魅力的な婚約者を持つと大変
「君にもすぐに新しい相手が決まって良かったよ。お互いに本当に愛する相手と幸せになろう」
久しぶりにばったり会った元婚約者ベネーノがさわやかな笑顔で口にした言葉にエピナはイラッとした。
エピナは子爵令嬢だ。伯爵令息のベネーノの家からの申し出で婚約していた。
学園に入学したベネーノは同性の自分でも目を惹きつけられる美しい男爵令嬢ラルアに恋をし、同じように彼女に好意を寄せる複数の令息たちと一緒に友だち付き合いと称して彼女と一緒に過ごしていた。
婚約者がいる令息たちもいる。中でも、一番親しくしている公爵令息の婚約者の侯爵令嬢トルーネは彼のなれなれしすぎる振る舞いをたしなめたが、反発した彼はますますラルアに執着し仲が悪くなっていった。
業を煮やしたトルーネは婚約者の目を覚ますべく密かに動き、令息たちの中で一番マシなベネーノと婚約させた。
エピナの子爵家は婚約を譲る報酬として侯爵家に新しい婚約者を紹介してもらった上にありがたいことに縁もできた。ベネーノはたまに会う友人ぐらいの関係だったから未練はないし、新しい婚約者とは初めて会った時から気があってこれからも楽しみだ。
でも、円満解消とはいえ自分のせいで婚約解消した相手に本当に愛する婚約者とののろけ話を聞かせたあげく「そっちも幸せになってね」なんて、失礼じゃないかしら。何かこう自分のおかげで幸せになったんだよね、みたいに上から目線で言われている気がするし。人を疑うなんて私って性格悪いのかしら。
ああ、もう。元婚約者のことなんかどうでも良かったのにモヤっとするなあ。そう言えば、この間ラルア様の話が出たわね。よし、嫌味を言っておこっと。
「そうですわね。でも、あなたも魅力的な婚約者様をお持ちになるとこれから大変ですわね」
「大変?」
「ええ。ラルア様は同性の私から見てもとても魅力的な方ですもの。あなたという仲睦まじい婚約者様ができても、公爵令息様を始めとして婚約者のご令嬢様たちから浮気を疑われるぐらいにラルア様と親しくしていた方々はこれからも親しい友だち付き合いをしたいのではなくて。ふふふ、魅力的な方を婚約者に持つと大変ですわね」
暗に「婚約しても自慢の婚約者はライバルたちに狙われているぞ」と匂わせてやると、幸せいっぱいだったベネーノの顔が真っ青になる。
スカッとしたエピナは満面の笑みを浮かべた。
「そちらもこれからもお幸せに」
*****
エピナの言葉にベネーノは冷や汗をかいた。
婚約者ラルアはとても美しい。陽ざしに輝くやわらかな髪に卵のようなつるんとした肌、神が心をこめて丁寧に作りこんだのだろう完璧な顔と身体。ゆらめく光を包み込む海のような瞳に見つめられたら誰もが心を捕らわれる。
明るく人懐っこい彼女は人気者で、いつも同学年で一番身分が高い公爵令息を始めとしたいろんな令息たちに囲まれている。
しかし、目立ちすぎたのが良くなかったのか。ただの友人にも関わらず公爵令息の婚約者の侯爵令嬢トルーネは「異性に対してなれなれしすぎる」とたびたび注意してきて、プライドの高い公爵令息は激しく反発している。今では顔をあわせると激しい口論になり、令嬢たちも妙な目を向けてきている。
ベネーノは困っていたラルアを助けたことをきっかけに親しくなって一緒に過ごしていたが、ある日トルーネに「婚約者からラルアを引き離すために婚約してくれないか」と密かに持ちかけられて喜んでうなずいた。そして、渋る家族を説得してラルアと婚約した。
いくら自分が声をかければ令嬢たちは皆喜ぶと鼻にかけている傲慢な公爵令息やそのとりまきたちでも、さすがに婚約した令嬢にしつこくつきまとうことはしないだろうと思っていたし、実際に顔をあわせることは減った。
しかし、第三者の意見を聞いて我に返った。
思えば、ラルアと婚約したと知った時に公爵令息は「勝手なことをして」とベネーノを視線だけで殺しそうな顔でにらんでいた。それに、ラルアは自分がいない時に彼に声をかけられると言っていた。
――このままじゃラルアの身が危ないかもしれない。
正直者で無邪気なラルアは自分以外の令息たちは本当に友人だと思っていると言っている。でも、公爵令息にとっては本気で恋する相手なのかもしれない。
もし、公爵令息が家の利益のために婚約している婚約者よりも大事にしていると噂になっている男爵令嬢との婚約を本気で望めば。
トルーネも婚約者の浮気に憤りつつも穏便に事を納めたのに、まだ彼がラルアと関わり彼女も今まで通り接しているのを見たら。今度は無事で済まないかもしれない。
恐ろしい想像に震え上がったベネーノは慌てて家族に相談した。家族はさらなる厄介事に渋い顔をしたが、必死に頼み込んだ末にラルアと結婚を許し、彼女は退学して家の領地で暮らすことになった。
幸い、婚約者のしつこさに頭を痛めていたトルーネも協力してくれ、ベネーノはラルアとひっそり結婚し、ラルアは花嫁修業として領地に引っ越して行った。
しばらくしてラルアがいなくなったことに気づいた公爵令息は「ラルアを出せ」と詰め寄って来たが、婚約者に「なぜ他人の婚約者に会う必要があるのか」と大勢の前で説明を求められるとすごすご逃げ出し、それから学園から姿を消した。
やがて、彼は突然不治の病にかかったと称して表舞台からひっそりと姿を消し、侯爵令嬢は彼の弟と婚約し直した。
ベネーノはあの時忠告してくれた元婚約者エピナに感謝を伝え、休みの日には領地を気に入ってのんびりと過ごせると喜ぶ妻に会いに行き、平和な生活を楽しんだ。
*****
「そう、やっぱりね。うまくいって良かったわ。せいせいしたわ」
婚約者の公爵令息が捕まったと知らせを受けた侯爵令嬢トルーネはにこりと笑った。
トルーネは初めて会った時から、プライドが高く周りの人間を見下しながらもすべての人間に愛されて当然だと思いこんでいる婚約者を憎んでいる。
しかし、婚約は両家の利益のために結ばれた政略婚約で簡単には破棄できない。
長年機会をうかがっているとようやっとチャンスがやってきた。
学園で出会った男爵令嬢ラルアはその美しさゆえに身勝手な人間に振り回されることに悩み、貴族をやめて平和な生活を望んでいた。だから、彼女が望む生活を用意することと引き換えに、婚約者を誘惑して浮気の証拠作りを頼んだ。
案の定、女性関係にだらしない婚約者は一際目立つ美しい男爵令嬢に目をつけ、他の令嬢たちと違ってなかなか自分になびかない彼女を本気で追い求めるようになった。
トルーネは婚約者の異性に対してなれなれしすぎる振る舞いと、正当な理由で注意する自分への周りの目がある中での威圧的な態度、そして婚約者がただの男爵令嬢との婚約を本気で望んでいるのではないかと生徒たちの面白おかしい噂になっていることを両家に丁寧に報告した。
本来ならばこのままプライドの高い婚約者をちくちくと痛めつけて、我慢の限界に達した彼がカッとなって毛嫌いする自分との婚約を破棄するように仕向けるつもりだった。そして、ラルアをひっそりと匿うつもりだった。
しかし、協力するうちに仲良くなったラルアが自分を助けてくれる伯爵令息に恋をして彼との婚約を望んだことで、トルーネはどこまでも邪魔な婚約者を破滅させることにした。
さすがに目に余る婚約者の暴走ぶりに眉をひそめる両家の親に「婚約者を止められなくて申し訳ない。男爵令嬢を彼女を愛する伯爵令息と婚約させて引き離すのに力を貸してほしい」と涙ながらに訴えた。
婚約者の理不尽に必死に耐えるフリをするトルーネに後ろめたさを抱いた両家の親は婚約に力を貸してくれ、公爵令息を厳しく叱った。
自分が気に入ったおもちゃが他の人間に盗られたあげく親に叱られて逆上した婚約者はますますラルアに執着し、自分や婚約者の伯爵令息がいないところで彼女にしぶとくつきまとうようになった。
そこでトルーネは伯爵令息の元婚約者の令嬢など彼に近い人物に「婚約者はまだ婚約した男爵令嬢に気があるようで、友人付き合いと称してしつこくつきまとっていて困る」と吹き込み、伯爵令息が婚約者を守るように仕向けて婚約者を煽った。
それから少しして、ラルアからの連絡を受けて偶然知ったフリをして伯爵令息と会い、彼女がひっそりと領地に逃げるのを手助けした。
しばらくしてラルアに逃げられたことを知った婚約者は、怒り狂って伯爵令息や自分がどこかに追いやったんだと罵ったが「なぜ赤の他人がそこまで必死になって婚約者がいる令嬢に関わろうとするのか、説明してほしい」と大勢の前で言い返してやると何も言えずにそそくさ逃げて行った。
そして、息子の愚行を知った親たちは、今度男爵令嬢相手に何かしでかしたら切り捨てることをトルーネに約束した。
トドメに婚約者にラルアが伯爵令息の領地にいることをわざと知らせてやると、罠だと夢にも思わない彼はすぐに押しかけようとし、見張っていた家の者にあっさり捕まった。
「自分にはこれっぽっちも魅力がないのに。分不相応な幸せを欲しがり続けて破滅するなんて、本当にくだらない男」
その後、侯爵令嬢は公爵令息有責で婚約解消し、元から仲の良い彼の弟と再婚約した。公爵令息は不治の病として監禁されている。そのうちひっそりといなくなるだろう。
3組のカップルは好きな人と結ばれて今日もそれぞれ仲睦まじく過ごしている。




