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殺人鬼の日常  作者: 小石 汐
がくえん
17/30

ルール

 翌日から冬夜に向けられる殺意は減った。これで、また退屈な日々に戻るのではないか、と冬夜が懸念すると、まさにその通りとなった。あれから冬夜に挑む者は現れない。

 実際のところ、冬夜より強い者がいないわけではない。ただ、彼らでは冬夜に挑むことができないのだ。

 マッチメイクに関していくらかのルールが設けられている。冬夜が今回の試合で学んだことは、腕章の色に関することだった。緑が最も弱いことを示し、黄緑、黄、橙と並び、赤が最も強いことを示す。この腕章の力関係に従って、自分の腕章の色よりも弱い色の腕章を持つ者に試合を申し込むことはできないのだ。また、試合の成立には双方の同意が必要になる。それは今回の試合でも、その通りだった、と冬夜は納得した。

「でも、ルールはそれだけじゃないんだよ。支給された携帯、あるでしょ?」

 薺は赤腕章同士の戦いから目を離さずに言った。冬夜も同じく戦況を見守っていた。現在は日本刀を構えた風切 秀が、辺りを見渡していた。もう一人の赤腕章は、姿どころか気配すら掴めなかった。

「携帯、貸して」

 薺が差し出した手の上に冬夜は携帯を置いた。慣れた手つきで薺は携帯を操作してゆく。その瞬間、金属同士がぶつかり合う音が響き渡った。真上からの襲撃を秀が刀で受け止めたのだ。秀は更に刀を振るうも、相手は既に距離を取っていた。

「ほら」

 冬夜は差し出された携帯を受け取り、画面を見る。冬夜のフルネームと腕章の色、そして持ち点の表示があった。

「持ち点、って何だ?」

 現在は五点になっている。それを尋ねると同時に、再び甲高い音が響きわたった。冬夜は接触の瞬間を見逃して、軽く舌打ちを漏らした。

「だから資料を読みなさいって言ったでしょ」と、薺はため息をついた。

「最初の持ち点は三点で、勝ったら増えて、負けたら減るの。ただ、なぐもんは島橋くんだっけ? あの子を殺しちゃったから、島橋くんの持ち点を全部貰えたの」

「つまり、あいつの持ち点は二点だったのか」

「そうみたいだね。あの子、最近は負け続けだったから焦ってたのかな」

 薺は試合から目を離さずに続けて言う。

「ただ、持ち点がゼロになっても、退学になっちゃうから気をつけてね」

 退学、と冬夜は復唱する。表沙汰にできないことを行っている、この学園における退学とは――冬夜は答えを予測しながらも尋ねる。

「退学って――」

「うん、恐らく殺されると思うよ」

 薺はさらりと言った。冬夜もやはりと頷く。

「生きて帰れるなら、あんたはワザと負けて退学になってそうだからな」

「うーん……私って一体どういう目で見られているのかなぁ?」

 薺は肩を落として、ため息をついた。

「なぐもんより三つもランクが高い橙の腕章なんだけどねぇ」

「ああ、それについて考えてたんだけど、どんな媚を売ったら、そこまで腕章の色を上げられるんだ?」

「ちょ、私だって戦えるんだからね!」

 薺は試合から目を離して叫んだ。冬夜は眉一つ動かさずに、両耳を塞ぐ。

 しかし、それと同時に別の感情が湧き上がってくる。冬夜も試合から目を離して、維持の悪そうな笑みを零した。それに気づき、薺は顔を強張らせた。

「つまり俺が申し込んだら、戦ってくれるってこと?」

 じじ、と校内放送のスイッチが入った。

「緑腕章の南雲 冬夜から、橙腕章の結川 薺に試合の申し込みが――」

「あー! 却下却下! 断る!」

 放送を遮るように薺が叫んだ。冬夜は唖然として放送を聞いていた。試合中に別の試合が成立しかねないのか、と驚きの表情で何度か頷いた。

「――ありましたが、結川 薺が断りました」

 ぶつ、と放送が切れた。それと同時に薺が冬夜の胸倉を掴んだ。

「馬鹿じゃないの!?」

「いや、すまん。俺も試合になるとは思いもしなかった」

 正直に冬夜は謝った。薺は少し落ち着いたのか、再び冬夜の横に腰を下ろして、深いため息をついた。

「試合になったら、橙腕章の私が容赦なく、なぐもんを殺しにかかるんだよ?」

 そうしないと生き残れないから――薺は顔を歪めながら呟いた。

 試合は再びこう着状態になり、秀は顔中に青筋を立てながらも、じっと相手の襲撃を待っていた。

「そうやって、私は橙の腕章にまで、たどり着いたの」

 たくさんの人を殺してしまった、と自らの手を睨みつけながら薺は零した。しかし冬夜はただただ首を傾げた。

 生きるために他を殺す――その当然とも思える行為を理解できなかったのだ。

 冬夜が他を殺す理由は生きるためではない。殺されても仕方が無い環境を作り上げるために、冬夜は人を殺し、自ら法律の加護を捨て去った。そんな冬夜では、生きるために戦い、相手を殺すという環境は理解できなかった。戦い、相手を壊すのは、ただのエンターテイメントでしかない。その結果、死ねるなら本望だし、勝ってしまえば、また別の楽しみを求めて冬夜はさ迷うであった。

 今も同じだ。楽しめるのならば、そこに自身の生死を問題として提起することはない。たとえ相手が絶望を覚えるぐらいに強い相手でも試合に立ち向かってゆくだけだ。

 そんな冬夜の雰囲気を察したのか、珍しく薺の瞳に冷たい光が宿った。最近は慌しい言動ばかりが多い薺であったが、この学園で二年も生き残ってきた猛者であることに間違いは無いのだ。

「一応言っておくけど、いくら私が弱くても、素手のなぐもんに負ける気はしないよ」

 そこで冬夜は、とあることを思い出す。

「そう言えば、武器の持ち込みは禁止だったよな?」

 薺の瞳から冷たい光が消えて頷いた。

「でも、何とかくんはスタンガン持ってたよな」

「……名前すら覚えられずに殺された島橋くん、哀れなり」

 薺は遠くを見つめながら呟いた。やがて我に返った薺は言う。

「ん、まぁそれに関しては持ち点が関わってくるんだよ。本校舎の一階に購買があるの、知ってる?」

 冬夜は首を横に振った。

「よし、じゃあ、この試合終わったら、見に行こうか」

「……このこう着状態の試合が終わるまで待つの?」

 赤腕章同士、どちらも決定打を与えられず、先ほどからこう着状態が続いていた。待ち受ける秀に対し、相手はヒットアンドアウェーを続けている。秀は受けるので精一杯で反撃することができないものの、安定して相手の攻撃を防いでいた。外から見ている冬夜ですら、相手の気配を探れなかった。実際にもう一人の赤腕章――影本 真と対峙すれば、冬夜も苦労するのだろう。

「うーん……そうだね。購買、行こっか」

 薺は僅かに頬を引きつらせながら立ち上がった。冬夜もそれに続く。観戦している生徒の合間を縫って、二人は階段に向かった。

 一階まで下りて職員室の前を通る。やがて奥に購買の看板が見えた。それを指さして、薺は言う。

「あそこで武器が買えるの」

 どんな購買だよ、とツッコミそうになるのを冬夜は堪えた。そもそも真克学園は普通の学校ではない。校内で日本刀や鎖鎌を振り回す生徒がいるのだ。

 この学園に常識など通用しない――それを自らに言い聞かせながら、冬夜は薺の横に並んで、購買に並ぶ品々を見やった。本来、購買にあるべき物が無く、あるまじき物だけが並んでいた。バッド、ナイフ、そしてスタンガンもある。また刀、ハンドガン、更に奥に飾っているのはスナイパーライフルだった。他にも鎖鎌やガントレットなど、小さめの部屋に所狭しと武器になりそうな物が並べられていた。

 凄い、と漏らした冬夜は目を輝かせながら、武器に手を伸ばした。そこで、ふと思い出す。

「あの黒い手袋は置いてないんだな?」

 薺の使っていた武器のことだ。指先から糸が伸びている手袋は置いていなかった。

「ああ、私のは特注だから。だから持ち点も、かなり使ったんだよね」

 特注までできるのか、と冬夜は感嘆する。退屈になりつつあった学園生活だったが、少しだけ見直した。

 冬夜は飾ってあるナイフを手に取った。軽く、そして刃はしっかりとしている。背中に視線を感じるも、冬夜は無視をした。殺意でなく、監視の意味合いが強いのだろう。武器を無断で持ち出されないよう、気を配るのは当然のことだ。冬夜は一通り触ると、元の場所に戻した。値札には五と記されていた。

 五円なのか、と冬夜は眉をひそめて首を傾げる。そんなわけがあるか、と自ら否定して、薺の言葉を思い出す――持ち点だ。

「これは持ち点が五も必要なのか」

「正解」と、薺が微笑んだ。

 冬夜はふと刀に目をやった。十五と書かれた値札が下がっていた。その奥のスナイパーライフルには二十とあった。

「でも、この持ち点ってゼロになったら退学なんだろ? それを使ってまで高価な武器を買う必要ってあるのか?」

「無いと自然と負けて駆逐されていくだけだよ」

 薺は笑わなかった。

 そこで薺は思い出したよう手を叩いた。ポケットに手を突っ込み、何かを取り出した。

「これ、なぐもんの戦利品なんだよ」

 薺から手渡されたのはスタンガンだった。戦利品と言うことは島橋の使っていた物なのだろう。冬夜は手に取ってみるも馴染まず、顔をしかめた。

「ん、どうしたの? 何も無いよりはマシじゃない?」

「……こんな玩具みたいな武器に頼るぐらいなら、素手の方がマシだと思う」

 冬夜はスタンガンをまじまじと見つめながら、率直な感想を述べた。スイッチを入れてみると、スタンガンはバチバチと放電した。

「壊れてはないみたいだな……これ、売ったりできないのか?」

「ん、できるよ。おばさーん、スタンガンっていくらだっけ?」

 薺が呼びかけると、部屋の奥から「二点」と返ってきた。そして相変わらず続く視線も部屋の奥から発されていた。

「つまりスタンガンを売ったら、なぐもんの持ち点は七になるけど、私は持っておいた方がいいと――」

「これ、買ってくれ」

「ちょ!? 話は最後まで聞いてよ!」

 喚く薺を無視して、冬夜は部屋の奥に歩み寄った。しかし行く手を薺が遮った。

「何か欲しい武器でもあるの?」

 薺の質問に、冬夜は首を横に振った。

「だったら、何でスタンガン売っちゃうのよ?」

「あっても使わないし、変にスタンガンを気にして、いつも通りの動きができなくなっても困る」

「う、うーん、まぁ一理あるとは思うけど……」

 薺はどこか納得のいってない様子だったが、やがて冬夜に道を譲った。薺の横を通り過ぎて、奥へと進む。畳の敷いてある部屋が見え、そこに小さな老婆が座っていた。

「これを買い取ってもらいたい」

 冬夜は老婆にスタンガンを差し出した。老婆はそっと受け取り、動作を確認する。しばらくして老婆が再び手を差し出した。

「あ、携帯を渡して」

 薺に言われて、冬夜は携帯を老婆に渡した。老婆は携帯を操作し、やがて冬夜に向けて放り投げた。荒いな、と文句を零しながらも、冬夜はディスプレイを覗き込む。持ち点が七になっていた。

 用は済んだと言わんばかりに老婆は無言で冬夜に背を向けた。

「武器が無いと、これから厳しいと思うよ?」

 薺は心配そうに冬夜の顔を覗き込んだ。

「相手を殺せば、武器を奪えるんだろ? だったら、あの日本刀野郎を殺して――」

「ちょっと待って! それは絶対にダメ、なぐもんが死ぬ」

 首が取れるのではないかと心配するほど、薺は全力で首を横に振った。対して、冬夜は「そうか?」と首を傾げる。

「あのね、さっきも見てたと思うんだけど、秀は赤腕章なんだよ? 武器無しのなぐもんが勝てるような相手じゃないよ」

 赤腕章――復唱する冬夜の口の端が僅かに上がった。

「赤って、そんなに強いのか?」

 先ほどの試合を見ているかぎり、秀より相手の影本の方が苦労しそうだった。つまり秀相手なら何とかなるのではないか――冬夜はそう考えていたのだ。

「うん。私じゃ勝てると思えないような怪物だらけ。えっと、特に二年で唯一の赤腕章の玖月って子は、本物の化け物だから気をつけて」

 あとは、と思い出したように、薺は続ける。

「なぐもんより少し前に転入してきた子もヤバいかな。あっと言う間に一年で唯一の黄緑腕章になった子なんだ。名前は確か佐伯って言ったかな」

 玖月と佐伯――冬夜は復唱しながら、心に刻み込んだ。そして、目の前にいる女の名前は何だっただろうかと冬夜は首を傾げた。しかし、それを気にすることはない。冬夜の瞳は鈍い光を宿し、口の端をつり上げた。

「今は止めといた方がいいよ。絶対に、なぐもんでは勝てない」

 薺は言い切った。しかし、冬夜の心は既に決まっている。まずは黄緑腕章の佐伯を探す、と。

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