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殺人鬼の日常  作者: 小石 汐
ころすということ
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ころさないということ

 しばらくして冬夜は目覚めた。否、起こされたと言うべきだろうか。不機嫌そうに眉をひそめながら、冬夜は身を起こそうとした。の瞬間を見計らったかのように、腹部に衝撃を受ける。それで冬夜の意識は一気に覚醒した。重い掛け布団を無理矢理はがし、中腰になって構える。しかし襲撃者の姿を捉えてると、冬夜は一気に力を抜いた。

「祐介さんを蹴ったんですって!?」

 夕夏は冬夜の袖を掴んでわめく。目は血走っており、不用意な発言は控えるべきだと冬夜は一瞬で悟り、口をつぐむ。

「やっと学校に顔出したと思ったら、何してんのよ!」

 無駄だとは思いつつも、冬夜は事実を告げてみる。

「いや、先に殴りかかってきたの、あいつだぜ?」

 実際、先に殴りかからせるような挑発をしたのは冬夜だが、それは意図的に言わなかった。しかし、それを聞いた夕夏の反応は予想外だった。

「知ってる」

「知ってるの?」と呟きながらも、冬夜は思わず耳を疑った。

「祐介さんが言ってた。先に殴りかかった俺が悪いから、兄ちゃんを責めないでくれ、って」

 完全に悪者だ――冬夜は内心で苦笑を漏らす。ただ、そこまで気にすることはなかった。やはりと言うべきか、その程度で罪悪感を抱くほど冬夜は弱くなかった。否、弱くないと言うよりは、健常ではない――異常だった。

「でも……何で?」

 夕夏の声は小さくなる。目尻に涙も溜まっていた。それは今すぐにでも溢れ出しそうで、冬夜は思わず目を逸らしそうになった。

 事実を話すべきだろうか――冬夜の心が揺らぐ。「上村を恨んでいた」と言うべきか一瞬だけ迷った。しかし夕夏の後ろに母の姿があったので、出かかっていた言葉を全て飲み込んだ。恐らく母は騒ぎを聞きつけて、やってきたのだろう。あまり事態を理解できていないのか、顔を青くしながら冬夜と夕夏を見つめていた。

「……部活の件でもめてな」

「知ってる、辞めるんでしょ」

「聞いたのか」と冬夜が呟くと、夕夏は小さく頷いた。

「祐介さんの言うとおりだよ、勿体無い。今まで兄ちゃんの努力を知ってるから、辞めてほしくないんだよ」

「なのに辞めるの?」と夕夏は尋ねた。それに冬夜は迷うこともなく頷いてみせる。

「辞める。できれば学校も辞めたいな」

「もう何もかもやめたい」と喉元まで出かかったが、それは飲み込んだ。しかし、それは冬夜にとって偽らざる本音だった。

 ただ部活だけでなく、学校も辞めたいと言っただけで夕夏と母の顔は強張った。それを見て、その後の言葉を飲み込んで良かったと冬夜は心密かに胸を撫で下ろした。

「冗談だよ」

 学校はな、と冬夜は最後に付け加えた。ただ学校を卒業したところで、本当に自分のためになるとは思えなかった。逃亡生活中に見てきた世界は不景気のどん底を突き破って、更に奥深くに沈んでゆくように見えた。学校を出ていれば多少はマシだろう。しかし結局はその程度だ。マシなだけで苦しいことには変わりない。

 それに対し、冬夜は気が向いた時に人を殺し、それが発覚するまで住居とお金を自由に使い、気ままに生活していた。時に警官に追われたりもしたが、平和な日常に振りかけるスパイスとしては上質なものだった。

 どれほど憎まれようと、冬夜は決して不幸な人生を歩んできたとは思わなかった。ただ、そう思う時点で、既に人として大事な部分を失っているのだろうと冬夜は理解した上でのことだった。既に自分が壊れていることも認識していた。大事なネジをいくつも失ってしまったのだ。

「話がある、って」

 緊迫した空気の中、夕夏がぽつりと呟いた。自由気ままな生活に思いを馳せていたため、冬夜は少し反応が遅れた。

「は?」

「だから、祐介さんが話したいって言ってたの」

 先ほどより少し苛立った声色になっているのは、冬夜の反応の悪さ故だろう。それでも夕夏は冬夜の瞳をじっと覗き込んで言った。

「祐介さんが怒るなって言ったから、私は何も言わない。けど、祐介さんとはちゃんと話をして、絶対」

 もう既に怒ってたじゃねえか、と冬夜は小さく呟く。「何?」と夕夏に凄まれて、冬夜は素知らぬ顔で目を逸らした。

「今晩十九時、河川敷の公園で待ってる、って」

 話したって無駄だと冬夜は思う。むしろ、そんな人気の無いところに誘い出して、上村は何を考えているのだろうかと勘ぐった。しかし、この時の上村は冬夜に殺されるだなんて、夢にも思っていなかったのだろう。殺しやすいか、と冬夜は小さく息を吐きながら了承する。

「分かった」

「ちゃんと謝ってよね」

 分かった、と冬夜は再び返事をした。謝るどころか、これから上村を殺そうと考えているのに。

 二人が部屋を出ていき、足音が遠ざかるのを確認してから、冬夜は部屋の扉をそっと閉めた。そして机の引き出しをかき回す。何か武器になるものはないかと必死に探した。その顔に笑みが浮かんでいることは、本人の冬夜すら気づいていない。

 やがて冬夜の手が止まる。そっと引き出しから抜いた手には、大きなハサミが握られていた。裁縫などで布を切る際に使うハサミで、切れ味はそこそこある。突きには向いていないことを認めつつも、これは使えると冬夜は確信していた。硬すぎず、柔軟性に富んでいることから折れにくいだろう。ただ相手の攻撃を受ける際は、この柔軟性がどんな働きをするのか、クセを見極めて使う必要がある。

 大体の考察を終えて、冬夜はそれを机の上に置いた。そして宙に向かって手を伸ばす。最初は酷く鈍い動きだった。しかし徐々に速度が増し、動きも鋭くなってゆく。手を振るう度に僅かに床板が鳴く。しばらく身体を動かして、冬夜はまじまじと自らの両腕を見つめた。違和感だらけだった。イメージ通りに身体が動いてくれず、冬夜は少し苛立った。乱暴にベッドに腰を下ろし、壁に掛けられた時計を見た。随分と眠っていたらしい。時計の針は十七時を示していた。約束の時間まであと二時間。


*


「……で、何でお前まで来るんだよ」

 尋ねるのではなく責めるような口調で、冬夜は隣の夕夏に言った。

「ちゃんと謝るか、心配だし」

 しれっと夕夏は答えるも、その心配はある意味で的中していた。冬夜のポケットには、引き出しにあったハサミが入っている。家を出る前に多少の改良を加えて、これから試し斬りだと冬夜は胸を躍らせていた。しかし夕夏がついてくるとなると話が変わってくる。がっくりと肩を落としながらも、夕夏を帰らせる方法を思案する。

「絶対に謝る」

 もちろん嘘だが、冬夜はさらりと言ってみせる。それどころか反省の色を見せずに殺しに向かっているところだった。

「なら、私が一緒しても問題無いでしょ?」

「確かに」と冬夜は思わず頷いてしまった。

 それから会話はなく、アスファルトを淡々と踏みしめながら待ち合わせの河原へと向かった。その後を続く夕夏の足音だけが等間隔に響き、夜闇の中に吸い込まれていった。

 街灯がいくつも並び、近くを通り過ぎる度に電磁波を放っているような音が聞こえた。実は街灯の中に特殊な電波照射機が組み込まれていて、知らぬ間に洗脳されているのかもしれないと冬夜は考えてみたが、どうでも良かった。

 既に日は沈み、星が空で瞬いていた。昼間は随分と暖かくなってきているものの、夜はやはり寒い。夕飯を食べたばかりで身体が火照っているせいか、外気の冷たさがより沁みた。「少し忠実に再現しすぎだよ、走馬灯さん」と内心で呟いてみるも返事は無く、寒さが緩和されることもなかった。

 やがて道は緩やかに上り、二人の視線の先に堤防が見えた。そこを越えれば河川敷の公園がある。ふと耳を澄ませると何かの音が聞こえた。懐かしい音だった。二回続けて音が聞こえて、しばらくの静寂。そしてまた音が二度続けて静寂が訪れた。それは堤防に近づくにつれて大きくなってゆく。音の主は言うまでもない――上村だ。冬夜がやってくるまでボールを蹴っているつもりなのだろう。

 結局、夕夏を振り切ることもできず、ここまで来てしまった。どうしたものか――あまり悩む様子もなく、冬夜はぼんやりと考えていた。既に冬夜と夕夏は堤防のすぐ傍までやってきている。そこで唐突にボールの音が止んだ。代わりに怒声が二人の下まで届く。一瞬だけ夕夏と顔を見合わせて、冬夜は堤防を駆け上った。河川敷を見下ろすと、街灯のか細い光の下に上村の姿があった。その近くに人影が三つほど視認できる。冬夜は状況を把握するために目を凝らし、耳を澄ませた。

「お金なんて持ってません」

 聞こえてくる上村の声は少し震えていた。

 なるほど、と腕を組みながら、冬夜はのんびりと光景を見下ろしていた。これなら手を出すまでもなく、上村は死んでくれるかもしれない――冬夜は薄い笑みを浮かべながら動向を見守る。

 ああいった輩が取る行動は限られている。まずはお金を要求、持っていなければ八つ当たり――つまり、リンチだ。多人数で暴力を振るう場合、歯止めが利かなくなることがある。外から冷静に見て止めに入る者がいなければ、被害者が帰らぬ人になることも珍しくない。さて、どうなるか、と冬夜が見つめていると影が動いた。一斉にだった。

「死ぬかもな」

 隣に夕夏がいることを考えると軽率な発言だったと言える。しかし笑わなかっただけマシだと冬夜は言えた。今にも腹を抱えて転げ回りたかったが、それは辛うじて堪えた。

「……っ、悠長なことを言ってる場合じゃないわ!?」

 夕夏は堤防を下りていこうとする。それを冬夜は止めた。無造作に腕を掴んで、ぐいと引き寄せる。

「馬鹿か、お前。輪姦まわされてえのか?」

 びくりと夕夏の肩が震えた。

「で、でも!」

 それでも冬夜の手を振り解こうと、夕夏は腕を振るう。冬夜も振り解かれまいと握る手に力を込めた。冬夜の指が細く柔らかい夕夏の腕に食い込んだ。

「な……兄ちゃん、痛い!」

「言っても分からないんだから仕方ない」

 さらりと冬夜は言った。

 夕夏は振り返り、冬夜を睨み付ける。しかし、その瞳は一瞬にして困惑の色に染まる。背筋を抜ける悪寒を隠しきれず、夕夏は身を震わせた。兄の顔があのように酷く歪むとは思いもしなかったのだ。

「まぁお仕置きは、これぐらいで」

 冬夜は手を離し、夕夏はバランスを崩して尻餅をついた。しかし、そちらを一瞥することもなく、冬夜は河川敷に向けて一歩踏み出した。笑みは相変わらずで、瞳は街灯の光を受けて怪しく輝いた。

「そこで見てろ。何かあったら大声を出せ」

「え、ちょっと、兄ちゃん?」

 夕夏の呼びかけを無視し、くるぶしほどまで生えた草を踏んでゆく。しかし僅かな音しか立てず、冬夜はそっと男たちに近づいた。上村のリンチに夢中になっているのか、男たちは冬夜の接近に近づかない。悪魔のような笑みを浮かべた――否、本物の悪魔が音もなく近づいていることに気づかない。

 まずは一人目。冬夜は男の後頭部に蹴りを叩き込んだ。しかし一撃で仕止めきれなかった。男はよろめきながらも、倒れることはなかった。

 やはり何かがおかしいと冬夜は訝りながらも続けて拳を振るう。男は体勢を崩していたため、冬夜の拳を受けることも避けることもできなかった。冬夜の拳を頬に受け、無様に伏す。それでも男は僅かに動く。

 しぶといな、と冬夜はポケットに忍ばせたハサミに思いを馳せる。「殺すか」と呟いたところで、他の二人が冬夜の存在にようやく気づいた。

「何だ、てめえ」

 低く威圧するような声に、冬夜はワザとらしく肩を竦める。

「そいつ、俺の獲物なんだよね。勝手に殺されたら困るんだ」

 上村を指さしながら冬夜は言った。男たちは一瞬黙ったが、すぐに「何を言ってんだ」と吠えた。

 同時に二人。武器なしでは無理だと冬夜は判断する。今度こそ迷わずに両手をポケットに突っ込んだ。そしてハサミを取り出す。しかし右手に見える刃は一つだけだった。そして対の手にはもう一つの刃が握られていた。

 そして男たちと交錯し、冬夜は両手を振るう。それは淀みのない綺麗な動きで、手にした刃は銀の閃光と化した。右手で一人、左手でもう一人を斬った。

 冬夜に躊躇いはなかった。世界の仮説も、夕夏や上村が見ていることも、そして再び殺人の罪で追われることも全て眼中に無かった。ただ渋い顔で、やっぱりおかしいと呟き、首を傾げた。やがて「ハサミではこの程度か」と、冬夜はため息を漏らす。

「今ので手首落とす予定だったんだけどな」

 男たちは唖然と冬夜を見つめ、やがて自らの手首に目をやった。僅かな街頭に照らされて見えるのは、ぱっくりと開いた赤い口だった。やがて、そこからじわりじわりと血液が流れ出す。男たちは手首を押さえたまま、冬夜を見つめた。男たちの額から、どっと汗が噴き出し、瞳には畏怖の色が浮かんでいた。

「さすがに骨は断てないか。それなら最初から動脈を狙ったんだけどな」

 もし狙われていたら――男たちはぞっとした。本物の恐怖とは、こういうものなのかと実感を通り越して痛感する。そして今更ながら自分たちの行動を後悔した。

「なぁ、まだやるか?」

 刃を空に放り投げながら、冬夜は尋ねた。刃は回転しながら落ちてきて、再び冬夜の手に収まる。刃は街灯の光を鈍く反射していた。まだ血が僅かに残っている刃を弄びながら、冬夜は男たちに迫った。冬夜の態度は、ファミリーレストランで注文の確認をする店員のような薄っぺらい笑顔を持ち合わせながらも、拭いきれない恐怖があった。

 しばらくの沈黙。やがて男たちは冬夜の追撃を警戒することなく、背を向けて走り去っていった。あんまり派手に動くと出血が酷くなるのに、と小さく呟きながら冬夜はその後ろ姿を見送った。

 やがて音もなく振り返る。上村は街灯の下で唖然と冬夜を見つめていた。それに対し、冬夜は微笑む。ハサミの取っ手のところに指を引っかけて、刃を勢いよく回した。

「さて――」

「兄ちゃん、祐介さん!」

 どうやって苦しめてから殺そうかと恍惚の表情で考えていたところを夕夏の声で現実に引き戻された。軽く舌打ちを漏らし、冬夜は振り返る。草を盛大に踏みならしながら、夕夏が堤防を駆け下りてくるところだった。

「今は何も言うな」

 夕夏に聞こえないよう、冬夜は小さく告げた。その際に見せた冬夜の眼光は鋭く冷たかった。その視線に射竦められて、上村は静かに頷いた。


*


 翌日も暇を潰すためだけに、冬夜は学校を訪れた。しかし登校と同時に職員室に呼ばれ、昨日の教師と上村に対する暴行の叱責を受けた。結局、叱責だけで一時間が潰れて、二時間目から授業に参加することになった。それでも退屈な時間が過ぎるばかりで、冬夜は寝て過ごすしかなかった。

 やがて昼休みになり、冬夜は一人で弁当をつつく。四月前半の不登校から復帰したものの、クラスメイトの大半が冬夜の変貌に困惑していた。どう接するべきか悩んでいるようで、時折向けられる視線に冬夜はうんざりとしていた。明日から学校に来るべきかどうかを悩みながら、冬夜は空になった弁当箱を鞄にしまった。

 しかし冬夜にとって予想外の事態が起きる。上村がやってきたのだ。顔は絆創膏やガーゼ、瞼の上は青く腫れ上がっていた。「この程度で済んで良かったな」と冬夜は嫌味っぽく笑いかけた。

 上村がやってきた理由は分かっていた。昨晩のことだろう。冬夜は上村を引き連れて、教室を後にした。階段を上り、音楽室や美術室の並ぶ階を目指した。

 この時間帯、特別教室の周辺は人の気が無いからだ。聞かれたくない話をするには最適だし、殺すにしても邪魔が入りにくい――そんな思考から選んだ場所であったが、手を出すつもりはなかった。

「説明する義務はないね」

 こいつ、本当は死にたいのではなかろうか――冬夜は半ば苛立ちながら上村に言った。今は夕夏というストッパーがいない。今なら簡単に殺せるだろう。しかし、あまりにも軽率な行動ばかり取る上村を哀れに思うのも、また事実だった。自分が殺すまでもなく、勝手にどこかで死ぬんじゃないかと思えたのだ。

「確かに義務はない。けど、何であんなこと――」

「だから、それに答える義務も無いだろ」

 二回目になると冬夜の語気が強まった。冬夜はポケットに入っている二本の刃に手を伸ばす。刃同士が触れ合い、音が鳴った。それだけで上村は理解したようで、一歩下がった。結構です、と言わんばかりに首を横に振りながら。

「でも、部活を辞める理由って――」

「関係ねえよ」

 完全に無いとは言い切れない。ただ上村は納得がいかないと言った様子だった。まるで捨てられた子犬のような目で冬夜を見つめる。「ああ、面倒くさい」と冬夜は頭を掻いて、乱雑に言う。

「お前が気に入らんから、部活は辞めたんだ」

 突き放す一言としては充分だったはずだ。しかし上村は引かない。少し悲しそうに目を伏せた後に顔を上げた。それは、どこか決意の見える顔つきで、冬夜は思わず身構えた。

「夕夏と付き合い始めたからか? だったら今は別れる。お前が納得してくれるまで待つから」

 俺にとってはお前も夕夏等しく大切なんだ、と上村は冬夜に迫る。冬夜が刃を持っているのも気にせず――否、気にする余裕がなかったのだろう。それは冬夜も理解できた。

 何て必死な顔で、すがりついてくるんだよ――冬夜は顔を引きつらせた。

「離れろ、殺すぞ」

 上村ははっとして、一瞬で冬夜から離れた。顔色は青い。そんな上村を見て、冬夜は苦い表情で首を横に振った。

「もう俺に近寄るな」

 そう一言残して、冬夜は上村に背を向けた。

 お前がそんなだから――良いヤツすぎたから、俺が狂うしかなかったってのに。良心と嫉妬の狭間で、どれほど俺が苦しんだかも知らずに。

 冬夜は一度も振り返ることなく、教室へと戻っていった。残された上村は、ただ悲しそうに冬夜の背中を見送った。

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