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殺人鬼の日常  作者: 小石 汐
がくえん
21/30

戦争

 翌日、加納 朱里の死体が体育館で発見された。死因は不明だった。

 学園側は、監視カメラの映像から犯人を特定しようとするも、残った映像は非常に呆気ないものだった。体育館にやってきた朱里が倒れ、そのまま動かなくなっただけだったのだ。結局、犯人を特定もできず、朱里の死は心臓発作などの突然死として扱われた。

 そして学園内の空気が一変する。保守派の多い一年生の教室は、殺気が充満していた。朱里に代わって、保守派を率いることになった主が、「推進派の仕業だ」と言い切ったのだ。物的証拠がないのに、よくぞ言い切れたものだ、と冬夜はため息をついた。しかし、主は二年、三年生の絶大な信頼を得ている。結果、彼の言葉は保守派の中で、絶対的な力を帯びるようになった。

 また、保守派が殺気立つと、推進派や無所属にも動きが生じた。無所属だった玖月が、推進派に加わったのだ。このまま事が進めば、朱里の言ったとおり、戦争になる――それほど緊迫した事態になりつつあった。

「近々、戦争が起きます」

 あの日――冬夜が保守派の会合に招かれ、朱里と一時間に渡って話し合ったときに、彼女が淡々と、しかしかながら確信を持って、そう告げた。

 応接間にある革のソファーに身を沈めながら、冬夜はそれを聞いていた。朱里の後ろにあるホワイトボードには、三つの勢力の名前が書き込まれている。その横に赤い数字や矢印などが細かく記されていた。

「戦争って言ったって、結局はルール内での戦争だろ? 双方の同意が無いと試合が成り立たないなら、戦争って言うほど酷いことにはならないだろ」

「それが違うんです」

 朱里は眉をひそめながら、ホワイトボードに残っている戦争の文字を指さす。

「試合とは別で、『戦争期』についての記述がルールの中にあるんです。戦争期に入ると、既存ルールは撤廃されて、純粋な殺し合いの場となります」

 ほう、と冬夜は頷いた。その光景を思い浮かべる冬夜の瞳に、鈍い光がきざす。

「こうなると、もはや推進派を止めることなどできません。恐らく保守派は一瞬にして潰されてしまいます」

「つまり、あんたは戦争期にしたくないんだな?」

 朱里は首肯する。冬夜は続けて尋ねる。

「その戦争期ってのは、どんな条件で訪れるんだ?」

「全校生徒の過半数が同意すれば、その日から一ヶ月間の戦争期になります」

「過半数、ね……だったら、大丈夫だろ。保守派だけで既に過半数を占めてるじゃねえか」

「その通りなのですが……」

 朱里の顔が曇った。どこか諦めや悲しみの混じった複雑な表情で、しばらく俯いていた。やがて彼女は意を決したように顔を上げる。

「恐らく、私はそろそろ死にます」

「……は?」

 冬夜は突然のカミングアウトに首を傾げるばかりだった。しかし、朱里が冗談を言っているようには見えず、冬夜は真顔で応じた。

「何故、そんなことが分かるんだ?」

 冬夜が尋ねると、朱里は口を閉ざした。言うべきかどうか迷っているように、時折口を動かすも、声になることはなかった。

 やがて意を決したように、朱里は再び顔を上げた。

「笑わないでくださいね? ……私は未来を見通すこともできるんです」


*


「なぐもーん、なぐもん!」

 冬夜の部屋の鍵を瞬間的に開け、薺が部屋に飛び込んだ。日に日に早くなっていく薺の鍵開けタイムは、冬夜も苦笑で応じるほどだった。しかし今日はその苦笑が無かった。

「……って、あれ?」

 薺は部屋を見渡すも、冬夜の姿が無かったのだ。冬夜の不在に、薺の顔に焦りが浮かぶ。

「何で、こんな大切な時にいないのよー!」

 薺の叫び声が、寮に響きわたった。


*


「ただ、よく分からんな」

 冬夜は腕を組み、ホワイトボードを見つめる。朱里は首を傾げて、冬夜の質問を待った。

「あんたらみたいな大所帯が戦争を恐れるん理由が分からないんだ」

「んー、それについては勢力図をちゃんと把握しておく必要がありますね」

 ホワイトボードに書き込まれた図の保守派を指しながら、朱里は言う。

「簡単に言うと、私たちの保守派――って呼ぶのも少しおかしいんですけれどね。保守ってのは旧来の風習を守るって意味合いもありますから。まぁ私たちの場合は正常な状態を保つ、の意味合いで使っています」

 朱里はやんわりと微笑む。対し、冬夜は無表情で口を開いた。

「その正常ってのも、本来の姿と対比すれば、異常だろう。人が不自然に生きるために、ルールや法律というものは存在するんだからな」

「相変わらずですね」

 朱里は苦笑で応じた。その言葉に、冬夜は眉をひそめる。朱里の言葉は、今までに会ったことがあるような言い方だったからだ。しかし、その疑問を投じる前に、朱里は口を開く。

「でも、その話はさておき、学園の勢力図のお話です。先ほども言ったとおり、私たちの保守派が最大派閥になっています。しかし、他に殺人推進派みたいなのもあります。また、無所属の一匹狼のような人も少なからず存在します」

 朱里はホワイトボードに三つの勢力の名前を順番に指さしていった。その横に数字を振ってゆく。

「現在のところ、保守派が九十名ほど、殺人推進派が三十名ほど、無所属が三十名ほどいます」

「やっぱり、お前らが圧倒的じゃねえか」

 冬夜が言うと、朱里は首を横に振った。朱里は微笑みながらも、どこか苦々しさが見て取れた。

「いくら数を集めようとも、それを一瞬にして無にする存在なら、何人もいるのです」

 たとえば玖月くげつ 緋人ひと――朱里は人差し指を立てた。

「人数だけでは何ともできない理由は、個々の戦闘能力に問題があります」

 朱里は再びホワイトボードに向かった。赤いペンで、更に数字を書き込んでゆく。

「推進派に赤腕章が八人、無所属に一人、そして保守派も一人――母上さんしかいないのです。橙も保守派には数名しかいません。無所属と推進派には、それぞれ倍ほどいるのです」

「なるほど、いくら数がいても、本気で攻められたらヤバいわけだな」

 朱里はうなずく。僅かに表情が強ばっていた。

「ただ、平和な現状を保っているのは、保守派で唯一の赤腕章、母上さんのお陰なのです」

「その母上ってのは強いのか?」

「いいえ、全く」

 朱里はさらりと答え、冬夜は肩すかしを食らった気分だった。

「だったら、何で――」

「玖月さんを止めることができるのは、あの人だけなんです。母上さんの作り出した毒薬が、玖月さんの再生力を止めることができるのです」

 再生力と聞いて、冬夜はあの日の光景を思い出した。腕を切っても足を切っても、翌日には何事も無かったかのように冬夜を追ってきた、あの怪物を。玖月という名前を反芻しながら、冬夜は「まさか」と呟いた。

 そんな冬夜を余所に、朱里は説明を続ける。

「現在は保守派が玖月さんを牽制する代わりに、推進派の動きを止めることができています」

 よく分からん、と冬夜が頭を掻いた。情報が不足しすぎていた。朱里は微笑み、更にホワイトボードに矢印を書き込んだ。保守派、推進派、無所属の三すくみが出来上がった。

「母上さんが所属する私たち保守派が、玖月さんに強いのは分かるでしょう? つまり、玖月さんが狙うのは、推進派しか無いのです。ただ、推進派では玖月さんを止めることができません。赤腕章が八人いても、彼は止められません」

 そんなに強いのか、と冬夜は零す。顔は強ばっているものの、瞳には狂気が宿っていた。

「そこで私たちが、玖月さんにプレッシャーをかけます。推進派に手を出してはいけませんよ、と。すると、こうなります」

 朱理は三すくみを示した。

「なるほど、玖月は推進派に手が出せなくなる。また、推進派は保守派の恩恵で潰されずに済んでいるから、保守派には手が出せない……そして保守派は元より手を出すつもりがないってことか」

 その通り、と朱里は微笑んだ。

「ただ、最近になって嫌な噂を聞きまして……玖月さんが推進派に加わるという話です」

「もし、そうなると全面戦争になるわけか」

 赤腕章九名と貧弱赤腕章一名――勝てる気がしなかった。

「はい。だから、少しでも戦力が欲しかったのです」

「ただ、俺一人加わったところで、戦況がひっくり返るとは思えん」

 冬夜は小さくため息をついて、赤腕章九名を思い描いた。母上の毒で玖月を止めたとしても、結局は残る八人と戦うことになる。その中には、もちろん風切 秀や影本 真もいるのだ。一人ずつの対戦なら何とかなるかもしれないが、乱戦となれば分が悪いだろう。

「それでも、あなたは玖月さんから、唯一逃げきった方ですから」

 冬夜は再び眉をひそめる。澄んだ朱里の瞳が、冬夜をじっと見つめていた。

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