回想と事件 その二
二人が付き合い始めると、冬夜は更に追い詰められていった。
居場所が無くなってゆく――冬夜は、そんな危機感を抱いていた。上村を避けるようになってから、彼はやたらと冬夜に構った。
純粋に心配されているのだ、と冬夜は理解しながらも、安息できる場所が無くなってゆくことに焦りを覚えた。
長い付き合いが災いして、上村は何度も冬夜の家を訪れた。その度に冬夜は部屋にこもった。上村と顔を合わすことを断固として拒絶し続けた。
*
事件から三日が経つ。死体は三年生の女子だったらしい。それを聞いて、冬夜は胸を撫で下ろした。
学校は再び休校となった。期末試験の日程は未定になり、それが良いのか悪いのか、冬夜には分からなかった。と言うよりも、どちらでもよかったし、どうでもいい話だった。
朝、日が昇る前に、こっそりと家を抜け出して、トレーニングを開始する。嫌な夢を見た。それを忘れるように、冬夜は必死に身体を動かした。
汗が全てを流してくれる――やがて頭の中が真っ白になり、冬夜は一息ついた。最後に走ろう、と冬夜は息を整えてから立ち上がった。いつものコースを淡々と駆けてゆく。日が昇ってきた。河川敷に差し掛かると、陽光が眩しく、冬夜は手をかざした。
両足は一定のリズムを地面に刻み続けるも、その音は僅かだった。川面が朝日を反射して、余計に眩しくなった。
ふと冬夜は足を止める。河川から視線を移した時、視界の端に何かを捉えたのだ。それが何なのかは分からなかった。ただ、嫌な予感を覚えるぐらいに、赤い何かであったことだけは確かだった。
冬夜は面倒事に足を突っ込む覚悟を決める。そして堤防を下りていった。膝の辺りまで伸びてきた雑草を踏みしめ、河川敷に下り立った。そのまま足を止めずに、赤い何かを目指す。
すぐ傍までやってきて、冬夜はやっぱりとため息をつく。首のない死体が転がっていた。下が雑草の生えた地面で、血の海が広がっていることはなかった。河の臭いに混じって、血の臭いも僅かにあった。しかし周囲を見渡しても首は無かった。
どうしたものか――冬夜はしばらく考える。そして近くの民家にお邪魔して、電話を貸してもらった。腕時計が示す時間は六時で、起こされた側は至極迷惑そうに顔を歪めた。ただ、「人が死んでるんで、通報させてください」と冬夜が告げると、目を丸くして電話の子機を持ってきた。電話を終えて、ありがとうございました、と冬夜は民家を後にする。そして河川敷にあるベンチに腰かけて、警官の到着を待った。
十分もせず、原付に乗った警官が二人やって来た。その後、続々と堤防の上にパトカーが並び始めた。それを忌々しげに見つめながらも、冬夜は手を振った。
「死体、あっち」
冬夜は指さす。その方に数名が走っていった。そして、ここまでの経緯を全て話す。
ランニング中に発見した、死体には触れてない、電話は近くの民家に借りた、と漏れることなく説明する。警官の目はどこか嫌な光を帯びていた。
「あの男の人に見覚えはないかな?」
そんな質問を投げかけてくる警官に、冬夜は思わず吹き出した。
「頭が無いのに、どう判断しろと? まぁ服装だけで判断するなら、全く知らん」
警官の頬が引きつった。
「さっさと犯人捕まえないから、こんなことになるんだよ」
冬夜はワザとらしく肩を竦めた。警官二人の表情が強ばった。
「ほら、ちょっと前に学校で首切り死体が見つかっただろ? あれと同一犯の可能性が高い」
「模倣犯の可能性もある」
警官は、そんなことを言った。
「へぇ、そりゃまた凄い模倣犯がいたもんだ。そいつ、やべえぞ」
冬夜は軽く笑い飛ばす。警官二人は、もはや無表情になっていた。
「あの切り口を見たら分かるだろ? あの綺麗な断面図。一撃でやらなきゃ、ああも綺麗にはならんさ。それに死体を移動させた気配がないことから――」
「待て」
警官の一人が険し表情で口を開いた。
「何?」
「何故、一件目のことも知っているんだ?」
「ああ、自分の学校で起きた事を知っていて、何か不自然か?」
なるほど、と警官は頷きながらも、険しい表情を弛めない。警官の額から汗が流れ落ちた。
「ああ、さっきの説明だけど、死体を動かした気配が無かっただろ? 死体を中心に血が流れていた。まぁ今回は地面に吸われているから分かりにくいけど、引きずって運んできたような痕跡がない」
二人で運んできたなら、色々と納得できるんだけどな、と冬夜は付け加えた。
「しかし二人で人を殺すメリットって、あんまり無いんだよな」
むしろ手違いがあった時にボロが出やすい。
「だから、まずは犯人を一人と仮定して話を進める。だとしたら、この犯人は相当ヤバいと思う。何でだと思う?」
冬夜が尋ねると二人は首を横に振った。
「例えば首を切るまでの行程を二段階に分けたとする。眠らすなどしてから、首を切るってことだ。そうなると、かなり楽に犯行を行うことができる。しかし手間が増える分、犯行時間も長くなる。そして二件目となると、誰かに見られている可能性がある。そこまで手間をかけて殺す必要なんてあるか? 普通に頚動脈を切るなり、目を潰すなりすれば、人は簡単に壊れるのに。なら何故、首を切る? 首を切ることに意味があるか、もしくは首を切ることなんざ手間ではないんだろう。前者ならまだしも、後者なら相当ヤバい」
全て推測だが――冬夜は最後にそう締めくくる。警官の表情は硬かった。やがて一人の警官が静かに口を開く。少し年輩の警官だった。
「あんまり深追いしない方がいい」
「は?」
冬夜は耳を疑った。警官の言うセリフではない。まるで脅すような警官の言葉に、冬夜は肩を竦める。
「何だ、あんたら共犯なのか?」
「違う――違うが、君のために言っておく。深追いするべきじゃない」
命が惜しければ、と警官は最後に付け加えた。その顔は血色を失い、青くなっていた。
「帰りなさい」
警官の声は震えていた。冬夜は渋々、ベンチから腰を上げて、河川敷を去った。
泥沼に足を突っ込んでしまったと、冬夜は確信する。