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無意識の言葉

挿絵(By みてみん)

静かな朝の教室。

 カーテン越しに差し込む陽光が、机や床に柔らかな影を落としている。

 ざわつく登校時間を避けて少し早めに来たユウは、自分の席に腰を下ろした。


「おはよう、ユウくん」

 その声に顔を上げると、隣の席の秋月シオリが、笑みを浮かべてこちらを見ていた。



「おはよう。……珍しいな、寝癖ついてるぞ」


「えっ、ほんとに?ななな、なんか今日はね、ちょっと寝坊しちゃって…。演習の日だし、気合い入れないとダメなんだけど」

 そう言って、シオリは恥ずかしそうにはねた髪を抑えながら笑った。


「演習って言っても、訓練の延長みたいなもんだろ」

「そうだけど……この前、違うクラスで小さな事故があったって聞いたから」

「事故?」

「うん。風属性のルーンが暴走しちゃって、木をなぎ倒すくらいの威力だったって……」

 偶然か?なにか違和感を感じるユウ。

「まさか。風ってそんなに暴れるのか?」

「属性の中でも、風は形が見えにくくて制御が難しいって言われてるの。油断するとすぐに拡散して、思わぬ方向に力が流れちゃうんだって」

 シオリは指で風をなぞるような動きをしながら説明した。

「……へぇ、よく知ってるな」

「私、覚えが悪いから予習だけは人一倍頑張ってるの」

 少し照れたように笑うシオリに、ユウは苦笑いを返す。


「そんなに心配なら、演習前に先生に相談すればいいんじゃないか?」

「ううん、私じゃなくて……」

 シオリはふと視線を外し、窓の外を見ながら言葉を続けた。

「……なんか、今日は嫌な感じがするの。言葉にはできないけど……」

「予知能力でもあったっけ?」

 ユウは冗談っぽく笑ったが、シオリの顔は思いのほか真剣だった。


「……ユウくんは、変わった力を持ってると思う?」

「え? 俺が?」

「うん。だってさ、ルーンレスなのに、時々ふっと“届く”ような声を出すじゃない」

「届く?」

「うまく言えないけど……ユウくんの言葉って、胸にまっすぐ入ってくるっていうか。だからこうやって話してると、なんだかすごく安心するんだよ?」

そう言って上目遣いで顔を覗き込んでくる。


「……そうか?」

 ユウは照れたように顔を逸らす。


「うん、私ね。前から思ってたんだ。ルーンって、力だけじゃなくて、その人の“想い”が反映されるものなんじゃないかなって」

「想い……か」

 ユウは少しだけ、一昨日の夢を思い出す。

(“語れ”……あれは、なんだったんだ?)


「ユウくん?」

「ああ、悪い。ちょっと考えごと」

「ふふ、らしくないね。……でも、そういうところも好きだけど」

「え?」

「え? な、なんでもないよっ!」

 シオリが慌てて視線をそらし、頬を赤らめる。


「……まったく」

 ユウは苦笑しながら、窓の外に目を向けた。

 穏やかに風が吹いている。

 けれどその風は、ほんの少しだけ、焦げたような匂いを運んできた気がした。


「じゃあ、演習でな」

「うん。……気をつけてね、ユウくん」

「そっちこそ頑張れよ」


 この日、風はまだ静かだった。

 けれど、吹き荒れる“暴風”の前触れは、すでに教室に漂っていた。

昼休みが終わり、校舎を出たユウは一人で演習フィールドへと向かっていた。

 演習といっても、無ルーンの自分は“見学”扱いだ。

 それでも一応、出席は義務づけられている。



「……風が騒がしいな」

 空を見上げながら、ユウは小さく呟く。

 なぜだか分からない。胸の奥に、ざわつくような違和感が残っていた。


「――随分早足ね」

 すぐ背後から、聞き覚えのある声がかけられる。

 振り返ると、銀髪を風になびかせた霧島が、静かに歩いてきていた。


「霧島……。お前も見学か?」

「いいえ、私は参加よ。今日の演習、風属性ルーンでしょ? 得意ってわけじゃないけど、まあ及第点くらいには使えるから」

「そうか」

「あなたは……どうせまた“見てるだけ”でしょ?」

「それが俺の役割だからな」

「つまらない世界ね。力がなければ、何も与えられないなんて」

「そのくせ、誰より“力”を持ってる奴らが世界を動かしてる」

「皮肉ね。でも、嫌いじゃないわ。その言い方」


 霧島は肩をすくめ、前を向いた。

「……最近、神谷って子の様子、見てる?」

「神谷レン……か。朝からずっと独り言が多かったな。教室でも落ち着きなかった」

「昨日、訓練で失敗したらしいの。焦ってる。ルーンとの同調率がなかなか上がらないって」

「それでやけに荒れてるのか?人でも襲いそうな勢いだな。」

「まさか。……そうじゃないことを願うだけよ」


 二人が曲がり角を抜けた先、演習フィールドへと続く広い通路の奥。

 神谷レンの姿が見えた。

 誰もいないスペースで、レンは手を広げて風ルーンの紋を浮かばせている。

 しかし、その紋は淡く不安定に揺れ、風の流れも荒々しく周囲に散っていた。


「……やっぱり」

 眉をひそめるカレン。

「危なっかしいな。演習中に崩れたら、誰か巻き込むかもな」

「教師も見てるだろうし、始まるまでには止めるはず……」

「……期待しない方がいい。教師たちは“発動率”の数字しか見てない」

 霧島は一瞬だけ、表情を曇らせた。


「あの風……いつもと違う」

 なにか考えこむカレン。

「ああ。俺にも、なんか、引っかかる」

 ぼそっと口にする。


「あら、あなたになら止められそうね?」

「……できない。けど、感じる」

「ふふ、“欠核者”のくせに。今日も監視してるわよ。」

そう言って悪そうに笑うカレン。

「……俺自身、意味がわからないんだよ」


 演習場はもうすぐそこだった。

 だが、踏み入れる前に、何かが“揺らぎ始めている”――ユウには、確かにそれがわかった。


東演習フィールド


「各班、所定のエリアに整列! 本日の演習内容を説明する」

 教員の号令が響き、生徒たちはフィールドに点在した模擬戦用の立ち位置に並ぶ。

 ユウはフィールド脇に設けられた「非戦術対象者観察エリア」に腰掛けていた。


(俺はただ“見る”だけ……それでいいはずなのに)

 妙な胸騒ぎが消えない。

 さっき霧島と見かけた神谷レンの様子が、頭から離れなかった。


「演習内容は、指定エリア内での模擬実戦。風属性ルーンを用いた連携と制御を中心に行う。

 力任せの発動は禁止、安定同調を意識するように!」

 教員の説明が続く中、各班のルーンが順次起動されていく。


「よし、次は……第3班、配置へ!」

 その中に、神谷レンの班もいた。


「……っ、クソ……なんで俺ばかり……」

 レンは唇を噛みしめながら、手を前に出す。

 風属性ルーンの紋が浮かび、緑白の光が舞う――が、その光は不規則に脈打っていた。



「神谷、落ち着け! 同調が乱れてるぞ!」

 同じ班の仲間が声をかけるも、レンは聞いていない。


「うるせぇ……俺は、俺は……“ここで見せなきゃ”……!」

 彼の瞳が、風の紋に飲まれていく。

 突風が走る。砂塵が舞い上がり、フィールドの一角に強風の渦が発生した。


「っ……暴走だ!」

 教員が叫んだ瞬間、風の渦が爆発的に拡大した。

 生徒に避難を指示する暇もなく、すごい速度でかけまわる。


「あそこはっ……シオリがいる方向――!」

 ユウの目が捉えたのは、遠くで咄嗟に構えを取るシオリの姿。

 彼女の周囲の空気が、渦に引き込まれていく。


「ダメだ、間に合わない……っ!」

 教師の助けも期待できないっ


 風の渦が轟音とともにシオリへ襲いかかる――その瞬間。


「やめろ……!」

 ユウの喉が、無意識に動いた。


「――散れっ!」

挿絵(By みてみん)



 言葉と同時に、彼の足元に光が走った。

 “ルーンではない”紋様が、大地に刻まれる。



 次の瞬間、渦巻いていた風が、まるで大気ごと凍りついたかのように、ピタリと止まった。

 空気が重力を取り戻したかのように、ズンと静まる。



「っ……え?」

 フィールド中の生徒、教師、誰もが固まった。



 神谷レンは膝をつき、呆然と力を失っていた。

 そしてその奥――微かに震えていたシオリの周りの風が、すっと消えいた。


空気が凍りつくような静寂。

 爆風を孕んだ風の暴走は、まるで幻だったかのようにピタリと止んでいた。


 その中心にいたのは、立ち尽くす少女――シオリ。

 両手を前に出したまま、動けずにいた彼女は、周囲の変化にようやく気づいたように瞬きをした。


「……え? いま、なにが……」

 小さな声。

 そして次の瞬間、シオリの視線が――ユウに向いた。


 フィールドの端、見学席のすぐ外に立つユウの姿。

 彼はなぜか、軽く息を切らしながらその場に膝をついていた。

 手は、無意識に自分の口元を覆っている。


「……ユウくん……?」

 絞り出すように名を呼ぶシオリ。

「今……助けてくれたの?」

 恐怖と、安心と、混乱と。

 様々な感情が入り混じった声だった。


 ユウは、答えなかった。

 いや、答えられなかった。


(……今の“言葉”は、俺の……?)

 脳裏に焼きついて離れない、“散れ”という自分の声と、大地に走った謎の紋様。


「ありがとう……」

 シオリは小さく、けれど確かにそう言った。

 彼女の頬に、一筋の涙が伝う。


 それは、命を救われた者の、真っ直ぐな感謝だった。


 そして、演習場には再び教員の怒声と混乱のざわめきが広がり始める。

 だがその中心にいた二人だけは、周囲の音などまるで聞こえていないかのようだった。


少し離れた場所


「……あれが、天坂ユウの力……?」

 霧島カレンは、演習フィールドの外れで全てを見ていた。

 その瞳は鋭く、そして複雑な感情に揺れていた。


「……“ルーン”じゃない。もっと根源的で……強い“言葉”の力」

 彼女は静かに拳を握る。

「やっぱり、あなたは普通じゃない。――天坂ユウ」



「なにあれ……え、今の……どういうこと……?」

 一方、フィールドの反対側で演習を見ていたナナも、驚愕で立ち尽くしていた。

「今の……天坂くんの“声”……ルーンの発動じゃないよね? なんで……」

「――もしかして、あれが私たちの求めている……っ」

 ナナの脳裏に、昨日ユウと交わしたほんの数秒の会話が蘇る。


「……やっぱり……“そういうこと”なんだ」

 ナナの瞳に、驚きの奥にある決意の色が灯った。


「――逃がさないんだからっ」

 その呟きは、誰にも届かず、風に消えていった。


 ルーンが全てのこの世界で。

 たった一つ、異なる“言葉”が発動された。


 それが何を意味するのか――まだ誰も、知らない。

 だが、確かに一つの運命を動かした。





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