十三話 ボス戦
あの41階層での激戦から10日も過ぎた。
苛烈を極める41階層の戦闘で、一回り成長したと思う。あのトラップ部屋は行き過ぎだが、それでも良い経験だった。
これまでの戦闘はどこか物足りなく感じていた。それは、トォーラとのキツイ修行に見合う力を得ているのに、全力を出し切り、今まで学んだ事を発揮する場が無かったからだ。
しかし、前回の戦闘では十全に発揮したと思う。その不満も解消され、自身が思っていたよりも強い事が改めて認識出来た。
ああ、勿論今まで全力を出していなかったが、本気で戦ってはいたよ。
素材に嵩張る物が無かったのと、雑嚢の拡張率が増していたので大体持ち帰る事が出来た。
魔石は"魔"の魔力部分と、"石"の純度で価値と効力が変わる。"魔"の純度は上げられるが、"石"の純度は変えられないので、最初から純度の高い"魔石"は確保しておく。
それ以外の錬金用に幾つか残した素材を除いて、大部分は売ってしまった。
鑑定士の驚いた表情は、今でも思い出し笑いをしてしまう。
幾日か経過し、内部構造変化期を迎えたが何事も無く経過した。
変化期の間に迷宮に潜るのは自殺行為なので、その数日間は完全オフとし、宿でぐうたらと過ごした。鍛錬だけはこなしたが、それ以外ではあまり外へ出ずに室内でゴロゴロしていた。
だが、エレーヌちゃんから「セージさん、おじさんみたいになった」との一言は、かなり心に響いた。
これが世に聞く"休日のオヤジ"気分か……二度と味わいたく無い。
※妻や子供がいたらウザがられ、追い出されそうな数日間だった事をここに書き記しておく※
「そこのあんちゃん、これから迷宮だろ? 回復薬はどうだい! 安心して戦う為には必需品だろ!」
「今の所は大丈夫ですね。無くなった時には寄らせてもらいます」
「あいよ! いつでも来てくんな!
おっと、そこのあんちゃんたち、寄ってきな。色々揃ってるぜ!」
いやはや、活気があるなー。
ここはギルド近くの通り道にある、ちょっとした露店通りだ。そこで毎日探索者用の道具を販売している青空市場が開かれている。
自身の店舗で営業している人も、一番人通りが多い時間帯の1時間だけここで露店を開いているぐらい繁盛している。
販売されている道具は普通に買うよりも少々割高だが、買い忘れた客が急遽買う事があるのでそこそこ売り上げはあるらしい。
呼び込みと販売を兼用しているおじさん達の活気に押されて購入する初心探索者もいるらしいからな。
露店通りを抜けて、ギルドに入る。
「あ、セージ様。少々よろしいですか?」
受付を横切ろうとしたら、書類整理をしていたレナさんに声を掛けられた。
「はあ、大丈夫ですけど……何か?」
「すみません。こちらの個室の方に来てもらえますか」
レナさんが指差すのは、受付後ろにある部屋のようだ。
しかし何の用だ?
首をかしげ、とりあえずレナさんの後を付いて行く。
室内は机が1台と椅子が2脚しかないシンプルな作りだ。
レナさんが、椅子に座り姿勢を正し待っていたので、俺も急いで席に着く。
「急な事で申し訳ありません。
何分、つい今しがた連絡を受け取ったものですから」
「いいですよ。急がなければいけない理由も無いですしね。
それで、その連絡とは何ですか?」
まあ、思い至る事と言えば、迷宮の情報しかないがな。
「多分すでに気が付いていると思いますが、迷宮内の情報です」
そのまんまだったな。
「迷宮探索ギルドが把握している範囲では、セージ様が48階層に到達しており、そこで幾度も魔物と戦ったのを確認しております。
その情報を得たギルド長は、セージ様に40階層以降の事を教えてもらいたいそうです。
勿論、それらの情報がセージ様から得られた物だと知られない様に配慮いたします」
変化期が間に入ったので、あれから10日経った割りにあまり潜れなかった。
それでもレナさんが言った様に、48階層まで潜りそこで魔物と戦った。45階層からは『神殿エリア』とでも言うのか、巨大な1つ部屋で円柱の柱が部屋全体に整列しそびえ立っている。
魔物も大型なのしかいない。その魔物から得られた素材は珍しく、かつ触媒としては高品質だった。
これらの情報をギルドが欲しいと思うのは、致し方ないのだろう。
暫く考えてから答えを出した。
「――分かりました。良いですよ」
知られたくない情報だけは黙ってもらえるのなら、ギルドに話す事も問題ない。
「ありがとうございます。
対談の日にちは何時がよろしいですか?」
「そうだな――」
折角あと少しで50階層を攻略しそうだから、その時でいいかな?
「明日の午後2時はどうですか?」
レナさんは手元の手帳らしき物を確認してから、一度頷いた。
「はい。大丈夫です。
では、明日の午後2時にお待ちしております」
「それじゃ、また明日」
深々としたお辞儀に軽く応えて部屋を退室する。
45階層からは便宜上『神殿』エリアと読んでいる。このエリアはギルドも知らないし、見た目がそれっぽいので俺が名付けた。階層内に立っている柱が、パルテノン神殿を思わせるからだ。
ここは、一辺が2キロの正方形な部屋が1つあるだけだ。これまでの階層より小さな作りだが、極太の柱が無数に整列している姿は壮観だ。柱と柱の間は10メートルとかなり広いが、ここに居る魔物からすれば戦闘時には丁度いいと思っているだろう。
それは、巨体な魔物ばかりがここに居るからだ。最低2メートル、デカイので6メートルはある。
目立つのはラミア。上半身が女性で、下半身が蛇。蛇の部分を上手く柱に引っ掛け上り下りする。
怪力ではミノタウロス。分かりやすく言えば二足歩行の牛だ。ただし、ホルスタインでは無い。殺意に満ちた瞳、鋭い角、鋼の様な肉体、しなやかな筋肉、鉄板を貫く蹄、どれを取っても温厚な牛の姿を思い浮かべる事は出来なさそうだ。
武力ではオーガ。体格はミノタウロスに似ているが、オーガは金属の棍棒を持ち、所々金属板が付いた鎧を着ている鬼だ。
コイツらが要注意の魔物だ。魔物の出現率は40階層ほど無いので同時襲撃は少ない。
殆どの魔物は体が大きいので首を切りつける事が難しく、それ以外の急所か弱点になりそうな所を攻撃する事になる。
ラミアは、蛇の部分に鱗があるし表面が粘液に覆われて剣が滑る。しかし上半身は無防備なのでどこでも斬り付けられる。オーガは、鎧が邪魔をするので鎧の隙間や筋を攻撃した。
これで魔物の数が多かったら、迷宮内が広くないのにかこつけて全力疾走で降りる階段を探していたところだ。
探索は順調に進み、49階層を攻略した。
50階層はどんな所なのか予想が付かないので、50階層手前にある最後のテレポーターで一旦地上へ帰り、意識を切り替えリラックスする。
本当は、一度緊張感が途切れると再度気力を張るのに時間が掛かる。だから、休憩するならその場か直ぐに戦闘が起きそうな所がいいのだ。
だが、最後の階層がマトモである訳がない。逆に今まで潜った場所と同じ様なら拍子抜けしてしまう。
万全を期す為、全てをリセットして新たな気持ちで挑むつもりだ。
夜の帳に包まれる時間帯。いつもなら日が暮れる頃に迷宮を出るのだが、今日は2回目の迷宮探索に勤しむ。
白の迷宮前にあるテレポーターには誰一人居ないし、他2つの迷宮テレポーターにも人は余り居ない。
丁度、人が入る時間帯に当たらなかったようだ。
テレポーターに付いている数字の50を押し、50階層手前に転送される。
俺の体に光の粒子が舞い落ち、全身が光に包まれる。輝きはある一定の強さで納まり、それと同時に視界が波打ち良く見えなくなる。
ほんの数秒でそれらは落ち着き、周囲が見える頃には転移が終了していた。
テレポーター室から出て、薄暗い階段を1歩1歩確かめるように踏みしめながら降りていく。
階段の最下層には今まで無かった扉が鎮座していた。
扉は人間用サイズなのか、高さが2メートル、横に1.5メートルと普通の大きさだ。しかし、扉に描かれているモノには醜悪を感じさせられる。
左は生きている人を魔物が食い散らかしている絵が、右は死んだ人の血で川ができ、その川を人が流される絵が描かれている。
何とも悪趣味な事で……。
取っ手を掴み慎重に扉を開ける。
――ガチャ ギィー
蝶番の軋む音が、重苦しく周囲に響く。
身が竦む――とまではいかないが、それでも緊張が走る。
50階層は闘技場のようになっている。
地面は石畳で、数メートルの壁が周囲を取り囲んでいる。壁の外は階段状の観客席になっているが、観客は誰1人居ないので俺の足音だけが虚しく刻まれる。
戦闘を繰り広げるであろう場所は直径100メートルもありそうなのに、魔物が居ないので取り残された様な気持ちにさせる。
何かないかと探しながら歩いていると、階層全体が震えだした。
地震に換算すると震度2弱だろうか? そんなに揺れは激しくないが、何か力の集まるりが感じられる。
力が収束に向かうにつれ、得体の知れぬ存在が現れる兆しを感じた。それと共に、倦怠感が出てきた。
これは、トォーラと修行時代によく味わった感覚だ。魔法で能力を下げられたり、呪具で体に負担を掛けられたりしていた時と似た様な感じだ。
そうこうしている内に、その"存在"が姿を現した。
その姿は、悪魔と称してもいいだろう。
漆黒の肉体に紅く脈打つ血管の様なスジが全身に走り、額の左右から生える角は湾曲して後ろに流れている。鋭い牙を口元から覗かせ、縦長で爬虫類を思わせる瞳は金色をしていて、泣く子が更に泣きだすだろう凶悪な顔立ちだ。身長は3メートルぐらいあり、その身長より長い柄のハルバートを持っている。
「ここは何処だ?」
"そいつ"はそんな事を喋り、その鋭い瞳で辺りを見回し何処にいるのか探っている。
そして、俺を見付けると何か思い当たる節があるのか頷いた。
「ふむ。どうやら我が呼ばれたのは迷宮のようだな」
落ち着きのある静かな声で、俺に確認を取る様に話しかけてきた。
「お前が誰なのか分からないが、ここは迷宮の中だ」
一言一言に自信と自負を滲ませているので、それに負けないよう、俺も言葉に力を入れる。
「ふっ。我を前にそれだけ言えれば十分だな。
さて、始める前に質問があるなら答えてやろう」
『始める』とは、戦う事だろう。
行き成り始められずに質問を受け付けるとは……。これは、嘗められているのか? それとも、認められているのかな?
しかし、丁度良い。答えてもらおうか。
「それじゃ、遠慮なく。
さっきも言ったが、お前は誰なんだ?」
「我は、『破壊』と『殺戮』の邪神ヴァノアラス様から生み出されたジャミス。
邪神の中では1番の戦闘者と謳われるお方で、圧倒的な力で弱者を叩きのめす姿に歓喜を奮わすお方だ。そのお方から創られた我は戦闘者の中でも上位に位置しておる」
どうやらかなりの強者が呼び出されたみたいだ。
言葉だけでなく、立ち振る舞いからも強いと思わせる何かが溢れている。
「ジャミスは何でここに呼び出されたんだ?
強いのは分かったが、ここに居る理由が分からないんだが」
「ここは、白の迷宮50階層だろう。
この階層はレベルではなく、ここに来た者の力量と同程度の強者が呼び出される仕組みになっておる。
迷宮が出来てから、今まで誰1人として到達する事などなかったが、遂に到達者が現れたのだ。しかも、我ほどの強者を呼び出すのだ。さぞかし神々は喜んでおられる事だろう」
クスクスと笑っているが、顔の所為で笑っている様には思えんぞ。
「そうだ。お主、弱体化しておるだろ」
おっと、体がおかしいのは隙を付かれるかもと思って、黙っていようとしたのだが、どうやらあちらさんは既に知っているようだ。
なら黙っていてもしょうがない。
「確かに、さっきから弱体してるみたいだ。何か知っているのか?」
「ここは全てのスキルが停止し使えなくなる結界が張られ、自身の経験と力のみで戦わなくてはならない。
能力の補正が無くなるだけだが、それに頼っていたり大量のスキルを保持していたら、その感覚の違いに戸惑い無様な姿を晒すだろう。
お主がその様な人間では無いと証明してくれ」
……はぁ。やるだけやってみますよ。まだ、死にたくないんでね。
「もう十分。これ以上は無粋ってもんだよね。
さあ、やろうか」
俺はジャミスへ殺気を飛ばす。
かなり強めに当てているいるのだが、ジャミスは素知らぬ顔で受け流し、愉快そうに体を揺らしている。
「本当に威勢が良い。
どちらが勝つにしても、この勝負は良いモノになるだろう。
お主、名前は?」
「――――俺の名前は、セージ……っだ!」
掛け声と共に大剣を抜き、ジャミスに斬り掛かる。
――ギャンッ! ギリリッ
全速力の突撃と振り下しを素早く回避し、100キログラム超えそうなハルバートを使い軽々と受け止めやがった。
「中々良い攻撃だ。だが、そんなもんじゃないだろ。
本気で来い!」
ハルバートで、手首の返しを利用しネージュを絡め取った。
飛んで行くネージュに気を取られる事なく、一瞬でバックステップを踏む。
――ヒュッ ギャーン!
勘に従って直ぐに動いたのだが、それでもジャミスの一撃は鋭く、鎧の胸を横一文字に斬られ、投げナイフのベルトまで断ち切られた。
今のは危なかった。何とか胸のかすり傷怪しか負わなかったが、投げナイフを落とし、ネージュは飛ばされ、アトレスに裂け目を付けられた。
どうやらジャミスの言っていた、俺の『力量に見合った敵が現れる』と言うのは事実だな。素の状態では万が一にも勝てないだろう。
どうやら、本当の全力を出さないといけないみたいだ。
ひらいた距離を更に下がりジャミスから離れ、片手剣の左右を抜き、自然体に構える。
そして引き出すのは"気"と"魔力"。
双方を体内で練り上げ混ぜる。体内から湧き上がる力を全身に行き渡らせると、魔物の魂を吸収した時と似た高揚感を味わい肉体の強化が行われる。
この技術を"仙舞"と言い、仙舞は反発する異能力の波長を同調させ増幅させる。
仙舞が発動している間の気力は充実し、気で強化している時より身体機能は上昇する。体表面に攻撃を防ぐ防壁の様なモノまで展開する。ただ、唯一燃費が悪いのが玉に傷だ。
俺の状態を悟ったジャミスは、ニヤリと口元を歪ませ笑い出した。
「クハハハ。そうだ、それで良い」
笑いながら今度はジャミスが切り掛かって来た。
先程より速い攻撃が右から左、上から下へと連続で襲って来る。
その攻撃を紙一重に避けながら反撃のチャンスを待つ。
「どうした! そんな物なのか!」
挑発に乗るな。冷静さを失えば一気に攻め立てられるぞ。
一段と攻撃スピードが増してきて、避けるだけではかわしきれなくなってきた。
――ギンッ! ギンッ! ギャリッー!
弾き、弾き、受け流す。
遠心力を使ったハルバートの攻撃に、弾くのが難しくなった所で受け流す。
リズムを崩し、流れたハルバートの柄に沿いながら近づき、上下から挟み込む感じに2つの片手剣を繰り出す。
「ふん!」
「ぐっ! くそっ!」
それも、相手にバカ力があれば無に帰すようだ。腕力だけで俺の体が飛ばされた。
ダメージ自体はそれ程無いので、着地と同時に円を書くように動き撹乱する。所々で動きにフェイントを入れ、スピードの差を生み目の錯覚を誘発させる。
――ザシュ ザッ ザッ ガキンッ!
一撃目は背中をある程度斬り付ける事が出来たが、二撃目、三撃目は勢いが足りないのかかすり傷か打撲程度だ。しかも、高速四連撃の最後が防がれた。
真後ろからの攻撃に、ジャミスの攻撃速度より遥かに速かったにもかかわらず、その巨体からは考えられない素早さで防いだのだ。
これは、速度重視より威力重視で行った方が良いな。
ネージュが飛ばされた方をチラ見し、距離を測る。
目測で左後方26メートルと言った所か……何とかいけそうだ。
激しい攻撃の嵐を受けながらも、俺に取って理想のポジション、リズム、攻撃を待つ。
流石に受けてばかりいると身が持たないから、ジャミスに損傷をあたえる為に幾らか攻撃を加え、傷を負わしておく。まぁ、間合いが違うのでその回数は少ないが。
そして狙いの攻撃が来た。
右からのやや大振りな横薙ぎだ。双方の立ち位置も最良で、1つ前の攻撃から読んでいた通りの勢いとタイミングでやって来る。
左の片手剣を足元に投げつける。
いくら傷付き難いと分かっていても体は勝手に反応してしまう。それを利用してジャミスの動きを鈍らす。
そして、右の片手剣は逆手に持ち左手で刃を支え、斬撃が来る方へ構える。
凄い風切り音を出しながらハルバートが向かって来るが、先程までと違って少しスピードは落ちている。
これなら確実にいける!
そう確信を持って、絶妙なタイミングで攻撃とは反対の方向へ跳ぶ。
――ギャリィッン!!
強い衝撃が右手と腕、左手、右脇腹を襲い、俺は左に弾き飛ばされる。
しかし、その飛ばされた位置は、正しく俺の思い描いた距離と方向だ。
その場所は、ネージュの真上。
着地の間に体を捻り腕力を持ってして、ジャミスの顔面にカンティーを投げる。
ジャミスは、顔に飛んで来る剣を今度もとっさに避けようとしてしまっている。
俺はネージュの柄頭を踏み、跳ね上がる剣を掠め取り、足に仙舞のエネルギを4割ほど籠め爆発させる。実際に爆発はしないが、銃の様な効果を発揮して俺の体を弾の如く前方に飛ばす。
これは『縮地』や『瞬歩』、『神足通』などといったものに似た技法だ。名前は無かったので、そのまま『縮地』と名付けた。
首を傾げているジャミスは一瞬俺の接近に気づく事ができず、それが致命的な隙になっていた。
攻撃までの一連の動作を最適に、かつ残りのエネルギを放出しきる勢いで発動させ、武器を持つ右手を切断する。
「ガーーー!」
物凄い叫びをあげ、たたらを踏み数歩下がる。
俺も、痛みに暴れ不意の攻撃を食らわない様に距離を取り、再び仙舞の発動を準備する。
先程、本当は首を刈りに行きたかったが、ジャミスの体勢が邪魔したうえ、首まで距離があり攻撃出来なかった。追撃もさっきの理由で中止したので、実質致命傷を与える事が出来ずじまいに終わる。
それでも、右手の切断で攻撃力ダウン――――と思っていた。
「グウォーー!!」
そんな思いと裏腹に、雄叫びをあげジャミスが突っ込んでくる。しかも怒りに我を忘れ、理性を捨てて身体能力を上昇させている。
俺も仙舞を発動させているが、避けるよりジャミスの攻撃が速い。
――ドンッ!
「うわっ!?」
篭手で防御したが、その腕に浸透する程の衝撃を食らい、今度は素で吹き飛ばされた。
「受身を取る時間も与えない」と言っているかの様に、猛然と駆けて来るジャミスになすがまま攻撃される。
武器を持っていないし、仙舞での障壁のおかげで怪我自体は酷くない。それでも体勢を整えられないのでキツイ。
不意に攻撃が止んだ。そして、右腕をつかまれ体を持ち上げられた。
チャンスだ!
左手にネージュを持ち、剣先をジャミスの口に向ける。
――その時――
――バキャッ!
――腕を潰された――
「がぁっ……ぉおああああ!!」
障壁は一瞬で破られ、強化された肉体すら握り潰され破壊された。しかし、ここで躊躇していれば殺られる。その想いからネージュを動かしジャミスの口に突っ込んだ。
「ぐがぁ! がぁぐぁ!」
口の中に剣を入れても致命傷にならず、何を言っているかは分からないが、声を出す元気はあるらしい。
それもここまでだ。
剣先に全てのエネルギを集め、開放する。
――バンッ!
仙舞の強烈な力の奔流が口内で荒れ狂い、耐えられなくなり頭部ごと破裂した。
ジャミスの、その大きな体はゆっくりと倒れ消えていく。
「ふぅ、……いたい……」
冷静さを乱したのと、自身より強者と戦う事が無かったのだろう。色々と粗が目立った。今までは、大抵あの巨大なハルバートの一振りで倒される者ばかりだったのだろう。
仙舞2回分で殆ど気と魔力を使い切った。そのおかげで倦怠感が半端無い。
さて、潰され皮膚と僅かな筋肉だけでぶら下がっている腕を治療しなくちゃ。
こんな時ばかりは、トォーラの肉体イジメが役に立つ。なんせ、痛みに耐える訓練で実際に腕を折られたり、内臓を潰されたりしたからな~~。あれだけは、決して良い思い出にはならないと思っていたのだがな……感謝してしまってるよ。
回復薬を取り出し、口に流し込み腕にもぶっ掛ける。
「……あ・れ?」
一瞬体に痛みが走った。怪我が酷いのでその痛みかと思ったが、何か違う。
「――っあああー!!」
いきなり強烈な力が体中を駆け巡った。突然の事で何が何やら分からない。
痛みの中必死に頭を働かせ、痛みの正体を掴んだ。
これは、魂の吸収だ。
過去、2度ほど味わった痛みを強くしたら、こんな痛みになりそうだ。あの時も、急激に流入した魂で、僅かな圧迫感や苦痛を感じた。
今回はあんなモノではない。
だが痛みに耐え、拡散させる事無く取り込む作業に入る。
馴染むのに時間が掛かったし、何故か9割も余剰分が出て取り込めないのが感覚で分かった。取り込めない魂は放出された。
落ち着く頃には回復薬も効果を出し尽くし、回復作用が止まっていた。それでも全快には程遠く、手元に残っている3本の回復薬も追加して治療する。
回復を待つ間に散らばった装備やら何やらを回収する。素材はジャミスのハルバートみたいで、祝福品はネックレス状のコインだ。
とりあえずハルバートを持ち上げると、一気に血の気が引いた。驚き手放すと直ぐに元に戻った。どうやら呪われているらしい。
剣の合成素材にしようと思ったが、剣達は反応しない。呪いの所為なのか、力量が足りていないのか分からないが、まだ取り込む気は無いらしい。
続いてネックレスを手に取る。これは呪われておらず鑑定も出来た。
銘は『覇者の印』で、付与されているのは『状態異常を100%防ぐ』と言う絶大な効果を持った、ミスリル製のコイン型ネックレスだ。
流石ボス戦。途轍もない価値のドロップだ。
道具は全部雑嚢に入れ、ネックレスを首に掛ける。
最後にステータスを確認する。
「ステータス表示」
現れるステータスに度肝を抜かれた。
何と、レベルが50に達していたのだ。
あのトラップ部屋でレベルはかなり上がり、レベル35になっていた。それから50階層に来るまでの戦闘でレベル39だったのだが、ジャミスの魂で一気に11レベル分上がった事になる。
つまり余剰分は、レベル50までの残り11レベル分しか取り込めずにいた、と言う事だ。
それでも、他の魔物から11レベル分吸収するより、ジャミスから吸収した方が密度と言うか魂の輝きとでも言うのか、そんなのが違った。
まぁ、あんな激戦を繰り広げたのに、9割もの魂を無駄にしたのは勿体無く思うがな。
あのペンダントは、それも関係しているのかな? 状態異常完全無効化なんて魔具ハッキリ言って手に入れる事なんて普通は出来ないもんな。
いくらここが迷宮だからって、あんな効果を持つ魔具を持っている探索者は居ないと思う。持っていて何割かの確率で防ぐとかだろう。
さて、後は帰って武具の修理だ。
ははははは、そう簡単に楽にさせるものか! 主人公は主人公らしい苦悩に苛まれるがいい!
そんなハイテンションで主人公をイジメてみました。
まぁ、これからまた、スーパー主人公タイムが始まるのだが……。
次回は、ちょっと遅れるかも。すみませんがお待ち下さい。
5話の迷宮攻略作戦で書き忘れていた部分を追加しました。
講習での話し、職業の所です。