おちこぼれ召喚士、国を救う
パドリア国の聖女は、平民の中から、その才のある者が召喚される。
一般に貴族でなければ魔力判定を受けないので、平民の中で聖女としての魔力を持っていても気づかれない。そこで、召喚士が聖女召喚を行い、呼び集められた聖女たちは、訓練を施され、結界構築や治癒、浄化などの作業に当たる。
貴族にも聖女として十分な魔力を持つ者がいるが、聖女の仕事内容が、およそ地味な肉体労働であるため、お嬢様方に従事者はいない。教会の奥でお綺麗な格好でできる仕事ではないのだ。
そして、優秀な聖女を召喚すれば、召喚士の序列が上がる仕組みになっているので、召喚士たちは真面目に研鑽を積む。
アマデオは、召喚士になって今年で三年目だ。序列は、50人中50位で、今年入ったばかりの新人にも抜かれてしまった。
召喚士になった当時、アマデオはずいぶん注目されていた。なにしろ、アマデオの祖父ブルーノは、先の魔族との戦いにおいて勝利の決め手となった勇者グイドを召喚した、伝説の召喚士だったからだ。
召喚士なら、誰でも一度は勇者召喚に憧れるものだ。しかし、この平和な時代において、勇者は必要とされていない。必要なのは、平和を継続するための聖女なのだ。
召喚は年に3度、王宮の中庭で行われる。期間はそれぞれ一週間、毎回参加してもいいし、年1回だけでも構わない。また、召喚された女性も、聖女となることを断ることができる。子育て中であるとか、自分がいなければ稼業が立ち行かないなどの理由があれば、辞退して良い。ペナルティもない。ただ、給料がかなり良いので、多少無理をしてでも聖女になることを選ぶ者が多い。
そしてこの聖女になった人数と、聖女としての貢献度で、召喚士の評価が決まる。
「次、召喚士アマデオ」
呼ばれて、アマデオが、召喚の魔法陣の前に立った。見物人が普通より多い。アマデオの召喚時に、ハプニングが起きることが多いからだ。皆、それを楽しみにしている。
「今度は何が来るだろうな」
「この間は、ずぶ濡れのおっさんが猫を抱いて現れたよな」
「川に流された猫を助けに飛び込んだら、大雨で増水していて、一緒に溺れてたってやつだろ」
「人の命を救ったから、かろうじてマイナス評価はなし、だとさ」
「そこ、うるさいぞ」
係員の注意で一度は静かになるが、あちこちで以前の失敗が面白おかしく語られている。
アマデオの呪文が最後の一節を終えると、召喚の魔法陣から光の柱が立ち上った。
光が消えると、魔法陣の中央には、煤だらけの女性がうずくまっていた。
ごほごほと咳き込んでいる。
アマデオはすかさず駆け寄って、
「どうしました?大丈夫ですか」
と、しゃがみこんで声をかけた。
「火が、火で囲まれて、・・・げほっ」
「もう大丈夫です。ここは火事の現場ではありません」
両手で顔を覆っていた女性は、やっと顔を上げて周りを見回した。
その後、女性の魔力鑑定を行ったが、彼女に聖女となる魔力はなく、今回もアマデオは、単なる人助けをしただけになってしまった。
煤だらけの女性は、アマデオから聖女を召喚する機会を奪ってしまったことを何度も詫びながら帰っていった。
「残念だったな、アマデオ」
同僚たちは、アマデオの背中を叩いて慰めながらも、おもしろいものが見れたと満足そうであった。
アマデオとしては、50位という末席どころか、除籍になるのではと不安になった。
それを神官長に相談すると、
「いいですか、アマデオ君、優秀な聖女と言えど、命にかかわるようなケガや重い病を治せる者は多くいません。ですから、アマデオ君が溺れた者を救ったり、火事から人を救い出したことは、胸を張っていいことなのです。召喚者の席次は上がりませんが、あなたのしていることは間違いなく人として正しい行いです。自信を持ちなさい」
と、慰めてくれた。
「それでも、じいちゃんのように、すごい召喚士になりたいなあ」
というのが、アマデオの本音であった。
「おい、アマデオ。お前、また聖女じゃないやつ召喚したんだってな。よそごと考えながらやってるんじゃないのか。ブルーノ氏の孫だからって、大目に見てもらってんだろ。いい加減にしろよ。真面目に召喚士目指してるやつに、その席を譲れよ」
後ろから声をかけてきたのは、アマデオと同時期に召喚士になったエドアルドだ。彼の召喚能力は高く、2年目に召喚した聖女が、今や筆頭聖女としてパドリア国の結界の三分の一を受け持っている。したがってエドアルドの席次も高く、3位につけている。いずれ最年少首席召喚士となるだろうと目されている。
「国の召喚士じゃなくて、ギルド専属でもいいんじゃないか。あっちなら、人助けでも、迷子やペット探しなんかの需要もあるだろう?聖女が召喚できないんじゃ、どのみち資格は剥奪だろうな」
痛いところを突かれた。
アマデオは、召喚士になってから7回、召喚に挑戦したが、聖女を召喚できたのは3回だけだ。普通は、能力の差こそあれ、全員が聖女を召喚するのだ。
アマデオが聖女以外に召喚したのは、溺れていた男性と猫、火事にあった女性、竜巻に巻き上げられた農家のお爺さん、馬車に轢かれそうになった子どもだ。いずれもアマデオが召喚しなければ、命はなかったと思われる。感謝は大いにされたが、召喚士としての功績になるわけでもなく、まして給料に反映されることもないのだ。
かと言って、エドアルドの言うようにギルド専属となって人助けをしたとしても、命を助けたから金をよこせでは、強請り集りと変わりがない。そんなことはしたくなかった。
それから2年たったが、相変わらずアマデオは2回に1回は聖女以外を召喚していて、人助けの召喚士として有名になりつつある。
ある時、街の瓦版が、人の命を救う召喚士としてアマデオを紹介し、助けられた人の当時の状況とアマデオへの感謝の言葉が綴られたのだ。読み物としても面白く、どうにもならない窮地から、召喚という不思議な体験で救われるまでが、臨場感あふれる筆致で人気を呼んだ。
話題になったことで、第二弾、第三弾と続いた。そして、アマデオがこれほど人助けをしても、聖女を召喚しないことで、召喚士としての席次が最下位だというのも、広く知られることになった。
「人助けが報われねえのもおかしいな」
「聖女を召喚するのだって、国の安寧を図るためだろ。なら、召喚士が直接人を救ったって良いんじゃないのか」
という声が、市井から出始めた。
これに対して国や教会でも議論がなされ、規則である以上、席次を動かすことはできないが、人の命を救ったことに対する報奨金を出すことになった。過去に遡って報奨金が出されたので、アマデオは懐が温かくなった。
こうなると、ますますアマデオの召喚に注目が集まった。
面白くないのは実力のある召喚士たちだ。イロモノ扱いのアマデオが、まるで正義の味方のようである。嫌味の一つも言いたくなる。
「おい、アマデオ、ずいぶん名が売れたな」
「おかげで、真っ当に聖女を召喚してる俺らが、四角四面の仕事しかできないやつって言われてんだけど」
席次を2位に上げたエドアルドと、4位につけているディエゴだ。
「そんなこと言われても困るよ。俺が言ってるわけじゃないし」
「とにかく、お前がちゃんと聖女を召喚すればいい話だろ?」
「ブルーノ氏の名前を汚すなよ」
そう言って、二人は去っていった。
「だって、じいちゃんに教わった通りにやってるのに、人助けになっちゃうんだから仕方ないだろう」
アマデオは、どうすれば人並みの召喚ができるのか見当がつかない。このままで良いのだろうか。
それからしばらくして、アマデオのところに、祖父のブルーノが訪ねてきた。
「じいちゃん、どうしたの。老人ホーム追い出されたの?」
「何を言ってもおるんじゃ。あんな堅苦しいとこは出てきた」
「じいちゃん、何したの?」
「いや、酒を飲んだだけだが」
「お酒の量を決められてたよね。どこから持ち込んだの?」
「普通に召喚したが」
「召喚って!?お店から?」
「いや、それじゃあ泥棒だろう。自宅からだ」
「まさか、父さんの秘蔵の」
「そう、それよ。美味かったぞ」
ブルーノは酒の味を思い返しているのか、うっとりとした表情だ。
「ん?」
アマデオは、なにかとてつもなく大変なことを聞いた気がする。
「ねえ、じいちゃんて、聖女じゃなくて、ピンポイントで品物も召喚できるの?」
アマデオは、恐る恐る聞いてみた。
「何を当たり前のことを。勇者を召喚したワシに、自宅の隠し場所も分かっている物を、召喚できないはずがなかろう」
「どうやって!!!」
アマデオは、勢い込んで聞いた。
「アマデオだって、聖女じゃなくて色んな人間を召喚して人助けをしておろうが」
「俺は、聖女を召喚したいんだよ」
「なぜだ?」
「だって、それが召喚士の役割じゃないか。優秀な聖女を召喚すれば席次も上がるし、お給料も上がるんだよ。俺は万年50位で、ずっと馬鹿にされてるんだ」
アマデオは、涙目で叫んだ。
「やれやれ、この国はいつから聖女至上主義になったんだ? 召喚士の役目もはき違えておるし」
「どういうこと?」
「いいか、アマデオ。お前が人助けをしてしまうのは、ワシが教えた呪文が原因だ。そもそも、呪文の意味を一つ一つ考察したことがあるのか」
「いや、古語だし、古すぎて古語辞典にさえ載っていない単語もあるから・・・」
「情けない。ワシの教えた通り、耳で聞いて丸暗記しただけか」
「うん」
「一般に召喚士たちが使っているのは、聖女の才のある者を召喚する呪文だ。工夫してそこに少し単語を足せば、より才能のある者を召喚できる。席次が上の者は、そういう研究をしているのではないか」
「そうなの?」
だとしたら、エドアルドたちが、工夫もしないアマデオのことを歯がゆく思っても仕方がないかもしれない。
「俺は、じいちゃんから聞いた呪文を、より正確に唱えることだけに集中してた。え?いや、待って。じゃあ、俺は今まで、何を召喚していたの?聖女だって来ることがあったよ」
「この世の平和と安寧を広く願いつつ、今一番召喚されるべき者を召喚したまえ、てな具合よ。その時、命の危機に瀕した者がいれば、そちらが優先的に救済されるのも道理だろう」
「あああ、そういうことかあ。じゃあ、じいちゃんが勇者を召喚したのも」
「そうだぞ、今一番必要とされている者、という言葉に呼応して、勇者グイドが召喚されたのだ」
「そんなアバウトな文言で勇者が来たのか」
「お前は魔術師学校に行っておらんからな、そのあたりの常識的なものが抜け落ちているんだな」
「なに他人事みたいに言ってるの?じいちゃんが、ワシが教えるから学校など行かんでいいって言ったでしょうが」
「召喚士にはなれたし、ワシの出番はそこまでじゃ。それ以降は己の責任だな。人のせいにしてはならんぞ」
アマデオは何も言い返せなかった。努力を怠ったのは自分だし、努力の方法も知ろうとしなかったのだから。
「で、これからどうする」
「どうするって、どういうこと?」
「ほかの召喚士のように、聖女だけ召喚したいのか?それなら、そういう呪文を教えるぞ。ただし、救えたはずの命を見過ごすことになるかもしれないがな」
「そういう言い方されると、迷うよ」
「まあ、しばらくそのまま召喚しておれ。最近、ちときな臭い噂を耳にしておるし、お前の召喚が役に立つかもしれん」
「かもしれんとか、曖昧だなあ」
「伝説の召喚士ブルーノ様の勘を信じるのだ」
「伝説の召喚士が、息子の酒をくすねてると知ったら、ガッカリされるだろうね」
実際、このところ食料品や日常生活品が品不足で値上がりしており、隣国との戦争が始まるのではないかとか、王弟殿下が、王位をめぐって何かやらかすかもしれないとの噂が出回っていた。貴族も戦争賛成派と反対派、あるいは王弟殿下を支持する派など対立が深まっているなどということが、平民の間でも聞かれるようになってきた。
魔族という共通の敵がいなくなったら、今度は人間同士で争うのだから、ばかな話だ。死ぬのは下っ端の兵士なのだ。聖女が、争いたい人間の心も慰撫してくれたらいいのに。
さて、今日はアマデオ14回目の召喚の日である。瓦版で話題になったせいで、見物人の数も多い。中庭をぐるっと取り巻くだけでは足りなくて、中庭を見下ろす建物の窓から、幾つもの顔が覗いている。
「次、召喚士アマデオ」
名前を呼ばれて、前に出る。いつもより安寧を願う気持ちを強く込め、祖父から教わった通りの呪文を唱える。
魔法陣の光の柱が消えると、汚らしい身なりで顔じゅう髭だらけの男が、たたらを踏んで、ズシャリと転んだ。
「破落戸かよ」
という声が見物人の間から聞こえた。
「なんだと?」
男は手をついて転んだままの姿勢で、声のした方を睨んだ。その手の甲に、大きな包丁が真っ逆さまに落ちてきて刺さった。
「ぐぎゃあああ!」
濁った声をあげ、男は包丁を反対の手で払いのけた。アマデオは素早くそれを拾い上げ、近くの憲兵に手渡した。今日はあまりに見物人が多かったので、それを整理するために憲兵まで出ていたのだ。
男の手は、刺さった包丁を抜いたことで、一気に血が吹き出した。医療班が現れ、治癒のための聖女もやってきた。
「完全な治療は待ってください。この男、犯罪者かもしれません。止血くらいにしておいて、取り調べをするのがいいと思います」
と、アマデオが言うと、
「なぜだ、これも君が命を助けた男なのだろう」
と、不思議そうに係員が聞いた。
「僕の勘なので、説明ができないのですが」
その会話を聞きつけた破落戸が、アマデオを怒鳴りつけてきた。
「おめえが邪魔をしたのか!絶好の機会だったのによ。成功すれば破格の報酬がもらえたのに、もうお終いだ・・・」
最後は消え入りそうな声で言って、うずくまったまま黙り込んだ。
その様子から、この男が、誰かを害そうとしたところでアマデオの召喚に引っかかったのだと分かった。
男は引っ立てられ、連れて行かれた。
血で汚れた魔方陣を、聖女が浄化で清め、召喚が再開された。
見物人たちは何か消化不良のまま、ゾロゾロと帰り出した。順番がまだこれからの召喚士たちは、落ち着かない雰囲気にイライラした。その中に、エドアルドもいた。
「まったく、あいつの召喚がメインイベントかよ。小汚ねえオヤジをとっ捕まえるなんて、召喚士の仕事じゃないだろう」
と、吐き捨てるように言った。
それでも、さすがは席次2位のエドアルドである。清潔そうな身なりの、キリリとした聖女を召喚してみせた。彼女もきっと優秀なのだろう。
それで落ち着きを取り戻した召喚士たちは、次々と聖女を召喚していった。
本日予定されていた召喚が全て終わった頃、またザワザワとし始めた。複数の声が入り混じって、よく分からない。
「大変だ、王妃様が襲われた」
「救護院の視察帰りだ」
「包丁を握った男が」
「王妃様はご無事なのか」
「そこから先が、よく分からない」
「消えたんだ」
「どういうことだ」
聞こえてきたのはこれだけだが、アマデオの召喚を見ていた者たちは、事の次第が推測できた。またアマデオが人を救ったのだ。それも、王妃様というかけがえのないお方だ。聖女召喚ができなくてもお釣りがくるほどの大手柄だ。
エドアルドたちは、愕然とした。
「ひょっとして、あいつ、すごい才能の持ち主なのでは?」
ディエゴが思わず言ったが、エドアルドは、何も言えなかった。
それからしばらくして、アマデオは国王に呼び出された。
王妃を暴漢から救ったということで、褒美が貰えるらしい。
「ええ、いやだなあ、黙って給料に上乗せしてくれればいいのに。王に謁見するような服なんて持っていないし」
「阿呆、召喚士の仕事で褒美を貰うのだ。召喚士の制服で良かろう」
「そうなの?じいちゃんの常識って、今も通用するの?」
「無論じゃ。不安ならついて行こうか」
「止めてよ、保護者付きなんて格好悪いだろう」
謁見当日、アマデオはクリーニングに出していつもよりパリッとした召喚士の制服に身を包んで、謁見の間に足を踏み入れた。
正面の玉座にいる陛下のお姿を直視しないように幾分目を伏せ、護衛につれられて所定の位置に跪いた。頭の上に言葉が落ちた。
「召喚士アマデオ、面を上げよ」
「は」
「此度は、救護院の帰りに馬車から降りた王妃を、暴漢から守ってもらって感謝する。そなたの召喚がなければ、男の包丁が王妃を害していたであろう」
「アマデオ、わたくしの思い付きで護衛から離れてしまい、暴漢に隙を見せてしまいました。此度のこと、感謝してもしきれません。ありがとう」
「畏れ多いお言葉でございます」
アマデオは、こういう場合の万能の返事として、じいちゃんから教わってきた言葉をそのまま返した。
「して、アマデオよ、報奨金はすでに用意してあるが、そのほか何か望むものがあるか」
王が想定外のことを言い出した。
「畏れ多いお言葉でございます」
ほかの返事が思いつかない。
「なんだ、欲がないな」
王が、幾分がっかりしたように言った。
「お主の祖父のブルーノなら、あれやこれや注文をつけたものだが、孫は謙虚だな」
「ふほほ、それなら、孫に代わって、ワシが注文をつけさせてもらって良いかな」
「じいちゃん!」
いつの間に玉座の横の方にいたのか、召喚士の制服をまとったブルーノが姿勢よく立っていた。制服も、式典用の豪華なものだ。
「召喚士ブルーノ様だ」
「いつからおいでになっていたのだ」
「相変わらず威厳のあるお姿だな」
召喚士たちは、伝説の召喚士ブルーノの登場に浮足立った。
「ブルーノよ、孫の手柄にかこつけて、酒をねだる気ではなかろうな」
「何をおっしゃいますやら。ワシは、近頃の召喚士の在り方に、いささか疑問を持っておりましてな」
「ふむ、どんなところだ」
「まず、聖女至上主義の風潮だ。優秀な聖女さえ召喚できればそれで良し。国際情勢も、治安維持にも、関心を持っておらん」
「平和な世においては、聖女こそ必要な存在だろう?」
「王妃が暴漢に襲われるような世の中が平和だと?」
「いつの時代にも、努力もせずに不機嫌をまき散らす者はいるものだ。個人の感情に取り合ってる暇はない」
「あれが個人の思惑によるものだと思うたか」
「違うのか」
「アマデオが召喚した時、王妃襲撃が成功したら、破格の報酬がもらえると言っておったろう。背後の者は捕まえたのか」
「聞いておらぬぞ」
「どこの段階で、情報が握り潰されたのだろうな」
ブルーノが辺りを見回すと、顔色を悪くするものがいた。それを見逃す王ではなかった。
「あれらを捕らえろ」
バタバタと数名が取り押さえられ、連れて行かれた。
「して、お主の孫のアマデオだが、聖女以外をやたらと召喚しておるのは、お主の教えか?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言える」
「どういうことだ」
「こやつは、ワシの教えた通りになんの工夫もせず、世の平和と安寧をひたすら願って召喚しておる。失われそうな命があればそれを優先し、そうでなければ聖女が召喚されるのだ。こやつは何も考えず、聖女を召喚しているつもりだったらしいがな」
「ふむ」
「それで助かった命がたくさんあるのに、席次が50位で、そのうち除籍されるのではと怯えているのだ」
「ううむ、命を救った件を序列に盛り込むと、判断が曖昧になるな」
「王妃の命はそれほど軽いか」
「いや、それは」
「では、こうしよう。この場で、アマデオに召喚させよう。どんなやつが召喚されるのか、それで判断するのはどうだ?」
このブルーノの言葉に、召喚士たちは慌てた。しかし、伝説の召喚士だ、従うしかない。
急いで床に魔法陣が描かれた。優秀な召喚士4名が、素晴らしい速度で描き上げた。
「さすが、席次の上の者は仕事が速いの」
ブルーノに褒められて、エドアルドやディエゴの機嫌が急浮上した。これがアマデオの召喚のためというのは気に入らないが。
「さあ、アマデオ、王国の平和を願って召喚するがいい。ひたすら人々の安寧を祈れよ」
ブルーノ促されて、アマデオが所定の位置についた。
気持ちを込めて呪文を唱える。聖女だろうが勇者だろうが溺れた者がだろうが構わない。安らかに暮らせる社会であることを願って言葉を繋いだ。
魔法陣に光の柱が立ち上がり、中央に体格の良い男が右手拳を振り上げて、檄を飛ばした。
「いいか、今こそ立ち上がれ。王政を倒して共和制へと向かうのだ。王家や貴族に搾取されるばかりのお前たちで良いのか!共に戦おう、隣国も協力してくれることに、な、、なった、、、かも?」
尻すぼみになりながら、男はキョロキョロと辺りを見回し、玉座の王と目が合って蒼白になった。
「マルコ、お前は何をやっておるのだ」
魔法陣の真ん中で、王政打破を声高に訴えていたのは、王弟殿下だった。
「あ、兄上、これは違うのです」
「公の場では陛下と呼べ」
「陛下、これは、あの、宴の余興の寸劇の、そう、息抜きの茶番なのです」
「ほう、楽しそうだな」
どうやら隣国と共謀して王政を倒す算段をしていたのは本当だったらしい。その決起集会で王弟マルコがぶち上げたところを、アマデオが召喚したようだ。
謁見の間に居合わせた重鎮の中にも、今にも倒れそうな顔があちこちに見られた。
王は素早く合図を送ると、それらの男たちは次々と捕縛されていった。
「アマデオよ、クーデターを未然に防いでくれて感謝する。これから、しばらく忙しくなるが、その方は今まで通り、国の平和を祈って召喚してくれ。
席次のことは、違う評価基準を設けることにする」
「はっ、畏れ多いお言葉でございます」
「それはブルーノに教わった返答か?手を抜かずに自分の言葉で語れるようになるが良い」
「は、肝に銘じます」
その後の調べで、王妃を襲うよう指示したのも王弟派の大臣だと判明した。王妃の実家の潤沢な資金が、王の後ろ盾になるのを防ぎたかったらしい。
アマデオは相変わらず人助けを続けたが、人助けをした時は、そのあとにもう一度、聖女召喚のチャンスを与えられることになった。人助けは別途、報奨金が貰える。
これにより、エドアルドたちもブルーノに教えを請い、救える命は救おうということになった。いずれも召喚時だけなので、タイミングが合わなければ救えない。それでも、地味に人々を救っていくことで、召喚士全体の評価が上がることになった。
アマデオの席次も、ようやく40位まで上がってきた。
「アマデオ、お前、人命救助の精度だけは抜群なのに、聖女に関しては生かされないのな」
「うるさいよ、エドアルド。でも、なんでだろうな、じいちゃんの呪文がいけないのかな」
「ちょっとそれ、書いてみろ。吟味してやる」
「本当?ええと、確か、・・・・」
「お前、まじか、ホントに耳だけで覚えてるのな。協力しようがないわ」
「ちぇっ、じゃあ、しゃべってみるから書きとってよ」
「おお、いいぞ」
「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇」
「ちょっ、ちょっと待て、それ何語だ」
「え、パドリアの隣国のコッソイーネの古語だって。コッソイーネの古語辞典にも載ってないから、どこを改良していいのかわからないんだよ」
「お前よく真似て言えるな。綴りも分かんねーよ」
「だろう?」
「なんで偉そうなんだよ!」
エドアルドとも、召喚士なりたての頃のように、軽口を叩ける間柄に戻った。
「さて、明日は久々の召喚だな。腕が鳴るぜ」
「俺も、人助け兼聖女召喚でお小遣いも稼ぐよ」
「お手並み拝見だな」
こうして、パドリア国の召喚士は、国の平和のために存分に力を発揮したのだった。
読んでくださって、ありがとうございます。