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殺人鬼の日常  作者: 小石 汐
がくえん
23/30

結末

「私、実は未来を見るだけじゃなくて、時を操れることもできるんです」

 ホワイトボードの文字を消しながら、朱里が言った。冬夜は冷たい眼差しを向ける。

「……嘘じゃないですよ」

 こんな時に嘘発見機がいたらな、と冬夜は思った。

「ほら、私が南雲さんを銃で撃ったでしょ?」

 それを聞いて、冬夜の目の色が変わった。冷たい色をきざし、朱里を睨み付ける。

「それを覚えてるから、私を殺そうとしたんでしょ?」

 朱里は、やんわりと微笑む。冬夜は腹の底から湧いてくる、どす黒い塊を抑えた。

「あなたの脈が止まった後、無我夢中で人工呼吸をしました。だけど、あなたは生き返りませんでした……で、気づいたら、時間が巻き戻ってました」

 いつの間にか、冬夜は立ち上がり、朱里の胸倉を掴んで、ホワイトボードに叩きつけていた。冬夜は血走った眼で、朱里を睨みつけた。

「要らんことをしやがって」

 冬夜の両腕に力が入る。朱里の両足が床から離れ、苦しそうに顔を歪めた。

「あなた、には、罪を償って、もらいたかった」

 朱里の言葉を聞いて、冬夜は一瞬にして冷めた。冬夜が手を離すと、朱里はむせた。

「何だよ……そんな程度で俺を生かしたのかよ」

 冬夜は苦々しい表情で、ため息をついた。肩を落とし、やれやれと首を横に振った。半ば放心状態で冬夜は口を開く。

「もし、お前が時を巻き戻したと仮定しよう。結果、俺が生き延びて、お前が死んだら意味無いだろ」

「……分かりません」

 朱里は俯いて小さく零す。声は震えていた。

「死ぬのが怖けりゃ、もう一度時間を巻き戻せばいい。そうすれば違う道を模索できるだろ?」

「それは……何だか反則な気がするんです」

 俯いたままの朱里は、ぽつりぽつりと言葉を吐いた。

「なら、そのまま運命に従って死ねよ」

 勝手にしろ、と冬夜は朱里の横を通り過ぎる。そのまま部屋を後にした。


*


「クソ……だったら、自分で何とかしろよ。時を操るみたいな最強の能力を持ってたくせに!」

 冬夜は廊下を駆けながら、朱里に対して文句を漏らす。ポケットには大量の文房具が詰め込んであった。逃げている間に、あちこちの教室から回収した物だった。

 冬夜は汗を拭い、振り返った。主の姿は無く、そこで足を止めた。

「……勝てる気がしねえよ」

 全速力で逃げてきた冬夜は、肩で息をしながら呟いた。どうやら二年生の教室が並ぶ廊下のようで、黄色や橙の腕章が目立った。向けられる視線は畏怖、奇異といった感情が混じり、未だ事の重大さに気づいている気配は無い。

 危機管理能力の低さに呆れつつも、冬夜の瞳にある色が留まる。急いで振り返ると、人ごみの中に消えていきそうで、冬夜は慌てて、それを追った。

 ようやく追いつき、冬夜は手を伸ばす。その先には赤い腕章があった。

「突然で悪い。母上 主が暴走して――」

 そこで冬夜は言葉を失った。振り返った男の顔を見つめたまま、目を剥いた。

「お前が……玖月、か?」

「ん、そうだけど」

 玖月 緋人――何度も冬夜を追いつめた怪物が、やんわりと微笑んだ。


*


 母上 主を殺せ、と校内放送が流れた。それを聞いて、薺の心臓が跳ねた。とは言え、戦争期にならなかったことを考えると、薺はそっと安堵の息を漏らす。

 両手に手袋をはめて、糸の調子を確認する。冬夜に切られて、少し短くなっているものの、操作に問題は無さそうだった。

「まったく……何してんだかなぁ」

 薺は冬夜の部屋を飛び出して、本校舎を目指す。しかし寮を出たところで、薺の足は止まった。

「何よ……これ」

 本校舎付近に伏しているのは生徒だけではなかった。何人かの教師が倒れ、動かなくなっている。それを見て、薺は踏み込むのを戸惑った。教師ですら止められないほどの相手に、どうすればいいのか――薺は回れ右をして、再び寮に飛び込んでいった。

 それと同時に、薺の携帯が着信を告げた。薺は小さく悲鳴を漏らしながらも、携帯のディスプレイに目をやった。「なぐもん」との表示に、薺は息を吐いて、通話ボタンを押した。


*


「どこに逃げても無駄だ……全員殺す」

 主は低い声で呟きながら、ゆっくりと足を進めていた。二年の廊下に差し掛かり、一人の男が主の前を遮った。

「随分と勝手しているみたいだね」

 玖月 緋人だった。主に殺気を向けられても顔色一つ変えず、やんわりと微笑んでいる。それが気に障ったのか、主の眉がつり上がった。

「とりあえず死ね」

 主が一歩進むと、緋人の表情に変化が生じた。僅かに眉をひそめ、喉を押さえた。主が更に一歩進むと、緋人は床に膝をついた。

「なるほど……これは苦しいね」

「常人なら即死なんだがな」

 主は狂気を滲ませた笑みを浮かべた。

「この毒に加えて、君の再生能力を阻害する毒を混ぜたら、どうなると思う?」

「それは勘弁願いたいなぁ」

 緋人は無理矢理立ち上がり、後ろに下がった。しかし、足取りがおぼつかず、主との距離は広がらなかった。

「ほら、あのクソガキみたいに逃げないと、すぐに死んじゃうよ?」

 主は、ゆったりとした足取りで緋人の後を追う。緋人との距離を一定に保ちながら、ふらふらと逃げてゆく後ろ姿を楽しんだ。

「こんなことになるんだったら、引き受けるんじゃなかったよ……!」

 緋人は歯を食いしばり、額から滝のように汗を流しながらも、必死に足を進める。それを追う主は、眉をひそめた。

「囮でも引き受けたのかい?」

「そんなところ」

「ふうん、まだ諦めてないのか、それとも玖月を生け贄に逃げようとしているのか……どっちなんだろうねぇ」

「僕は前者であってほしいなぁ」

 ついに玖月は、ふらりと床に倒れた。それを見て、主は残念そうに肩を落とす。

「もう終わりかな?」

 玖月の下まで歩み寄った主は、ポケットから小瓶を取り出した。赤色のシールが貼ってある、それの蓋を外し、傾けてゆく。

「さぁ、玖月くん、さよ――ふべほっ」

 主の頭が爆ぜた。緋人は倒れてくる主の身体を必死に躱す。小瓶の液体が廊下に広がった。それから逃れるように、緋人は必死に這ってゆく。ある程度、主の死体から距離を取って、緋人は額に浮かんだ脂汗を拭った。

 静かになった廊下に着信音が鳴り響く。見たことのない番号だったが、緋人はそれに応じた。

「よう、生きてるみたいだな。そのまま死ねばよかったのに」

 意気揚々とした冬夜の声に、緋人はため息をつく。

「初対面に、そこまで言える君の神経を疑うよ」

「俺は、お前が本当に人なのかどうか疑ってるぜ」

 言いたいことだけ言って、電話は切れた。しばらく唖然として携帯を見つめていた緋人だったが、やがて苦い笑みを零した。


*


「あんたが保守派にいて、助かったよ」

 冬夜は携帯を閉じながら、隣の男に笑いかけた。男の名は岩永いわなが ちかいと言う。三年生の橙腕章だ。冬夜は薺に電話して、射撃を得意とする人を紹介してもらったのだ。

 学園の購買には銃も置いてあったので、一人ぐらいはいるだろう――冬夜の見積もり通り、薺は岩永の名前をあげた。

「いえいえ、それほどでも」

 スナイパーライフルを解体しながら、誓は固い笑みで返した。

「この距離だもの、そう難しいことじゃないよ」

 誓と冬夜は本校舎ではなく、特別校舎の教室にいた。本校舎と特別校舎の間には中庭があり、三十メートルほどの距離があった。しかし、誓から言わせると、そう難しいことではなかったようだ。

「校舎の間で風の動きが、ちょっと読みにくかったけれど、この距離なら問題ないんだ。窓も開いているから、ガラスに接触して弾がズレることもないし」

 ほう、と冬夜は頷くが、銃器は扱ったことがなかったので分からなかった。

 冬夜は正面にある本校舎を見つめる。そこには携帯をポケットにしまう緋人の姿があった。主の死体は見えなかったが、頭が完全に爆ぜていたので、生きている可能性は少ない。

 これで一件落着だと冬夜は教室を後にする。やがて校内放送で、主の死亡が告げられた。

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