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殺人鬼の日常  作者: 小石 汐
てんき
12/30

回想と事件 その二

 二人が付き合い始めると、冬夜は更に追い詰められていった。

 居場所が無くなってゆく――冬夜は、そんな危機感を抱いていた。上村を避けるようになってから、彼はやたらと冬夜に構った。

 純粋に心配されているのだ、と冬夜は理解しながらも、安息できる場所が無くなってゆくことに焦りを覚えた。

 長い付き合いが災いして、上村は何度も冬夜の家を訪れた。その度に冬夜は部屋にこもった。上村と顔を合わすことを断固として拒絶し続けた。


*


 事件から三日が経つ。死体は三年生の女子だったらしい。それを聞いて、冬夜は胸を撫で下ろした。

 学校は再び休校となった。期末試験の日程は未定になり、それが良いのか悪いのか、冬夜には分からなかった。と言うよりも、どちらでもよかったし、どうでもいい話だった。

 朝、日が昇る前に、こっそりと家を抜け出して、トレーニングを開始する。嫌な夢を見た。それを忘れるように、冬夜は必死に身体を動かした。

 汗が全てを流してくれる――やがて頭の中が真っ白になり、冬夜は一息ついた。最後に走ろう、と冬夜は息を整えてから立ち上がった。いつものコースを淡々と駆けてゆく。日が昇ってきた。河川敷に差し掛かると、陽光が眩しく、冬夜は手をかざした。

 両足は一定のリズムを地面に刻み続けるも、その音は僅かだった。川面が朝日を反射して、余計に眩しくなった。

 ふと冬夜は足を止める。河川から視線を移した時、視界の端に何かを捉えたのだ。それが何なのかは分からなかった。ただ、嫌な予感を覚えるぐらいに、赤い何かであったことだけは確かだった。

 冬夜は面倒事に足を突っ込む覚悟を決める。そして堤防を下りていった。膝の辺りまで伸びてきた雑草を踏みしめ、河川敷に下り立った。そのまま足を止めずに、赤い何かを目指す。

 すぐ傍までやってきて、冬夜はやっぱりとため息をつく。首のない死体が転がっていた。下が雑草の生えた地面で、血の海が広がっていることはなかった。河の臭いに混じって、血の臭いも僅かにあった。しかし周囲を見渡しても首は無かった。

 どうしたものか――冬夜はしばらく考える。そして近くの民家にお邪魔して、電話を貸してもらった。腕時計が示す時間は六時で、起こされた側は至極迷惑そうに顔を歪めた。ただ、「人が死んでるんで、通報させてください」と冬夜が告げると、目を丸くして電話の子機を持ってきた。電話を終えて、ありがとうございました、と冬夜は民家を後にする。そして河川敷にあるベンチに腰かけて、警官の到着を待った。

 十分もせず、原付に乗った警官が二人やって来た。その後、続々と堤防の上にパトカーが並び始めた。それを忌々しげに見つめながらも、冬夜は手を振った。

「死体、あっち」

 冬夜は指さす。その方に数名が走っていった。そして、ここまでの経緯を全て話す。

 ランニング中に発見した、死体には触れてない、電話は近くの民家に借りた、と漏れることなく説明する。警官の目はどこか嫌な光を帯びていた。

「あの男の人に見覚えはないかな?」

 そんな質問を投げかけてくる警官に、冬夜は思わず吹き出した。

「頭が無いのに、どう判断しろと? まぁ服装だけで判断するなら、全く知らん」

 警官の頬が引きつった。

「さっさと犯人捕まえないから、こんなことになるんだよ」

 冬夜はワザとらしく肩を竦めた。警官二人の表情が強ばった。

「ほら、ちょっと前に学校で首切り死体が見つかっただろ? あれと同一犯の可能性が高い」

「模倣犯の可能性もある」

 警官は、そんなことを言った。

「へぇ、そりゃまた凄い模倣犯がいたもんだ。そいつ、やべえぞ」

 冬夜は軽く笑い飛ばす。警官二人は、もはや無表情になっていた。

「あの切り口を見たら分かるだろ? あの綺麗な断面図。一撃でやらなきゃ、ああも綺麗にはならんさ。それに死体を移動させた気配がないことから――」

「待て」

 警官の一人が険し表情で口を開いた。

「何?」

「何故、一件目のことも知っているんだ?」

「ああ、自分の学校で起きた事を知っていて、何か不自然か?」

 なるほど、と警官は頷きながらも、険しい表情を弛めない。警官の額から汗が流れ落ちた。

「ああ、さっきの説明だけど、死体を動かした気配が無かっただろ? 死体を中心に血が流れていた。まぁ今回は地面に吸われているから分かりにくいけど、引きずって運んできたような痕跡がない」

 二人で運んできたなら、色々と納得できるんだけどな、と冬夜は付け加えた。

「しかし二人で人を殺すメリットって、あんまり無いんだよな」

 むしろ手違いがあった時にボロが出やすい。

「だから、まずは犯人を一人と仮定して話を進める。だとしたら、この犯人は相当ヤバいと思う。何でだと思う?」

 冬夜が尋ねると二人は首を横に振った。

「例えば首を切るまでの行程を二段階に分けたとする。眠らすなどしてから、首を切るってことだ。そうなると、かなり楽に犯行を行うことができる。しかし手間が増える分、犯行時間も長くなる。そして二件目となると、誰かに見られている可能性がある。そこまで手間をかけて殺す必要なんてあるか? 普通に頚動脈を切るなり、目を潰すなりすれば、人は簡単に壊れるのに。なら何故、首を切る? 首を切ることに意味があるか、もしくは首を切ることなんざ手間ではないんだろう。前者ならまだしも、後者なら相当ヤバい」

 全て推測だが――冬夜は最後にそう締めくくる。警官の表情は硬かった。やがて一人の警官が静かに口を開く。少し年輩の警官だった。

「あんまり深追いしない方がいい」

「は?」

 冬夜は耳を疑った。警官の言うセリフではない。まるで脅すような警官の言葉に、冬夜は肩を竦める。

「何だ、あんたら共犯なのか?」

「違う――違うが、君のために言っておく。深追いするべきじゃない」

 命が惜しければ、と警官は最後に付け加えた。その顔は血色を失い、青くなっていた。

「帰りなさい」

 警官の声は震えていた。冬夜は渋々、ベンチから腰を上げて、河川敷を去った。

 泥沼に足を突っ込んでしまったと、冬夜は確信する。

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