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殺人鬼の日常  作者: 小石 汐
がくえん
19/30

回想――怪物

「……何で殺さなかったんだろう」

 冬夜はベッドの上で呟いた。それを聞いた薺が盛大に吹き出した。

「ちょっと!? なぐもんが言うと、洒落に聞こえないってば!」

 そうは言いながらも、薺は冬夜の部屋を隅々まで見渡している。「絶対、どこかにあるはずだー」と相変わらずお宝を探しているようだった。

「てか、授業中だろ」

「お互い様でしょ」

 薺は、いつしか冬夜のサボりを咎めなくなっていた。二人揃ってサボりの常習犯として、校内に名を轟かせつつあった。

「ところで、なぐもん」

 何、と冬夜は返す。寝返りを打つと、すぐ近くに薺の顔があった。薺は真顔だったので、何事かと冬夜は唾を飲み下した。

「本当に無いの?」

「……ねえよ」

 真面目に相手をして損をした――冬夜はため息をついて寝返りを打つと、再び薺に背を向けた。

「ねえ、なぐもん」

 また呼ばれるが、冬夜は振り返らなかった。

「何」

「腕、出して」

「今度は何だよ」

「いいからいいから」

 冬夜は身を起こして、振り返った。嬉しそうな笑みを浮かべた薺が迫ってくる。それを眠そうな眼で、冬夜は見つめていた。

「本当は、これを届けるように言われて来たんだ」

 薺が冬夜に突きつけたのは黄色の腕章だった。薺は、それを冬夜の腕に丁寧な手つきでつけた。それを、ぼんやりと見つめながら冬夜は呟く。

「黄色になったのか」

「うん、二段昇進なんて初めて見たよ」

 薺は相変わらず嬉しそうだった。

「俺が勝つと、何か得でもするのか?」

「いや、全く」

 薺は首を横に振る。

「ただ、私の目は間違ってなかったな、って思いはあるね。ちょっぴり鼻が高いかな」

 冬夜は無言でうなづくも、よく分からなかった。

「まぁ当然だろ。佐伯をここの施設に送り込んだのは、俺だと言っても過言じゃねえし」

「え、どういうこと?」

 目を丸くする薺に、冬夜は課外学習での出来事を説明する。冬夜の脳裏に浮かんだのは鮮やかな血の赤だった。

「うぇぇ……人の所行じゃないよ、それ」

 話を聞いてるだけで気持ち悪くなった、と薺は顔を青くしていた。

「まぁ、ちょっとやりすぎたかな、とは思う」

 冬夜は苦笑で応じる。実際、この学園で再会した時の佐伯のリアクションは酷かった。

「まぁあれは純粋に興味もあったんだ。どこまで斬れば、再生が止まるのかなって。以前、似たような化け物と戦ったことがあったから」

 あれは酷かった、と冬夜は遠い目で呟く。それは冬夜にとって、決して良い記憶だとは言えなかった。

「へぇ、どんなのだったの?」

 顔色を一片させて、冬夜の話に薺は食いつく。今回はそれほど酷い結末ではないので、冬夜は語り始める――あの怪物との出会いを。


*


 時が巻き戻る前の話になる。上村を殺してからは、自分を殺せる可能性がありそうな人――主に男性を片っ端から襲っては殺し続け、全国指名手配された頃のことだった。

 その日も

 ビルの合間の細い道を、冬夜は駆けていた。流れる汗を肩で拭い、後ろを一瞥する。その顔に余裕は無く、頬は引きつってすらいた。

 まるで何かに追われているようであった。道端に転がるゴミを蹴り飛ばした冬夜は、苛立ちを隠しきれずに舌打ちを漏らした。

 冬夜が通り過ぎた直後、ビルの壁が爆ぜた。その衝撃で、コンクリートの欠片が散弾のように冬夜の背中に突き刺さった。その衝撃で息が詰まったが、冬夜は振り返らない。そのまま必死に路地を駆け抜ける。

「クソ……何だ、あれは!」

 ようやく息を吐き、冬夜は叫んだ。ちらと後ろを振り返ると、立ちこめる砂煙の中に人影が浮かび上がった。

 角を曲がると正面から光が差し込んでいた。明るい町並みを前に、冬夜は迷わずに飛び込む。予想通り、大通りにはたくさんの人が行き通っていた。一見すると、逃げるには不利だと思われる状況だが、木の葉を隠すなら森の中とも言う。人波に紛れ、そのまま追手を撒くつもりだった。

 しかし紛れる間も無く、後ろの建物が爆ぜた。再び降り注ぐコンクリートの破片をナイフで叩き落しながら、冬夜は顔をしかめた。大通りに悲鳴が上がり、人の波が一時的に静止する。予想せぬ出来事に直面して、脳の処理限界を超えた情報が流れ込んだ時、人は停止し、とりあえず笑う。実際、この時も狂ったように口元を吊り上げる人々を押しのけながら、冬夜は走り続けた。

 人混みに紛れるのは不可能だと悟った冬夜は、早い段階で細い路地に飛び込んだ。砂煙が消える前に飛び込んだのだから、今度こそ見失っただろう――冬夜は僅かに安堵の息を漏らして、奥へと進んだ。しかし次の瞬間、後ろの壁が崩れた。冬夜は振り返り、顔を引きつらせる。立ち込める砂煙から姿を現したのは、汗一つかいていない男だった。背が高い上に端正な顔立ちで、モデルと言われても納得できるルックスだった。

「……おや、もう逃げないのかい?」

 男は首を傾げながら、冬夜に迫る。冬夜にしては珍しく、気圧されるように一歩下がった。

「お前、俺より酷いんじゃねえか?」

 ビルの壁をいくつ貫いてきたことか――二桁を超えていることだけは確かだった。その間、どれほどの人を巻き込んできただろうか。それを思うと、自らの行為がちっぽけに思えた。それでも冬夜の罪が軽くなることは無いが。

「大丈夫、人は死んでないから」

 男は最後に「たぶん」と付け加えた。その飄々とした様子に、冬夜も思わず苦笑を漏らす。しかし、たくさんの人を手にかけてきた自分が、男のことを責めることなど出来まいと言葉を飲み込んだ。

 やるしかない――冬夜は思考を切り替えて、腰にあるナイフを抜いた。それを構えてみるが、どうしても勝てる気がしない。自らの首に死神の鎌が触れ、薄皮を撫でていることを実感していた。ほんの少し力が入るだけで、首から血が溢れ出す――それほど窮地に立たされていた。

 何とかして逃げきらなければならない。勝つための戦いではなく、逃げるための戦いになり、冬夜は重心を後ろ足に残した。

 冬夜の記憶が正しければ、一昨日に遭遇した時に、男の右腕と右足を斬り落としたはずだった。その時はナイフではなく、日本刀だったため、楽に斬り落とすことができた。最後に心臓を突いて、その場を去った。

 そして昨日、再会した時に、冬夜は目を剥いた。確かに心臓を突いたはずだ。それだけではない。右腕と右足もあったのだ。その日も両足を斬り落として、トドメを刺した。そして冬夜は逃げ去った。その時に刃こぼれしてしまったため、刀は捨てた。

 そして今日――再び冬夜の前に現れた男は、やはり両足があった。手術をして繋げたとしても、異常だった。斬り落とした足を繋げても、すぐに歩けるはずがないのだ。

 化け物め、と冬夜は忌々しげに呟きながらも、言いしれぬ高揚が胸の奥底から湧き上がってきた。矛盾する感情は、最終的に片方が駆逐される。それに身を委ねて、冬夜は駆ける。それを迎撃するように男も拳を振りかぶった。

 刹那、二人は交錯。冬夜は男の拳を掻い潜って、首を斬りつけた。男の首から血が噴き出し、膝から落ちる。しかし完全に倒れなかった。男は体勢を整えながら、俊敏に振り返る。再び男と対面すると、血は既に止まっていた。

「何だよ、それ」

 理不尽を前にしても、冬夜は狂気を滲ませた笑みを浮かべる。そして再び地を蹴った。更に男を斬りつけて、距離を取る。しかし、その傷から溢れ出す血も、すぐに止まってしまう。

 更に冬夜は男に向かって飛び込んだ。拳をギリギリで躱し、手首を裂いた。噴き出した血が冬夜の目に入り、一瞬足が止まった。

 調子に乗りすぎたと後悔するが、遅かった。次の瞬間、冬夜の右手が掴まれる。ぞっと冷たい物が冬夜の背中を駆け抜けていった。

 冬夜は左手で別のナイフを抜き、振るった。右腕を掴んでいる男の指を斬り落とす。腕が解放されて、男から距離を取るが少し遅かった。自らの刃も右腕を傷つけたようで、僅かな出血もあった。しかし、それよりも不自然な方向に曲がっていることが致命的だった。完全に右腕の骨は砕けて、手首と肘の間に、もう一つ関節ができたように腕は曲がっていた。冬夜は痛みに顔を歪める。額に噴き出した脂汗を、無事な左腕で拭った。

 それに対し、男はゆらりと身体を揺らしながら、冬夜に迫る。握られただけで骨が砕けるのだ。冬夜に勝ち目が無いことは明白だった。それでも冬夜は足掻く。全力で立ち向かい、最終的に殺されるならば、それは仕方ない――そう割り切っていた。

 冬夜は短く息を吐いて、ナイフを投げた。それを男は両腕で受ける。どれだけナイフが刺さっても、抜いてしまえば瞬時に回復する、この男でこそ成り立つ受け方だった。

 しかし傷を与えるのが、冬夜の目的ではなかった。その瞬間、冬夜は距離を詰めて、更に隠し持っていたナイフを振るう。狙いは目だった。男の差し出した腕をかい潜り、両目を傷つけるようにナイフを横に薙いだ。それでも男の動きは止まらない。見えないまま乱雑に腕を振った。それを躱しながら、更に目を完全に潰してゆく。両眼にナイフを一回ずつ突き立ててから、冬夜はようやく距離を取った。

「見えなきゃ追えないだろ。じゃあな、化け物」

 冬夜は右腕を押さえながら、路地の奥へと走り去った。光を失った男は、流石に冬夜を追ってはこなかった。

 それから一年間、冬夜は度々、男と交戦しながら逃げ続けた。どれだけ斬っても、壊しても、潰しても、男は後日、平然とやってくるのであった。

 その結果、その男ばかりに気を取られ、周辺警戒が疎かになったところを、あの女に撃たれたのであった。


*


「……それってなぐもん、死亡フラグじゃん」

 薺のツッコミに、冬夜は一瞬悩んで素直に告げた。

「ああ、確かに一度死んでいる」

「……は?」

 薺は意味が分からないと首を傾げた。そして何かを思いついたように口を開く。

「死んだと見せかけて、何とか一命をとりとめた、とか?」

「いや、その後は俺にもよく分からん」

 どう説明すべきかと考えながらも、言ったところで信じてもらえるとも思えなかった。しかし冬夜はありのままを告げる――自らが時間を遡ってきたであろうことを。

「そこで俺の意識は一度途切れた。気づいたら、時間が巻き戻っていた」

 薺は何も言わなかった。ただ、その視線はどこか冷たい。

「やっぱり、信じられねえよな」

 冬夜は苦笑を漏らしながら、ベッドに身を預けた。それを体験した当初は、冬夜自身ですら信じられなかったのだ。

 ただ、今となっては夢や走馬灯で済ますことも難しい。本来は死んでいるはずの上村は、まだ生きているし、死ぬはずではなかった同級生が多数死んでいる。歴史は大きく変わってしまった。それでも、この世界は今も尚、回り続けてるのだから。

「実際、俺だって信じられなかったしな」

「冗談とかじゃないの?」

 冬夜が頷くと、薺は腕を組んで唸った。そこで冬夜は「しまった」と呟く。

「今の話、聞かれたかな」

 監視カメラを見つめる冬夜は、苦々しげに顔を歪めた。

「たぶん、録音もされてるんじゃないかな」

 それを聞いて、冬夜はうなだれる。しかし数秒後には「まぁいいか」と顔を上げた。

「まぁ信じるか否かは、お前らの勝手だしな」

「うーん……まぁ信じがたい話ではあるけど、私はなぐもんを信じるよ」

「それはありがたい」と冬夜がぞんざいに返すと、薺に叩かれた。

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