 シッカリと休む事も必要だな。疲れが取れたよ。


 ただし、風呂の時間は過ぎていたから部屋で体を拭くだけに留めた。その所為で、体の芯からスッキリはしなかった。




 朝食を食べてから、武具の整備に掛かる。


 まずは(アトレス)からだ。

 昨日帰った時点で、魔力を注ぎ金属を与え自己修復機能を増加させていた。そのおかげで細かい傷は消えたのだが、胸の辺りに付けられた傷は深くてもう暫く掛かりそうだ。

 追加で取り置きしていた鎧を吸収させておいた。上等な鎧ではないので、補修材料代わりだ。


 そう言えば金属の事だが、これはゴーレムを倒した時に出てきた素材で、貴金属や、レアメタルまで出てきたのだ。レアメタルは量が少なく、今の所数10グラム程度しか確保していないがな。



 次は片手剣の(カンティー)(ノール)だ。


 コイツらはもともと同質の剣だが、合成され使っていく内に"双剣"としての特性を獲得してた。"双剣"として使えば威力は増すが、片方だけ使うなら威力が減る。そんなメリットとデメリットが発生してしまった。


 さて、微妙な気分を変えてコイツらの整備だ。

 双方とも刃毀れや傷が目立ったので、アトレスと同じ様な作業を昨日の内に行っておいた。今見てみると大抵の傷は消えていた。

 それでも1つだけ、色濃い傷跡が残っている。それはハルバートで食らった攻撃、それも最後の一撃だ。あの時、カンティーを逆手に持ちハルバートの攻撃を剣の腹で受け止めたので、折れはしなかったが深刻なヒビを刻まれたのだ。これの修復も時間が掛かりそうだ。

 今は補修材料代わりの剣が無いので、金属を与えて凌ぐ。



 投げナイフの方は殆ど損傷が無い。しかし、ベルトが綺麗に切断されているので、ベルトを新たに作るつもりだ。

 何てったって、俺は今良い素材を持っているのだ。それは、48階層で手に入れたラミアの鱗付き革だ。つまり、極端な言い方をすれば蛇革の事で、しかも"皮"ではなく"革"なのだ。

 魔物を倒した時に出現する魔物の素材は、その魔物に由縁のあるモノか、所持しているモノになる。そして、たまに加工済みや精製済みの素材も落とす時がある。

 ラミアの素材は大抵が薬草や毒草、"ラミアの皮"などだが、昨日偶然にも"ラミアの革"を入手したのだ。さっそくその革を使って投げナイフのベルトを作る。


 裁断用のハサミが刃毀れしそうな強度だが、気で強化して切って行く。糸用の革で縫い付け出来上がりだ。ベルト自体に防御力が発生したので、不用意に切断させられる事も減るだろう。

 ついでに、腰に巻くベルトも新調する。


 蛇革のツルツルひんやりした手触りに、何とも言えぬ気持ち良さがある。良い出来だった。



 大剣(ネージュ)の事だが、ネージュは掃除しただけで終わった。昨日宿に帰った時には既に修復が終了していたのだ。流石大剣の事はあるし、傷付くような衝撃を殆ど受けなかった。



 さて、次は問題のハルバートだ。


 状態異常無効魔具のネックレスがあるおかげで、ハルバートを持つ事が出来た。そして鑑定した結果、幾つかの事が判明した。


『命落とせし断絶地獄・ハルバート:アダマンテイン・最高品質:闇の生物以外から生命力を略奪・大』


 重要そうな所だけ引っ張ってみた。


 銘からして既にやばげな雰囲気を醸し出している。

 材質がアダマンテインの最高品質とくれば、剣が合成したがらないのも頷ける。アダマンテインは神が創りし金属と言われ、オリハルコンやヒヒイロカネと同質の存在と言われている。明らかに俺の力量は足りていないだろう。


 呪いの部分は『闇の生物以外から命を略奪』に入っているみたいだ。これは、持つだけではなく、切り付けられても効果が発動する呪いだ。

 呪いの正式名称は判らないのだが、これは『鑑定』か、『呪い把握』『術式看破』スキルが低い所為だろう。呪い系の術式に掛かったら直ぐに解呪していたので、呪いの種類はそこまで詳しくない。


 今回は、即席の魔術で解呪出来るほどやさしいモノではない――が、術式も判らぬ程の高威力な呪いなので、研究用に取っておくのも良いかもしれない。


 以前作った魔石の粉末をインクに混ぜ、50センチ四方の羊皮紙に術式を描いていく。羊皮紙の縁に"封印"の術式を描き込み、中心部分には"転写"の術式を描き込む。十分乾いた所でハルバートに巻き付け魔術を使用する。

 成功する確率は少々低いので、力任せの強引な作業になる。


 ハルバートに巻いた羊皮紙の上を両手でシッカリと握る。そして、羊皮紙と術式がもつギリギリの魔力を注ぐ。過剰魔力に手の隙間から、魔力が脈打ち漏れて発光しだした。


 その魔力が溢れんばかりの状態に至ると、たった一言に全神経を集中させる。


「――転写」


 呪文を唱えた刹那、羊皮紙が光り輝いた。


 術式が発動している間も常に魔力を注ぎ、意識を成功するイメージに固定する。

 強引な魔術にフィードバックが返り頭痛がし出す。それでも中途半端に止めると後が怖いので止められない。


 発光現象が落ち着き霞むように光が消えると、羊皮紙を広げる。

 転写の術式が描かれた位置に、複雑奇怪な術式が描かれていた。どうやら成功のようだ。"転写"によって、ハルバートの呪いを丸ごと羊皮紙にコピーしたのだ。


 術式の検証はまた今度にして、とりあえず更に封印を施し、ハルバートの解呪に掛かる。


 ハルバートの解呪作業も強引なものになったが、それでも何とか解呪は出来た。しばらく使う予定は無いので部屋の飾りになるな。


 急ぎの作業はもう無いので、昼食を食べたらギルドへ向かう予定だ。





 探索者で溢れかえるギルドに到着。直ぐに受付に向かう。


 今日もレナさんが居るみたいだ。


「こんにちは。時間通りに来ましたよ」


 時刻は1時50分。約束は2時なのでほぼピッタリだ。


「いらっしゃいませ。セージ様。

 確認の為ギルドカードの提示をお願いします」


 仕事用の営業スマイルで訊ねてきた。

 流石に大事な話があるので、確認を怠るような事はしないな。


 言われた事に従い、ギルドカードを渡す。


「少々お待ち下さい。

――――っ! っあ。はい、確認出来ました。こちらに付いて来て下さい」


 ああ、今の驚きは階層数を見たのかな? 昨日50階層攻略してしまったから、これで自他共に白の迷宮完全攻略した事になるものな。

 迷宮が出来てから初の攻略者だ。驚くのも無理はない。



 レナさんの後を付いて行くと、昨日の部屋とは違う道を通り、階段も上っていく。


 通路を進み辿り着いたのは、分厚い扉のある部屋だった。


――コンコンコン


「ギルド長、セージ・トダ様をお連れしました」


 おお、久しぶりにフルネームで呼ばれたな。アスカラドでは大抵の人は名前だけで済ますからなー。


「――どうぞ」


 少し時間を置いてから入室の返事が来た。


――ガチャ


「どうぞお入り下さい」


 扉を開け、横に控えているレナさんにそう言われ、軽く会釈を入れ入室する。


 ギルド長の執務室らしきこの部屋は、本棚やキャビネットが並び、大きく重厚なデスクの上にも書類が整然と並べられ、(まさ)しく仕事部屋と呼ばれるに値する部屋だ。

 横にはフカフカなソファーがあり、その前のテーブルには魔石式携帯コンロが置かれ、火に掛けられたポットが置かれていた。


「よく来なすった。ソファーへどうぞ」


 そう声を掛けて来たのは、60歳前後の老いた男性だ。


 この人はギルド長だろうが、少々歳を食っている。ギルドの職員すらスキルを持っているのだから、ギルド長も迷宮に潜っていたはずだ。

 その事から察するに、既に獲得した魂は消費しきって後は歳を取るばかりだ。分かった時点でまた潜れば良いのだが、この人はもう歳を取る事を決断したのだろう。


――ガチャン


 音に反応して後ろに振り返ると、扉が閉まりレナさんは帰ったようだ。


 ここからは、ギルド長と2人だけの対談となる。



「失礼します」


 そう声を掛け、先程勧められたソファーに座る。


「よいしょ。

 紅茶は如何かな?」


 ギルド長はカップを出しながら聞いてくる。


「そうですね……1杯頂きます」


 味にこだわりが無いのか、ポットには蒸らし終えた紅茶が入れられ、コンロで暖められていた。

 ポットからカップに紅茶が注がれ、紅茶の優しい香りが部屋中に広がる。


「わしは紅茶に目が無くての。紅茶さえ飲めればどんな物でも良いのじゃ。

 これはそこそこの品でのう。気に入ってもらえれば良いのじゃが」


「では、遠慮なく……」


 出来合いの紅茶なのだが、香りも味もかなりの物だ。心が落ち着く。


「これ、美味しいです」


 ポツリと自然に声が漏れた。その言葉に優しそうな顔を更に破顔させる。


「改めて自己紹介をしようかの。わしはこの迷宮探索ギルドのギルド長であるウォーレンじゃ」


「俺はセージです。よろしくお願いします」


「うむ。こちらこそ頼むの。

 さて、この都市、ティトゥスの居心地はどうじゃ? わしが言うのもなんじゃが、良い所じゃろ?

 ティトゥスの行政や代々続くギルド長の活躍で、住みやすい都市になってきたのじゃ」


 おっと。流石巨大な施設を管理しているトップなだけはある。

 話しやすい雰囲気と何気ない話題で、その人物の人となりや情報を仕入れようとしているな。これは、相手の知識や教養、以前の暮らしを知るのにも使えるしな。


 しかし、受け答えには慎重にならざるを得ない。どんなスキルを獲得しているか分からないし、下手に警戒される事を防がなければな。


「そうですね……活気があり人々に笑顔が溢れている良い都市だと思います。物流の動きも活発で、無い物を探すのが難しいぐらいです」


 しゃべる時は出来るだけ嘘を付かず、かつ自身の情報は曖昧にする。

 ウォーレンさんがどんな人間か分からないが、権力者には慎重になるぐらいが丁度良い。


「そうかそうか。

 他に食べ物などはどうなのじゃ? わしは先程も言ったが紅茶があればいいのじゃが、何か珍しい食べ物でも――――」



 それから暫くは、ウォーレンさんとの雑談で時間を潰していた。話が飛んだり戻ったりしたが、根気良く言葉のキャッチボールを続けた。



 かれこれ20分は経っただろうか? ポットの紅茶が無くなる頃に会話がふと止まった。


「さて、そろそろ本題に入ろうかの」


 ウォーレンさんはおもむろに立ち上がり、キャビネットへ向かい引き出しの1つを開け、何かを取り出した。


 見た目は宝石の付いた指輪の台座を切り離し、大きくした物に似ている。宝石の部分を魔石に替え、台座の形状を少々変えないといけないが。


 その物体のスイッチを入れている。微かに魔力の波動を感じたが、それ以外では何も分からなかった。

 それを見ていると俺の視線に気が付いたのか質問してきた。


「どうやらこれの事は知らんようだの。

 何か分かるかの?」


「……いいえ。ちょっと分からないです。

 それは何なのですか?」


「これは結界みたいな物じゃな。

 これが発動すると、その部屋の事は魔法を使おうがスキルを発動しようが知る事が出来なくなる物じゃ。

 内緒話をするには必要な物じゃな」


 これの事は知らなかったな。店にも陳列してなかったし、受注販売かな?



 ウォーレンさんは起動した魔具をデスクに置き、再度ソファーに腰掛けた。


「話を聞く前に幾つか確認しておきたい。ギルドカードを見せてもらえるかの?」


 しまっていたギルドカードをウォーレンさんに手渡す。


 ウォーレンさんもそれに表記された階層数に驚いたのか、一瞬だけ眉がつり上がり驚愕の気配を漂わせた。しかし直ぐに何事も無かった様に落ち着けてみせた。こんな所は流石だと言わざるを得ない。


「ぬしは50階層まで潜ったのだな」


 先程までと違い、紅蓮の鋭い瞳が俺を貫いている。見つめる瞳は「嘘は許さぬ」とばかりに輝いていた。


 はいはい、大丈夫ですよ。


「はい。俺は50階層まで潜りました。

 そして、50階層を攻略して戻りました」


 しばらく俺とウォーレンさんの間で続いた無言の応酬は、10秒程度で終わりを告げた。


「ぬしは本当に凄い青年じゃのー。

 久しぶりにわしの血が滾る思いじゃよ」


 やっぱりこの爺さんも一筋縄じゃいかないな。良い顔で笑っているよ。


「ありがとうございます。

 それで、俺からも情報を提示する事で確認しておきたい事があるのですが、答えてもらえますか?」


「良いじゃろう。何を聞きたいのかの?」


「1つ目は、俺の事を黙っていてもらえるのか?

 2つ目は、話す事で俺に不利益が来ないのか?

 3つ目は、どの程度まで話せばいいのか?

 この3つですね。どうなのですか?」


「ふむ……。

 1つ目はシッカリと守ろう。得た情報も2ヶ月、80日間は誰にも知らせずおこう。

 2つ目も大丈夫じゃ。誰にも名前は知らせぬし、ギルドでも特別扱いせず一般探索者と同じ扱いになるようにしよう。

 3つ目は出来る限り正確に、嘘偽り無く話してもらうが、内容がぬし個人の情報に繋がるのならぼかしてもらってもよい。内容も階層の事や魔物の事を中心に話してほしいの」


 限りなく俺に有利な交渉だな。


「ついでに、情報の質や量によって報酬を支払おう。つまり、これもある意味クエストになると言う事じゃな。

 それも今まで達成した者の居ないクエストじゃ。それなりの報酬になるじゃろうな」


 まさに至れり尽くせりだ。だが、報酬はどうしよう? 金銭はあまり必要としていないのだがな……。


「……報酬は金銭ではなく、物品でも良いですか?」


「現金でなくて良いのかの?」


「ええ。迷宮に潜ればそれなりのお金は入手可能ですから。

 それよりも、お金では手に入らない物の方が良いですね」


 特に武器や防具、魔具なんかの方がよっぽど嬉しいな。


「ぬしがそれで良いのなら、物品で支払おう。

 物は情報の価値に合わせた物になるがの」


「それでお願いします」


「それでは、話してもらおうかの」


「はい。では、40階層から話します。

 40階層は『暗黒』エリアで――――」


 既に知っている情報もあるだろうが、正確を期す為40階層の初めから話していく。




 40階層より深くで体験した事を正確に話すので、内容は多岐に渡った。


 階層の規模や仕組み。罠の種類や規模。魔物の種類や出現率、特性や弱点。ドロップされる素材や道具。50階層のボス戦。

 特にトラップ部屋の事や、50階層のボスの事は驚きと共に真剣に聞いていた。勿論トラップ部屋で獲得したスキルの事は知らせていない。


 新たに知り得た情報は、ウォーレンさんが紙に書き綴っていた。


 1時間以上は話しただろうか? 再度入れられた紅茶はまたも底を突き、話も終了した。



「大変有意義な話を聞かせてもらったのう。

 ぬしの言っていたスキル獲得も他の階層で良く聞くが、ぬしが行った物は初めて聞いたの。しかも達成状況からすると獲得スキルも強力そうじゃ。

 50階層に出現したジャミスの事も驚きじゃな。しかも知恵と知識を持ち、しゃべりさえする魔物なぞ赤の迷宮でも滅多に居ないと言うのにのう……」


 まあな、あんな(高位悪魔)のがゴロゴロ居たら、俺は迷宮に潜らんぞ。


「有益な情報を沢山もらったのう。

 して、何が欲しいのじゃ? これだけの情報じゃ、色々渡せるぞ」


「珍しい武器や防具、魔具を頂きたいです。

 例えば、先程ウォーレンさんが使っていた結界魔具とかですね」


「封鎖結界魔具の事かの? 確かにあれは非売品で珍しいがそういった物で良いのかのう?」


 非売品だったのか。それなら魔具店にないのも頷ける。


「はい。そういった物です。

 価値に見合うなら、安い物を沢山でも良いですよ。

……あ、でも、あまりにも安く同じ物を何10個と貰っても嬉しくないので、それなりの物でお願いします」


「良かろう。

 物が揃ったらぬしの泊まっている宿――トイボックスだったかの?――に届ける事にしよう。

 今日はご苦労じゃった。また何か新しい事を成した時は頼むの」


「こちらこそありがとうございました。

 次回があったらその時に」


 呼ばれたレナさんと一緒に執務室を退室する。




「今日はお疲れ様でした。

 何か他に用事はありますか?」


 受付カウンターまで戻ってから転職の事を思い出した。


 ギルド長との対談が終わり、堅苦しいしゃべり方から僅かに柔らかく変わったレナさんに聞く事にした。


「今日これから転職をしたいんですけど、開いてます?

 予約取り忘れちゃって」


 転職は予約制で、事前に空けてもらわないといけないのだ。空いていれば直ぐにでも出来るのだがな。


「……っ!……少々お待ち下さい」


 俺の質問に一瞬レナさんが強張ったみたいだが……?


「……はい。今からなら空いています。

 いかがなさいますか?」


「それじゃあ、お願いします」


「……はい。只今登録いたします。ギルドカードをお願いします」


……? 本当にどうしたんだ? 何かおかしいぞ。


 レナさんは着実に作業をこなしていくが、その表情は暗く見える。


「……登録が完了しました。

 転職する場所は、迷宮の入り口へ向かう右手の通路を進むとあります。丁度迷宮ギルド入り口の反対側です。そこに転職者用の扉があります。

――――あの、本当に行かれるのですか? 迷宮探索講習を受けられたセージ様ならこの意味が理解出来ると思うのですが…………」


 途中から声を落とし、確認するように尋ねて来た。

 その事でようやく分かった。どうやら高レベル探索者が転職時に死んだように、俺も死ぬのじゃないかと心配していたようだ。


「そうだね。レナさんが言っている事は良く分かるよ。

 でも、楽観している訳ではないけど、人間死ぬ時はアッサリと死ぬんだ。それを出来るだけ伸ばす事は出来ると思う。一度やると決めたんだから、最後までやってみようと思うんだ。

 それに、まったく勝算が無い訳でもない。成功させてみるよ」


 俺の答えを聞いても懸念は尽きぬのか、浮かない顔だ。


「そうだ、転職が終わったらお祝いに食事でもどう?

 今の俺は懐が暖かいんだ。高級料理でも奢るよ」


 俺のそんな答えに虚を突かれた表情を浮かべた。


「……ぷ。何言っているんですか。それでは反対ですよ。私が奢るのが正解です。

 でも、その話承りました。凄く高級な料理を出すお店へ行きますからね。約束破ったら容赦しませんよ」


 まだ微かに表情は硬いが、それでも生還してくればまた綺麗な笑顔を見せてくれるだろう。


「はいはい。引いちゃうぐらい高い店でも大丈夫。

 楽しみに待っててよ」


 レナさんのクスクスと笑う声を後ろに聞きながら、通路を歩いて行く。




 白の迷宮に挑んでいる者は、皆が『縛られぬ者』と言う職業に就いていて、ある意味この『縛られぬ者』とは無職みたいなものだ。そして白の迷宮でレベル20を超えた者から第1次職に転職出来る。

 自分のなりたい職業に就くには、そのなりたい職業のスキルを獲得し、パラメータの能力値が必要量に達していないといけない。


 まぁ、そういったスキルの殆どは大抵獲得している。剣で魔物を斬っていれば剣に関するスキルを習得するので、その延長の戦士や剣士の職業を得る事になる、と言った風にだ。


 パラメータの能力値――力や素早さ、精神や運と言った数値――はレベルが上がった時に、本人の資質とランダムを合わせた物が上昇するので運が必要になる。それでも、第1次職は大抵の者が転職出来る。転職必要数値が低いおかげだ。足りなくてもレベル25~30まで上げれば転職可能域に達する。


 レナさんが言っていた転職の心配とは、転職時に魔物から得た魂の量――つまりレベルの事――によって、体に激痛が走るのだ。

 それは、吸収した魂に合う肉体へと、体を1から作り変える。その工程はレベルが高ければ高いほど体を変化させなければいけないので、その痛みに耐える事が出来ずに精神が死んでしまうのだ。


 これは、白の迷宮だけの事だ。青の迷宮以降では、一度体を作り変えた事で耐性が出来たのか死者はいない。それでも深い階層では敵の強さが増す所為で、最深部へは行かないらしいが。


 だから白の迷宮だけは、レベル20を超えた所で直ぐに転職してしまう者が殆どだ。



 しかし、俺はどうしよう。戦闘職なら何でも良いんだけどな。


 実は、転職を決めておきながら何になるかは決めていないのだ。


 まさしく行き当たりばったり。勢いで決めるのは禁物だな。



 それでも転職する場所の前に来てしまった。




 扉を開けると、ランプの魔具が続く一本道が見える。


 緊張感を押し止め、力強い足取りで通路を進む。



 直ぐに重厚な扉がある行き止まりに辿り着く。


 扉は触れると自動的に開いていく。



 次に見えたのは円形の祭壇だ。壁には24体の石像が並び、物言わぬ瞳で祭壇を見つめている。


 扉を閉め、祭壇に向かう。祭壇と言っても高さは数10センチ程度で、その中央に立てるようになっている。

 そこに立ち職業を何にしようか考えていると――


『ようこそいらっしゃいました。異世界の者よ』


――そんな声が頭に響いてきた。


 ちょ、誰!? いきなり話し掛けられても困るんですけど。しかも異世界の人間って知っているなんて……ああ、神様?


『そうです。良く来ました』


『ちょっと遅かったぜ。もっと早く来いよな』


『急いでいても、意味が無い。これが必然』


『……そう。……今はこれで……良い』


『あの状態でジャミスを倒すんだ。もっと頑張って欲しいもんよ』


『アナタは野蛮だから困るわ。もっと優雅にして下さらない? そちらの人間にも優雅かつ華麗な戦闘を期待したいですわ』


『へっ。戦闘に優雅も華麗も無いぜ。あるのは勝者と死体だけだ』


『皆の者、話がそれておるぞ。今はそこの者の事だろう』


…………えーと。どうなってんの?


「……あの、みなさんは神様達でよろしいですか?」


『その通り。周りがうるさくてごめんね。久しぶりに面白い人間が来たもんだから、みんな興奮しちゃって』


 さっきの話を聞いていたので、何となく分かります。


「直接声を届けるなんて、どうしたんですか? 何か問題でも?」


『この"転職の祭壇"は神の声を聞ける場所でもあるのだ。ただし転職を希望している者だけだがな』


『そうそう。ホントはいつも1柱だけなんだ。でも、今回は珍しい人が来たから結構集まってね』


 どんだけ暇()なんだよ。もっとやる事あるだろ? それと名前は聞かないからな。憶えるのすら面倒くさいよ。


「それで転職を始めて良いですか? やっちゃいますよ?」


『その前にステータスを確認しなさい。そなたは何に転職するか決めておらんのだろう?』


 はいはい。確認しますよ。


 それにしても代わる代わる話すから、本当に誰が誰だか分からんな。


「ステータス表示」


 脳裏に現れるウィンドウの転職可能欄を見てみる。


『戦士』『剣士』『闘士』『格闘家』『魔法使い』『秘術士』『僧侶』『精霊使い』


 ざっと眺めるだけでもこんなにある。……? と言うか、良く見たら第1次職の全てが転職可能になってるな。40はある転職全てがだ。


『見たか? それじゃあ更に下の方を見てみな。エクストラ職業があるはずだぜ』


 どれどれ。


 確認すると確かに第1次職の欄最後に1つだけ存在していた。


 職業名は『全てに至る道』。明らかに職業ではないな…………何だこれ?


『その職業は、幾つもの条件を達成すると選択可能になる職業だ。

 お前が41階層で得たスキルと同じ様な物だ』


『1番困難な達成条件は、50階層に出て来る魔物を倒す事よ。

 アナタは1人で倒したけど、仲間が居たり、魔法オンリーで戦ったりしたら別の職業がそこに表示されてたわよ』


『『全てに至る道』は、第1次職の全てを選択した事になんの。

 でも、得られたスキルや職業補正は軒並み低下すんよ。』


『器用貧乏になるか、万能者になるかは君次第だね。

 どれか1つに絞った方が、強くなる為には1番良いんだけどね。1人でやって行くにはこの職業の方が良いよね』


…………俺なんかの為に集まり説明してくれるのは嬉しいが、誰か1柱が話してくれないかな? 頭痛くなってきたよ。


 神達の話を聞く所によると、俺にとっては最善の職業を得た事になるな。

 このアスカラドではどうなるか分からないが、他の世界に行くならば器用貧乏の方が色々と手を打てる気がする。


 ここはいっちょ『全てに至る道』に賭けてみようか!



「決めたよ。『全てに至る道』にする」


『了解した。そなたに幸あれ』


『ポックリ死ぬんじゃないよ~』


『死んだらあのヘッポコジャミスによろしくなー』


『……幸運……を……』


『がんばんのよ!』


『苦痛に喘ぐ姿を見せてくれよ、人間』



……俺は今本当に心から思った事がある。


――神&邪神にマトモな奴等いない――




 祭壇の上で精神を落ち着け、その時を待つ。今は張りつめた空気が心地よい。


 しばらくすると、50階層の様な共鳴が起き力の濁流が祭壇をミシミシと軋ませる。


「――――っぐ、っがああああ!!」


 その力は俺へと流れ、一瞬にして体が爆発したかの様な感覚に襲われた。


 "それ"を言葉にするならば、『拷問』『暴虐』『破壊』『死』この様な言葉で締め括られる。


 魂の許容量が拡張され、内蔵が強固になり、筋肉はしなやかかつ強靭に、骨の密度は増し、皮膚は硬くなり、神経が張りなおされ、電気信号伝達速度まで速くなった気がする。


 ここまで行くと、もはや本当に"作り変えて(・・・・・)"いると言える域だ。



 長かった……本当に長く感じた数分間だった。


 それでも俺は生還し、無事転職を終える事が出来た。


キャビネットやチェストと言う言葉を最近知りました。

こんな無知な私ですみません。無茶苦茶恥ずかしい…………。

この世界観ではこちらの方が合ってますよね。これからは、棚との使い分けで差別化をしてみます……出来れば、ですけど……。


前回と今回はちょっと長かったかな? 分けようかとも考えましたが、このままでいきます。長く感じたらすみません。

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