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白滅の言葉。

挿絵(By みてみん)

闇の神殿・地下会議室


 湿った石壁に囲まれた、薄暗い円形の部屋。

 中央には黒曜石でできた円卓があり、その周囲を黒外套の人物たちが取り囲んでいた。


 部屋の中央には、先ほど孤児院を見張っていた偵察員が跪いている。


「報告します――天坂ユウを確認。奴は孤児院を訪問していました」


「……確かか?」

 低く唸るような声。


「はい。様子から見て、あの場所は奴にとって“帰る場所”と考えて間違いありません」


「ほう……帰る場所、か」

 別の外套の男が、ゆっくりと指先で卓を叩く。


「家を持たぬ者にとって、それは最も脆い急所だ」


「ならば、揺さぶればいい」

 フードの奥から笑みを漏らす者もいる。


「我らが求めるのは“器”を目覚めさせること」

「そして、器が覚醒するのは――必ず守るものを奪われた時だ」


 円卓の最奥、他より一段高い席に座る影がゆっくりと口を開いた。


「……計画を進めろ」


「奴の心を砕き、その力を引きずり出す。やり方は問わん」


「しかし、孤児院は一般人ばかりです。襲撃は目立つのでは?」


「構わん。混乱こそが我らの糧だ」


「……御意」


 数人が立ち上がり、黒外套の裾を翻す。

 その背中には、ためらいも迷いもなかった。


「準備を始めろ。標的は……天坂ユウの帰る場所だ」


 黒曜石の円卓の上に、地図が広げられる。

 孤児院の位置に赤い印が刻まれた。


 蝋燭の炎が揺れ、影が壁を這う。

 その影はやがて一つに集まり、静かに闇の奥へ消えていった。


(――狙われた帰る場所。そこからすべてが始まる)

 

学園・朝の教室


 席に着くと同時に、前の席から声がかかった。


「孤児院……楽しかったね」

 シオリがふわっと笑う。


「まあな」

 そっけなく返したつもりだが、頬の筋肉が少し緩むのを自覚する。


「ふふ、あの子たち、ユウくんのこと大好きだった」


「……騒がしいだけだ」


 そんなやりとりを、斜め後ろの席からナナが見つめていた。

 長いまつげの奥の瞳が、わずかに細まる。

「……楽しそうで何より」

 小さく呟いた声は、周りには届かない。


「ねぇ、天坂くん」

 ナナが椅子を引き、こちらの机に肘をついた。


「……なんだ」


「私も行ってみたいわ。あなたの……孤児院ってやつ」


「お前に似合う場所じゃない」


「似合うか似合わないかは私が決めることよ」

 ナナは涼しい笑みを浮かべる。


「……人の帰る場所を、軽々しく興味本位で踏み込むべきじゃないわ」

 淡々とした声が横から割り込んだ。


 カレンが立ったまま二人を見下ろしていた。


「霧島さんは……何か知ってるの?」

 ナナの声色がわずかに低くなる。


「知っているかどうかは、あなたに話すことじゃないわ」


「ふぅん……」

 お互いに視線を逸らさず、ほんの数秒の沈黙。


「あーもう! ちょっと二人とも怖いよ!」

 シオリが慌てて間に入り、無理やり話題を変えた。


――放課後


 教室を出ようとした時、背中に声がかかる。


「天坂ユウ、少し話がある」


 振り返ると、カレンが立っていた。


「……なんだよ」


「……孤児院、大切な場所なんでしょ」


「まあな」


「なら気をつけなさい。そういう場所ほど、狙われやすい」


「……どういう意味だ」


「意味は、そのままよ」

 それ以上言わず、カレンは歩いていった。


 残されたユウは、しばしその背中を見送り、足を止めた。

 胸の奥に小さなざわめきが広がる。


(……狙われやすい、か)

 カレンの言葉が頭から離れない。

 孤児院の笑顔や、澪先生の表情が脳裏に浮かび――胸の奥が、妙に重くなった。


 その夜――

 夢の中で、孤児院が炎に包まれ、子どもたちの泣き声が響く。

 黒い影が、炎の向こうでじっとこちらを見ていた。


「……っ!」

 飛び起きたユウは、心臓の鼓動を感じながら額の汗を拭った。


(……なんだ、今の……)

 胸のざわめきは、消えるどころか強くなっていく。


 それから数日が過ぎ、まだ胸騒ぎはきえることなく

 裏では確実に不吉なことが起ころうとしている。

 夜風が、静かな中庭をゆっくり流れていく。

 寮に戻る前、ユウは何となくここを歩きたくなった。

 

 するとこそに、

「……天坂ユウ、ね」


 耳元に、柔らかくも底知れない声が落ちてきた。


 振り返ると、そこに一人の女が立っていた。

 黒外套に深くフードをかぶり、月明かりに照らされた唇が薄く笑っている。


「……誰だ」


「お前の――大切な場所が、今、危ない」


「……は?何を言って……」


「孤児院。お前の“帰る場所”」


 その言葉が、胸の奥を冷たく撫でた。


「……どこでそれを知ったんだ、」


 女は、まるで愉しむように顎を傾ける。

「理由なんて、どうでもいいでしょう。……行くなら、今すぐ行きなさい。」


「待て、あんた――」


 踏み出した瞬間、女の輪郭が月光から滲むように薄れ、夜の闇に溶けた。

 残ったのは、ひんやりとした風と、胸をざわつかせる言葉だけ。


 その一部始終を、校舎の影から見ていた瞳があった。

 銀色の髪が月光を受けてわずかに輝く。


(…あれは…セルシア??)

(教団の暗殺部隊の……あの女がわざわざ直接接触?)


 カレンは小さく吐息を漏らし、視線を中庭から逸らす。


(まさか……誘い出す気か。目的は――覚醒?)

(言葉を使わせるわけにはいかない。もし顕現すれば……)


 胸の奥に冷たい決意を宿し、孤児院の方向へと駆け出した。


 中庭に残されたユウは、しばらく立ち尽くしていた。


(……何だ、今の女……孤児院のことを、なぜ……)


 脳裏に、数日前のカレンの言葉が蘇る。

 「そういう場所ほど、狙われやすい」


 胸のざわめきは、静まるどころか、心臓を強く叩くように広がっていく。


「……チッ」


 ポケットの中の手が無意識に握りしめられた。


 次の瞬間、ユウは中庭を飛び出し、夜の街へ駆け出していた。

 行き先は――決まっている。



 月明かりの下、高台から孤児院を見下ろす。

 その周囲には、黒外套の影がゆっくりと巡っていた。


「やはり……来ていたか」


 腰のルーン武装に手を添え、カレンは息を整える。


「……間に合わない。始まる前に、止める」


 風が銀色の髪を揺らし、月下の瞳が鋭く光る。

高台から駆け下りたカレンは、孤児院の庭先に飛び込む。

 黒外套の影が4、5人、建物を囲むように散っていた。


「……邪魔よ」


 その声に、外套の一人が鼻で笑う。

監視局ヴェイルの記録官か。だが――間に合わなかったな」


「まだ、何も終わってない」


 カレンの手のルーンが淡く輝く。

 次の瞬間、夜の空間に光の鎖が現れ、地面を走り抜けるように敵の足元へ伸びた。


「なっ――!」

 鎖は音もなく絡みつき、男の動きを一瞬で奪う。


「……動かないで」

 冷たい声が夜を裂いた。


「澪先生っ、外に――!」

 中から顔を出した年長の子どもに、澪は短く指示を出す。


「全員、裏口から! 急いで!」


「で、でも――」


「いいから!」


 子どもたちを押し出し、自分も古びた棒を手に取る。

 廊下の向こうからは窓ガラスが割れる音。黒外套の影が侵入を試みていた。



 拘束した外套を蹴り飛ばし、別の敵へと視線を移す。


「お前らの狙いは、天坂ユウ……そうね?」


「答える必要はない」

 その声と同時に刃が振り下ろされる。


 カレンは一歩下がり、別方向にルーンを走らせた。

 淡い光が弧を描き、敵の手首ごと武器を絡め取る。


「これで、終わりよ」


 鎖を引き絞ると、相手は呻き声を上げて膝をつく。


(……長くはもたない。早く来なさい、ユウ)



(……間に合え、間に合え!)


 息が切れる。足は悲鳴を上げているのに、止まる気はなかった。


 孤児院までの道がやけに長い。

 脳裏に、あの女――の声がよみがえる。

 「お前の大切な場所が危ない」


 そして、カレンの言葉も。

 「そういう場所ほど、狙われやすい」


「……クソッ!」

 さらに速度を上げた。


 カレンは肩で息をしながらも、視線を鋭く保つ。

 黒外套の数は減ったが、残った者たちの動きは激しさを増していた。


 その時、庭の外から砂利を蹴る音。


「……っ!」

 振り返ると、息を切らしたユウが立っていた。


「おそいじゃない、天坂ユウ!」

 カレンの声が飛ぶ。


「霧島……?なんでここに…」

 問いただそうとしたその時!

 

 バキッ、、、

 孤児院の扉が破られ、黒外套の一人が中へ踏み込もうとした瞬間。


「やめろぉぉぉッ!」


 ユウの声が夜を裂き、空気が震えた。


 足元に淡い光の紋様が広がり、空間がわずかに歪む。

 その衝撃に、扉の前の黒外套が弾き飛ばされる。


「……これ、は……」

 カレンの瞳が揺れた。


(……出た、、)

(でも今は――止めるより、守るのが優先よ)


 カレンは幻鎖(げんさ)を放ち、ユウが吹き飛ばした敵を捕縛する。


「質問ならあとにして……援護しなさい!」


「ああ!」


 短い返事と共に、二人は夜の孤児院を守るため、並んで前へ踏み出した。

 カレンの幻鎖が最後の外套を絡め取り、地面に叩きつけた。

 ユウも荒い息を吐きながら、背中を預ける形で立っている。


「……っはぁ……」


 黒外套たちは互いに短く頷き合い、静かに距離を取った。


「もういい。目的は果たした」


「ああ……“器”は反応した」


 その言葉にカレンの瞳が細くなる。

(……やっぱり、天坂ユウの覚醒が狙い……!)


 黒外套たちは夜の闇に紛れ、あっという間に姿を消した。


 孤児院のさらに高台――屋根の真上の闇の中で、セルシアがその様子を見下ろしていた。

 唇が、緩やかに吊り上がる。


「……悪くない反応ね」


 指先に黒いルーンの紋様が浮かび上がる。

 それは見る者の魂を凍らせるような深い闇。


挿絵(By みてみん)


「――冥葬(めいそう)


 囁きと共に、頭上の空間が黒く染まり、渦を巻くように広がっていく。

 夜空が裂け、闇の奔流が孤児院を覆い尽くそうと降り注ぐ。



 その光景を見た瞬間、カレンの瞳から戦意が消えた。


(……駄目……間に合わない……)

 冥葬は防御や回避ではどうにもならない規模。

 監視局でも発動できる者は数えるほどしかいない、格の違うルーン。


「……っ」

 唇を噛み、カレンは拳を握り締めるが、一歩も動けなかった。



 孤児院の奥――澪は怯える子どもたちを両腕に抱き寄せた。


「大丈夫……大丈夫だから……」

 声は震えている。


 窓の外、夜空を裂く黒い奔流が近づいてくる。

 その圧に、息が詰まりそうになる。


(……どうすることも、できない……)

 澪は目を閉じ、子どもたちの頭を優しく撫でた。

 闇が裂け、孤児院の真上から黒い奔流が落ちてくる。

 それは夜空を喰らい、地面の光を奪う終末の波。


 澪は子どもたちを抱き寄せ、カレンはただ歯を食いしばるしかなかった。


 全てが闇に呑まれようとした、その瞬間――



 胸の奥が焼けるように熱い。

 呼吸が苦しいほどに、何かが溢れ出そうとしている。

 この感覚は、演習のときにも、、

 気づけば、声が零れていた。


「――白滅しろッ!!」


挿絵(By みてみん)


 その一言が、夜を震わせる。

 足元から眩い光が爆ぜ、瞬く間に輪となって広がった。


 孤児院全体を包み込むような白金の光柱が立ち上がる。


 その光は冥葬の黒を裂き、喰らい、上書きする。

 押し返すのではない――ただ、闇を存在ごと消去する。


 黒い奔流は悲鳴を上げるように形を崩し、粉雪のように霧散した。


 闇が消えると、そこには穏やかな月明かりだけが残っていた。


 高台の屋根上。

 セルシアは腕を組んだままその光景を見下ろす。


「……ふふ、これは……想定以上ね」

 金色の瞳が興味深そうに細められる。

「やっぱり……あんたは、面白い」

 そう言ってセルシアは闇に消えていった。


 冥葬の黒は、完全に消えていた。

 夜空は澄み、月明かりが静かに降り注ぐ。


 しかし、カレンは目の前の光景から目を離せなかった。


(……これが、真言の力?……)

(制御も訓練もされていないのに、ここまでの光を――)


 胸の奥に冷たい重みが広がる。

(もし……この力が暴走すれば……)

(監視局の規定通り、私が――)


「……澪先生!」

 ユウが荒い息をつきながら駆け寄る。


「無事か!? 怪我は!?」


 澪は、背後の子どもたちを庇いながら顔を上げた。


「ええ……大丈夫よ」

 その声は静かで、笑顔すら浮かべている。


 しかしその袖口からは、乾いた血の跡が覗いていた。


「……それ、怪我……」


「これ? かすり傷よ」


「嘘だ。俺には言えよ、そういうの……」


 澪は一瞬だけ視線を逸らし、すぐに笑顔を作った。

「……あんたに心配されるほどヤワじゃないわ」


「……っ」

 その笑顔が、かえって痛々しかった。


 カレンは二人のやりとりを横目に、表情を変えずに立っていた。


(……守りたいもののために動く力か)

(だがそれが真言なら、いずれ――)


 光景を焼き付けるように、ユウの背中を見つめ続ける。


「子どもたちは?」


「みんな無事よ。泣いてる子はいるけど……」

 澪は背後に控える子どもたちをちらりと振り返る。


 小さな肩が震えているのを見て、ユウは胸を締めつけられるような思いになった。


「……俺が、もっと早く来てれば」


「そんなこと言わないの。あんたが来なかったら……今ごろここは無かった」


「……」

 その言葉に、ユウは強く拳を握った。


 澪は子どもたちを連れて孤児院の中へ戻る。

 背中を見送りながら、ユウはまだ息を整えきれずにいた。


「……今夜は寮に帰って休みなさい」

 カレンが短く告げる。


「……ああ」


 その声の奥に、カレンの揺れる感情が混じっていることに、ユウは気づかなかった。



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