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変わりゆく日常

挿絵(By みてみん)

昨日の夜の光景が頭から離れない。

 あの闇を呑み込んだ白金の光の感覚も、口を突いて出たあの命令も、全部覚えている。


「……ユウくん?」

 席に着く前に、シオリが覗き込んできた。


「顔色、悪いよ。大丈夫?」


「ああ、寝不足なだけだ」


「ふぅん……嘘っぽい」

 シオリは少し膨れた表情で、じっと見つめてくる。


「ほら、ちゃんと見てよー」

 顔を近づけてくるので、ユウは思わずのけぞった。

「ち、近いって」


「……やっぱり。無理して笑ってる」


「そんなことないって」


 周囲からは「昨夜、街の外れで光が見えた」という噂がひそひそ聞こえる。

 ふと視線を感じて横を見ると、ナナがこちらを見て、口元だけで笑っていた。


 教室が少し落ち着いた頃、ユウはカレンの席へ歩いて行った。


「昨日のことを聞きたい」


「何のことかしら」


「あの光……やっぱり俺の力だよな」


「……そうね」


「なら教えてくれ。あれは何なんだ」


 カレンは教科書を閉じ、立ち上がるとユウの耳元に顔を近づける。


「知れば、戻れなくなる」


「お前、そういう怖いことさらっと言うなよ」


「怖いのは事実だから」


「俺は、知りたいんだよ」


「……今のあなたは、知らない方がいい」


「……はぐらかすな」


 カレンは意味深な微笑を浮かべ、すれ違いざまに肩を軽くぶつけて去って行った。

 すれ違った瞬間、ほんのわずかに甘い香りが残った。


 下駄箱で靴を履いていると、背後から声。

「昨日はよく眠れたかしら?」

 意味深な笑みを浮かべるナナ。


「……お前も知ってたのか」


「もちろん」

 ナナは小さく笑みを深めた。

「でもね……“その瞬間”は見られなかったの」


「……それが何だよ」


「霧島カレンは見たのに、私は見てない。ねえ、これって不公平じゃない?」


「知らねぇよ」


「ふぅん……じゃあ、私にも見せてくれるのかしら?」


「簡単に言うな」


「お願いじゃないわ、命令よ」

 耳元で囁くように言い、いたずらっぽく笑って去って行った。


 寮へ戻る道すがら、背後から声が飛ぶ。

「……ねえ、ユウくん」


「ん?シオリか」


「……何か抱えてるんでしょ」


「どうしてそう思う」


「顔がね……寝不足っていうより、迷ってる顔」


「……大丈夫だよ。俺は、平気だ」


「ほんと?」


「ほんと」


 シオリは少し黙ってから、小さく微笑んだ。

「……じゃあ、信じる」


 それでもその目には、不安と優しさが入り混じっていた。


 次の日。


 チャイムと同時に担任が教室へ入り、手元の書類を掲げた。

「さて、今日はみんなに大事なお知らせだ」


 その声に、クラス中の視線が集まる。

「来週から、一週間の特別合宿を行う。場所は学園所有の演習施設だ」


「え、合宿?」

「遊びじゃないだろうな……」

 ざわめく生徒たちに、担任は笑みを浮かべる。

「目的は連携訓練と実地演習だ。夜間訓練もあるぞ」


「マジか……」


「そして合宿は、4人1組の班で行動してもらう。班は今日、くじで決める」


「はいはい、ワクワクしてるところ悪いが、前に来て順番に引け」


 列に並びながら、後ろから声が飛んできた。

「ユウくん、同じ班になったらよろしくね」

 シオリが微笑んで手を振る。

「ああ、よろしく」


「あら、私も同じ班がいいわ」

 ナナがわざとらしくウィンクを送ってくる。

「……お前は遠慮したい」

「まあ、ひどい」


 さらに前方からは、淡々とした声。

「私は誰とでも構わない」

 カレンが引いたくじをちらりと見て、無表情で席へ戻る。


 ユウの番が来て、番号が書かれた紙を引く。

「……“3”」


 手元を見ると、偶然か必然か――

 同じ「3」の番号札を持つのは、カレン、ナナ、シオリだった。


「え……この4人?」

 ユウが思わずつぶやくと、ナナがにやりと笑った。

「ふぅん……面白くなりそうじゃない」


「よろしくね、ユウくん」

 シオリは自然に距離を詰めてきて、手を差し出す。

「あ、ああ……」


「私は……まあ、悪くない組み合わせだと思う」

 カレンは淡々と告げ、腕を組んだ。


「いや、絶対悪くなるだろ……」

 ユウの小声は、三人には聞こえなかったふりをされた。


「おいおい、天坂のやつ羨ましすぎるだろ」

「あの二人カレンとナナが同じ班って……血を見るぞ」

「いや、シオリちゃんもいるんだぞ。華やかすぎ」


 クラスのざわめきが収まらない中、担任が声を張る。

「それじゃあ、班ごとに明日からの準備を進めること。」


 こうして、波乱しかない合宿の班が決まった。


 午前の授業が終わると、教室は合宿の話題でいっぱいになった。

 「どんな訓練だろうな」「夜間演習って怖そうじゃね?」

 笑い声やざわめきが飛び交う中、ユウは静かに椅子を引いた。


(……騒がしいのは苦手だ。外で昼飯でも食うか)


 鞄から弁当を取り出し、廊下へ向かう。

 だが、教室の出口に差しかかった瞬間――

「あら、どこ行くのかしら?」


 廊下に背を預け、ナナが待ち構えていた。


「……飯」


「ふぅん……なら、ついでに合宿ミーティングをしましょう」


「ミーティング?」


「同じ班になったんだから、準備や作戦を立てるのは当然でしょ」

 ナナは口角を上げて、ユウの進路をふさぐように立つ。


「それ、みんなでやればいいだろ」


「みんなでやったら面白くないじゃない」


「……お前な」


「それに……」

 ナナが一歩近づき、距離を詰める。

「天坂くんの“本音”は、他の二人には聞かせたくないもの」


「……」

 図星を突かれ、言葉が詰まる。


「ほら、行きましょう」

 有無を言わせず腕を取られ、引っ張られる。


「おい、どこまで行く気だ」


「静かで人が来ないところ。二人きりになれる場所よ」


「お前……」


「なぁに、そんなに警戒して。私が何かすると思ってる?」


「……するだろ、絶対」


「ふふ、答えは内緒」

 からかうように笑みを浮かべ、さらに歩を進める。

ナナに腕を引かれながら、ユウは校舎の奥へと連れて行かれる。

 途中すれ違う生徒たちは「え、あの二人…?」とひそひそ声。

 ナナはそんな視線を気にする様子もなく、足を止めない。


「なぁ、このへんでいいだろ」


「もうちょっと辛抱しなさい」


「……」


「なに? 嫌なの?」


「……いや、別に」


「ふふ、それならいいじゃない」

 そう言って笑うと、ナナは人気のない階段下のスペースに入り込んだ。


「ここなら、誰にも邪魔されないわ」


「ほんとにミーティングなのか?」


「もちろん。でも……ついでにもう少し、ユウのことを知りたい」

 壁にもたれかかり、視線を絡めてくる。


「……知ってどうする」


「あんたの“本当の力”を、もっとちゃんと見たいのよ」


「……」


「ねぇ、だめなのかしら?」

 そう言って距離をつめてくるナナ。


「簡単に言うな」


「見せてくれるのなら私なんでもするわよ」

 いたずらっぽく笑い、指でユウの胸を軽く突く。


「――あれ? ユウくん、こんなところにいたんだ」


「うわっ……し、シオリ?」


「昼、一緒に食べようと思って探してたんだよ」


「あら残念、今ちょうど合宿のミーティング中なの」

 ナナがにっこり笑う。


「ミーティング? 二人きりで?」


「効率的でしょ」


「……ふぅん」

 シオリは小首をかしげ、ユウの隣にぴたりと立つ。

「じゃあ、私もまざっていい?」


「もちろんダメよ」

 ナナが先に口を出す。


「え〜、でも私も同じ班だよ?」


「……」

 ナナの笑顔がほんの少し引きつった。


「んー?ま、いっか。お昼はみんなで食べよ」

 シオリはにこやかにユウの腕を軽く引く。


「ちょっ、シオリ……」


「ほら、行こ」


「……邪魔が入ったわね」

 ナナが小さくため息をつく。


「お前ら、俺は静かに食べたかっただけなんだけど」


「そんなのつまらないじゃない」

「うん、そうだよ」


「……お前らな」

 結局、静かに昼を過ごす計画はあっけなく崩れた。

 

昼休みが終わりを告げる鐘の音が鳴る。


「じゃ、そろそろ行こっか?」


 シオリが立ち上がり、制服のスカートをぱんぱんと払う。


 ユウもゆっくりと腰を上げた。ナナは一瞬、言いかけたように口を開いたが、結局何も言わずに立ち上がる。


 歩き出した三人の間に、しばし沈黙が流れる。だが、それを破ったのは案の定、シオリだった。


「ねえねえ、合宿ってどんなとこ行くのかな? 温泉とかあったら最高なんだけど!」


「修行合宿でしょ。娯楽なんか期待してるわけ?」


 ナナがピシャリと返す。


「えー、修行にも癒しは必要だよ?」


「ふん……のんきね」


 ユウは二人のやりとりを横目に、(また始まった)と内心で苦笑する。


 午後の講堂。広々とした空間に、生徒たちが続々と集まってくる。


 壇上には数人の教員と、学園側の演習担当責任者――そして、制服姿の生徒会副会長が整列していた。


「では、これより特別実地合宿の概要説明を始めます」


 副会長の真面目な声が、静寂を切り裂く。


 ユウは自分の席で静かに話を聞いていた。

 隣にはナナ。少し後ろにシオリ。そして、その反対側には――


「……」


 無言で資料を読み込むカレンの姿があった。


 彼女は表情を変えず、ただ淡々とページをめくっていた。だが、なぜかその背筋には他の誰よりも凛とした空気が宿っている。


(霧島……やっぱり、昨日のことを……)


 自分が使ってしまった“言葉”。

 誰にも教えられたことのない、けれど確かに――力を持つ命令。


 説明が終わると、生徒たちは班ごとに分かれてミーティングの時間を与えられた。


 ユウたち四人は、空き教室の一室を借りて話し合いを始めた。


「はい、じゃあさっそく――」


 シオリが元気よく声を上げる。


「班の目標とか、練習内容とか決めないといけないんだよね?」


「なんか、仕切る気満々ね……」


 ナナが呆れたように言うと、シオリはにっこり笑った。


「だって、せっかくのチーム戦だし! チームワークも大事でしょー?」


「……別にあたしは誰かに合わせる気なんてないけど」


「そう言わずに。ナナちゃんも“楽しく強くなる”の」


「っ……た、楽しくなんて別に……!」


 思わず目をそらすナナを見て、ユウは静かに笑った。


「……お前たちは、相変わらず騒がしいな」


 低く、落ち着いた声が響いた。


 その場の空気がピリッと引き締まる。


 カレンだった。


 彼女は机に肘をつきながら、じっとユウを見ていた。


「天坂ユウ。少し、話せるかしら?」


「……あ、ああ」


 ナナとシオリが驚いたように同時にユウを見た。


 その視線に軽く肩をすくめながら、ユウはカレンのもとへと歩み寄る。

「……。さっきの説明、どう感じた?」


 カレンは、資料の束を閉じながらぽつりと尋ねた。


「ん……? どうって、まあ、実戦形式ってのは分かったけど……少し引っかかる部分はあるな」


「そう。あなたも感じたのね」


 小さくうなずくカレンの瞳は、どこか遠くを見つめていた。

 何かを確かめるように、静かに続ける。


「この合宿は、表向きには“修行”だけど、実質的には……力の確認と“異物”の選別よ」


「異物……?」


 思わず聞き返すユウに、カレンは意味ありげに目を細めた。


「……気にしなくていいわ。まだ“あなたが何者か”は、はっきりしていないから」


 その言葉に、ユウの胸の奥がわずかにざわつく。


 だが、カレンはそれ以上は語らず、そっと立ち上がった。


「私の言葉、気に留めておいて。それだけでいい」


「……なにそれ、どういう意味よ」


 声が割って入ったのはナナだった。


 腕を組み、足をトン、と床に鳴らしながら不満そうにユウとカレンを見つめる。


「霧島さんって、そんなに天坂くんと親しい流れだったかしら?」


 牽制のような一言。

 だがカレンは顔色ひとつ変えず、静かに言い返す。


「別に親しくはない。ただ――監視しているだけ」


「っ……!」


 ナナの眉がピクリと跳ねた。

 感情が溢れかけたその瞬間――。


 


「ねえねえ、三人とも、そろそろ内容決めないとだよー?」


 緩衝材のように、能天気な声が響く。


 シオリだった。

 彼女は持っていたペンをくるくると回しながら、笑顔で話題を変えようとする。


「この班、ちょっと濃すぎない? 私がまとめるから、ね、ユウくん!」


「……あ、ああ」


「ほら~、ユウくんも賛成してくれたし? とりあえず目標とか練習方法、まとめないと!」


 悪気のないシオリの言葉が、逆にナナの癇に障ったようだった。


 彼女はじろりと、ユウとシオリを交互に見て、言い放つ。


「ふ、ふん。そもそもこんな班、私じゃなかったら崩壊してたかもね」


「ナナちゃん、そういうこと言うの、よくないよ~?」


「誰が“ナナちゃん”よ!」


「じゃあ……ナナちん?」


「もっと悪化してるわよ!!」


 思わず叫んだナナに、シオリは「えへへ」と笑い、ユウは思わず苦笑する。


 


 ――だがその中で、カレンだけが、無言のまま彼らを見ていた。

 興味ではなく、観察者の目。

 そしてその奥底に、誰にも見せない“感情”の揺らぎが、ほんのわずかにあった。

教室に静かに夕日が差し込む頃――ミーティングはなんとなくの形で終わった。


夜の帳が降りる頃、学園寮の一室。


 机の上には資料の束と、明日の持ち物チェックリスト。

 ベッドにもたれたユウは、窓の外に浮かぶ月を見上げながら、深く息を吐いた。


「……合宿、か」


 その声は誰にも届かない。

 ただ、静かに部屋の空気に溶けていく。


 


「ずっと、目立たないように生きてきたつもりだったのに……」


 演習から始まりそして孤児院での“あの瞬間”が、ふと脳裏をよぎる。

 暴走したルーンの風。シオリの悲鳴。

 大切な場所、大切な人が壊されそうになったときにでた言葉。

 そして、自分の叫びが空間を切り裂いたときの、あの“感覚”。


(あれは……間違いなく、力だった。俺の――)


 言葉では説明できない、熱のようなものが身体を突き抜けた。

 普通のルーンとは異なる、特別な“何か”。


「……けど、あれが俺の中にあるものだとしたら」


 手を見つめる。震えはない。

 ただ、胸の奥に、確かな違和感が残っている。


「霧島カレンの言葉も、気になる……。けど聞くとはぐらかされるからな、」


 霧島カレン。

 無表情の奥に、鋭い視線を持つ少女。

 彼女は何かを探っている――そう感じてならなかった。


「七瀬……あいつも、何か知ってるような口ぶりだったな。あの時、俺の力を見てたわけでもないのに」


 七瀬ナナ。

 プライドが高くて、いつもツンツンしてるのに――

 時折、俺のことをすごく気にしてるように見える。


「……シオリは……」


 久遠シオリ。

 あいつだけは、どこか――特別だった。


 気を使わずに話せる、不思議な存在。

 けど、そんな彼女が危険に巻き込まれた時、自分の中の何かが、確かに“反応した”。


(あいつらがどう思ってるかは分からない。でも――)


「俺は……」


 ぽつりと呟いたその瞬間、部屋の照明がふっと消える。

 自動タイマーによる消灯時間だ。


 闇に包まれた部屋で、ユウは目を閉じた。

 それでも脳裏に残るのは、仲間たちの顔と、孤児院での光の渦に包まれる感触。


 ――まだ、目覚めきってはいない。


 だけど、その“何か”は、確かに動き始めている。


(……俺は、何者なんだ)


 そんな問いだけが、胸に残った。


最後まで読んで頂きありがとうございます。

次回より合宿編がスタートします!

いつ頃、投稿できるか分かりませんが、なるべく早く投稿できるように頑張ります

次回もよろしくお願いします!

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