表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

マーメイドソングシンドローム『音羽透の走馬灯』

作者: クロズアキ
掲載日:2026/07/09

この前投稿した小説「マーメイドソングシンドローム」の透視点の物語です。

マーメイドソングシンドローム

音羽透の走馬灯


 「やっぱりあまねの歌はサイコーだ。」

 午後9時半。学校から帰ってきたあたしは、パソコンを開いてコーラを飲みながら、歌ってみたを視聴していた。

 「やっぱりあまねの歌はサイコーだ。」

大事なことなので二回云いました(笑)。


 今聴いてる歌ってみたの主は、あたしの中学時代からの友人。灯路井天音。活動名・『泡歌』だ。

 あたしは彼女に歌い手を勧めた張本人でもある。なぜ勧めたのかって?

 そりゃ彼女に天性の才能があると思ったから。いやいや、あたしも素人じゃないんだよ。それを今から話すよ。


 ああ、まだ名乗ってなかったね。あたしの名前は音羽透。あまねと同じ高校三年生。

 自分でいうのもなんだけど、人気歌い手グループのメンバーで、カリスマ歌手の両親を持つ、正真正銘の歌い手令嬢だ。

 まぁ、忙しい両親と過ごせる時間は多くないから、ポテンシャルを充分活かしての独学だけどね。さて、あたしの話はこれくらいにしておくよ。

 

 まずは、あたしがあまねに初めて会ったときの話から。

 あれは、中2の6月。あたしの中学に、転校生としてあまねがやってきた。

 いちごミルクのような髪に、ブルーハワイのかき氷ソースのような瞳の、かわいい女の子。

 「今日から転校してきました。灯路井天音です。......好きなものは、フレンチトーストです。よろしくお願いします。」

 自己紹介の好きなものでフレンチトーストか。趣味じゃなくて好きな食べ物を言うってことは、この子、もしかしたら甘いもの好きなのかな。

 ぎこちない、不安そうな表情でオロオロする彼女に、どこか愛おしさを感じた。

 

 その日一日は、ずっとあまねを観察していた。

 どうやら彼女は歌が好きなようで、授業中もときどき口ずさんでる。なんで周りのみんなは何も言わないのかはわからなかったけど。あと移動教室のときは余裕を持って早めに移動するタイプ。ってことはわかった。

 けど、あたしは歌い手活動経由以外で友だちを作ったことがなかったから、なかなか声をかけられなかった。

 次の日の昼。

 「あっ、お弁当忘れた!」

 「姉さん!やっぱり忘れてたんだね。もうちょいしっかりしてよ。」

 あまねの弟の茉由が忘れた弁当を届けに来て、他愛もない会話を繰り広げていた。

 彼女は自分と同じように歌が好きで、家族とも仲がいいんだ。すぐ友だちになりたいと思った。

 勇気を出して声をかけてみた。

 「あまねさんだよね。いつも歌ってるけど、音楽好きなの?」

 あまねはまたオロオロしていた。

 「わたし、歌ってみた作ってんだけど、いい声してんじゃん。」

 そこで、あまねが衝撃の話をした。

 「......そうかな。前の学校では声がキモい言われちゃって。そこから色々あったから」

 「は?なにそいつキッショ!許せねぇわ。才能を潰しやがって。」

つい本心が表に出てしまって、こんどはあたしの方がどうすればいいかわからなくなった。  

 しかし。

 「はは。ありがとう。」

 あまねは天使のような笑顔で笑った。

 思えば、あたしが自分以外の人間のために本気で怒りを感じたのって、あれが初めてだった気がする。

 そこからはどんどん親交が深まっていった。

 お互いに、好きなアニメが同じてグッズを交換したり、お気に入りのフレンチトーストのカフェを回ったり。

 両親が世界的に有名な歌手であることも、自分が小5のときに歌い手グループを結成したことも話した。

 「素敵なご両親に素敵な仲間かぁ。いいね!」

 そのころにはお互いに、あまね、とーると呼び合うようになってた。


 一年が経った時、あたしは何度も何度も言っていたことを、再び伝えた。

 「ねぇ、あまね。歌ってみた投稿しようよ。」

 「でも、わたしとーるみたいにはなれないだろうし......。」

 「あたしは運が良かっただけだよ。絶対あまねのファンになってくれる人がいる。それに、あたしはあまねといっしょに歌ってみたいし、あまねの作った曲も歌いたい。」

 「そっか、じゃあ、歌ってみるか。」

 その日から一週間後、あまねは『はにかみ子悪魔』の歌ってみたを投稿した。

 歌い手の機材の使い方はあたしが教えた。あまねは以外に覚えるの早くてびっくりだった。

 「す、すごい!初めての歌ってみたなのに、もう256再生いってる!」

 「これからコンスタントに投稿していけば、それなりにファンつくと思うよ。」

 「やる!10万人目指そうかな!」

 長い格闘の末、あたしはあまねを歌い手の沼へ落とすことに成功した。


 そしてあれから三年。あたしたちは現在高校三年生。

 「今日の歌ってみたは、1日で71再生か。まだまだだなぁ。」

 『とーる。わたし、年内にチャンネル登録者数1000人いけるかな。』

 「いけると思うよ。コツコツやるのが一番だよ。」

 「でも、この前のとーるとの歌ってみたが5000再生くらいかぁ。」

 そんなやりとりをして行くうちに三年が経過しようとしてた。

 あまねのチャンネルの登録者数は800人。

 目標の10万人にはまだまだ遠い。

 けど、ままだだあまねは諦めていない。それはあたしもだ。

 「伸びなくても楽しいし、楽しみにしてくれてる人もできた。これからも続けたい。」

 あたしもだよ。

  

 夏休み前日。

 その日は何気なく、久しぶりにいっしょに帰ろうと言う話になった。

 夜、部活が終わった後あたしは鍵当番だったから、先にあまねには校門に行ってたもらった。音楽室の鍵を閉めて、職員室に鍵を返してそれで自分も校門に向かう。

 あとはあまねと帰るだけでよかった。

 校門に赴くと、あまねはフードを被った30代くらいの男に、腕を掴まれていた。

 瞬時に体が熱くなり、持っていたトランペットを男に向けて思いっきり投げつけた。

 メキッと、顔の骨が折れる音が響く。

 「テッメェ!あまねに何したんだ!」

 そしてそいつは言った。

 自分はただのあまねの、泡歌のファンだと。

 あたしは言い返した。学生の個人情報を特定して押し入ってくるやつはただの犯罪者だと。

 「ふへっ。これであまねちゃんも、おじさんたちと......。」

 そしてそいつはうわ言のように呟くと立ち上がり、逃げていった。

 すぐに警察を呼び、送ってもらった。


 その次の日。あたしはあまねが心配になって、電話をかけた。

 あまねは作業中のようで、机にスマホを置いて通話していた。

 やっぱりあまねは歌い手を始めたころより、歌唱力もMIXも作曲も上手くなってるし、あと少しで化けると思った。

 「あまね?なんか、声綺麗になった?」

 「うん。電話越しでもわかるんだ。朝起きてからずっと声がいい感じなの。」

 「へぇ。昨日あんなことがあったのに。心配しなくてよかったわ。」

 「へへ。このまま行けば明日の夜には今日歌ったやつ投稿できるから、楽しみに待ってて。」

 「わかった。SNSで告知しといて、RPするから。」

 「うん!」

 あたしはあまねの告知ポストをRPしておいた。

 その次の日の歌ってみたは最初の一時間半で今までの50倍くらいの伸びを記録して、二人で喜んだ。

 (やっぱり、歌い手に誘ってよかったな)


 それから夏休みの間、あまねは三日に一度の頻度で歌ってみたを投稿し続けた。

 急激に伸びる再生回数とフォロワー。

 あたしがあまねの歌ってみたを聞いてると、電話がかかってきた。

 「ねぇ、とーる。」

 「どーしたあまね。」

 「あのさ。最近連続怪死事件の話、あんまり聞かなくなったけど......。」

 連続怪死事件。ここ最近世間を騒がせている、なんか、耳から血が出る事件?みたいなやつ。

 「あの話?あたし忙しくて全然知らないんだよね。学校でもずっと課題とレコーディングのこと考えてて。」

 「そっか。」

 「なにかあったの?」

 「ううん。なんでもない。とーるの声聞けてよかった。」


 あたしは電話が終わると、すぐにその事件を調べた。

 「路地裏や夜道で行きなり人が耳から血を流して死んでいるのが発見......。原因はウイルスか殺人か?なにこれ。昨日5件目が新たに発生。」

 こんな事件が起こってたんだ課題や歌い手活動に追われて全然知らなかった。たしかに、こんな事件が起きてたら不安にもなるか。

 でも、なんでいきなりあまねがその話を?

 そう考えているとスマホの画面に、あたしの所属する歌い手グループ『sirena』のメンバー、紅凛から電話がかかってきた。

 「もしもし。」

 『とーる。課題は終わってるかな?夏休み、28日で終わりなんだろう?』

 「紅凛。なんで知ってんの?」

 『君は歌のリズムと歌詞以外忘れやすすぎだ。この前スケジュール共有で言ってたじゃないか。それに君、声のトーンが低いね。何か嫌なことがあったのかい?』

 「いや、ちょっと調べ物しててさ。」

 『君は声が感情に左右されやすいところがある。明日のレコーディングの時も気をつけるんだよ?』

 「わかってるってうっさいな。」

 『とーる。最近友だちの歌ってみたが伸びてるみたいじゃないか。』

 「あー泡歌のこと?」

 『是非会わせておくれよ。』

 「え?なんだよ。こっちも忙しいんだよ。」

 『忙しいなかスケジュールをあわせて、その貴重な時間を使って歌い手業界の新たなたまごに会いたいんだ。』

 「いいけど、多分高校卒業後になるよ?」

 『構わないさ。』

 本当、紅凛は優しいしリーダー合ってると思うけど、なんか上から目線に感じるんだよな。


 そこから冬休みむでは怒涛の展開で、正直あたしもあまねも追いつけていなかった。

 チャンネル登録者数が10万人超えたと思ったら、すぐにあたしの登録者数を超えて、事務所デビューまでしちゃって。


 

 毎日歌い手の仕事をする日々が三ヶ月間続いて、あまねとあたしは高校を卒業した。 

 あまねは今後の進路をマネージャーさんや事務所の人、家族と話し合って、最終的に高卒で歌い手活動をすることになった。

 その連絡に、あたしは「あまねがどんな進路を進むとしても、あたしは応援するから。」と、返した。

 あまねの現在のチャンネル登録者数は50万人。他のSNSのフォロワーも含めれば、150万人。

 アルバムも出した。

 そして。

 「武道館公演の日が決まった!こんな夢みたいなことあるんだ!」

 あたしは、そのメッセージを見てガッツポーズした。

 『とーる。今わたし、すごく楽しいよ。』

 『努力する人は楽しむ人に勝てない』という、むかし本で読んだ言葉は、本当なんだなと思った。


 あまねが武道館に来ることをSNSでポストして、あたしがRPして数分後、電話がかかってきた。あまねからだ。

 「もしもし、あまね?」

 『とーる。去年のストーカーのこと、覚えてるよね。』

 何があったのか聞くと、あのストーカーかもしれないSNSのアカウントを見つけたと言うことだった。

 「それって確定?ID教えて。」

 そして、教えられたIDのアカウント開き、そこであたしは戦慄した。

 『泡歌ちゃん。声かわいいね。おじさんのものになってよ。』

 『泡歌ちゃんのすべてがほしい。』

 『泡歌ちゃんの耳元、いいにおいだった。』

 『泡歌ちゃんはおじさんのものになれ。』

 数々の気味が悪い投稿。その中に、 

 『泡歌ちゃんの耳元、いいにおいだった。』

 と言うものがあった。その投稿は、去年の7月20日。わたしがストーカーに遭ったあの日だ。しかも時刻は20時40分。ちょうどあまねがストーカーに話しかけられて、あたしが追い払らった直後だった。

 「なにこいつSNSまでキッショいな。マジ◯チじゃねぇか。」

 「これ、警察に伝えたほうがいい?」

 「当たり前だよ。」

 あまねが直ぐに、家族、警察、マネージャーさんや関係各所に注意を呼びかけた。

 万が一の事態を避けるため、しばらく外出を控えることになった。

 ......なんで、あまねは何も悪いことしてないのに、自由を制限されなきゃいけないのだろう。

 あたしは、この状況とシステムに、心底憤りを感じた。

 そして不安な気持ちを抑えた。

 (きっと大丈夫。もともと護身術や空手、柔道まで習ってたあたしだし。人脈もお金もあるあたしだよ?あまねを守れないわけない。)

 「絶対。守り通すんだから。」

 

 あまねの公演まであと二週間と差し迫ったころ。

 未だにあのストーカー、シンドロームは捕まっていない。いや、正確には捕まえられなかった。

 「なんだよ、海外のサーバー借りてまで激キモ発言して、何がしたいんだよあいつ。」 

 そこで、ひとつ思いついたことがあった。

 あまねに電話をする。

 「ねぇ。明後日sirenaのメンバーと一緒にカラオケ行くんだけど、あまねも来ない?最近全然まともに話してなかったし。」

 『え、いいの?』

 ここ最近武道館ライブの準備で大変だったから、息抜きになるといいなと思った。それに、紅凛たちにあまねを会わせられるチャンスと思ったから。

 「うん。変装して他に7人もいたらストーカーもなかなか寄ってこないでしょ。それに、もしまたストーカー来たらわたしがボコすから。」

 『ははは。』

 油断はしない。あまねはあたしの親友。絶対守りとおす。


 2日後、あたしはあまねの家の近くまで迎えにいった。

 黒いカツラに立てねメガネをつけた状態でやってきたあまね。

 「ど、どうかな。とーる。」

 「いい。あまねはどんな姿でもかわいいから。」

 「へ?」

 「いや、なんでもない。」

 (やっべー、何言ってんだあたし。キモがられてないといいけどー!)

 

 カラオケに着くと、sirenaのメンバーが集まっていた。とりあえずテキトーに紹介する。

 「はーい、とーる到着。さっそくいきましょう!」

 赤いヘアピンをしたポニーテールのメンバー、紅凛があまねに話しかける。

 「初めまして。君があまねちゃんかい?50万人の登録者数を誇る割には地味だね。」

 「なによ紅凛。バカにしてんの?」

 「いや、そうじゃない。」

 「諸事情で変装してるだけなんだけど、本当あまねの姿見たら紅凛たちマジ絶対惚れるよ?」

 「ちょっととーる、恥ずいんだけど。」

 不満を消し去るためあまねの持ち歌をたくさんカラオケマシーンに予約する。

 「ちょっととーる。なんでわたしの持ち歌ばっかり入れるの!」

 あまねが顔を赤くしてあわあわした。

 「初めて仲間に大親友を紹介するのにはあまねの得意な曲を歌ってもらわなくちゃね。」

 「同意!」

 そのままあまねはひとつため息をついて、マイクを握った。

 あたしたち全員がワクワクしていた。

 しかし、あまねが歌い出した次の瞬間目に映ったのは。

 「がほっ。ごふっがっ。」

 倒れ込み、大量の血を吐いたあまね。

 全員が真っ青になった。いつも冷静な紅凛でさえどうすればいいかわからなくなったようだった。

 そのままあまねは気を失った。我に帰ったあたしは言った。

 「救急車呼とスタッフさん呼んできて。仰向けにはしないで、気管支に血が入ったらまずいから。」


 あたしの通報を受けて救急車が来た。病院が近くて良かった。すぐに搬送してもらえた。

 あまねの家族が、走ってきた。

 「とーるちゃん。あまねは。」

 あまねの母、茜さんが息切れしながら走って来た。

 茉由がうつむいて歯を食いしばる。 

 そこに、医師がひとり歩いて来た。

 「灯路井さんの処置を担当した医師です。」

 あまねの容態の詳細を聞く茜さんと茉由。

 命に別状はないが、まだ吐血の原因は確認中と、その医師は述べた。

 「くそ、なんでこんなことに。」

 茉由がうつむいて歯を食いしばる。 

 「とーるちゃん。あまねのこと、助けてくれてありがとうね。」

 「いきなり血を吐いたのは驚きでしたけど、あまねならきっと大丈夫です。」

 「でも、やっと歌い手活動も軌道に乗って来たのに、これ絶対武道館延期になるよね。」

 そう言えば茉由は10月からドイツに留学予定だった。延期になれば、多分あまねの晴れ舞台は生で拝めないだろう。

 「茉由。あまねが起きたら、一緒に武道館ネットで生配信出来ないか話してみるよ。そしたら晴れ舞台見れるでしょ?」

 「わかりました。」

 

 それから三日間。あまねは昏睡状態で、目が覚めなかった。茜さんは病院に泊まってずっとあまねのそばにいたそうだ。

 事務所の人もあたふたしてて、武道館ライブの延期が決まってしまった。

 さすがに残り二週間で完全に回復はできないとの見込みだそうだ。

 SNSではあまねの晴れ舞台延期に嘆く声が響いた。ネットニュースにまでなったし。

 いや、なんでこんな状況なってんだよ。ただカラオケ行っただけなのに。

 sirenaのメンバーも心配していた。まぁ、こんなことになって心配しない方がおかしいけど。

 sirenaのみんなが電話して来た。

 『とーる。泡歌ちゃんの容態は大丈夫なの?』

 「うん。まだ意識が戻ってないみたい。」

 『泡歌さんの晴れ舞台、いつになったら拝めんだろな。』

 『本当、うちの親医者だからわかるけど、あの量の出血で生きてたたことが奇跡だよ。』

 『原因わからんだべな。ばってんそいないばなしてこんなことになってん?』

 『泡歌さんの生歌、楽しみにしてたんだけどなぁ。』

 『本当、残念だよ。チケット買い直しって。」

 『仕方ないよ。残念なことに変わりはないけど。』

 「また聴けるよ。あの子はこんなとこで死ぬやつじゃない、あたしたちだってファンなんだもん。みんなで待つよ。」

 通話を終えて数分後、コーラを飲もうと席を立った。その数秒後。

 『透さん。姉さんの意識が!』


 紅凛に送ってもらって、直ぐに病院まで向かった。

 「あまね!!」

 「おい、とーるくん。ここ病院。」

 あまねは確かに水色の目を開いていた。そして、茜さんが武道館公演は延期になったと告げると、絶望の顔になった。

 どうやら声が出ないようだ。あれだけ血を吐いたのに、何もない方がおかしいけど。

 「......あまね。武道館公演は延期になったけど、みんな待ってる。だから、早く喉治して盛り返そう。わたしも、そばにいるから。」

 あまねは横になったまま涙を流して力強く首を縦に振った。

 そこに、あまねの主治医になった医師が入って来た。

 容態を説明していたが、あまねが血を吐いた理由はわからなかったと言う。  

 意味がわからないにも程があるが、今わかることは『わからない』だけだった。

 そして、担当医は言った。

 「かなり珍しい疾患が隠れている可能性もあります。念のため、2週間は経過観察で入院しておきましょう。」


 それから数日後。

 あまねからメッセージを送られてきた。

 『とーる。あのストーカーが、シンドロームが!』 

 あたしは返した。

 『なにがあった?!』 

 それぞれ学校と仕事帰りの茉由とあたしはすぐ病院へ足を運んだ。

 今までの情報を三人で確認した。 

 

 『やっぱりおじさんの呪い。ここで発動して良かったです。またドーム公演時期が再び決まったら、そのときは楽しみにしてるよ。』


 茉由が軽蔑と憤りを感じさせるオーラを出し、「前に見せてもらった時より気持ち悪くなってる。なんだこいつは。」と言った。

 「気色悪いにも程があんだろこの変態ど畜生!」

 「殺害予告とかじゃないけど、呪いってなに?厨二病?」

 あまねは病院の人が貸してくれたホワイトボードとペンを使い、筆談で話した。

 【わからない。けど、今の症状は、この人が関係してる気がする。】

 「関係?このストーカーにってこと?」

 あまねが縦に首を振ると、茉由が口元に拳を当て言った。

 「姉さん。ヤバいやつに粘着されてて、凄いストレスなのは理解出来るけど、本当に呪いだと思ってるなら流石に不安からの思い込みだよ?」

 あまねは首を縦にふった。

 確かにあたしも茉由の言うことは正しいと思う。

 でも。

 

 『これで、あまねちゃんもおじさんたちと......。』


 あの日のストーカーの声を思い出した瞬間、身体がブワッと冷たくなるのを感じた。あのときの発言は、本当になんだったんだ?

 【とりあえず。わたしは調べたい。】

 「なに考えてんだよ姉さん。それは警察に任せるべきだよ。」

 茉由の言うとおりだ。

 けど、本当にあいつはあまねのことを見ている気がする。学校まで特定して押しかけてきた人間が、このまま何もしないとは思えない。

 「茉由。あんたの言ってることはあってるよ。けどあいつのポストを見てると、イベントのとき、絶対またあいつはあまねに近づいてくると思う。」

 あたしは続けた。

 「あまねは喉がこうなってる理由以前の問題だよ。次のイベントではスタッフさんや警備の人ができる限り守ってくれるとは思うけど、あいつはあまねの学校はおろか、帰宅時間まで特定してきた。アイツにそんなスキルがあるとは思えない。多分誰かに依頼してる。しかも警察に捕まっても殺害予告や物理的な被害がないなら、特に刑事罰は下らないだろうし。よくて接近禁止命令くらい。あたしたちで自衛するしかない。」

 あまねは俯いていた。

 「いや、そうですけど......。あなただってヤバいじゃないですか透さん。あなただってストーカーを追い払う時にトランペットで殴りつけたんでしょ?過剰防衛じゃないですか。」

 「大丈夫あいつはあまねの腕掴んでた手を出そうとしてた危なかった正当防衛の範囲!茉由。あまねはあたしが傷つけさせないから、安心して。私がいない間は護衛をつけとくから。」

 あたしがそう言うとあまねは慌ててホワイトボードに文字を書いた。

 【ダメだよ。うちにはそんなお金ないし。】

 「あたしが自腹でつけんの。あたしの小さな頃から守ってくれてる信頼できる方がいるから、任せて。あまねには金出させないよ?いいね?」

 「はぁ。透さんがそこまで言うなら......ね。」

 結局ふたりは了承した。


 それからあまねは声が出ない以外結構直ぐ元気になって、インスト曲を作って、投稿していた。

 倒れたけど、新しい曲の投稿にあたしのタイムラインもファンの喜びに染まった。

 仕事先でにんまりしながらRPする。

 あたしは歌うことはできても曲は作れないから、素直に素晴らしいと思う。

 あまねを世に出たおかげで幸せになった人がいると、あたしまで嬉しくなる。

 夕食を摂って風呂入ろうとしたところで、メッセージの着信音が鳴った。

 「とーるさん!姉さん声戻りました!」

 その後経過観察ということになって、病院は退院したあまねは家に帰ってきた。

 事務所との相談で、結局武道館公演は延期になったけど、本来開催できるはずだった日より、二ヶ月先に別の会場でやることになった。

 

 「あまね。まじで無理しないで。またいきなり喋れなくなるなんてこともあるかもしれないし。」

 『ううん。大丈夫だよ。』

 「あのさあまね。」

 『なぁに?』

 「まだ。声が出なくなったのとあのストーカー、関係あると思う?」

 そう質問しながら、SNSを見た。

 『んー。もうあんまり思ってないかな。でも、シンドロームは捕まって欲しいな。』

 「やっぱりそう?そこで、あまねに伝えておきたいことがあります。」

 『なに?』

 「シンドロームのアカウントがまた動いてます。」

 『え?』

 言われた通りにSNSを開き、シンドロームのアカウントのプロフィールから最新ポストを見た。


 『あまねちゃん。きみが武道館公演に出たら、おじさんも逢いに行くね。』


 『ど、どうしよう。また襲われる!』

 今度はなにする気なの?

 「ほんっとムカつくよねこいつ。でもね。」

 パニックになりそうだったわたしを、とーるが制した。

 「これって、あのストーカーをしょっぴくチャンスなんじゃない?」

 『で、でも。』

 「警備員とあたしであまねを守りつつ、あいつを探す。見つけたらあたしがボコして警察に突き出す。マネージャーさんと警備員には話しておくから。これでいいね?そんなに心配しなくて大丈夫。あたしが守る。」

 あまねは、やっぱりどこまで行っても。

 「あたしの大好きな親友だもの。」

 あたしの大切な大親友だ。

 『うん。わかった。』

  

 10月。あまねは茉由がドイツへ旅立った旨を、連絡してくれた。メッセージでやり取りする。

 「大丈夫そ?あのシスコンブラザー。」

 『うん。ちょっと寂しがりやだけど、茉由はわたしよりは社交的だから、向こうでいっぱい友だち作ってると思う。』

 『ならよかったけど。』


 それからはシンドローム捕獲作戦の計画を進めていた。柔道と護身術を教えてくれた先生にひと通り習い直し、鍛錬もした。昔と全く衰えてなくて、先生はもちろん、あたしもびっくりだった。

 そして、次の日が、運命の日だった。あいつは......。

 

 『おじさんのものだよ。』


 あまねの告知ポストをリポストしたのちに、そうポストしている。

 それをあまねから伝えられた。

 「うん。やっぱりあのストーカーはなにか企んでる。絶対ひとりになっちゃダメだからねあまね。」

 『うん。わかってるよ。』

 「そんじゃおやすみー。」

 電話を終わらせて、あたしは冷蔵庫に入れていたコーラを一気飲みした。

 (あまねの晴れ舞台は、茜さんもみんなも、もちろんあたしも楽しみにしてる。その力強い歌唱力で、ファンたちを魅了してくれるはず。)

 そう考えていると、なかなか寝付けなかった。

 (大丈夫。スタッフさんとマネージャーさんにはシンドロームのことは伝えた。あたしがあまねを守れないはずない。)

 朝起きると、支度をして家を出た。

 「あまね。大丈夫だよ。」


 午後5時くらい。あたしはあまねの近くにスタンバイしてシンドロームを警戒していた。

 しばらくそのまま待機してると、スタッフさんの方から防犯カメラに不審な人物が映ったと、連絡があった。

 すぐさまあまねの楽屋に走る。 

 「きゃァァァァ!」

 あまねの叫び声。

 あの時あまねを連れ去ろうとしたストーカーの「あまねちゃん。おじさんに着いてきて......。」と言う猫撫で声が聞こえる。

 そのまま部屋から連れ出されると、護衛のふたりは気絶していた。

 息はあるから、死んではいないみたいだけど。

 「こいつらにはぼくの歌を聴く資格はない。あんな汚い男なんかに聞かせるもんか。さぁ、こっちへ来て。」

 あたしは脚に力を入れて、思いっきりジャンプし、ストーカーを一発殴りつけた。

 「ウォラァ!」

 この数ヶ月の憤りと怒りを、ぶつけるかのように。自分の拳で、骨が折れる感覚が伝わってくる。人を殴るのは、久しぶりだった。

 そのまストーカーは倒れた。

 「琴坂さん鼓さん!こいつだ!」

 他の警備員がストーカーを取り押さえる。

 「とーる!」

 「大丈夫?あまね。」

 「大丈夫。ほんとにっ、よかったぁ!」 

 「警察も呼んでるよ。だからもう安心だよ。それにしても、呆気なかったな。こいつ。」

 「ていうか、とーる前より強くなってない?」

 「今日のために仕事の間縫って護衛に護身術と柔術もう一回一通り教えてもらってたんだよ。まぁ、合計2時間くらいだけどな。で、お前はなにがしたくて泡歌に近づいた?シンドローム。」

 あたしは尋ねた。ストーカー......シンドロームに。

 「おじさんのアカウント見てたんだね。」

 「はっ!軽率にSNSなんかで尻尾見せるから、お前は今からブダ箱行きになるんだけどな。」

 「おじさんは恋人以外に自分の歌声聴かれるのは嫌だけど、あまねちゃんの声はみんなが聞くべき声だ。ますます欲しくなるよ。だから、今日はたっぷり楽しんでおいで。ぼくのあまねちゃっ」  

 あたしはムカムカに耐えきれず、シンドロームのアゴを殴った。

 「と、とーる!」

 慌ててマネージャーさんがあたしをを引き離した。

 「泡歌は、お前なんかのものじゃねぇよ。ほんっとキモいしムカつくなお前は。一年前と全く変わってねぇじゃねぇか。」

 「ははは!」

 「なにがおかしい。」

 「もう、あまねちゃん。人じゃないじゃん。」

 「は?」

 そのまま警察にシンドロームを引き渡しすと、ライブの準備に取り掛かる。


 超一流デザイナーに頼んだ衣装を着た、あまねの姿は、それはそれは美しく、儚げな晴れ着だった。

 19時。ライブがはじまる。

 「じゃあ、行ってこい泡歌。」

 舞台裏から、泡歌を送り出す。

 「行ってくる。とーる。」

 観客席から大きな歓声が上がった。

 やっと、この日が来た。そして、もうひとつ思ったことがある。

 あたしは、この時のために、あまねを応援し続けてきたのだろう。

 「みんなー!今日は来てくれてありがとう!」

 再び歓声があがる。

 「それでは、気持ちを込めて歌います。『泡沫のダンスホール』!」

 もう一度、大きな歓声が上がってそれが絶頂に達した瞬間。

 泡歌は息を吸って、歌い出した。

 「_______________」

 まず。一瞬のうちに襲ってきたのは、尋常じゃない目眩だった。 

 は?

 なんで急に目眩?体調でも狂ったか?

 そして、次に起こったのは、観客席から声が消えたこと。

 客席に掴まりなんとか転ばすに済むと、ふと足元に赤いものが広がっていることに気づいた。

 血だ。なんで血?誰か怪我したのか?

 「どーしたの!みんな!」

 あまねの声を聞いて辺りを見回す。

 (うっ。)

 全員、耳から血を流していた。目をこれでもかと見開き、誰一人息をしていない。

 「み、みん......な?」

 動けなくなったあまねの居るステージから、ライブ音源が鳴り響いていた。

 行かなくちゃ。いけ、音羽透!あまねのところまで!

 あまねがあたしがいる場所とは反対方向の観客席の方へ走っていった。ダメだ。逃げなきゃ......。

 「みんな!お母さん!」

 あまね。今行くから動くな......。

 目眩が治らない中、あたしはよろつきつつ必死にあまねの方まで走った。

 観客席の方を見ると、ぱっと見"そうなってない人"は見当たらない。

 あまねのところまであと数メートルのところまで来た。あまねは何かにすがっている。

 「お母さん!ああああ!」

 (うそだろ。)

 茜さんだった。そう言えば、来るって言ってたか。茜さんも他の観客と同じだった。この状況なら、もう......。

 「あ、まね。」

 こちらに気づくあまね。

 「逃げるよ。」   

 あたしはあまねの手をとり、走り出した。

 「で、でも待って、お母さんが、みんなが!」

 あたしは非常に歯がゆい思いで言い切った。

 「これだけ大量出血してたらどの道助からない。なにかのテロかもしれない。とにかく今は逃げて助けを呼ぶよ!」

 「お母さん!ねぇ、とーる待ってよ、お母さんが。みんなが!助けなきゃ!」

 つい今さっきあまねを応援していたマネージャーも、スタッフもみんな倒れていた。

 (くそっ。本当になにが原因だよ。)


 外に出て警察を呼んだ。

 「ああ、そうだよ。とにかく、今直ぐ来てくれ!人が死んでるんだよ!」

 通報を受けてやって来た警察に、事情を話した。警察は一番最初はあたしの言うことを信じているか怪しかったが、いざ防護服を来て会場に入ると、直ぐに身震いして戻って来た。

 『百聞は一見にしかず』とはこう言うことなのだろう。

 数時間後、警察に保護されたあたしたちは身体に毒もついていなくて問題ないと判断されると警察署で事情を聞かれた。

 「では、天音さんが歌いはじめた瞬間に、天音さんと透さん以外の人が、全員。」

 「そうです。わたしたちにも理由はわからなくて。」

 警察は混乱しているようだった。当たり前だけど。

 まぁどちらにせよ、あの惨状が起きた現実は変わらない。

 事情聴取は、泣き過ぎてうまく喋れなくなったあまねを宥めながら、あたしが全て答えた。

 「あっ、あの。母は、お母さんは無事なんでしょうか?」

 置いて来てしまった母親のことを案じるあまね。

 「あまね......。」

 「あの場に居たんですね。わかりません。救急隊が対応しているはずです。」

 ぐしゃぐしゃの顔から、聞いてるだけでも辛くなる嗚咽をこぼすあまね。

 「わからない。わからないよ。」 

 あたしはあまねの手をそっと握るしかできなかった。

 「あまね。わたしもわからないよ。」

 あとから知ったけど、茜さんはこの時点で死亡が確認されていた。

 

 今、近くに頼れる家族がいなかったことから、あまねはしばらくあたしの家で過ごすことになった。 


 【史上最悪のテロ!!死のコンサート!毒ガスか?未知のウイルスか?はたまた、集団ヒステリーなのか?人気歌い手泡歌さんの武道館公演で集団死亡事件発生。現在警察と消防が確認中】


 そんなネットニュースとさまざまなこの事件に対する憶測が流れて来て不快感を感じ、スマホの電源を切った。SNSでは、混乱に乗じてたくさんの悪意が天音に向けられた。生放送は直ぐに非公開になったが、ネットは良くも悪くも拡散されるのが早い。直ぐにスクショや映像が流れた。

 「もう、こんなに拡散されて......。みんなが死んじゃう瞬間まで。」

 「あまね。今は見ちゃダメ。」

 

 次の日の朝、朝食を食べるためにあまねを呼びに行った。

 リビングで、テレビをつけてスマホを見ていたあまね。

 昨日のニュースの話題だ。曇る表情のあまね。

 「今はこういうの見るなって言ったじゃん!」

 「ごめん。」

 「これは一旦没収だ。」

 あたしはスマホを取り上げた。

 「......とーる。わたし、もうお母さんに応援してもらえないの?もう活動できないの?」

 「あまねも酷い目に遭った被害者なのに、歌う権利を奪われたり、中傷される筋合いはない。」

 「でも、もう遅いよ。みんなわたしが歌ったせいでこんなことになったって......。」

 「違う!あまねは1ミリも悪くない!頼むから、そんなあまねのこと何も知らないクズどもの手口に乗るなって!ほら、朝飯食うぞ。」

 席に着くあまねは、使用人が作ったフレンチトーストも、喉を通らないようだった。

 「残します。」

 「あまね......。」

 そのまま去っていくあまねを見る。

 そして、不意に思った。

 (なんで、あまねが叩かれてんだ?なんで、晴れ舞台でいきなりテロに見舞われたあまねが、家族をいきなり理不尽に奪われたあまねが、傷つけられなきゃいけないんだ?)

 憤りのまま、自分のスマホを取り出して、SNSに書き込んだ。 


 『あたしは泡歌の友だちとして、今泡歌を中傷している人に言う。勝手に決めつけるな。自分の憶測が合ってると思うのもやめろ。頼むからもっとあの子を労って。』


 批判が来たっていい。あたしはなに言われても。あたしはただ、あまねを守るだけ。

 


 それから十数分、あまねの歌ってみたを聞いていた。

 動画は、現在4000千万回再生を超えているあまねの歌ってみたで2番目に伸びてるやつ。あたしはこれが一番すき。

 【困るだんだ。君の、そう言う可愛いところ♪】

 「大丈夫。」

 茜さん、茉由。大丈夫だよ。あたしがあまねのそばでずっと守ってるから。

 そう考えていたら、ノックが聞こえて来た。

 「お嬢様、あまねさまが......。」

 

 あまね用の客室に行く。

 「あまね。茉由が電話くれたんだってね。」

 あまねは壁を見たままだった。

 「ねぇ、とーる。SNSでわたしを庇ったって、本当?」

 「茉由に聞いたんだね。本当だよ。他人を平気でバカにするキッショいやつらに友だちが一方的にサンドバッグにされるのを、黙って観てるなんて、あたしにはできない。」

 「わたしはそんなこと望んでない!」

 「あまね。」

 「なんで余計なことするの?そんなことしたら今度はとーるが炎上しちゃう!」

 「大丈夫。あたしはどうなったって構わないから。あたしのことは気にしないで。」

 「構わないからじゃないよ。」

 「あまね。あまねを支えたいから、そのためなら......。」

 「もうみんなを巻き込みたくない!何もしないで!」

 やってしまった。あまねが望んでないことをしてしまった。

 リビングに戻りソファーに寝転がると、虚空を見つめた。

 いつもはこの時間帯に寝ることはないのに、急な眠気が来る。そう言えば、あたしは昨日から一睡もしていない。なら、一度眠って気持ち整えるのが最善だ。

 その眠りはもの凄く深いもので、夢は見なかった。

 あたしはその次の日の夕方まで寝ていた。


 「ん。」

 あたしは起きた。そのタイミングで。そして_ 

 「____」

 「?!」

 突然大音量で音楽が聞こえて来た。いや、違う。歌だ。

 そして、おとといあまねが歌った瞬間と、同じ何かを感じた。

 あまね、そうだあまね!

 すぐにリビングを飛びだしたが、急に家がこの有り様だ。

 みんなおとといの茜さんと同じように血を流して倒れている。

 これじゃ今までの例を見るに手遅れだろう。

 「お嬢さま?」

 「メルさん?」

 使用人のひとりが、部屋から出てきた。

 「メルさん。今まで何してた?」

 「え、わたしは仮眠をとらせていただいてましたが、結構深く寝てしまいました。すみません。」

 じゃあ、メルさんはあの歌を聴いていない?

 「え?あ、きゃぁぁぁ!」

 倒れた別の使用人を見てメルさんが悲鳴をあげた。

 「ごめん。あたしはあまねを探すから、救急車頼む。」

 あまねの部屋に入ると、既にもぬけの殻だった。

 「くそっ、どこいんだあまね!」

 不気味なほど静かになった自分の家で慌てていた。

 玄関のドアが開けっ放しだった。まさか、この嵐の中外に出たのか。

 怖くなったのか。また目の前で人が死んで気が狂って逃げ出したのか?

 おとといと同じシチュエーションだ。 

 あの歌声を聴いた瞬間、使用人たちがメルさんを除き全員死んだ。

 まさか。

 「あまねェ!」

 あたしは傘も持たずに家を飛び出した。

 ダメだ。自分に誓ったじゃないか、あまねを守るって!

 それに、このままだと、茉由が一人になってしまう。未成年のうちに天涯孤独とか笑えない。

 あたしの手の及ばない場所で救えないなんて、絶対にダメだ!


 さっきまで気にならなかった外の嵐と雷の音が頭の中で心臓の鼓動とともにあたしを突き動かす。

 視界が悪いが、ここはあたしの家から数百メートル以上先なのはわかる。それ以外なにもわからないのがネックだけど。

 そう考えて居ると、近くに気配があった。

 「キモイこと言ってんじゃないよ!あんたなんかに姉さんを奪われてたまるか!」

 茉由の声だ。直ぐ近くにいる。そしてストーカーとあまねに対面して居る。

 けど、もしあの歌を聞いてしまったら......。

 一か八か声のする方へ走り、そのまま蹴りを喰らわせた。

 「ウォラァ!」

 腹を蹴り飛ばし、茉由はその場に倒れた。

 なんで茉由が殴られるの?って思っただろ?これにはあたしの賭けがあった。

 「ごめんな茉由。」

 あたしは茉由の意識ないことを確認すると、シンドロームに向き直った。

 「あんたの歌声、気絶してたり寝てたりして、意識がなければ無事でいられるんじゃないか?」

 シンドロームはふっと不敵の笑みを浮かべ、

 「なるほど、正解だよ。この短時間でぼくの 呪いの弱点を見抜くとは、賞賛に値する。さすがはぼくのあまねちゃんの友人だ。」

 その気持ち悪さは、気持ち悪いを通り越して、怖いと素で思えるレベルだった。あまねの顔が歪む。あたしは耐えきれず、怒鳴った。

 「ふざけるなシンドローム。おまえ、おとといの事件もなんか関わってんだろ?捕まってたのに今ここにいるってことは、警察まで殺したのか?いい加減にしろ。おまえの目的はなんだ。なんであまねに執着する。」

 シンドロームは不気味な笑みを崩さず、フードの脱いだ。

 顔を出した。言動とは裏腹にとんでもない美人だ。鼻も高いしシュッとしてるし、こりゃホストとして働けば一生食うに困らないぞ。

 (おい!なに考えてんだあたし!)

 首を横にふり、シンドロームを見る。そいつは語りはじめた。

 「ぼくはね。自分歌声を聴いて『生き残った』人間に呪いをかけることができるんだ。ぼくの歌を聴いて生き残った人間は、ぼくと同じ様に『歌声を聴いた人間が死ぬ』呪いにかかる。ゆっくり時間をかけてね。」

 やっぱりそうなんだな。と言う気持ちと、嘘だろ?と言う一見矛盾した感情が、同時に湧いて来た。

 事実、さっきの使用人たちは耳から血が出てた。内側から吹き出さなきゃああはならない。

 『歌声を聴いた人間が死ぬ』。その続きを言って欲しくなかった。あまねが、また傷つくから。

 「おい......。」

 「その呪いの力が完全なものになったから、あまねちゃんはおととい自らの歌声であそこにいた人たちを殺した。」

 シンドロームはあまねの方を見て話し続ける。相変わらず笑顔のままで。

 こいつはこの状況で、本心からの笑顔を歪めることはない。

 「ぼくはある日この身体になったときに、急にたくさんの人たちに自分の歌を聴いて欲しくなった。その結果多くの人がぼくの歌の犠牲になった。」

 さっきまであったはずの怒りは、いつの間にか恐怖へ変わっていた。 

 「すごく寂しくなったんだよ。ぼくだけが自分の呪いに苦しむなんておかしい。自分と同じような人が欲しくなった。それから一年くらいたった時、ぼくは思いついた。ぼくと同じ、歌えばそれを聴いた周りの人間が死ぬ力を持った人がいれば、もう寂しくないと思って。色んな人に呪いをかけて、操って家に連れ帰って、ぼくだけの恋人にする。」

 この恐怖はこいつの、人間性に対するものじゃない。こいつの、出自が気になった。一体どうやって、こんな化け物が生まれたんだと。

 ていうかおそらくこいつは人間じゃない。

 「やっぱり、去年の連続怪死行方不明のやつって!」

 「そう、ぼくが起こしたものだよ。」

 「.......じゃあなんでおととい会場まで来たんだよ。捕まるってわかってて来たよな?それにおまえは抵抗すらしなかった。それは何故だ?」

 「他人を殺す前のあまねちゃんにも会っておきたくてね。だから、おととい君の前に現れた。この呪いを人類最初に被ったぼくにだけは、誰が呪われても生き残るか分かる。そして、どうやらこの呪いにかかった人間はぼくの思い通りに動くようなんだ。」

 「あまねをどうする気だ?」

 「ぼくたちの家でずっとそばにいてもらうよ。家にはあまねちゃんと同じ呪いをかけて生き残ったぼくだけの恋人が何人かいるから!とーるちゃんも一緒に来る?」 

 「調子にっ!」

 あたしはシンドロームに殴りかかろうとする。こいつは、生かしておいてはダメだ。

 こいつを殺せば、あたしは人殺しになるかもしれない。けど、このままだとあまねだけじゃない。他の人間も危ない。

 また連続殺人を犯されては困る。

 しかし。

 「ダメダメ、今のあまねちゃんはおじさんのもの。いきなり大声で歌い出すよう操ることもできる。いいの?これ以上友だちに殺人を犯させて。」

 いきなり雨音が静かになる。

 「雨音が少なくなったね。今あまねちゃんの歌唱力で歌えば、近くの家の中にいる人には聞こえるだろうね。それに、とーるちゃん。もう君にもぼくを止めることはできない。やっぱり天はぼくとあまねちゃんを祝福してる!」

 くっ。天よ、なぜこいつの味方をする。なぜ、理不尽に耐え続けて限界のあたしたちに、微笑んでくれない。 

 動けない。あまねが歌えば、犠牲者は多かれ少なかれまたおとといと同じ状況になってしまう。

 あたしは叫んだ。

 「そうやって、他人を自分の不幸に、自分の欲望に巻き込んで何が楽しい!」

 「そうだよ。ずっとこうやって他人を絶望させて自分のものにしてきた。ぼくだけの恋人にねぇ!」

 あまねの瞳から、涙が一滴、零れ落ちた。

 ヒュン!

 シンドロームのお腹を蹴り飛ばそうとした。

 (避けられたっ!)

 あたしは、届くことはないことは承知の上で叫ぶ。

 「あたしが、お前みたいな理不尽に人の幸せを奪うやつに、屈すると思うか?従うと思うか?何も言わずに友だちを奪われてやると思うか!」

 「無駄だよっ、とーるちゃん。」

 シンドロームがナイフを取り出す。こいつ、こんなもの持ってたのか。

 けど、こいつは元々そこまで筋肉はないし、二回もあたしにぶん殴られてる。

 こいつはあたしたちには勝てない!

 「君も一応ぼくのものだけど、君はぼくの恋人との時間には邪魔だ。死んでくれ。」

 「おまえがなっ!」

 バシッバシッバシッっと、シンドロームの動きを読んで、蹴りを、拳をかましていく。

 シンドロームのナイフを蹴り飛ばす。

 (あと、一撃!)

 よろっ。

 「は?。」

 この感覚には覚えがあった。あの時あまねの声を聞いたときの、目眩!

 (まずい!)

 その隙に、シンドロームはナイフを拾い直し。

 グサっ

 「ごヒュッ。」

 しくじった。あたしの右脇腹には結構深いところまでナイフが刺さっていた。

 あまねがこっちを見て大きく目を開けている。涙がぼろぼろ溢れている。

 血がどんどん抜けていく、刺さったのはおそらく腹部大動脈だ。終わった。

 シンドロームはあまねを連れて行こうとしている。

 「待てよ。クズっ、やろぉ!」

 「もう遅いよ。とーるちゃん。君もおじさんのものだもの。君は、あまねちゃんの歌を聴いて生き残っただろう?あの時既に運命は決まっていたんだよ。」

 それって、要するにあの時あまねの歌を聴いて生き残ったあたしは、あまねと同じ呪いにかかったってことだよな?

 「あまっ......。」

 その時。

 「5時56分。逮捕します。」

 警官だ。シンドロームの左腕に手錠をかける。

 「近くの人から通報がありました。救急にも応援要請してます。さぁ、離れて......。」

 別の警官が話しかける。

 シンドロームが警察官を睨む。その表情は、自身の欲を邪魔された、怒りに満ちた悍ましい顔だった。

 あまねもこの後なにが起きるかわかっている顔で、拒むように口を閉じる。

 「おまっわり、さ、逃げっろぉっ!」

 シンドロームの憐れむような笑い声が響いた。

 「_______________!」

 グシャッ。そんな音が聞こえた気がする。

 警官たちが、耳から大量に血を吹き出し、その場に倒れる。

 「やめっろぉっ。」

 「やめないよ。ぼくの恋人との時間を奪う奴は誰だって許さない。それは君もだとーるちゃ」

 あたしは、最期の力を振り絞り、立ち上がると、

 「クソやろぅ!これが、因果応報だ!」

 シンドロームの脛に回し蹴りを喰らわせ、不意を突いてナイフを奪い、そして競技カルタのようなスピードでシンドロームの腹に刺した。

 「がほっ。」

 シンドロームの縹色のパーカーに赤黒が広がる。

 「ハァ。ハァ。」

 どうせ、あたしはここで死ぬ。こんなに血が出てるんだ。今から救急車を呼んでも助からないだろう。

 シンドロームが血を吐き、嘲笑う顔であたしたちの方へ這ってくる。

 「へっ、まだ完全には呪いが浸透してなかったからか。ぼくを殺せば、この呪いを解くことができると思ったのかい?甘いね。もう手遅れだよ。君のせいで、ぼくの呪いを被った者たち、全員が死ぬよ?」 

 その時、あまねがあたしのそばに倒れた。風船の空気を抜くように、だらりと。

 「まぁ、ぼくはもう死ぬみたいだ。けど、あまねちゃんと一緒に死ねるなら......。」

 そこでシンドロームは動かなくなった。

 同刻、あまねが口以外ぴくりとも動かなくなった。

 このままシンドロームが死ねば、あたしとあまねはもちろん、シンドロームに攫われて呪われた人たちまで死ぬのか。

 もうほとんど動かない体を引きずって、あまねの方へ向かう。

 「ご、ごめんあまね。感情に......任せてめっちゃアホな選択したかも。」

 あまねは、もう焦点があっていない。

 それに気づくと、あまねの身体から泡が出てきていた。急に自分の身体も冷えていくのを感じた。無理して動いたからか、このままあたしまで泡になって死ぬからなのか。

 ダメだ、あまねは生き残らせなきゃ。あまねだけでも、茉由もひとりになってしまう。どうしよう、どうしたら。あたしがシンドロームを刺さなければ、もっと冷静になっていたら。

 「もういいよとーる。」

 あまねが空中を見ながらつぶやいた。

 「あまね?」

 「このまま生きてても、もうみんなに歌を聴いてもらうことはできない。ごめんね。わたしが歌い手やるって言ったせいで、とーるまで巻き込んじゃった。ごめんね、昨日はあんなこと言って......。」

 「なにいっ、てんだ。あまねはなんにも悪くないんだって!なんで、なんでだよぉ。」

 とーるの目からボロボロ涙が落ちてくる。その時、あたしの身体からも泡が出て来た。

 あたしはあまねが元気に歌い手活動をやっていられるなら、幸せでいてくれるなら、それでいいと思っていた。

 それなのに、あたしは余計なことをして、あまねを傷つけた。

 「ありがとう、とーる。友だちになってくれてありがとう......。大好きだよ。」

 そこであまねの身体は完全に消えた。

 シンドロームの気配ももう感じない。

 最期の、最後に、あたしは本心を叫んだ。

 「ちくしょおおぉ!あまねと、あたしの人生を返せぇぇぇ!」


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ